就職活動回想録 ~新聞各社インターネット進出の潮流の中で~

投稿者:小川 悟

2007/12/01 18:36

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「いかなるメディアの場合でも、それが個人および社会に及ぼす結果というものは、われわれ自身の個々の拡張によってわれわれの世界に導入される新しい尺度に起因する」

/『メディア論』(マーシャル・マクルーハン著)

 

インターネット上のニュースにて、日本経済新聞社と朝日新聞社、読売新聞グループ本社が、「日経・朝日・読売インターネット事業組合」を設立したという記事が目に留まりました。これら新聞社が手を組むことによって記事や社説の読み比べができるサービスなどを2008年度以降開始してゆくという内容でした。 このニュースを見て、ここ最近のインターネット上の様々な動きについて思いが巡りました。

2004年9月1日、「Google ニュース 日本版」開始の際に掲載拒否の姿勢をとった読売新聞社と産経新聞社、さらにさかのぼること2002年、デジタルアライアンス社が提供していたエクスチェンジ機能搭載のニュース配信バナー「LINE TOPICS」でティッカー表示していた記事の見出しに読売新聞社で掲載されたニュースの見出しと同じ表現が引用され、著作権侵害ないしは営業侵害に当たると訴訟を起こした事件――、リンクポリシーなど定めている媒体社は多かったものの、「ニュースの見出しに著作物性はあるのか!?」と私も当時、趣味で運営していたホームページで利用させて頂いていたサービスだったため、関心を持ってこのニュースの進展を追っていたものでした。

 

ここで私事ではありますが、今の仕事を始めるようになったきっかけを少しお話したいと思います。

私が大学へ進学した1994年という年は、「就職氷河期」という言葉が「新語・流行語大賞」で審査員特選造語賞を受賞した年であり、就職活動期にもその余波は続いていました。1997年に自主廃業を決めた山一證券から内定をもらっていた友人は、大手金融機関の破綻のニュースに自身の将来を重ね、全く別の業界へと路線変更しました。企業から送られてくるエントリーシートに大学名を記載する欄がない企業の割合が増えてき、インターネットからのエントリーしか受け付けない企業も現れてきた時期でした。

その頃私の志望していた業界は、マスコミ業界でした。表現に自信があったわけではないですが、幼少時代から「収集癖」があり、また、カセットテープやMDへ好きな音楽を「編集」したり、友人たちと旅行やイベントを「企画」したり、実施後にそのときの模様を他者へ「報せる」行為、デジカメブームより以前に使い捨てカメラを常備して記憶に留めたい瞬間を「撮影」する行為、それらを忘れないよう備忘録として新聞記事等の「情報をクリッピング」したり「記録」する行為――学生時代までは日記や詩、社会人になってからはインターネット上の掲示板やコミュニティ、2002年からはブログ等――、そうしたものを表現するため生来好奇心と懐疑心が強かったこともあって歴史的経緯や因果関係等を探ろうとする「裏取り」と、自身の心象とをなるべく正確に文章表現したい気持ちから「読書」「取材・調査」(実体験を含む遊歩、聴講、図書館・博物館通い、統計や白書、ダイジェスト等の考現学・未来予測系の情報に目を通す等)を行うことが好きであったことを考えると、そうした志向の具現化の可能性としてマスコミ業界が選択肢として浮上してきたのも、自身のことではありますが今さらながら納得がいっております。

 

さて、前置きが長い割に結果はどうかと言えば、それは惨憺たるものでした。

50社ほど受けたマスコミ系企業からの回答はすべてNO。マスコミ研究会と呼ばれる大学内のマスコミ企業受験対策向けのゼミから友人が仕入れてきた情報などを頼りながら四苦八苦していました。あるOBからは自身が入社した某大手マスコミ企業では、「ただでさえ少ない採用枠が就活期に入る前にコネ入社者で埋まってしまい新卒募集の必要性はないが、ステークホルダーに対する体力誇示や、この時期を利用しての企業ブランディングのためにコストをかけて採用活動を行っている。練習だと思って受験するくらいの気持ちで臨んだ方が良い」といった話を聴くことがあったものの、そうしたエクスキューズに活路を見出そうとしても何も生まれませんでした。ただひたすらに自分の能力・適性不足と現実社会の厳しさを痛感し、私は已む無くこの業界との決別を果たすことになりました。

そんな時期に出会ったのが前職の会社です。求人広告に謳われていた「ベンチャー」、「IT関連企業」、「Eコマース事業」といった、自分にとっては全く新しい言葉に一筋の光明を見出した気がしました。コンプレックスから再起を図ろうとする自分には相応しい企業だと思いました。50社から捨てられ自暴自棄となっていた当時の自分を受け入れてくれた企業に、私は自分のすべてを捧ごうと決めていました。ジュールの法則ではありませんが、もしも能力不足を熱意や時間だけで補えるのであれば、自分の時間を惜しいとは思いませんでした。それこそまさに「自分探し」への旅出でした。正確に言えば、「一般社会から評価を受けなかった自分の”評価を形成する成果”はいつどこで得られるのか?」がテーマであり、当時の自分の仕事に対するモチベーションのすべてでした。

 

世の中の動きも、西暦2000年問題やミレニアムを迎えるお祭りムードが漂っていたその頃は、渋谷で非営利団体「Bit Valley Association」が起こり、NTTドコモで「iモード」サービスが始まり、『クリック&モルタル』が翻訳出版され、「インターネット博覧会(インパク)」が開催され、「IT革命」「ブロードバンド」が「新語・流行語大賞」に入賞し、Windows XPの発売などがあり、インターネット関連企業に異様なくらいの株価が付いたりなどした時期で、それを境として後のWeb2.0時代までの間にも消費者の価値観や購買心理が変遷し、企業もそうした動きに合わせた質的変化を求められるようになっていきました。

それでもIT業界と呼ばれた業界は、中から見るとまだ生まれたての産業であって、伝統あるメーカーや既存のサービス業などと比べても、業務フローや契約書の類、人事・評価制度などにおいて未整備・未成熟な部分が多いものでした。それだけに既成の枠にとらわれることなく良い点、強みだけを伸ばすことに注力できたことも、急成長の一因となったのではないかと思います。

 

随分と蛇足が長くなってしまいました。ここで話を冒頭に戻しますが、少し前に大手新聞社社員の方による講演を聴講する機会がありました。 その中で、そもそもの報道の在り方に始まり、今後の新聞社の向かうべき方向について話がありました。

大手新聞社の収益構成は、販売収入が53%、広告収入が30%、その他収入(スポーツ・芸術振興等の事業収入含む)が15%と言われています。

cf.「新聞事業の経営動向」2006年度集計(新聞協会経営業務部)より。

この少子化時代に、活字離れ・新聞離れが加速した一因としてインターネット普及も挙げられるかもしれませんが、単一商品(新聞)しか取り扱いのない新聞社にとって、読者離れは死活問題と言えます。『ウェブ進化論』の中で「チープ革命」についての記載がある部分で、2005年頃のフジテレビ・ライブドア問題やTBS・楽天問題に対する著者の意見が述べられてもいますが、その頃から各社新聞社が紙面で採り上げるようになった会社の名前も、それまでの大手メーカーや銀行などの名前に混じってインターネット関連企業の名が増え始めました。広告関連の雑誌などでも採り上げる媒体は、テレビ・新聞・雑誌・ラジオ、交通広告などばかりでしたが、その頃からはインターネット広告やWebマーケティングに関する記事や広告が増えてきました。今年10月には「毎日.jp」「MSN産経ニュース」がリニューアルオープンするなど、新聞各社のインターネット上でのシェア争いが記事として採り上げられることが増えましたが、こうした動き自体を包括する意味で、根幹にある新聞業界全体が互いに手を取り合って存続のための競争を生ませているようにも見えます。

こうしたインターネット企業などによる「通信」事業に対し、「放送」という長らく生活者を支えてきたインフラを牛耳り、最後までインターネット関連のニュースを採り上げることを敬遠していたテレビ業界でさえ、大手広告代理店や新聞社、出版社、ラジオ局などもこぞって参入したSecond Lifeを自ら番組にしてしまうほどに至りました。権威性を示すにも、”放送”で”通信”を圧倒する方法ではなく、”放送”で培ったコンテンツ制作や報道に関するノウハウを”通信”の中で活かそうとする動きのようにも思えます。

 

「AIDMA」や「AISAS」などの用語が席巻し消費者の嗜好が複雑化してくると、新聞社なら「新聞」で、テレビ局なら「テレビ」だけで利用者を囲うことが難しくなってきました。

同じように中小企業を取り巻くインターネット・ビジネスにおいても、「ホームページを運営すれば仕事がくる」といったことは元々ありませんが、インターネット黎明期には良しとされていた方法論だけでは成果をあげにくい世の中になってきました。自社の強みを最大限に引き出し、それを求めている市場を探し、ピンポイントに露出してゆくマーケティング寄りの思考が必要となってきました。全社をあげてインターネット事業に取り組んだり、逆に一担当者任せでも良いのですが、そこまできてしまうと中小企業にとってはどちらにしてもリスクにしかならなくなってしまいます。そういった背景からか、自社の専門外であるWebサイト制作やリスティング広告に関してはアウトソーシングに回そうという動きが目に見えて増えてきています。

 

私たちはそうした顧客ニーズを満たすために、こうした「Webコンサルタント.jp」といったサイトを立ち上げて経験やノウハウを蓄積・集約させ、その後還元してゆくという企業活動を続けています。「Webコンサルタント.jp」をご覧の皆様と再びお会いするまでに、どれだけ高度なご要望に対してもご満足頂けるようなソリューションをご用意できているか、そうした思いが私たちのビジネスの活力源となっております。