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小川 悟(取締役CS本部長)

徹底した生産管理で顧客満足を追求するCS部門のリーダー

主に人材育成、生産管理、サービス体制の整備を行う。分業・専門化を進める傍ら、営業部門や取引先も巻き込み、各工程別ガイドラインの整備や業務の標準化はもちろん、前工程・後工程のスタッフを「みなし顧客」として成果のフィードバックを行い内部牽制を図るなど、徹底した生産管理を実践。また、一部広報業務も兼務している。座右の銘は「桃李言わざれども下自ずから蹊を成す」(『史記』/司馬遷)。
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小惑星探査機「はやぶさ」関連映画で改めて学ばされるリーダーシップ ~失敗を繰り返さないための「成果」を「進歩」に繋げるマネジメント~

2012年01月31日 01:23 PM

 投稿者 小川 悟

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But Professor Itokawa never spoke of failure, only of “results”.

We've made progress thanks to those results.

/映画『はやぶさ HAYABUSA』(堤幸彦監督)

 

現在私はベトナム最大の都市、ホーチミン市に駐在しています。

ベトナムでは中国暦をベースとして旧暦(陰暦)を採用しており、今年は1月23日から4日間が旧正月(テト)期間にあたり、どこもかしこも一斉に休業となってしまうため、その期間を含む1週間だけ日本に一時帰国して本社に出勤しておりました。


旧正月が明けた30日の夜のフライトでベトナムに戻ったのですが、暗い機内で読書にも疲れたので映画でも見ようと番組表を見てみると、『はやぶさ HAYABUSA』(堤幸彦監督)があったので見てみました。

この「はやぶさ」が多くの人に感動を与えたと同時に、ビジネスシーンでも多く転用されていることについて感じたことを今回書きたいと思います。


「はやぶさ」と言えば一昨年6月に、60億km、7年に渡る宇宙の旅から無事にミッションを終えて地球に帰還、カプセルを届けたことで「宇宙史に残る偉業」と称され、昨年はギネス・ワールド・レコーズに「世界で初めて小惑星から物質を持ち帰った探査機」として認定もされ、それ以前まで「平成大不況」だとか「失われた20年」などと言われ、事業仕分けが行われて「挑戦」「創造」「付加価値創出」よりも「コスト削減」を強いられるような風潮に社会が覆われ、どのメディアも日本ブランドが振るわないと書き立て、私たち市民でさえもどこか閉塞感や自信喪失、モチベーションダウンを感じてしまうような肩身の狭い思いでいたさなかの出来事で、「絶対諦めない」とか「希望」といった強い思いを奮い立たせてくれた明るいニュースだったことを思い出します。



私もその年、DVDで『HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-』(帰還バージョン発売前に焦って購入)を観ていたのですが、「はやぶさ」帰還後にビジネス誌やネット上のビジネス関連のコラムなどでもよく引用されていたので、映画でどのように表現されるのか見ておきたかったですし、2月、3月にも別会社からの公開を控えており(もともと提案は8社からあったそうです)、第1弾映画がどのようなものだったのかも気になっていたところでした。


■全天周映像 HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-(「はやぶさ」大型映像制作委員会によるドキュメンタリー作品)
http://www.live-net.co.jp/hayabusa-movie/
■はやぶさ HAYABUSA(20世紀フォックス,11年10月公開)
http://movies.foxjapan.com/hayabusa/
■はやぶさ 遥かなる帰還(東映,12年2月公開)
http://www.hayabusa2012.jp/
■おかえり、はやぶさ(松竹,12年3月公開)
http://hayabusa3d.jp/


冒頭に挙げた一節は、『はやぶさ HAYABUSA』中に出てくる脚本の一部ですが、私の見たものが英語の字幕スーパーだったためにこのような引用となってしまいました。



確か「(糸川教授は)決して“失敗”という言葉は使わなかった。その代わりに“成果”という言葉を使った。成果があったからこそ進歩があった」というような一節でした。

「失敗は成功の母」という言葉もありますが、つまりは「失敗」という単なる結果(状態)を示すだけの言葉は責任逃れのエクスキューズであって、失敗をしたことで得られた反省材料なども含めて「成果」であるから、それを次回に生かすことで進歩に繋がるといった考え方です。



奇しくも、最新号の日経情報ストラテジーの特集は「失敗を生かす組織」というものでしたが、ここにも「はやぶさ」の名前を見つけることができました。原発事故などを引き合いに「日本人は失敗に向き合う姿勢が不十分」、「失敗と向き合い、共存することは、競争力の源泉ともなり得る」という内容が書かれています。「はやぶさ」については、「はやぶさ」の観測機器を製造していた明星電気という会社の特集が組まれていました。

 

cf.失敗体験を通して創造力を生み出すために ~アポロ月面着陸40年、世界天文年2009~

http://www.web-consultants.jp/column/ogawa/2009/05/post-31.html

 

以前書いた上記コラムを見返して、「アポロ13」が“輝かしい失敗”なら、「はやぶさ」は“輝かしい成功”だろうと感じていました。

ここで引用した「JST失敗知識データベース(独立行政法人 科学技術振興機構)」は事業仕分けの一環でか畑村創造工学研究所へ移管されてしまいましたが、日本人である私たちは、今のような時代、改めて失敗にしっかりと向き合って、「不必要な失敗」をしない方法を選択していく必要に迫られているのですね。


今のような時代――、スイスで25日に開会し、昨日29日で閉会した世界経済フォーラム年次総会「ダボス会議」で、俳優の渡辺謙さんが日本人俳優で初のスピーチをおこなったとのことで興味を持って目を通してみました。渡辺謙さんは、先の『はやぶさ 遥かなる帰還』で主演を務められますね。


cf.渡辺謙さん、ダボス会議スピーチ全文(「東京新聞」,2012年1月26日)
http://www.tokyo-np.co.jp/feature/news/davos.html



昨今の欧州財政危機や国家間の緊張関係悪化等のニュースを見ていて、昨年世界各地で起こった大地震や洪水等の天変地異に加え、より一層不安材料が増えたかのようにも感じていた中、一筋の光明とも感じられる内容で元気を頂けたような気がしました。



ところが、まさにそのダボス会議の裏で進められていた「世界最悪企業2012(Worst company of the year 2012)」の投票結果が同タイミングで出ており、ノミネート時に2位だったブラジルのVale社以下の企業を突き放して1位を争っていた東京電力が、辛くも800票の僅差で2位に逃げ切ったニュースが報じられました。


原発事故の際にずさんな管理と言われただけでなく、その後の情報操作や隠ぺい工作などが世界からの目に悪く映ったとのことです。実際、「世界終末時計」で禁断の針を進めてしまった要因にも挙げられました。

cf.世界終末時計、1分進んで「残り5分」に 日本の原発事故も要因
http://www.cnn.co.jp/world/30005222.html


「Worst company of the year」は、スイスのNGOが世界経済フォーラムに合わせて創設した賞で、企業の社会的責任(CSR=Corporate Social Responsibility)を果たしていない「世界最悪企業」を投票で決めてフォーラム内で表彰することで社会的責任を果たすように働きかけるという目的でおこなわれているものです。

 

「想定外の事故」だったにせよ、その後の言動がより注目されることは周知の事実であった筈で、国際社会の一員としての信頼を低下させただけでなく、誠意の見えにくい対応によって日本の観光産業に与えたダメージが必要以上に大きくなった点も否めないでしょうし、東北周辺の住民を中心に国民に対して与えたストレスも計り知れません。「社会的責任を果たしていない」という評価を「失敗」と捉えるならば、そこから何を得たのか、せめてそうした見解は知りたいですよね。



また、成人の日には「新成人の9割が日本の将来に不安」などといったアンケート結果が報じられ、新成人へのインタビューで「総理大臣がコロコロ変わる」、「メディアが暗い話ばかりしているから世間も右肩下がりになる」、「国会でけんかするのはやめてほしい、切なくなる」といった声も報道されました。ステレオタイプな意見とも取れなくもないですが、国民の総意を代表したものとも思える声、もしくはニュース編集でした。

政治だけでなく、先の東電のケースもそうですし、他の一部私企業でも「企業の社会的責任」が欠落したために、「日本、大丈夫なのかな?」と国民を不安にさせたり、悪いことをすることへの抵抗感や罪悪感を引き下げる要因を作ってしまっているようなケースがあるかもしれません。



cf.マクロミル モニタサイト 公開調査データ 「2012年新成人に関する調査」
http://monitor.macromill.com/researchdata/20120105shinseijin/



会社に置き換えて考えるのは比較するものが違いますが、確かに一つのプロジェクトになぞらえても、上層部同士が揉めているだけだったり、プロジェクトリーダーのすげ替えばかりがおこなわれて遅々として進まず、ビジョンが示されずに状況が改善されないことが続けば、オペレーションに当たっている者からすれば不安しか感じません。リーダーには、このような状態を引き起こしてしまうような状況にしないような采配と、環境改善の力も求められると思います。


また、そういったことが常態化した組織に居続けることも個々人の価値観形成上で悪影響を及ぼしそうな印象を受けます。

 

以前、社内勉強会「フリーセル大学」の一環で、いつも共に頑張って仕事している現部課長向けに研修をしたことがありましたが、そこで『子どもが育つ魔法の言葉』(PHP研究所,Dorothy Law Nolte/Rachel Harris共著,石井千春訳)という書籍を共有したことがありました。著者が1954年に書いた詩と言われる『子は親の鏡』に書かれてある内容が、当時の組織構築フェーズにおいて特に重要な事象であると思っていました。内容の詳細については下記ご参照下さい。


cf.あの ドロシー・ロー・ノルト 博士の 『子どもが育つ魔法の言葉』 シリーズ(PHP研究所)
http://www.php.co.jp/bookstore/dr.html

 

そういう点で、私たち国民が今のような「印象」を受け続けてしまうことは良くないと感じているので何とか理解して頂きたい部分でもありますね。今は問題解決で手一杯で、ビジョン策定や周囲への気遣いが難しい時期なのかもしれませんが、まだまだ私たちの民度も自分たちを守ることで手一杯で逆にそこを気遣う程は人間が出来ておりません、といったところでしょうか。


今年2012年は辰年、干支で言えば「壬辰(みずのえたつ)」、運勢としては吉凶賛否が分かれています。

「リーダー」という観点で見ると、世界的には、ロシア、フランス、アメリカ、韓国で大統領選挙が行われ、中国でも指導部交代があると言われている年です。


cf.世界のリーダー特集 - NHK クローズアップ現代
http://www.nhk.or.jp/gendai/special/08_leader.html

 

世界のリーダーがどう共存関係を構築していくのか。私たち国民一人ひとりがその動向に注目しつつ、自身を取り巻く環境の中でベストを続けていかなくてはなりませんね。


また、仕事の上では、顧客満足創出のためにも会社を盛り立てるリーダーとしても、「成果」を「進歩」に繋げていける年にしたいです。

 

この「成果」の中には成功体験も失敗体験もいっぱい詰まっています。さらに世の中を見回せば、自分自身の成功・失敗体験以外にも多くの見本があることに気が付きます。そういったものも糧にして、今年1年頑張って参りますので、引き続きどうぞ宜しくお願い致します。

 

この記事に関連するテーマ

「第1回ホーチミンIT飲み会」に参加してきました ~「タイムマシン経営」は日本中心の発想から離れて考える~

2011年12月31日 10:46 AM

 投稿者 小川 悟

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長年、日本は経済大国として優位なポジションに位置し、有利にビジネス交渉を進めることができた。今後は、どのような友好な手段で相手とウイン・ウイン(双方にとって望ましい結果を得られる)な関係になれるか、相互利益を考えなければならない。(中略)国内で日本人が考える、日本を中心軸とする思考は偏りが大きい。グローバルには、このような偏った考え方が弊害になる。

/『海外勤務を命じられたら読む本』(白藤香著)

 

早いもので、いよいよ2011年も最終日。

今年1年、お客様、お取引先様と関係各位には大変お世話になりました。この場を借りてお礼申し上げます。

 

さて、今年1月に以下のコラムを書きました。

 

映画『ソーシャル・ネットワーク』を観て視野を拡げる ~2011年「辛卯」の年、当社設立10周年を迎える年は明るい年に!~

 

当社にとっては設立10年を迎えた節目の年でした。「明るい年に」という点で言うと、震災や洪水などもあって決して明るい年とは言えませんでしたが、当社だけで言えば総体的には明るいニュースが多かったように振り返ります。

 

IT関連の話でいけば、1月に映画『ソーシャル・ネットワーク』が公開されたとき、Facebookユーザー数が全世界で6億人に迫ると言っていたのに、いまや8億人に迫る勢いです。まさに今年2011年はソーシャルメディアが台頭し、政治活動や企業のプロモーションから友人や家族とのコミュニケーションツールといった使い方まで、一般大衆にまで浸透した年になったと言えるかと思います。

 

それから、上記のような新しい特性を持ったメディアの浸透に合わせて、スマートフォンや「iPad」をはじめとするタブレット端末、電子書籍といったデジタルツール等もまた、数年前までは一部のイノベーターやギークの専用アイテムだったものも、いまでは老若男女を問わない生活家電の一つとなり始めました。

 

当社も例に漏れず、Twitterアカウント開設に次いで、Facebookアカウント開設、各種公式サイトのスマートフォン対応を完了させ、関連セミナーなども多くおこなってきました。

 

現在6000社を超える当社お客様である中小企業様の間でも、自社の公式サイト以外にこうしたソーシャルメディアのアカウントを開設されたり、スマートフォン対応化させたりと、ビジネスに活用し成果を上げられているところが出てこられました。

 

既存のお客様向けにクローズドで配信しているメールマガジンがあるのですが、その中の一つのコーナーで、成功事例を採りあげてご紹介するという内容もあり、引き続き成功事例を集めていきたいと考えております。

 

基本的に当社が提供しているような「Webコンサルティング」をアウトソーシングとして利用されようとしている中小企業様は、インターネット上のこうした新しい潮流にも敏感で活用意向が高いように思われますが、まだ導入されていなかったり、うまく活用しきれていない企業様も多くいらっしゃいますので、これから出会うことになる企業様も含めて、しっかりとサービス提供できるように体制を固めていきたいと思います。

 

 

そんな今年の年末も例年同様にニュースのダイジェスト、検索キーワードランキング、「今年の漢字」など、一年をまとめに入るコンテンツがいろいろと公開されました。

 

この中に、「社長が選ぶ 今年の社長」というのがあり、1位に孫正義氏が選ばれていました。

 

cf.社長が選ぶ今年の社長2011|調査報告書|学校法人産業能率大学

http://www.sanno.ac.jp/research/president2011.html

 

孫正義氏は昨年に引き続き2年連続で1位とのことです。確かに、震災時も孫正義氏が「個人で100億円を寄付」というニュースがあって、大変驚いたものでした。

 

その孫氏が90年代後半に提唱したとされる「タイムマシン経営」という考え方があります。今となってはもう陳腐化されてしまったのか、よく話題にのぼる言葉ではなくなっています。

 

当時、IT分野で最先端と言われていた米国シリコンバレーを中心として、流行していた技術やサービスを日本に輸入して、まだ流行を迎えていない日本で展開すれば儲かる筈だというビジネス投資の在り方のことで、先進する米国を「未来」、遅れていた日本を「現在」として、時差を活用して収益を上げるというビジネスモデルをタイムマシンになぞらえて孫氏がそのように呼んだと言われています。

 

この呼称や考え方の是非はさておき、結果としてこのようなモデルで事業をおこなってきた企業は業界問わず多いと思いますし、先進している国にリサーチに行って日本で展開するビジネスのヒントを探ろうとされている方は今でも多くいらっしゃいます。孫氏が日本で初めて開発・創造したビジネスモデルというわけではないと思います。

 

しかし、当時から孫氏の経営手法は多くの経営者や若手起業家たちの注目の的となり、ヤフー株式会社の筆頭株主であるとか、ボーダフォン買収だとか、iPhone独占販売だとか、あるいはブログが流行し始めたり、「mixi」や「GREE」がリリースされたりとニュースを賑わす度に時折「タイムマシン経営」なる言葉が再燃することがあったのでした。

 

つまり、企業が利益追求や理念の実現のために常にニーズなりシーズなりを追求して、何もないところに市場を生み出そうとする限り、新たに創造するか、「ある」ところから「ない」ところへ持ってくるかしかなく、またそれは企業の経済活動上必然であるということなのかと思います。

 

 

さて、これより表題の、「第1回ホーチミンIT飲み会」の感想を簡単にご報告したいと思います。

 

cf.ホーチミンIT飲み会 - IT飲み会 公式サイト

http://www.it-nomikai.jp/hochiminh

 

「第1回ホーチミンIT飲み会」は12月2日に、Pizza4P'sで開催されました。会場となった「Pizza4P's」はホーチミンでは説明不要の有名店ですね。

私はこの時期、ちょうどホーチミンにいたため、参加することができました。総勢80名以上が参加したと言われていますが、実態としては延べ100名くらいの方がベトナム国内外より来られていたように思います。

 

母体は、株式会社 EC studio様と株式会社サムシングファン様が主催となって立ち上げられた「IT飲み会」で、「売上を上げるための情報交換」「売上を上げるための人脈作り」「飲み会中に売上を上げる」という3つの目的を掲げ、日本全国に各支部(幹事企業)を置いて定期的にイベントを開催されています。IT系の展示会に「IT飲み会」名義でご出展されていたこともあったので、ご存知の方も多いかもしれません。

2008年より活動を開始して、2011年にはついに、サンフランシスコで初の海外開催がおこなわれ、今回のホーチミンはグローバル第2弾ということでした。

 

普段ですと1社30秒程度のプレゼンタイムがあるのですが、今回は2社が代表してプレゼンをおこないました。

株式会社ビーコンエヌシー藤井悠夏氏による「ベトナムにおける結婚ポータルサイトの立ち上げについて」は大変興味深かったです。

 

藤井さんとは「第1回ホーチミンIT飲み会」の少し前に食事の席でご一緒させて頂く機会に恵まれ、オフィスも見学させて頂いたことがあるのですが、ご自身のキャリアの中で蓄積したノウハウを、まだあまり市場が生まれていないベトナムで展開され支持を受けています。

 

日本にいて日本人の目で「タイムマシン経営」をおこなおうとすると、「もう出尽くしたかな?」と思えるようなことも、例えばベトナムに来て日本から輸入したことをおこなうことで時差を利用したビジネス展開というのも可能そうです。

 

「タイムマシン経営」を語源のままに「米国(未来)」と「日本(現在)」という相関関係でしか見ることができないと、こういった発想はなかなか出て来ないですね。そもそも、語源的な「タイムマシン経営」も、「日本(現在)」しか見れていなかったら成立しない概念ですしね。

 

藤井さんは海外でお生まれになり外国で生活された期間も長いようですので、このような固定観念がないのかもしれないと感じました。

 

なにやら来年はテレビ番組で特集されるとのことで、機会があれば是非拝見させて頂きたいと思いました。

 

cf.NHK アジアで花咲け!なでしこたち|2012年2月7日(火)BS1でスタート

http://www.nhk.or.jp/asia-nadeshiko/


 

よく日本人が外の世界を知らないたとえに使われるのが、「オーストラリアの世界地図」ですね。日本で売られている世界地図はもちろん日本が中心に描かれていますが、アメリカで売られている世界地図はアメリカが中心に描かれています。そして、オーストラリアで売られている地図の中には、なんと、天地が逆になったものがあるという話です。もちろんこれは公式の地図ではありませんが、日本人が見ると異様なものに見えます。私たちは「世界地図」と聞くとどうしても日本が中心にあるデザインのものをイメージしてしまうのです。

 

同様にテレビなどで、世界の国々で日本に対する印象を街頭インタビューすると「サムライ」、「ゲイシャ」などと言っている人がクローズアップされて映像編集され、それを見て私たちは「いまだに日本を知らない国もあるのだな」と一つのネタのように感じることがあるかと思いますが、その逆――つまり、外国のテレビ番組で日本人にインタビューをして検討違いの印象を述べてしまう番組を見たことがないこともあって、私たち日本人も同様に世界を知らないという認識が少なかったりします。

 

例えば、南アフリカ共和国を例に出してみます。「2010 FIFAワールドカップ」でも記憶に新しいと思いますが、この国に対して一般的にどのような印象を持ちますか?もちろん人によって違うとは思いますが、先の「サムライ」、「ゲイシャ」と大差ない発想をしてしまう人もいるかもしれません。

 

人口5,000万人、インターネット普及率ではまだ10%超えといったところですが、携帯電話の普及率は100%を超え、既に非接触ICカードも普及していたことから、直近ではモバイルペイメントによるショッピングが当たり前のようにおこなわれていくだろうと言われています。

 

cf.世界で2番目に大きな携帯電話市場となったアフリカ / 成長スピードがすごい!(「ロケットニュース24(β)」,2011年11月16日)

http://rocketnews24.com/2011/11/16/152125/

 

また、いわゆる「国際都市」という言葉がありますが、東南アジアの幾つかを見て回るとそれに該当する都市があります。その多くで様々な国の人が街を往来し、店先では時折英語や日本語での会話がやり取りされといった光景が見られますが、日本ではむしろ東京の主要な繁華街に行っても、お土産屋さんに外国人が大勢集まって店員さんが日本語と英語を使い分けて話しかけているという光景はあまり見られません。

 

東南アジア、とりわけ新興国では特に、「英語や日本語が話せる」というステータスがあることで待遇の良い職場で働けたり、ビジネスチャンスを生んだりすることが多いから話せる人が多いのかもしれません。

 

そういう点でも、個人所得や国力の上では日本から海外に行く方が楽だったり、マスメディアやインターネット普及率の面で見ても、日本にいる方が情報を多く仕入れやすい筈の私たち日本人にも知らないことは多いように感じました。

 

他にも感じることは多々あります。これは異論反論あると思うのですが、韓流ブームのさなか、ある人と話していて「なぜ韓国は国をあげて日本にプロモーションを仕掛けてくるのだろう」と言われたのですが、「日本に」というより「日本にも」「各国に」という方がしっくりくるように感じていました。

 

例えば、やはりベトナムを例に出しますと、ベトナムで一番高いビルはホーチミンにある「Bitexco Financial Tower」ですが、施工は韓国のヒュンダイ・エンジニアリング・アンド・コンストラクション(以下、ヒュンダイE&C)ですし、現在構想中といわれる100階建てのビルの建築プロジェクトにも韓国系企業が参画していると聞きます。

日本が原子力発電所の誘致で支援するとなれば、ヒュンダイE&C社は火力発電所を担当しています。

 

ちなみに、JETROが発行する「ベトナム・ホーチミン近郊ビジネス情報2011」によれば、世界からの直接投資の推移(2010年までの累計額)を見ると、1位が台湾、2位が韓国、3位がシンガポール、そして4位が我が国日本となっています。額の上では、日本よりも韓国の方が投資をおこなっているということです。

 

これもまた「日本人による、日本中心の発想が生むバイアス(偏見)」と言えるのかもしれません。

 

人というのはいくら不偏不党であると自称していても、どうしても先入観や偏見を持って物事を見たり価値を判断してしまうものとは思います。かくいう私も同様ですが、先のような「日本中心」の発想というのは日本国内では通用するとは思いますが、一度日本を出ると通用しないことも多いと感じることが増えてきました。

 

これからのグローバル社会で、日本が再び(引き続き)アジアをリードする国であり続けるためには、あえて「日本中心の発想」から離れていかないといけないのではないか、という気にさえなってきます。

 

cf.図録▽経済成長率の推移(各国比較)(出所:社会実情データ図録)
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4500.html

 

 

「第1回ホーチミンIT飲み会」に参加された方々は、既にベトナムへ投資・進出されている企業の方、もしくはこれから進出をご検討されている方がほとんどでした。

もちろん参加されていた企業は、主にIT関連企業が多いのと、全ての企業が参加されているわけではなく既に十数年前から進出されている企業様もベトナムには多くあります。

 

私が見たのはそうした企業の一部ではあるのですが、その熱気(文字通りの意味以外に、ビジネスの可能性の感じられ方等も含め)はすごかったです。

この熱気も、日本にいると分かりにくいですよね。もちろん私も実際に参加していなければその熱気は感じることができなかったわけですが、私自身ももし日本にいながらこの話を聞いても、また公式サイトのレポートや誰かのブログなどでいくらその熱気を伝えられても、実際に目の当たりにしないと正確には伝わらなかったろうと思います。

 

主観・直感も大切だと思いますが、それは自身の経験値を上げた上での主観・直感でありたいと思いましたし、今後も出来るだけ客観的事実を把握した上で自身の意見を持ちたいと感じました。

 

今後、ベトナムをはじめ、東南アジアや欧米諸国に進出される中小・ベンチャー企業様も増えてくるかもしれません。もし、ベトナムへご進出のご予定がある企業様で、日本やベトナムでのWeb戦略についてお困りのことや、実施したい施策などがあるという方は是非一度ご相談下さい。

 

それでは来年もどうぞ宜しくお願い致します。

 

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カントリーリスクを踏まえ、ベトナム投資・進出時にチェックしておきたい工業団地、ハイテクパーク、ソフトウェアシティのご紹介 ~上半期総会を終え、「自己成長のためには新たな環境に自ら身を置くことが一番早い!」と感じた海外出張記~

2011年10月31日 07:58 PM

 投稿者 小川 悟

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考えてみてください。人としてあなたはどのように成長していますか。プロフェッショナルとしてあなたはどのように成長していますか。昨日より 今日のほうが人として進歩していますか。同僚や直属の部下をどのように仕事で成長させていますか。あなたはどのようにチャレンジし、自分の能力を伸ばしていますか。毎日何か学んでいますか。あなたが目指すビジョンはどのようなものですか。会社全体をどのように成長させようとしていますか。会社の成長を促すためにあなたができるあらゆることをしながら、また同時にほかの人が成長について理解できるように手助けしていますか。あなたは会社のビジョンを理解していますか。

/『顧客が熱狂するネット靴店 ザッポス伝説―アマゾンを震撼させたサービスはいかに生まれたか』(トニー・シェイ著)

 

10月に入り、当社も第11期下半期に突入致しました。

15日には、震災以降おこなえていなかった社員総会が約1年ぶりに開かれ、各拠点のスタッフとも久し振りの再会を果たせました。また、12年卒の内定者に向けた内定式もその中でおこないましたが、第二部の懇親パーティーでは若々しい雰囲気ですっかり溶け込んでいたようですので、早く一緒に仕事をできると良いなと感じました。

 

総会では、恒例の半期業績発表がありました。このような時期ではございますが、9月度の売上は過去最高、営業利益も10%超えができました。スタッフ一同で労い合うとともに、当社収益のほとんどがお客様から頂くお金で成り立っていることからも、改めて感謝の気持ちを全社200名超のスタッフ同士で共有することができた明るい総会になったように思います。

各部門ごとの進捗発表や表彰時、また、新規事業プランコンテストの発表時も、当社の今期経営テーマ「全員アドベンチャー」に沿ったポジティブな発言が多くみられました。

 

それから、9月末にはビジネス誌『ベンチャー通信 vol.44』(株式会社幕末様)に取材頂いていた記事が掲載され、私の見るCS本部を大きく採り上げて頂きました。

 

cf.『ベンチャー通信』(2011年10月号 Vol.44)に当社記事が掲載されました

http://www.freesale.co.jp/news/media/2011venture.html

 

CS本部はWebサイトのディレクターやクリエイター、SEO対策やアクセス解析、保守・改修作業を含めた納品後のサポート部門など、全社で90名以上のスタッフが所属しております。

ところが、創業以来、新規営業が強い会社と称して頂いたことはあってもCS部門が前面に出ることはなかなかなく、(私たちCS部門も、営業部門に負けじと切磋琢磨、協働関係を構築し続けてきた自負もありますので、)是非、これを機会に多くの経営者様に知って頂けたら幸いと考えております。

 

 

さて、今回のコラムの本題に移らせて頂きます。

9月末に引き続き、10月中旬にもベトナム・ホーチミンへ視察のため出張に行って参りました。今回の出張でも学び、視野が広がったことが多かったので、是非皆様にも共有させて頂きたく思います。

 

今回の出張時には、ご縁があって、ホーチミン市を代表するハイテクパークのSAIGON HI TECH PARK」(SHTP)、同様にソフトウェアパークのQUANG TRUNG SOFTWARE CITY」(QTSC)を訪れました。

 

両社ともに日系企業向け誘致については積極的であるのに、日本語版ページをお持ちでなかったため、当社の方で制作をさせて頂くことになりました。

ホーチミン市の産業集積エリアとして有名なところとしては、他にもe.townや、12の工業団地を含め、全部で18か所の輸出加工/工業集積地帯があります。ホーチミン市以外、ベトナム北部や中部の工業団地の情報については、以下に詳しいと思います。

 

cf. ベトナム北部・中部工業団地データ集(2011年6月)(「ジェトロ」)

http://www.jetro.go.jp/world/asia/reports/07000252

 

それから、13日には千代田区・ホテルニューオータニで「ホーチミン市における裾野産業・IT産業・ソフトウェア産業の投資促進セミナー」が開催され、ベトナムに1号店を開業されたイオンをはじめとした日系企業への投資ライセンスの授与式がおこなわれていたようです。

私は翌14日に目黒・八芳園で開催された「日越IT企業交流会」にお招き頂き、アットホームな雰囲気の中で、SHTP/QTSCの各社会長をはじめ、ホーチミン市副市長、ホーチミン市コンピュータ協会会長、ホーチミン市計画投資局ご担当者様、FPTジャパンご担当者様とお話しする機会に恵まれました。そこで、現状のホーチミン市の掲げている目標やIT産業の現況についてのご説明があり、質疑応答の時間も含め理解が増し、大変有意義な時間を過ごすことができました。この場を借りて、QTSC・Duputy CEOのLONG氏に厚くお礼申し上げます。

 

■日本勢誘致、中小に狙い カンボジア、ベトナムが優遇策(2011年10月18日,「Yahoo!ニュース」)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111017-00000000-fsi-bus_all

■ベトナム最新インターネット事情 2011年 ~人口8000万人、生産拠点としても市場としても注目を浴びるベトナム(2011年10月31日,「INTERNET Watch」)
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/special/20111031_487635.html

 

 

一方で今私が気になっていることは、先日NHKで放送された「クローズアップ現代」で語られた内容です。24日放送分のタイトルは「タイ大洪水 苦悩する日系企業」でした。まずは、お亡くなりになられた方、被災に遭われた方々、ご関係者にお悔やみ申し上げます。

 

東南アジア地域における水害自体は珍しいことではないと思うのですが、今回は50年に1度の規模の被害をもたらした大洪水と言われているのを聞き、私もタイには過去5回ほど旅行したことがあり、多くのタイ人の方に親切にして頂いたことを思い出しながら大変心配に感じています。とにかく、一刻も早い事態の収拾を願っております。

 

■【楽天株式会社】社会貢献活動│楽天クラッチ募金

http://corp.rakuten.co.jp/csr/contribution/

※東日本、タイ、トルコの災害支援の受付をおこなっているページ。

 

また、この番組をNHKオンデマンドの配信で見ながら、ふと、同番組先月5日放送分の特集「超円高に立ち向かえ ~海外進出の新戦略~」の内容を思い返していました。

 

20日時点でタイの工業団地7つが浸水、日系企業460社が操業停止に追い込まれたと言います。震災・円高の影響で海外進出を余儀なくされ、もしくは商機と捉えてアジア進出を決断した中小企業――、タイに進出した企業もあった筈です。

日本にいて自身の仕事だけに追われていると、いくらテレビや新聞などに目を移しても、こうした衝撃的な事実もなかなかリアルに伝わって来ないきらいがあります。

私が偶然にも業務の中でベトナム出張を重ねる中で、ほんの一端ではありますが、俗に「カントリーリスク」と呼ばれている事象に対する意識が芽生えたことで、今まで意識しなかったことについても強く意識するようになりました。

 

タイは日系企業進出の歴史も古く、特に製造業の分野では技術力の高い優秀な人材が多くいて、生産体制・ノウハウも蓄積されていると聞きます。

例えば、自動車メーカーで言えば、日本を代表するトヨタ、日産、ホンダ、マツダ、いすゞはもとより、世界中の自動車メーカーが集積しており、90年代後半に起こったアジア通貨危機以降、タイ政府が優遇税制等を推進して海外からの直接投資を増やし、その結果、部品メーカーの進出なども増えて一層の集積化が進んだことで、結果自動車の生産量も増え「東洋のデトロイト(アジアのデトロイト)」と呼ばれるくらいになっています。

 

cf. 知っておきたいASEAN事情(1):再び注目を集める生産拠点としてのASEAN(2011年5月19日,「@IT MONOist」)

http://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1105/19/news004.html

 

そうした実績の積み重ねもあることから、日本でも東北で被災した工場の移転先としてや、円高により大幅なコスト削減を強いられての進出先として、あるいはお取引先様の進出に併せたやむなき選択肢として、一部中小企業の間でも進出を検討されたり、既に進出されていた企業もあったことと思います。

実際、番組内で公開された統計を見ても、震災以降は日本からの投資額が急増し、工業団地の用地も地価が急騰したようです。大手企業への打撃もさることながら、このような状況下で進出された中小企業にとっては経営を大きく左右しかねない事態ではないかと察しました。まして、製造業だけで言っても、このような番組には出てこない層の会社も無数にあると思いますし、まだまだ予断を許さない状況でしょう。

 

番組内では、タイでの洪水の影響が様々なことに及んでいるということについて言及していました。先述の自動車メーカーであれば、単に被災した自動車メーカーや、メーカーへ部品を納品する中小企業だけでなく、そこがボトルネックとなるが故に、被災していない企業への発注も停滞するという、サプライチェーン全体に損失が出るといいます。さらに、現代のようなグローバル経済においては周辺国にも影響が及ぶと言われています。日本で言えば、デジカメの発売延期、メガネのレンズの出荷遅れ、食品の減産による原価高騰etc...、対応に追われるスタッフの方々が映し出されていましたが、とても他人事には思えませんでした。

 

この世の中で起こっていることは巡りめぐって、少なからず自身にも影響を与えているようにも感じられてきます。まだまだ見聞を深めるというフェーズまではいっておりませんが、いつもと違った意識や目的を持って、いつもと違った仕事に関わると、辛く感じることも多いのですが、その分今まで見えていなかった世界が眼前に広がってゆくような感じがします。

同時に、おそらく「会社」というモノも、それ自体は「人」ではないので誰か個人の集合であると思うのですが、「なかの人」が新たな環境に身を置いてチャレンジを続けていく中で、「会社」自体がノウハウを蓄積し、強くなっていくのかもしれないと感じました。

 

私たちは、中小企業向けWebコンサルティングを提供し、その商品・サービス力の強化を推進しています。その中で、ふと強く思うことがありますが、Webサイト制作やWebマーケティングというのはひとつの手段であって、それ自体は目的にはなり得ません。

やはり、自身できるだけ多くの学びや体験をし、中小・ベンチャー企業経営者様の状況をより深く理解し、「Webというツール」を使って課題解決に向かって協働作業を生み出していくような仕事でなければならないと感じています。

 

そういえば、当社リードナーチャリングの一環として、既存のお客様向けにアンケートを実施させて頂いたことがあるのですが、直近では「インターネット系の企業に対してどのような印象をお持ちですか?」というご質問をさせて頂いておりました。

中小企業経営者様が普段どのように感じられているのか漫然と把握したかったのでオープンクエスチョン形式でご質問させて頂いておりましたが、10年来この業界におります私の感覚から致しますと、ポジティブな感想を持たれる経営者様が増えてきたことはもちろんですが、自社のビジネスと直結させて具体的な課題解決方法を模索されておられる方が増えてきているように感じました。

 

そうした中で、9月にGoogle社が以下のような内容のリリースを発表し、一部で話題となりました。

 

■グーグル、中小企業をITで支援する「みんなのビジネスオンライン」開始(2011年9月13日,「INTERNET Watch」)

http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20110913_477135.html

cf. Google有馬社長「インターネット産業こそが日本の経済を押し上げていく」(2011年10月20日,「INTERNET Watch」)

http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20111020_484909.html

 

普段、私たちがお客様から相当額を頂いて構築しているWebサイトを、「無料で簡単に作成できる」という触れ込みで登場させたのですから最初は驚きました。しかし、リリースや他の記事をよく読んでみることで、なんとなくの意図の本質は理解できたような気がします。

それは、当社にとって脅威となるサービスであるというよりは、むしろ、記事中にもありますが、「ITで日本経済を支える中小企業を元気に」というコンセプトで始動したものであり、当社と全く同じ目的というわけでもないとは思いますが、Google社と同じ方向を向いてやっていけるんだ!という気持ちになったものでした。

 

cf. 『中小企業白書2011 ~第2部 経済社会を支える中小企業~』(PDF)

 

最後になりますが、改めて「中小・ベンチャー企業向けのWebコンサルティング」と一口に言っても本当に深い仕事だと思います。だからこそ、有意義なものであるとも思いますし、お客様も巻き込んでそうあらなくてはならない――、まさにそうした時代に突入してきたようにさえ思います。

 

下半期もより一層、いろいろなことにチャレンジし、まだ出会えていない多くの方との出会いを通じ、成長していきたいと思っております。それでは引き続き、宜しくお願い致します。

 

CS本部が取り組むWebサイトの品質管理(生産管理のQCDS)のご紹介(一部) ~米Appleスティーブ・ジョブズCEO退任のニュースで連想したこと~

2011年09月18日 02:17 PM

 投稿者 小川 悟

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フィールディングのCS向上への取り組みは、当初「障害半減」や「サイクルタイムの短縮」をテーマに始まった。そして、第二段階に入ったとき、「CSマインドの向上」を正面からテーマに掲げ、「サービス窓口における接客」や「電話応対」を重視するに至っている。

/『サービス品質革命 「顧客とともに、CSを超えて」NECフィールディングの挑戦!』(高橋安弘著)

 

先月8月24日の米Apple社スティーブ・ジョブズ氏のCEO退任のニュースは、日本でも様々なメディアで採り上げられましたね。

 

直前のニューヨーク株式市場で、米Apple社の時価総額は一時3430億ドルに達し、エクソンモービル社を抜いて世界一の企業になった矢先のことでした(ジョブズ氏退任のニュースで下落しましたが)。また、Apple社の現金残高は、米国政府よりも多く所有していたと言います。

 

まだApple社の業績が悪かった1996年のApple社復帰後から僅か15年で世界一の企業にまで押し上げてきた、言うまでもなく後世に名を残す凄腕経営者の一人だと思います。

 

cf.

・アップル、日米の96年度業績を発表(「PC Watch」,1996年10月17日)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/961017/apple.htm

・Appleは米国政府より“金持ち” 現金残高が上回る(「ITmedia ニュース」,2011年7月29日)

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1107/29/news058.html

 

スティーブ・ジョブズ氏は、以前も軽く触れましたが、マイクロソフト会長のビル・ゲイツ氏や、Google会長のエリック・シュミット氏、「World Wide Web」(WWW)の仕組みを考案したティム・バーナーズ=リー氏などと同じ1955年生まれですが、この年は今になって思えば、PC/インターネット業界に大きな影響を及ぼすこととなる偉人を多く輩出した年だったのだなと思います。

 

Apple社が近年リリースしてきた製品群を振り返ってみても、インターネット業界の垣根を越えて、市場に対して大きな影響を及ぼしてきたと感じます。

 

cf.スティーブ・ジョブズが生み出したアップル製品を振り返る(「ギズモード・ジャパン」,2011年8月30日)

http://www.gizmodo.jp/2011/08/masterpieces-of-jobs.html

 

私も以前、このコラムの中で、iPhoneを購入したときに期待した体験について3点挙げたものでした。

 

1. クラウド(コンピューティング)への理解のための入門機としてのスマートフォン体験
2. UI (User Interface) 、UX(User Experience)、インタラクションデザイン等の理解のための体験
3. メディア(特に、広告媒体として)の可能性について消費者としての体験

 

小難しく書いてしまったかもしれませんが、これらおそらく多くの消費者がイメージするユーザー体験に対する期待は、(iPhoneやiPadなどが他のApple社の製品コンセプトと異なり全く新しい概念・設計で作られたものであったとしても、)それまでのApple社が意識してきた「カスタマー・エクスペリエンス(顧客経験価値)」によって育てられてきた消費者の感性を刺激した結果の所産とも言えるかもしれません。

分かりやすく言い換えれば、消費者が購入前に「なんだかよく分からないけど、きっとすごいものに違いない」と感じている状態とでもなりましょうか。

 

そんなApple社、すごいのは業績や製品ラインナップだけではありません。

実は、「ACSI (American Customer Satisfaction Index: 米国顧客満足度指数)」という米ミシガン大学ビジネススクールが開発した顧客満足度調査の、2010年のブランド別顧客満足度調査(パソコン分野)ではApple社が過去最高値を記録し、7年連続で1位となっています。

 

私も以前にApple製品を購入した際にサポート窓口を利用したことがありますが、勉強になる対応が多かったと記憶しています。米Apple社だけでなく、日本の窓口対応も素晴らしいと感じました。

このように、Apple社というのは、(一口で語れるものではないですが)製品に対してもサービスに対しても追求をし続けてきた企業なのだなという印象を受けます。

 

改めて、スティーブ・ジョブズ氏が生み出してきた付加価値のスケールの大きさには圧倒されるばかりですが、もちろんいくらワンマン経営だったとしても、一人で何もかもを作り上げてきたとは考えにくいですね。

 

トヨタ自動車で言えば大野耐一氏、松下電器産業(現パナソニック)で言えば中尾哲二郎氏、ソニーで言えば黒木靖夫氏といったように、経営者を陰で支えた技術者やデザイナーというのは、その分野を専門としている人以外からはなかなか見えにくかったりするものです。

 

Apple社の場合はどうでしょうか?

切り取る断面によって想起される人物は変わってくると思うのですが、ここではアラン・ケイ氏とドナルド・ノーマン氏を挙げてみます。

 

アラン・ケイ氏は、通称「パソコンの父」と呼ばれていて、1970年代に現在のiPadに近い「Dynabook」という構想を描いた学者で、これが後にスティーブ・ジョブズ氏がMacintoshを生み出すきっかけとなったと言われています。ちなみに東芝の「ダイナブック」は、これを由来としています。

 

一方、ドナルド・ノーマン氏は、著書『誰のためのデザイン? 認知科学者のデザイン原論』などで有名な認知科学者で、Webサイトのユーザビリティ研究者として有名な、ヤコブ・ニールセン氏(cf.ニールセン博士のAlertbox/株式会社イード運営)と共にニールセン・ノーマン・グループという会社を設立しました。

 

このご両名には、一時、米Apple社でフェロー(特別研究員)として働いていたという共通点があります。

 

さて、前置きが長くなりましたが、ここで当社で提供しているWebサイトの品質管理の一部をご紹介させて頂きます。

 

あることをしたのに一見なんの結果も起こらないと、その行為がなんの効果ももたなかったかのように結論しがちだ。そこで、もう一度やってしまう。

/『誰のためのデザイン? 認知科学者のデザイン原論』(D.A.ノーマン著)

 

これは先に紹介した本からの引用ですが、こういった経験ってたまにありませんか?

 

Webサイトで例えると、だいぶ昔からよくある問題ですが、メールフォームの送信ボタンや、ECサイトの購入(決済)ボタンを2回押してしまう行為等です。画面が切り替わるのが遅かったり、送信中であるという何かしらの表現が表示されないと、ユーザーは「きちんとボタンが押されて(クリックできて)いなかったのかな?」と勘違いして再度押してしまう。そうすることで、2通同じメールがいってしまったり、場合によっては重複決済されてしまったりしてしまうというものです。

 

こうしたWebサイトのコンバージョン(成約)に直結するような重要かつ、ヒューリスティックなアプローチで解決できることに関しては早くから整備をおこないました。広義で言えば、「情報デザイン」、「インタラクションデザイン」、「ユーザーエクスペリエンスデザイン」に括られる分野の話なのかもしれませんが、狭義で言えば、例えば「EFO(Entry Form Optimization=エントリーフォーム最適化」といった施策があります。

 

以下、当社の公式サイトのお問い合わせフォームをご覧ください。

https://www.freesale.co.jp/inquiry/form01/fmail.cgi

 

最初の設問のチェックボックス部はクリックすると背景と色差のある色を表示させてクリックされたかどうかを分かりやすくしてあります(iPhone版も同様)。フリガナも情報として頂きますが、ご担当者名を入力するとフリガナが自動反映されるようになっており、極力入力される方のストレスを減らすようにしています。半角数字で入力頂きたいところは、本来IMEコントロールを行い自動的に半角数字モードに切り替えたいところですが、様々なブラウザに対応させるために、カーソルを外すと全角数字で入力したものでも半角数字に自動変換されるようにしています。入力漏れがあった際にも分かりやすいようにしてあります。

 

他にも、見た目には分かりませんが、制作者視点で工夫がしてあります。例えば、メールフォーム上で実際に表示されている設問項目名と、メールが送られた際に管理者に届くメール内の項目名とが一致するようにシステム化しているので、制作者のミスで不一致となるようなことはありません。

 

皆さんの会社のWebサイトのメールフォームはどうなっていますか?

そのメールフォームを使用する人が、どれくらいインターネット利用に熟練した方が主となるのか分かりませんが、なるべく手間や疑問は与えたくないですよね。

 

当社ではこのメールフォームを「Fmail」と名付けて自社開発しました。

毎月100サイト近くのWebサイトを制作・納品しておりますが、その影響を考えると、他社が配布しているメールフォームプログラムの企業ライセンスを取得して提供したり等他社依存となったり、Webサイトの制作者に個人依存した設計となっていると、お客様に対してより良いものが提供できない可能性があるからです。

また事故が増えるということはそれだけ対応に要する時間がかかるということで、結局は当社側に負担があるのはもちろんのこと、巡り巡って既存のお客様に提供でき得る時間を削ってしまうことになるので、予測できる事故(不良)が出ないような仕組みにすることは大変重要だと考えています。

 

お客様のITシステムで故障が起きた場合、速く解決して怒るお客様はいない。そして、コスト面からは、早く修復すればサービスにかかるコストはそれだけ安くなる。CSの向上と業績の向上は、両立するというよりも、ダイレクトにリンクしているのである。キーワードは「スピード」である。

/『サービス品質革命 「顧客とともに、CSを超えて」NECフィールディングの挑戦!』(高橋安弘著)

 

もちろん、納品前には機能面でエラーがないかどうかチェックをする専門工程を設けています。

error.jpg

 

上記はCS本部内の暗黙知を共有するための社内向けポータルサイトのキャプチャーです。

以前にこのコラムで書いた、リクルート社の「ナレパラ」に想を得て開発・運用を開始したものです。

ここで紹介しているページの内容ですが、納品前チェックの工程で、QC(Quality Control=品質管理)チームの専属スタッフが、決まった項目を検査していくのと同時に修正を行います。検査合格したWebサイトは、お客様への納品時に送付されるWebサイトデータが入ったCD-Rジャケット部に添付されるチェックシートにチェックが入る流れとなっています。

 

・ヒューリスティック評価法の99%は間違っている? /HCD-Net通信 #15(「Web担当者Forum」,2009年8月19日)

http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2009/08/19/6058

 

提供するWebサイトの規模や予算の都合もあって、一般のユーザーに設計上の問題を指摘してもらうユーザーテストまではおこなっていませんが、上記のように定期的に品質管理チームからWebディレクター側へフィードバックを返すことで、同じミスを繰り返さないような工夫をしています。

 

他にもいろいろ書きたいことはあったのですが、長くなってしまうので、この辺で終えたいと思います。

 

このようにして、当社CS本部では、「生産管理のQCD」として、ISO9000やプロジェクトマネジメントの考え方の基本(cf.「PMBOK(Project Management Body Of Knowledge)」)などにもあるように、製造業とは異なるものの、QCD――、すなわち、品質 (Quality)、コスト (Cost)、納期 (Delivery)が回るように各担当責任者がしっかり管理するという方針をとっています。

 

また、冒頭でもApple社を引用しましたが、Webサイトも製品とすれば上記のような品質管理基準があるのは当然かもしれませんが、Webサイトが難しいのはその後の運用があるということです。

もちろん、例えばiPhoneや、Webシステムのように、納品後も保守や瑕疵担保責任が発生することはありますが、当社の場合はその後も長くお付き合いをしてゆく前提でご契約頂くため、お客様がそのWebサイトから何かしらのベネフィットを得て頂かないとメリットを感じて頂けません。

乱暴な言い方をすれば、通常の製品を購入してうまく使いこなせなかったり飽きてしまった場合、高額なものなら我慢して使い続けたりするでしょうし、安価なものならそのままにしておいてしまうと思います。

企業のWebサイトとなり、保守・運用も費用対価を頂いて提供してゆくとなると、初期出荷状況が良ければそれで良いということにはならず、その後も市場変化に応じて様々なアドバイス、改善提案を続けていくことが求められてきます。

 

「QCD」だけ徹底していても解決されないため、CS本部ではそれらに加えて「S」についても注力してゆくこととしました。

 

この「S」は、製造業等で言えば「安全(Safety)」になるのですが、当社の場合は「サービス(Service)」と定義付けました。「サービス」分野についても他の業種にまで目を配れば、十分に管理、科学、イノベーションされたものが存在します。

Web業界でも採用できるスキームがあれば、当社では積極的に採用してきました。まだまだ発展途上の部分もありますが、「S」部分の紹介についてはまた機会を得た際にでも。今回のコラムはこの辺で。

 

企業にとって、消費者や顧客との関係を強化し、その関係を長期間にわたって維持することは、その企業と長い間取引をしてくれる消費者や顧客を増やすことでもあるので、極めて重要なことであることは言を待たない。では、企業が消費者や顧客との関係を強化したり、長期間維持したりするにはどうすればいいのだろうか。これには、企業が消費者や顧客との間で、常にリレーションシップを図る以外に方法はない。そして、企業がこの重要なリレーションシップを図る方法の一つが、電話の機能を利用したコールセンターの設置なのである。すなわち、コールセンターとは、電話を使って消費者や顧客の開拓や接触を行う専門の集中化された機能を持つ組織のことである。かくして、コールセンターは、消費者や顧客が必要なときに、気軽に問い合わせをしたり、相談したりできる機能と、企業側で任意に選んだ消費者や顧客に対して、見込み客を開拓するためのアプローチができる機能の二つの機能が統合されていることが必要であるとともに、大量にかかってくる電話に対する迅速な処理能力と消費者や顧客のいろいろな相談ごとや要求に対応していける高度な業務処理スキルを持った担当者の配置とコンピュータによる情報処理能力を備えていることが必要条件となる。

/『「顧客の声」を天の声にする会社―売りっぱなしは許されない! 花王の「消費者相談窓口支援システム」に学ぶ』(小西一生,禰津時男共著)

本田宗一郎没後20年、当社設立10周年の今年に挑戦したいこと ~「チャレンジして失敗を恐れるよりも、何もしないことを恐れろ」~

2011年08月28日 03:19 PM

 投稿者 小川 悟

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私の過去などは、現在を成功というならまさに失敗の連続で、失敗の土台の上に現在がのっかっているようなものである。

/『俺の考え』(本田宗一郎著)

今月、8月5日は、本田技研工業株式会社の創業者、本田宗一郎の没後20年にあたる日でした。

 

Gaba こどもマンツーマン英会話が7月におこなった「子どもの教育に関する保護者の意識調査」によると、今年の夏休みに子どもに読んでほしい有名人の自伝・自叙伝を聞いたところ、本田宗一郎の『夢を力に』が1位になったそうです(Gabaマンツーマン英会話調べ)。

 

『夢を力に』は、本田宗一郎の自叙伝(日経新聞「私の履歴書」に連載した内容)と、語録(社内報等に寄せた文章)、年譜などがコンパクトにまとまっているので偉大な経営者の遺した軌跡をざっくり振り返ることができ、かつ、ご本人の書かれた言葉がそのまま読めるということで、どこか身近に感じることもできる本ですね。

 

今は日本の自動車メーカーも、若者の車離れだとか円高等の影響もあって、世界を相手に競争するには苦戦する側面もあるのかと思いますが、日本のものづくりが世界を牽引し高度成長を果たした時代に崇高な思いを掲げて時代を切り拓いていった経営者たちの遺した言葉は、現在の日本のように世界中から品定めを受けるような時代になって深い含蓄をともなって聞こえてくることがあります。

 

先日は、ベトナム出張時のことなどについて触れましたが、ホーチミンの街をタクシーで移動していると、平日の朝や夕方などは特に、道を行き交うバイクの群れに圧倒されることは度々ですが、そのバイクの多くが"HONDA"であることも気になってはいました。

 

ベトナムは昨今の経済成長を見ていて不思議に感じることもあるのですが、いまだに地下鉄が走っていないためにか(現在、日本のODAで工事着工し、2016年運用開始で進められているそうです)、交通手段はバイクがメインであることもあって、自動二輪車に強いホンダが主流になっていることに合点はいきます。殊ベトナム国内にあって、市場調査会社の発表する統計で言えば、有名ブランド調査で「HONDA」が全業種中で1位の座をキープしています。また、ベトナム以外の新興国でも「HONDA」ブランドは人気があるそうです。一時代に比べ、「MADE IN JAPAN」の持つブランド力が弱くなってきていると言われる中、消費者から信頼されるものづくりを続けているのはすごいことだと思います。

 

 

さて、8月、お陰様で当社は設立10周年を迎えました。

5日には、社内イベントですが、10月に予定している社員総会に先駆けて、まずは管理職だけで記念パーティーが催され、数年来ともに仕事をしている同志らと祝い合いました。

 

今期の経営テーマは「全員アドベンチャー」「挑戦」がキーになってきます。

今後迎える新しいフェーズも今まで以上に飛躍していけるように、現在課題となっていることを克服してゆくことと同時に、新しいことにも挑戦していきたいと思います。失敗を恐れていては、いつまで経っても「自身が出来る範囲の仕事」しか経験を積めません。

 

冒頭で触れた『夢を力に』の中で、本田宗一郎語録の「三つの喜び」というのが書かれています。

 

「作って喜び、売って喜び、買って喜ぶ」というものですが、当社も車やバイクではないですが、Webサイトを作り、売って、買って頂くというスキームは同じですから、没後20年の年、CS本部でも改めて意識を高く持ってサービス品質の抜本的な向上に挑戦していきたいと強く感じました。

 

あるメーカーの自動車は、二十年来ジョイントがガチャガチャいっている。そこには優秀な技術屋もたくさんいるはずだ。そしてその音を聞いている。それなのに直らない。どうして直らないかといえば、僕は道徳の欠如だと思う。こんな品物を出して申訳ないという道徳的な気持ちが少しでもあれば、シロウトでも直るはずだ。(『ざっくばらん』より)

(中略)いくら九九パーセントよい商品がつくれても、自慢にもなんにもならない。もし、一パーセントでも悪い車ができたら、その車にあたったお客さんにとっては、一〇〇パーセント悪いことになるのだから、「工場というのは、最低一〇〇パーセント、理想的にいえば一二〇パーセント合格しないと話にならない」

/『わが友 本田宗一郎』(井深大著)

この記事に関連するテーマ

中小・ベンチャー企業も注目するASEAN市場 ~アジアビジネス関連セミナーや、ベトナム出張を通じて~

2011年07月30日 04:59 PM

 投稿者 小川 悟

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それにつけても思い出すのは、ある開発途上国に出かけていった二人の靴セールスマンの話である。一人のセールスマンは本社に次のような電報を打った。「当地にて靴を履く者皆無。セールスの見込み全くなし」。もう一人のセールスマンの電文はこうだった。「在庫の靴全部送れ。当地の住民は皆裸足。市場として絶対有望」。

/『MADE IN JAPAN わが体験的国際戦略』(盛田昭夫,下村満子,E・ラインゴールド共著)

今回のコラムは私個人の話から始めさせて頂きますが、7月はアジアビジネスに関する多くのセミナー、イベントに参加しました。

 

7日はブレインワークスグループ主催『Asia Business Conference』、10日にはベトナム人留学生の集いのイベント、翌11日は日経新聞社主催のグローバルリーダーズフォーラムキックオフセミナー、20日には東京商工会議所主催の『中小企業のための国際展開セミナー』、そして、月末には当社代表の木村とベトナム出張をし、見聞したことも多いため、個々の詳細は割愛させて頂くものの、各所で感じたことなどを包括して感想を述べさせて頂きたく思います。

 

 

vietnam-094.jpg

※ホーチミン出張時、空き時間に行ったBitexco Financial Towerのスカイデッキにて。入館料に20万ベト​ナムドン(約757円)かかる。地上68階、高さ265.5m(​六本木ヒルズ森タワーは、地上54階、高さ238m)、周辺はま​だまだ発展の余地を多く残していると思う。

 

 

月末には私にとって3度目となるホーチミン出張がありました。

今さらながら不思議に思ってしまうことがあります。ファーストフード店で言えばロッテリアやKFCはあってもマクドナルドはありません。日本製インスタントラーメンと言えば日清食品製品は現状まだ市場浸透しておらず、エースコック製品が並んでいます(日本国内のシェアでは10%を切るがベトナム国内ではシェアNo.1)。ブランド利用者数で見ると「Honda」が海外勢やベトナム国内ブランドを退け1位(交通手段はバイクがほとんどであるため)。しかし、個人宅に行ってテレビや洗濯機等の家電製品をチェックすれば、ソニーやパナソニックではなくサムスンやLG等の韓国勢が多かったり。当然ながら日本人の感覚からすると、まだ何となく違和感を感じます。

 

他にも、ベトナム初のモッツァレラチーズの生産販売(cf.ブログ毎度おおきにホーチミン。/masukodagama氏)はつい最近の話だったり。地下鉄は走っていないし、ホーチミンだけで700万人以上いるのにボーリングやビリヤード、ダーツ、カラオケといった娯楽施設も極少数で、ゲームセンターなどはありません。

 

日本で当たり前のことがベトナムでは当たり前じゃないこともしばしば。どれも小さな話のようですが、日本国内にいると体感できないことばかりで、こういったことはベトナムに限らずどの国でも起こり得る話でもあると思いますが、実際に現地に赴くか、中長期で滞在しないと気付かないことも多いです。

 

さて、前回のコラムでも書きましたが、今の日本における少子高齢化、人口減少、成熟社会、内需縮小、円高、エネルギー問題といったマクロ的指標で見た際のリスク要因に対する措置としては、長期的視点を求められる大企業の方が早く手を打っていると思うのですが、3.11の震災以降は中小・ベンチャー企業にとっても、業種・業態によって経営的煽りを受ける企業も多くあり、海外進出、殊アジアを中心とした新興国への進出・進出検討が増えていると聞きます。それは、先に書いたようなセミナーやイベントが多く主催されたり、テレビのニュースや特番などで度々テーマとして扱われるようになってきた風潮からも感じ取ることができます。

 

極めつけは、11日に発売された『週刊東洋経済』(特集:「6億人の消費市場を狙え! ASEAN」)でしょう。本誌のアジア特集ならば、近年の中国台頭などもあって以前にも特集されたことはありましたが、今回はASEAN――、つまり東南アジア特集です。今の東南アジアが、ビジネス誌の切り口でどのように語られるのか興味がわき手に取ってみたものでした。

誌面には、ASEAN諸国の国土面積や人口、GDP、PC・携帯普及率、消費力、日系企業の進出社数を比較したデータや、宗教や文化、法律、基幹産業、インフラ、国民性など、地政学的観点も踏まえて分析した上で「こう攻める」と箇条書きで書かれた戦略指南などがコンパクトにまとめられていて、興味本位で見るだけでも楽しめる構成になっていました。

 

ビジネスの側面におけるASEANの市場機会として、「(中間層が増大しつつある、6億人の)消費市場」、「(チャイナプラスワンとしての)生産拠点」、「中国・インドという2大新興国を中心とした商取引上の中継地点」が挙げられるかと思います。

 

確かに人口をとってみても、国力の指標の一つになり得ると思います。アジアでは世帯可処分所得が年間5,000ドル以下の、いわゆる「低所得層」が6割以上いると言われます。『コア・コンピタンス経営―未来への競争戦略』を書いた、故C・K・プラハラード氏『ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略』の中で、「Bottom of the Pyramid」と呼んだ――、最近では「Bace of the Pyramid」(BOP)と言い換えられた、つまり、世界に40億人いると言われる、1日あたり2ドルで生活する貧困層へ向けたビジネスも近年注目を浴びているようですが(cf.『BoPビジネス戦略 ―新興国・途上国市場で何が起こっているか』/野村総合研究所著)、これも人口という市場規模をベースとした考え方かと思います。

 

他にも、諸外国から格安航空会社(LCC=Low-Cost Carrier)が就航し、全日空・日航も新会社を設立・検討段階に入ってきていたりと、私たちの生活に身近なところでも変化が起きています。日本へ訪れる外国人観光客が増える期待が高まりそうな一方で、旅行代理店などでは航空券手配時に利用されなくなり収益低下を招くことも考えられそうです。私もどんなものか試しに、今夏計画しているプライベート旅行で旅程の一つをエアアジアで予約してみました。

 

前回のコラムでもお伝えしたように、今後の日本のビジネスシーンでは、製造業だけでなく、IT/Web業界やサービス業界、その他の業界であっても、アジア進出の機運が高まってくるような気がしています。それは、先進国である日本に元気がなく、逆に新興国、とりわけ対日感情の良いASEAN諸国が若くて勢いがあり、成長の伸びしろがあるように思えるのと、既に業界を代表するような勢いのある日系企業が市場を取りにいっているからです。

 

cf.

■「中小企業経営者500名へ海外進出に関する調査報告」

http://www.miraiz.co.jp/release2999.html

■ASEAN主要6か国における対日世論調査(外務省,2008年)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/h20/5/1179515_907.html

 

当社でも、今後増えてくるだろう中小・ベンチャー企業様のアジア進出時の、Webやネット広告に対するご期待にも応えられるように、当社でもそういった事例を増やしておきたいと思いました。

この記事に関連するテーマ

グローバル競争時代に突入するIT・Web業界 ~アジア進出をされている企業様と情報交換する中で感じた期待感と危機感~

2011年06月30日 12:09 AM

 投稿者 小川 悟

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それでも僕はあの時、海外に出て行って本当に良かったと思っています。世界の中での日本の位置、海外の国々が日本をどう捉えているかなど、日本にいる時は先入観で曇って見えなかったものが、海外に出て揉まれる中で見えるようになったからです。

/『この国を出よ』(大前研一・柳井正著)

 

今日29日は第7回 アジアンプレナーズサロンという、アジアでビジネスを展開している起業家・経営者の集まりに参加してきました。刺激になったことが多かったので、感動冷めやらぬ内にそこで感じたことなどを共有させて頂きたいと思います。

同サロンに参加させて頂くのは、前回の第6回に引き続き、今回で2回目となります。

 

今回のサロンは「インドネシア特集」でした。サロンの紹介ページには、「人口2億3,000万人、Facebookユーザー3,000万人(アメリカに次ぐ世界2位)のソーシャル大国インドネシア」とあります。ちなみに、日本の人口は約1億2800万人、日本国内のFacebookアクティブユーザー数は約380万人です。

 

cf.「mixi, Twitter, Facebook 2011年5月最新ニールセン調査、Facebook利用者820万人へ 2011/06/20 ニールセン/VRI 国内アクセス調査」(In the looop:ITmedia オルタナティブ・ブログ)より。

 


Socialbakersの統計では、インドネシアのアクティブユーザー数は3,800万人を超えており、日本の10倍の利用者がいることになります。日本にはmixiなど、他の先行するSNSの利用者がいるので、殊SNSの浸透度ということで言えば同様の市場規模とも言えるかもしれませんが、インドネシアでそれほどの利用者がいるというのは意外にも感じました。

 

私はずっと日本にいて、世界の動向などもテレビや新聞、インターネットで見るか、極まれに旅行や出張で海外に行くことがあっても、そのときだけの断面を切り取ったような現実しか見ることはありません。

しかし、今こうしている間にも、アジアのFacebookユーザーだけで言っても、各国で利用者数が増え続けているわけです。

 

 

昨年、当コラム「不況期の「Web戦略アウトソーシング」のすすめ ~「SoftBank Days 2010~iPadが変えるワークスタイル~」等の外部セミナーを聴講して~」の中で「淘宝網(タオバオ)」や「楽酷天(らくてん)」に触れて以降も、DeNA社が「モバゲータウン」ブランドを「Mobage」と海外展開を意識して改称したり(昨年、海外向けのiPhone、iPod touchアプリとコミュニケーションスペース「MiniNation」を展開、先日は韓国に現地法人設立)、スタートトゥデイ社(cf.「ZOZOTOWN」)はソフトバンクと共に中国、香港、韓国と出店、楽天はインドネシアとブラジルへ進出、サイバーエージェント社はグローバルサイトオープン、アドウェイズ社はベトナムにオフショア開発センター設立、アイレップ社やアウンコンサルティング社がアジア企業と協業したという旨のリリース、その他、ベトナムやカンボジアへの日本企業の進出・投資が加速してきているといった日本企業のアジア進出に関する記事が、私自身の関心が高まっているからというのを差し置いたとしても、よく目に飛び込んでくるようになったと感じています。

 

メーカーや製造業などが新興国に工場を設立したりする話は今までにも多く見聞きしていましたが、最近ではサービス業、インターネット系企業の進出も随分増えてきたと思います。これら有名企業がアジア(海外)進出を積極的におこなったり、グローバルサイトを開設したり、また、海外進出・現地法人設立支援サービスや投資が加速したりする事実を見ていると、オフショア化によるコストダウン以外にも、「そこに市場があるから?」という思いにも駆られてきます。

 

例えば、最近オンエアしているソフトバンクのCMで、「何これ、ここどこ!?」と驚くようなシチュエーションのものがあります。

 

cf.SMAP in Singapore | ソフトバンクモバイル

 

こちらのCMは、シンガポールに昨年できた「MARINA BAY SANDS」というホテルが舞台となっています。

シンガポールの昨年の経済成長率は脅威の14.4%。国土面積は東京23区より少し大きいくらい、人口も500万人弱の都市国家とはいえ、「観光立国(The VISIT JAPAN program)」を目指す日本が真似したいと思っても、あのような立地を活かしたホテル建設などはちょっと難しそうです。国が小さいながら、国の収益を高めるための措置を採っているんでしょうね。実際、前回参加した「第6回 アジアンプレナーズサロン」の席でも、シンガポールは国全体が一つの会社のような政策で収益性向上に努めて成功しているといったお話がありました。

 

少し気にかけるだけでこの程度の情報はすぐに入ってくるのですが、現実はもっとアクティブなのではないかと想像しています。日本でずっと生活していると、一部の人は違うのかもしれませんが、世界各国の政治や経済、文化といったものにそこまで意識を向けなくても生活に困らないような気もしてきます。むしろ国内の情勢の方が気になって、関心もそちらに向きがちです。ところが、その自国の情勢も細かいところまで把握できているかと言われるとそうでもありません。大企業に新卒で入社したばかりの社員が、自社の財務状況や他社の動向について想像し得ないのと同じように、この国の中だけにおいても、自身の知らないことというのは意外に多いものです。

 

「失われた20年」と言われて近年日本は低成長を続けてきて、昨年には国の借金が900兆円を突破したという財務省の発表がありました。20年前の借金は300~400兆円なので、20年で3倍近くに増えた計算となり、震災後のGDP比で見ると200%近くになっています。この間、国民所得が増えて贅沢な暮らしをしてきたとか、将来的に所得が上がってゆくような投資活動をおこなってきたのなら借金も致し方ないとなるのかもしれませんが、所得水準は昨今では20年前とほぼ変わらない数字になっていますし、所得が増えていきそうな投資というのも思い当りません。

 

我が国日本も、ようやくプラスへ転換するか?と言われていた矢先に震災の影響を受けて、復興特需に期待するしかない状況になっています。また、消費税増税の是非が議論されていますが、冒頭で挙げた『この国を出よ』の中で大前研一氏が言及されている見解では、消費税1%あたり、2~2.5兆円ほどに該当するのだそうです。財務省で公開している国の借金の現状や、歳入と税収の関係図などを見ると、消費税増税だけでは国の借金を減らすことには大変な時間がかかりそうな気もしてきます。

 

 

■3.国の借金の現状は? :: テーマから調べる:: 調べる :: 日本の財政を考える(財務省)

http://www.zaisei.mof.go.jp/theme/theme3/

 

 

まして、昨年の国勢調査の結果、日本の総人口に占める65歳以上の高齢者の割合(高齢化率)が23.1%に上昇し、過去最高を更新したとニュースにもあるように、日本は世界でも有数の高齢者比率の高い国で、さらに新興国よりも手厚い社会保障がある分、それにかかるコストも相当なものであると想像します。例えば今から4年前の記事ですが、以下のようなものがありました。

 

 

■ベトナムの知られざる実像(2) 30歳未満が全人口の6割以上,ソフト技術者は3本の指に入る人気職種(ITpro)

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20070215/262102/

 

 

先述のベトナムと、日本の人口ピラミッドの対比が出ており、分かりやすいため引用させて頂きましたが、日本がこれから先迎えることになる状況を想像してみると、「ゆりかごから墓場まで」的政策を進めれば進めるほど、より一層の社会保障コスト増になることが明白ですが(cf.「英国病」)、それを支える若年層の割合が少ないことに懸念も感じます。

 

当時、ベトナムの国全体の平均年齢は27歳、中国やタイが34歳、日本は45歳と言われたことがありましたが、国全体を一つの会社と捉えると高齢者で構成される日本ほど他国よりも高い生産性、高付加価値を生み出す仕事をしていかないと、いわゆる人件費率の異様に高い会社のようになってしまいそうな気もします。

 

ベトナムやインドネシアのような新興国では、日本に比べればまだまだGDPや国民所得も少なく平均賃金も低いですが、技術力や生産効率自体が相応かと言うとそういうわけでもありません。むしろ、製造業だけでなく、IT産業も今後、製造工程をオフショア化させてゆくことが加速していけば、技術力や生産効率自体は日本より勝ってくる可能性も考えられます。当社代表の木村のこちらのコラムからも引用すれば、「加工」「組み立て」の工程がそれに当たると思います。

 

私の所属するCS本部の業務内容にこうした業務も含まれるため、今、IT業界全体が、かつて製造業が迎えたのと同じように大きな転換期を迎えていると思いますし、私個人としても強い危機感とともに、知らず知らずの内にグローバル競争に巻き込まれた当事者になっているという思いもあります。

 

日本にずっといると、政治や税制などに不平不満を言いながらも何とか生活が成り立ってしまうこともあって――、あたかも、時に社内での自身・自部署の立ち位置・保身や消費者不在の開発を優先して考え、お客様の方を向いて仕事をすることを外に置いて仕事をした気になってしまうことがあるように、――先人たちが築き上げた国のポテンシャルがもたらす快適さや便利さを享受できていることや、周辺国の不断の努力をついつい忘れがちで、下手をすれば本来必要な質量の、我々当事者が持つべき肝心な努力目標の基準も下がりがちになることも考えられます。

普通に考えると、このような今日本国民が享受できている状態を仮に既得権益と考えると、この既得権益を守ったり生活水準を引き下げないようにしていくためには、高い生産性や付加価値創出力(国際競争力)を向上し続けていくか、債務不履行(デフォルト)になるまで借金を増やしていくしかないようにも思えてきます。

 

あまりにも自分が外の世界のことを知らな過ぎることを痛感し、せっかく今のような時代を日本でタイムリーに生きている以上、グローバル競争時代に突入したことを肌で体感できるような機会を極力多く持ちたいと考えています。冒頭でご紹介したような異業種交流会やセミナーなどは他にも多く催されているようですので、今後も関心を高く持ってウォッチしていきたいと思います。

 

私たちの仕事も、お客様である企業を客観的に分析して、自社では気が付きにくい視点でWeb周りの改善提案などを企画立案、運用してゆくことがメイン業務となっています。自社の枠を飛び越えて、市場の中で俯瞰して自社を見つめ直すといった作業を外部化したい、Webサイトの構築や運用といった自社の本業外の業務は自社で抱えず業者に一括で委託したいとお考えの企業様がいらっしゃいましたら、是非一度ご相談ください。

 

BRICsはもちろん、インドネシアもタイもフィリピン、ベトナムも貧しいばかりだと思い込み、先進国である日本とは未来永劫に並ぶことのない国々であるという差別感情があなたの心の奥には存在していないでしょうか。(中略)そこで最も重要なことは心の奥に潜む、新興国に対する先入観や思い込みをいかに払拭できるかです。上から目線の商売は絶対に成功しません。

/『アジアビジネスで成功する25の視点』(財部誠一著)

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アイデアを形にするしくみとブレイクスルー思考 ~『アイデアのつくり方』を読んで「発想」の源泉について考える~

2011年05月21日 11:02 PM

 投稿者 小川 悟

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アイデアこそが広告に精神と生命を吹きこむ。広告制作者がその手腕を発揮する上で、これより大切なものはない。

(序文より、Doyle Dane Bernbach社社長、William Bernbach氏)

/『アイデアのつくり方』(ジェームス W.ヤング著)

昨日20日は、仕事が終わった後に、Web&モバイル マーケティング EXPO【春】(Web-Mo 春) の当社出展プロジェクトメンバーの打ち上げに参加してきました。

 

先週末で終了した、この「Web・モバイルマーケティングに関するソリューションが一堂に集まる日本最大級の専門展」に当社が出展するのは今年で4回目でした。今回は時代を反映して、今年で第2回となった「クラウドコンピューティングEXPO」に続いて、「第1回 スマートフォン&モバイルEXPO」が併催されるなどした関係か、5/16時点の来場者数速報値を見ると、3日間で124,000人以上の人が来場される程盛り上がったことが分かります。

まずは当社ブースまでわざわざお越し下さいました企業ご担当者様、お客様、お取引先様、皆さま、誠にありがとうございました。この場をお借りして御礼申し上げます。

 

 

さて、本題に入ります。今年に入ってからのこのコラムの中で、今年の干支である「辛卯」(かのとう、しんぼう)について少し触れたことがありましたが、ポジティブな側面でとらえ直し、今年が「新しく芽が生じる年」になるとすれば、当社にとっては当たり年になるかもしれません。

――と言いますのも、今期第11期に当社で掲げられた経営テーマは、「全員アドベンチャー」で、この詳細については、当社代表の木村のコラムを参照頂きたいのですが、新たな価値を生み出したり、既存サービスのカイゼンや、イノベーションがテーマになっている期となっているからです。

今期、大きなインパクトのある事業が誕生するのが理想ではありますが、一見小さなものでも、そのカイゼンによって、お客様に喜んで頂く割合、回数、度合が向上するのであれば、巡り巡って社内スタッフのモチベーションも向上するため、そうやって良質なスパイラルを生み出すだけでも、お客様・当社の両者にとってベネフィットに繋がると考えています。

 

以前もこのコラムでご紹介した、当社が既存のお客様向けに実施している顧客満足度調査ですが、先般、第10期(2010年4月~3月)に納品が完了したお客様の内、アンケート回答にご協力頂きました350社のお客様から頂いたご意見の集計が完了しました。

「不満足」をなくすことには至りませんでしたが「満足」が5%伸びました。前回は半期分で総数が今の半分以下であったので、下半期で一層のカイゼンが進められたと自己評価しております。もちろん厳しいご意見もありましたが、どちらかと言うと「思ったより全体的に品質が悪い」というご意見は極まれで、大体が「まだ始まったばかり、これからが本番」といった期待感・ご要望に近いものであると感じました。

 

 

seat.jpg

 

 

■顧客満足度調査結果

http://www.freesale.co.jp/service/customer.html


そのため、上記ページ下段の方をご覧頂けるとお分かり頂けるかと思うのですが、組織再編を行い、中小・ベンチャー企業のWeb戦略をサポートする上で、最も多くの、そして強いニーズがある、納品後の運用体制を強化して、今期スタートを切りました。

 

これらは恒常的なカイゼン業務ですが、新規事業開発支援、及び事業推進のためにも、既に当社では相応の制度が走りました。スタッフからの新規事業提案をフォローする仕組みです。「挑戦」することに尻込みしてしまうスタッフも、こうした仕組みでカバーされるのではないかと感じています。このように社内制度化することで、推進力を得ようとする企業様は多いですよね!

「じんつく」というサイトは、眺め見ているだけでも「へぇ~」という気分になります。

 

cf.じんつく-みんなで作る人事制度図鑑-

http://jin29.jp/

 

上記にもあるかもしれませんが、こうした社内ベンチャー設立支援、新規事業・商品開発の支援制度の類で直感的に想起するのは、リクルート社の「New-RING」、セプテーニ社の「ひねらん課」、GMOインターネット社の「夢手帳立候補制度」、サイバーエージェント社の 「ジギョつく」、他にもちょっと系統が異なりますが、ミクシィ社の 「One Day Free(ODF)」や、グーグル社の「20%ルール」等々でしょうか。このような「しくみ(社内制度等)」が、多くのユーザーに愛される商品・サービスを生み出してきた事実もあるのでしょうね。

 

ただ、いくら「しくみ」(社内制度等)が整備されても、そのしくみを活用するのはやはり「人」です。本質的な理解が求められることはもちろん、そもそもの知識や情動のようなものがなければ、良いアイデアも出てこないかもしれません。

 

孫正義氏がかつて「Bit Style」という会合でおこなったスピーチの内容について、過去私もこのコラム(cf.「クロニクル「インターネット業界10年史」 ~まるでビッグバンのように、超高圧な一点の意志からその広大無辺な市場は生まれた~」)の中で引き合いに出したことがありましたが、そこで孫氏が、ビジネスを成功させるために必要な条件を4つ挙げて未来の起業家たちにエールを贈ったエピソードが有名です。

その4つとは、「志」、「アイデア」、「仲間」、「資金」でした。この内、今回は「アイデア」について少し掘り下げて考えてみたいと思います。

 

 

冒頭に、ジェームス W.ヤング氏の『アイデアのつくり方』の一節を引用しました。発想法に関する古典的作品と言われています。著者自身、広告業界の人ですし、序文を寄せたウィリアム・バーンバック氏も同じく広告業界の人です。広告業界では研修時に発想法について学ぶ機会もあると聞いたことがありますので、読まれる方も多いのかと想像します。


著者は、アイデアをどのようにして発想し得るか、その方法について、公式化したり、発想する技術があるのではないか?といった仮説を立てます。そして、「アイデアは新しい組み合わせである」という見地に達します。この原理は今の時代でも、識者によって語り継がれています。

 

何かを考えるときには、まず既存のアイデアが自分の頭に入ってきて、それが組み合わさって「新しい」アイデアになり、そして企画という実現可能なカタチになる。この流れで知的作業が進んでいくようです。

/『考具』(加藤昌治著)

 

新しいアイデアは、世界のアイデアとあなたのアイデアをかけあわせた(×)ところから生まれます。あなたが<アイデアのかけ算>の達人になれますように!

/『アイデア×アイデア』(田口元著)

 

そういった意味で、ヤング氏も書かれていますが、原理原則に気付くことが重要なのだと感じました。「アイデア」ベースのネットサービスはこの10年間でも実に多くリリースされてきたと思います。最近の日本でも話題に出ることの多い、Facebookやザッポスの前身サービスも「アイデア」ベースでした。日本でも例えば美人時計」(cf.「美人天気」)などがあると思います。こちらも、「美人」(男女共に興味対象)+「時計(天気)」(日常的に利用されるもの)という既にあるものの組み合わせとなっていますね。

 

『世界が恋した美人時計 大ヒットサービスが生まれたヒミツ』(中屋 優大,橋本竜著)という書籍に、サービスの成立背景が書かれています。

「美人時計は、思いつけば誰でもできた」

「流行ったのはまぐれだよ、運がよかったね」

そう耳にタコができるくらいに言われました。確かに運には恵まれていましたが、運は流行るところに訪れるもの。その運に気づくことができるか?摑まえられるか?摑まえて活かした結果が、よくみんなが口にしている運が良かったということ。

/『世界が恋した美人時計 大ヒットサービスが生まれたヒミツ』(中屋 優大,橋本竜著)

 

確かに、自分では思いつきそうで思いつかなかった、もしくは思いついたが実行に移せなかった、結果を出せなかったサービスで他者に先を越されたとき、一瞬悔しいと思う感覚は誰しもにあると思いました。

しかし、イケダハヤト氏の実行スピードが価値になる時代というコラムに目を通して、万が一悔しいと思うことがあっても、これは納得するなと思いました。「アイデア自体にもはや価値はない」という考え方です。10年くらい前に、「情報(化)社会」と言われて「情報がお金になる」時代がありましたが、今では情報自体は無料が増えて価値が薄くなったようなパラダイムシフトが、今目の前で起こっているのですね。アイデア出しのフェーズで悔しがっている余裕はない筈です。

 

先の、『アイデアのつくり方』の中で、ヤング氏はアイデア生産の過程、もしくは方法を5段階に分けました。その5番目のフェーズ、「現実の有用性に合致させるために最終的にアイデアを具体化し、展開させる段階」について書かれた以下の記述は、アイデアを形にする仕事を遂行する上で重要な考え方だと思いました。

ほとんどすべてのアイデアがそうだが、そのアイデアを、それが実際に力を発揮しなければならない場である現実の過酷な条件とかせちがらさといったものに適合させるためには忍耐づよく種々たくさんな手をそれに加える必要がある。

/『アイデアのつくり方』(ジェームス W.ヤング著)

アイデアを思いついて披露し、それで満足して留まってしまっては、形にすることができずに、いわゆる「ジャストアイデア」(思いつき)で終わってしまいます。

そう考えると、せっかくヒット商品、市場に受け入れられるサービスの原案になったかもしれないのに、上司に一度ダメ出しされたからとか、周囲の協力を求められなかったり、用途をプレゼンしきれなかったり、スピード感を持って動けなかったり、まさに「仏作って魂入れず」ではありませんが、最後の仕上げの部分で挫折してしまって世に出なかった幻のサービスなどもあるのかもしれませんね。

 

「アイデアを新たに生み出す」という創造行為には、当事者意識や目的意識、使命感などの基本的なマインドはもちろんのこと、アイデアの数自体もそうですが、一見無理そうなところにも突破口を見出して思考停止に陥らない、ブレイクスルーの思考が求められているのだと感じました。

 

特に管理職以上になると、「常に結果を出すこと」を求められることが増えるかと思いますが、それは、「壁にぶつかる=突破しなければならない」機会が増えることと同じことかとも思いますので、管理職にとっては問題解決思考やしくみ化と同じくらい、スピリチュアルな要素も重要になってくるのかもしれません。

 

今期第11期、8月には、当社設立10周年を迎えます。お客様を含め、市場から求められてくる内容は一層難しいものになっていくと思うのですが、今期当社の経営テーマ、「全員アドベンチャー」によって挑戦するスタンスを磨きながら、サービス・イノベーションを起こせるようなアイデアを全スタッフで出し合い、結果を生み出していけるような組織を目指します。

 

 

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マーシャル・マクルーハン生誕百年、「メディアはメッセージである」 ~4月、当社第11期スタート、当社公式サイトスマートフォン対応化完了~

2011年04月10日 09:03 PM

 投稿者 小川 悟

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「ニュースはテレビの視聴者にとっては自動的に現実世界となる。それは現実と置き換わるのではなくそれ自体が直接的現実なのだ」ということになる。換言すれば「私たちは私たちがメディア(テレビであれインターネットであれ)を通じて見た(認識し、知覚した)そのものになる」ということだ。

/『マクルーハン 生誕100年、メディア(論)の可能性を問う』~『メディアの理解(メディア論―人間の拡張の諸相),有馬哲夫氏』(河出書房新社)

当社は4月1日から第11期に突入致しました。新たな経営テーマ、ゴールビジョンの元、年間の行動計画を立て、各部門各自がやる気に満ち溢れる時期となりました。

 

当社では早速、4月1日、当社公式サイト群(公式サイト、新卒採用サイト、中途採用サイト)のモバイル向けサイトをリニューアル致しました。

リニューアルに際しては、当社子会社の株式会社ファインズが提供する、携帯Flashサイト構築システムSUNNYを導入致しました。

 

■ガラケー(フィーチャーフォン)Ver.の表示画面

HP_official.jpg

■スマートフォンVer.の表示画面

SP_official.jpg

※以下QRコードをバーコードリーダーで読み取り頂くか、URLをメールで転送してアクセスして下さい。

URL: http://m.freesale.co.jp/

■QRコード

qr_official.jpg

cf.iPhone,Andoroid機種向け、QRコード読み取りオススメ無料アプリ

アドレス交換 Lite 【iPhone/iPod用】

QRコードスキャナー 【Andoroid機種用】

※QRコードは株式会社デンソーウェーブの登録商標です。

 

ガラケーVer.は「SUNNY」の特徴であるFlashコンテンツを活用することで、コンテンツ量の多いケータイサイトにありがちな縦長スクロールのストレスがないUI(User Interface)にし、スマホVer.はフリック操作時のストレスを最小限に抑えるために、画面サイズに適したナビゲーションアイコンを設置、直感的な操作で目的のコンテンツへ到達しやすくなるよう「使いやすさ」に配慮した設計を意識しました。いずれも、通信速度を考慮した浅い階層構造を心掛けました。

 

昨今のマルチデバイス時代、TwitterやFacebook、mixiやGREE、Ameba等の人気SNS、ネットサービスのスマホ対応化もどんどんと進んでおり、中小・ベンチャー企業、店舗様のコーポレートサイトにおきましても、よりシームレスな各種サービス間のページ遷移が、今後ますます求められてくることになると考えられます。今後とも当社提供のWebサイト、ファインズ提供のSUNNYをどうぞ宜しくお願い致します。

 

 

さて、今回は第11期一本目のコラムとして、先のように、当社公式サイトのリニューアルをお知らせさせて頂きました。

今年2011年は、『メディア論』などで有名な、マーシャル・マクルーハンの生誕100年の年だそうです。マクルーハンは、私たちが通常「メディア」と称する際に「内容(コンテンツ)」そのものを言うことが多いと思いますが、マクルーハンはメディアそのものが情報を持った「内容」であるというようなことを主張しました。

昨今のように、PCやガラケーはもとより、iPhoneやiPad、デジタル・サイネージ、電子書籍リーダーなど、情報をアウトプットする"スクリーン"は多種多様となった、まさに「マルチデバイス時代」、また、先月のコラムでも触れましたが、中東の革命や、震災時の緊急連絡手段として、各種SNSや最新ネットサービスが活用されたりされるなど、折しも今年はマクルーハン生誕100年ということで、「メディア」「マクルーハン」について一般の関心が高まりそうな予感がしています。

 

 

期初のコラムとして、話を続けたいと思います。

東日本大震災から明日で1か月――、まだまだ未曽有の災害が残した爪痕は各地に残り、復興に向けて取り組まれている方の心労も絶えない時期かと思います。大変な時代ではありますが、一歩一歩、復興に向けて皆で取り組んでいければと考えております。

今日10日は統一地方選挙の投開票日であり、私も足を運んで参りました。今、社会的関心の高い被災地の復興、原発措置を含めた災害対策についてはもちろんのこと、そもそもの課題であった経済政策などに改めて当事者意識を持って対峙してゆく意味もありました。

 

昨今のニュースで、福島第一原発の電源喪失事故について「想定外」としていた過去の認識に甘さがあったという保安院・安全委からの発表があって、いわゆる「原発の安全神話」が大きく揺らぎ、反原発・脱原発のムードが高まっているところも見受けられます。過去、反原発を歌ったロック・ミュージシャンたちの映像などは、動画共有サイトで再生回数が今もどんどんと伸びていっています。

冷静になって考えてみると、なぜ日本のような地震大国、かつ国土の狭い国にあって、(建設中・計画中のものも含め)アメリカに次いで世界第2位の原発保有国となったのか。震災の特番などを見ていると、何やら、製造業の生産性と電力量との間に相関関係もあるといったことが説明されたりもして、日本の高度経済成長期に「多くの電力が必要になっていった経緯」があったことを想像させられます。今までそんなことは考えたこともありませんでしたが、確かに疑問に感じました。

 

今までの経緯や背景を窺い知るために、堺屋太一氏がオイルショック発生から2年後の75年に執筆された"予測小説"、『団塊の世代』を思い出して目を通してみました。本書は四話の短編小説の構成で、一話目が80年代前半、二話目が80年代後半、三話目が90年代中葉、四話目が00年の世界を想定し、主人公も舞台も独立した内容ながら、主人公が皆「団塊の世代」という共通項で統一された断章形式による未来予測小説という体裁になっている作品でした。

 

ここでは第四話「民族の秋」を引用してみます。

一九七〇年代の中頃から、欧米諸国は石油に替るエネルギー源の開発・利用に全力を上げた。全ての国々が、乱暴に思えるほどの勢いで原子力発電所を増設し、石炭の利用を拡大した。太陽熱や地熱、海洋エネルギー、風力エネルギーを利用する技術の開発にも、巨大な資金と多数の人材を投入して来た。だが、日本はそれに立ち遅れてしまったのだ。

理由はいろいろあった。(中略)最大の要因は、国民の間にエネルギーに対する危機感が乏しかったことだ。あるいは、国民大衆に対して、納得のいく説明を十分にしなかった関係者の努力と技倆の不足に責任があったのかも知れない。日本では、エネルギー問題の重要性を説く論調よりも、原子力発電所や石炭公害の危険を主張する論評の方が、はるかにマスコミに受けていたのである。

/『団塊の世代』(堺屋太一著)

念のため改めて断っておきますと、上記はあくまでも「予測小説」であって、「現実を描いた小説」ではありません。著書が75年に00年の日本、あるいは団塊の世代が活躍、悩むビジネスシーンを想像して書いた小説で、本文もその一節です。それでも、当時のムードを窺い知る材料にはなりました。

 

なるほど、確かにマスメディアにおいては――、これはかつて、このコラム(cf.「タイトルだけでクリックさせる ~タイトルの"修辞学"~」)の中でも触れたように、タイトル、もしくは記事の見出しは重要です。――私たちの業界では活用されるケースはそこまで多くはないですが、「フィア・アピール」はマーケティング、あるいは特定業種の販売手法では常套手段の一つではあるし、昨今「放射能がくる」とか某誌の見出しが問題になったりしたこともあったかと思いますが、「読んでおかないと身が危険になりますよ」とでも言わんばかりの打ち出し方のメディアは多く散見されるような気もします。

 

関連して言えば、他にも改めて今、未来予測として読むべき本があるとすれば、アルビン・トフラーのものなどでしょうか。

 

cf.未来学者アルビン・トフラーが予測する今後の40年を左右する「40の変化」(「ダイヤモンド・オンライン」,2010年12月29日)

http://diamond.jp/articles/-/10609

 

私の世代ではこうした過去の経緯は同時代人として実感が少なかったですが、これらを読む限り生活者は、目にするメディアによって多分の影響を受けてきていたことが今さらながら痛感します。確かに、日本が世界に誇る科学技術についての功績や抱えている諸問題よりも、起こった事故や政治家の汚職・失脚などのニュースの方が印象深く残っています。

 

また、太陽光発電についても、「チャレンジ25」、「チーム・マイナス6%」の頃から、ドイツの成功事例を横目に日本は国土が狭いし余計にコストもかかるため難しいといった議論がありましたが、直近は世論として自然エネルギーに傾倒してゆく可能性も考えられそうです。「原発(そのもの)が危険」という科学技術に対する不信というよりも、管理する側がリスクを予見しきれない、トラブルを対処しきれないということしか生活者には映らないだろうからです。もっと考えを巡らせると生活者は、エネルギー政策(国内供給はもとより、世界に対する技術提供含め)そのものよりも、脱原発に関心が高まっているということが想像できます。

そうなった際に難しいのは、どのように必要なエネルギーを調達するかということでしょうね。生活者の目からは、オール電化の家に住まなくてもやっていける、パチンコ店のネオンは過剰過ぎではないか?と生活者なりの節電に対する意識はそれはそれで重要かと思うのですが、企業の事情となると別で考えなくてはならなそうですね。

当社も本社では多くの企業様同様に節電を心掛けています。インターネット、Web業界で働く私たちにとって、電力は主に照明やPCの電源 となり、一番の留意点はサーバを止めないということになると思いますが、企業によっては、例えば半導体製造など「電気」そのものが生産性に関わるという ところも多いと思います。週刊ダイヤモンドの最新号の特集も「電力喪失」でしたが、今後の政府や電力会社の方針決定は、国民の安全を大きく左右することはもとより、日本経済復興にも繋がる意思決定となってくるでしょう。中長期的視点で見ても貴重な電力ですし、本質的な復興のためにも、こういった対策も同時に進めて頂きたいですね。

 

他にも、夜道が暗いという不便もあります。不便なだけでなく、実際に物騒な事件もニュースで散見され、治安面においても今までコンビニや店舗の看板などのありがたみを知ることになりました。

余談となりますが、学生時代に「(歴史の中の)照明」(象徴として、あるいはマクルーハン的に言えば「メディア」として)に興味を持った時期があって読んだ本がありました。『闇をひらく光 19世紀における照明の歴史』というものですが、以下に一部引用したいと思います。

ランタンは秩序を具現するものだったので、そこに加えられた攻撃は、いかなるものであれ、秩序へのささやかな反抗を意味した。したがってそれ相応の罰が与えられた。パリでは、街灯破壊が秩序違反(con-travention aux ordonnances)ではなく、刑事上の犯罪行為、それもほとんど不敬罪として扱われた。

/『闇をひらく光 19世紀における照明の歴史』(ヴォルフガング・シヴェルブシュ著,小川さくえ訳)

つまり、照明(光)の社会的役割として、単に周囲を照らすというだけでなく、防犯上の意味合いが、近代的な「照明」が発明されてすぐに生じていたということを示していると感じたものでした。何を節電して、何を節電しないのか、その辺の判断も難しいところであると感じました。

 

先述した保安院・安全委からの発表に先立ち、3月末、昨年の事業仕分けでひっそりと国の管理から外れたサービスがありました。私もこのコラムでかつて採り上げたことのある、科学技術振興機構の「失敗知識データベース」がそれです。

 

cf.失敗体験を通して創造力を生み出すために ~アポロ月面着陸40年、世界天文年2009~

http://www.web-consultants.jp/column/ogawa/2009/05/post-31.html

 

「失敗知識データベース」は2005年から運営されており、過去の失敗事例をデータベース化し、同じ失敗を繰り返さないように体系化してまとめられていたものでした。今では、失敗学会理事長を務められている畑村洋太郎氏の主宰する畑村創造工学研究所の管理下に移されています。

この中の「電力・ガス」のカテゴリの中に、過去の原発関連の事故も収められています。

 

cf.「失敗知識データベース」失敗事例 「電力・ガス」

http://www.sozogaku.com/fkd/lis/cat007.html

 

今回の「想定外」の事故と全く同様のケースはないので、仮にこれを畑村氏の提唱する失敗のヒエラルキーの中で「未知への遭遇」に分類するにしても、国の管理下から離れたとはいえ、是非、今稼働中の他の全ての原発を含め、同じ失敗は当然のこととして、想定されるリスクを繰り返さない対策をとって欲しいと願うばかりです。

 

最後になりますが、私たち一企業人として節電に対する意識など、もちろん局所的に最重要な問題ではありますが、中長期的に見ると、まだまだ考えなくてはいけないことは多いなと感じたことを表すために、先の『団塊の世代』(第四話「民族の秋」)後半の、主人公たちの会話部のみを引用してみます。

「僕らはむしろ責任者だと思いますよ。あの高度成長時代、いやそれに続く七〇年代・八〇年代の、まだまだ日本に力があった頃を無為無策に過して来たことの……」

「無為無策だったかね……」

「そうですよ。だから今、僕たちはエネルギー問題や財政問題で苦労してるんじゃないですか」

「先のことを考えないで、福祉だとかレジャーだとかで民族のバイタリティーをことごとくその日の消費に使ってしまった責任世代なんですよ」

「民族のバイタリティーというのは、時代の産物ですからねえ……」

「そうですよ。日本民族の春と夏は短かったんですよ」

「そうか、今は民族の秋か……」

<冬の準備を急がねばならん……>

/『団塊の世代』(堺屋太一著)

――となるのですが、今を生きる私たちは、まさに歴史の真っただ中にいるのであって、過去のことや、上の世代に責任転嫁していても何の解決も生まないということを感じました。

 

これはそのまま、私たちの仕事にも当てはまりそうです。後々どのような問題を孕んでいるのか、勝っているときだからこそ、潜在的に秘めているリスクも意識しつつ、今期はより一層、皆が当事者意識を強く持って、飛躍できる期にしていきたいと思います。

長くなりましたが、引き続きどうぞ宜しくお願い致します。

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再読、『クリック&モルタル』。 ~メディア激変時代、中小・ベンチャー企業の消費者コミュニケーションを再考する~

2011年02月23日 09:21 PM

 投稿者 小川 悟

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ブランドは顧客経験のなかから生まれるのであって、「大声で宣伝すること」からではない。そして、顧客の得る経験は、一回の取引ごとに、それにとりつかれた文化の中で働く社員によって作られる。(中略)インターネットは物の見え方を変え、経験を変え、スピードを変える。だが、ビジネスの原則、すなわち行動の裏にある核心は、けっして変わることはないのである。

/『クリック&モルタル』(デビッド・S・ポトラック、テリー・ピアース共著)

電通が「日本の広告費2010年」を発表しました。

cf.「2010年の日本の広告費は5兆8,427億円、前年比1.3%減」(株式会社電通)

http://www.dentsu.co.jp/news/release/2011/pdf/2011019-0223.pdf

 

私たちの扱うインターネット広告費全体を見てみると、前年比プラス9.6%の伸張でありました。媒体別広告費の推移に目を移すと、既存マスコミ四媒体を中心に、直近5、6年だけをざっくり振り返ってみて思うのは、対2005年比で総広告費が85.6%、インターネット広告費が205.1%である中、新聞61.6%、雑誌56.4%、ラジオ73.0%、テレビ84.8%といった遷移であることが分かります。

この数字だけでは何とも言えませんが、「紙媒体」(原価が高い、エコに優しくない等の特徴)で特に減少傾向が顕著であるように見えます。各社、広告費だけが収益源ではないという見方もありますが、「構造不況」という言葉だけでは片付けられない数字のようにも感じました。まさに「メディア激変時代」と言っても誇張や煽動には当たらないのではないかと思う深刻な数字であると思います。

 

今になって当時を振り返るに、旧ライブドアや楽天が引き起こしたテレビ局買収問題によって、2005年は象徴的な年になったようにも思えます。

 

『週刊ダイヤモンド』(2011/1/15号「新聞・テレビ 勝者なき消耗戦」)に目を通すと、10年度に広告宣伝費の減少率が高かった上場企業の一覧が出ており、1位のホンダ(減少率:50.78%)以降、多くの大企業で広告費の更なる縮減が行われたことが分かりますが、こういったものがマクロ的な数字を動かしているのかと想像します。

 

昨年も電通のニュースリリースを引用したことがありました。

cf.「日本の広告費 2009年」発表、新聞を抜きテレビに次ぐ第2のメディアとなったインターネット ~マクロ環境から読み解く、「モノの流通」から「情報の流通」への大転換期~

http://www.web-consultants.jp/column/ogawa/2010/02/post-50.html

 

今になって改めて読み返してみて、カルチュア・コンビニエンス・クラブについて触れていたことを思い出しました。MBOによる上場廃止などで再びニュースで名前を見かけることが多くなってきたので、何の気なしに公開されていた四半期報告書に目を通していたところ、「クリック&モルタル」(cf.「クリック&モルタル」/Wikipedia)という表現を用いているのを発見し、極個人的な感傷ですが、懐かしくなって今回コラムを書くことにしました。

 

ちなみに、以前、再読、『ザ・ゴール』。 ~エリヤフ・ゴールドラット氏来日! ~"生産的"であるとは何か?~というコラムを書いたことがありましたが、特に「再読~」をシリーズ化しようと目論んでいるわけではありません(笑)。

 

この「クリック&モルタル」という用語が今でも日常的に使われているかは分かりません。この名称が一般に知れ渡ることになったのは、2000年に刊行された『クリック&モルタル(CLICKS AND MORTAR)』(デビッド・S・ポトラック、テリー・ピアース共著)という書籍でした。

※当時意識していませんでしたが、監訳は株式会社ビジネス・アーキテクツ様だったんですね(汗)。

 

この書籍はちょうど私の前職時代(中小企業・小規模店舗・個人事業主様を中心に、ECショップのASPの提供・サポートを行う企業で、ECショップオーナー様の元へ訪問して、社内LANの構築のお手伝いや、ASPの使用方法をレクチャーしたり、商品登録の際の写真撮影や説明文を一緒に考えたりする仕事をしていました)、ただでさえそれまでパソコン自体もロクに触ったこともなく、初めての内容の仕事で右も左も分からなくて、何をやってもうまくいかずに気分が塞いでいたときに、気分転換に立ち寄った書店で流行っていそうだったので購入した書籍でした。

当時の読後感を詳しく覚えてはいないですが、購入前は実店舗とネットショップをどう絡ませていくべきか?という手法を学んで、お客様に対するレクチャーの精度を上げたいと思って購入したのですが、実際に読んでみるとそういう内容でもなく「間違えたかな?」と感じたことを覚えています。しかし、一言で言えば元気をもらえた書籍で、業界のことやインターネット系の技術に詳しくなって安心したというより、自分の携わっている仕事に意味を見い出せ(虚業なんかじゃない!等)、そもそも自信を持てた良いタイミングになりました。知識や技術も重要ですが、それらはあくまでも目標達成やリスク防止、顧客説得材料のための一手段であって、それはそれで学びつつも、お客様と一緒にビジネスを考えていくこと自体が楽しくなっていったことに繋がったように記憶しています。

その後も、「パーミッション・マーケティング」や「One to Oneマーケティング」、「バイラル・マーケティング」等の書籍や用語が氾濫し、それを体現したような各種サービスが多くリリースされたものでした。

 

私たちのいるインターネット業界でも、新しい会社やサービスがどんどんと立ち上がり、競争が激化していっています。堅調に推移している業界と思われている部分もあるかと思いますが、私たち中小企業は、同じくお客様層である中小・ベンチャー企業様に、「いかに勝たせるか?」を徹底的に考えていかなくてはならないことには変わりません。市場が伸びているからと言って、何もせずにいては儲かるどころか衰退していくというのは当たり前ですが業界を問いませんし、当社も当社のお客様も同じだと思っています。

 

さて、2月1日、当社も賛助会員となっている「eビジネス推進連合会」主催でeビジネスカンファレンス2011が開催され、当社CS本部のマネージャーに参加してきてもらいました。

※私自身が参加しておらず、聞きづてで申し訳ありません(汗)。

 

セミナー参加報告書を見るに、ヤフー株式会社、楽天株式会社、株式会社スタートトゥデイの代表者ら識者によるパネルディスカッションをメインとして進行したものだそうです。

パネリストの会話の中で頻繁に出てきたキーワードは、「海外展開」「ソーシャル」「スマホ(スマートフォン)」だったそうで、「ソーシャル」については昨今、映画『ソーシャル・ネットワーク』が話題となって牽引したこともあって、注目すべきキーワードかと思いました。

三木谷氏曰く、「自分1人で購入を決める一人称マーケティング、売り手の薦めで購入を決める二人称マーケティングから、クチコミ、友人など第三者の薦めで購入を決める三人称マーケティングへ」とのことです。

確かに、Facebookやmixiの特徴を引き合いに出しても、実名/匿名と勝手に切り分けられていますが、どちらも人と人との繋がりを重視した「ソーシャル化」の波を牽引しているし、今後もこうしたサービスによって、現実とネット社会との境目がどんどんなくなっていくのかもしれません。

 

これと近しいことは、電通が「SIPS」という用語を提唱し、「情報伝播のコアが、世代から「友人・知人とのつながり」へと移行し始めている」と書いています。

cf.「SIPS」

これからのソーシャルメディアが主流となる時代の生活者消費行動を『共感する : Sympathize → 確認する : Identify → 参加する : Participate → 共有・拡散する : Share & Spread』と整理した概念。

 

後日、「eビジネス白書2011本編」(PDF資料)が配布されました。楽天株式会社の創業者で代表取締役会長兼社長、及びeビジネス推進連合会会長の三木谷浩史氏は、その冒頭「eビジネス白書発刊に寄せて」において、以下のように述べられています。

2010年の日本のe ビジネス業界は非常に話題多き年でした。グローバル化、ソーシャル、スマートデバイスなど、様々なトレンドやキーワードが登場しました。後に振り返っても、2010 年は重要な地殻変動の年だったと位置付けられるかもしれません。

 

TwitterやUstream、Facebookなど、海外勢による新たなサービスの浸透によって、インターネット市場の中でもその構造は変わりつつあります。

この数年で、多大な資本と労力をかけテレビ局を買収せずとも、テレビ局並みの影響力を持つ動画サービスの提供が可能になる条件が揃った。

/『週刊ダイヤモンド』(2011/1/15号「新聞・テレビ 勝者なき消耗戦」)より抜粋

 

上記にも書かれていますが、昨年、宇多田ヒカルさんのライブがUstreamを使って無料配信され話題になったことがありましたが、視聴者はその数なんと35万人にも及んだそうです。同じ頃、60年ぶりの大幅改正となった改正放送法が成立し、従来「放送」と「通信」といったように切り分けて語られていたインフラも、今後一層境がなくなってゆくのではないかと言われています。

 

また、先日のNHKスペシャルネットが“革命”を起こした~中東・若者たちの攻防~を見ても、いわゆる「ジャスミン革命」の中で、それらの新サービスが波紋を拡げた要因となったという編集がなされていました。一昔前まではその役目は別の媒体が果たしてきたものと思いますが、ネット社会になり、より個人間の情報流通は密になったようにも感じます。それもあってか、今でも集団・徒党を組むことを嫌う社会主義国などでアクセス制限を設けている国もあります。

 

このような世の中全体の流れの中で、私たち中小・ベンチャー企業は、どのように泳ぎ渡っていけばよいのかという話ですが、当社お客様も一部を除いては、多くの企業様でまだまだマス(大衆)に向けた宣伝広告というよりは地域などを特定した販売戦略が主流です。そこを飛び越えていきなりマスにいっても、宣伝広告効果が薄れてしまい、費用に釣り合いません。見込みの高いターゲットからのリードジェネレーションについてまだまだ科学・議論する必要性は大いにあると思いますし、広告の大事な受け皿となるWebサイト自体の改善なども残っています。

 

その際に重要となるのは、お客様である社長様やご担当者様間でのコミュニケーション、お客様とお客様のお客様とのコミュニケーション、そして当社とのコミュニケーション(当社内のコミュニケーションは当然として)といった「人と人との繋がり」であって、そういったものが潤滑に流れて初めて強みを生かし合った経営、戦略が図れるのだと信じています。

 

来月3月は当社第10期の締めの月になります。まだまだお客様に提供すべき価値は磨き上げていく必要性を大きく感じています。当社10年目の節目、これからの10年も企業文化を大切にして、お客様と共に成長していく時代にしていきたいと強く願っております。

引き続きどうぞ宜しくお願い致します。

 

 

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映画『ソーシャル・ネットワーク』を観て視野を拡げる ~2011年「辛卯」の年、当社設立10周年を迎える年は明るい年に!~

2011年01月26日 11:53 AM

 投稿者 小川 悟

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ネットの進化は個人の行動パターンを変え、既存産業の製品・サービス、売り方さえ変えつつある。いまだ最先端にある日本のネット技術やモバイルのノウハウを死蔵することなく、ネット業界が本格的に興隆すれば、日本経済再生の道もまた、開けてくる。

/『ソーシャル・ネット経済圏』(日経ビジネス・日経デジタルマーケティング編著)

皆さんこんにちは。2011年、最初のコラムとなります。今年もどうぞ宜しくお願い致します。

 

今年の干支は「卯」ですね。実は私、年男(4月で36歳)になります。いつの間にこんなに歳を重ねたのかと、日々焦る毎日を過ごしております(汗)。

「干支」と言うからには、「十干(じっかん)」と「十二支」を掛け合わせ、正確に言うならば「辛卯(かのとう、しんぼう)」の年ということになりますか。この「辛卯」ですが、今月15日で誕生10周年を迎えた「Wikipedia」によれば、「西暦年を60で割って31が余る年が辛卯の年」となり、60年に1度しか巡ってこない年だそうです。個人的には、このようにロマンティックに解釈すれば同じ卯年でも刹那的になり、より一層頑張らなくては!という気持ちに駆り立てられてきます(笑)。

 

cf.卯年は株式市場「最強」の年? 跳ねるうさぎの飛躍の年(「東洋経済オンライン」,2010年12月07日)

http://bit.ly/f6wDjx

 

さて、先の「Wikipedia」が10周年を迎えた2011年、便乗して言えば当社も8月で10周年を迎えます。そんな15日(土)、当社では管理職向けの研修があり、各拠点の管理職も含め本社に集まりました。このことについては、CS本部の松谷がコラムに書いていますのでご参考下さい。 研修をファシリテートして下さる外部コンサルタントの方からは、普段私が意識していないようなお話を聞くことができ、毎回ハッと気付かされることも多いです。

今回の研修の中でもマクロ環境について話し合う時間があり、そこで、韓国企業は今なぜ強いのか?という話題があり、国家的な戦略として私企業を支援しているというような話がありました。日本でも法人減税の議論が出ていますが、まずは私企業が、というのはもちろん、日本経済ひいては世界経済が好転する政策になれば良いなと感じています。

 

――研修終了後、私はかねてより同僚と行こうと言っていた、映画『ソーシャル・ネットワークを観に行きました。日本で公開される前から話題の映画で、ゴールデン・グローブ賞では最優秀作品賞を含め4冠、アカデミー賞では作品賞など8部門にノミネートされました。

映画を観る前までは、率直にFacebookを知らない人が見て、面白く感じる映画なんだろうか?と疑問に感じていたのですが、他にもIT業界の人、Facebookをはじめとした各SNSの利用ユーザー、起業家・投資家、映画好き、監督(デヴィッド・フィンチャー)作品好き、米名門大学の校風に興味を持つ方等、客層を想像しましたが、今になってよくよく考えてみれば、いわゆる今の「Facebook」の楽しさについて描かれているわけではないので、多くの方が興味深く観ることができる映画かもしれないし、話題性から新規で登録する人も増えるのではないかと思いました。

 

今回のコラムでは、私がこの映画を観て感じたことを織り交ぜながら、まずは今年最初のコラムということで、景気の良い話をして関わる方々を元気にしていこうという気持ちを表明したいと思います。

 

昨今ネット上のニュースでも、特に「Facebook」の話題が多いですね。運営元のFacebook, Inc.は2004年に創業、創業者のマーク・ザッカーバーグ氏が創り出したSNS(Social Networking Service)、「Facebook」は2011年1月15日時点で時価総額500億ドル(約4.2兆円)、ユーザー数6億人に迫り、その膨大なユーザー数から一つの国家として、「中国、インド、フェイスブック」と例えられる規模のサービスに成長しています。確かにここまでくると、「文化」を超えてもはや「文明」ですね。

 

cf.CheckFacebook(各国のFacebook利用者数や属性を見ることができます)

http://www.checkfacebook.com/

 

『Facebook 世界を征するソーシャルプラットフォーム』(山脇伸介著)というタイトルの新書も出ていますが、Facebookのような巨大SNSが話題になったことで、「プラットフォーム」(cf.大前研一氏)という言葉がしばらくキーになってきそうです。

つい先日は、米Appleが提供する「App Store」でのコンテンツダウンロード件数が100億件を突破したとリリースがあり、キリ番を踏んだ方とダウンロードしたゲームが公式サイト内(cf.「アップル - iTunes - 100億Appカウントダウン」)で紹介されていましたね。今のようにITが変えた、フラット化された世の中においては、ゲームや音楽、本(、靴でさえも!)を購入するのに、リアルな店舗に行かなくても購入できるようになってきました。

 

このように港をおさえたり、流通をうまくコントロールして主導権を握ってきた日本の企業について、私も岩崎弥太郎(cf.「2010年、フリーセル創業10年目という節目、お客様に感謝の気持ちと原点回帰の想い ~大河ドラマ『龍馬伝』を見て感じたことなど~」)やTSUTAYA(cf.「「日本の広告費 2009年」発表、新聞を抜きテレビに次ぐ第2のメディアとなったインターネット ~マクロ環境から読み解く、「モノの流通」から「情報の流通」への大転換期~」)を引き合いに出して私見を述べさせて頂いたことがありました。 

たとえば、通信会社であるNTTドコモは、もはや業界トップ10に入るクレジットカード会社になっています。アップルはパソコンメーカーというよりもすでに音楽配信事業者・音楽携帯端末メーカーという位置づけでしょう。こうした動きはアマゾンやグーグルによる電子書籍端末の発売においてさらに加速していくでしょう。

/『21世紀の競争を支配する「場をつくる」技術 プラットフォーム戦略』(平野敦士カール、アンドレイ・ハギウ著)

 

『週刊ダイヤモンド』最新号の特集も、「2011年フェイスブック(Facebook)の旅」で、この「ソーシャルプラットフォーム」を上手く活用した事例として一部で話題になったかと思います。表紙に約500のユーザーのアイコンが散りばめられ、雑誌の表紙としては大変インパクトがありました。これは、同誌2010年1/23号の「2010年ツイッター(Twitter)の旅」に続いて、Twitterでフォロワーを募集したキャンペーンの要領を再び活用し、今度はFacebook内ファンページ登録を促したマーケティングでしたが、このアイコン祭りをTwitterでも呼び掛けることで口コミ効果で拡がりファンページの登録者を増やし、雑誌も売れ、さらにFacebookの認知度が上がり利用者が増えるという相乗効果があり、メディアミックスの好例だと思いました。

 

そして――、

創業者のマーク・ザッカーバーグが言っているのは、(中略)フェイスブックを活用すればこういう未来が来ると、自分たちもはっきりわかってやっているわけではない。むしろ、使っている人たちが想像しながら創造するものなんだというメッセージングをしています。

/『週刊ダイヤモンド』 2011年1/29号「2011年フェイスブック(Facebook)の旅」、フェイスブック日本支社代表 児玉太郎氏のインタビュー記事より。

――上記にもあるように、「mixi」や「GREE」の黎明期の秘話にも通ずるような、まさにSNSをSNSたらしめている「ソーシャル・ネットワーク」を活かした手法で面白いと感じました。

 

cf.

・Webサービスのビジネスモデルはユーザーが考える時代?(「ITmediaニュース」,2004/08/23

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0408/23/news032.html

・「それでいい、楽しいから」――7万人の町「GREE」を一人で作ってる会社員(「ITmediaニュース」,2004/07/30)

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0407/30/news006.html

・【mixi版】無敵会議

http://mixi.jp/view_community.pl?id=17965

※「mixi」内のコミュニティ(要ログイン)

 

日本の代表的なSNSである「mixi」や「GREE」、「モバゲータウン」、あるいは「カフェスタ」あたりとの比較については他サイトでいくらでも論じられていますので割愛しますが、企業にとっては商用利用が許され、かつファンページの設置自体は無料のため、参入しやすいからか先般より参入企業が増えているという記事も見かけます。

また、よく言われるのが「実名制」を採用しており、さらにFacebookインサイトという分析機能があるため、ファンページへの登録ユーザー数をマスに近いくらい伸ばせるブランド力・集客力を持った大手企業であれば、これほど初期コストがかからず、リスクの少ないマーケティング手段はないのではないかとも思えてきます。

 

ところがこれだけ話題になっているFacebookも、日本の登録ユーザー数は現在200万人程度と言われます。先の「mixi」や「GREE」、「モバゲータウン」が2000万人以上であるのに比べると、一長一短を感じる人がいてもおかしくありません。Facebookにしても、この手の議論によく引き合いに出される、世界最大の3D仮想世界コミュニティ「Second Life」にしても、日本で成功する、受け入れられるかどうかの成否を決める要素の一つに「言葉や文化の壁」を感じました。事実、冒頭に引用した『ソーシャル・ネット経済圏』に登場する、米グルーポン、英プレイフィッシュ、米エバーノート、「ハンゲーム」のNHN Japanの経営陣からも「日本語は難しい」という声が聞かれます。

 

TwitterやFacebookの日本への進出、流行の様があまりにセンセーショナルで、「プラットフォーム戦争」などとも騒がれるために、規模の大きなものやAPIの公開によるオープン化が進んだプラットフォームを画一的に評価する意見も耳にしますが、同じプラットフォーム戦争でも、「ベータ VS VHS」戦争のときのような規格寄りの競争でもなく、各社次世代ゲーム機のコンセプトや準じるソフトの質の競争というものでもなく、SNSの競争の軸はソーシャル・ゲームにしても、ソーシャル・グラフにしても、あくまでも「コミュニケーション」から生まれるものではないのかと感じています。その「コミュニケーション」を形成する主な要素が「言語」と「文化」かと考えています。

分かりやすく言えば、6億人が集まるFacebook内のゲームアプリに、Zynga社の「Frontierville」や「FarmVille」、「CityVille」といった、どれもMAU(monthly active users)が数千万人規模のゲームがあります。例えばこれらのソーシャル・ゲームの遊び方やルールは大抵同じですし操作も簡単ではあるのですが、非英語圏にいる私たちにとってみると、英語を主言語とするゲームでプレイするのに抵抗を感じませんか?上記の内「FarmVille」は、昨年末にmixiモバイル上に「ファームビレッジ」として移植されましたが、ここまできれいに移植されれば十分に楽しめます。しかし、他社や個人開発のどのゲームもすべてがここまでうまく移植されるとは思えません。結局日本ではプラットフォーム自体の利用者数やゲーム自体の面白さや話題性も重要かもしれませんが、それ以前に、日本語にきれいに訳され、グループでの行動を促すような日本人の好む文化にゲームコンテンツを溶け込ませないと流行らないのかもしれません。また、それだけでなく、ただでさえバブルのように急増しているソーシャル・ゲームであるため、いわゆるアタリショックのようなリスク回避のために、品質維持やよりリアルな人々の生活やコミュニケーション形態に沿ったものとするための工夫や改善を常におこなってゆく必要がありそうです。

 

以前、このコラムの中でも、サービス業は「言葉や文化の壁」があってイノベーションが生まれにくいということを書きましたが、この「壁」が「障壁」となっているのか、果たして「防壁」なのか、見る立場によって異なるのかと感じます。

例えば世界経済フォーラム(ダボス会議)で、「日本の携帯電話などのIT製品・サービスは独自の進化を遂げてガラパゴス化している」と言っても、海外の経営者はほとんど理解してくれません。まず、ガラパゴス諸島について説明しないといけないほどです。

/『ソーシャル・ネット経済圏』、「日本のトップ、ネット知らず」(夏野剛氏に聞く)より

そもそも「ガラパゴス化」という言葉自体が和製英語化し、世界に通用しないという側面もあるようです。

 

昨年は「まちつく!」、「バンドやろうよ!」、「海賊クロニクル」といった人気のソーシャル・ゲームの開発で有名なウノウ株式会社が、ソーシャル・ゲーム界では世界最大のZynga Game Network Inc.に数十億円で買収されました。日本産のゲームが世界に通用しないわけではないということを証明した、日本のIT業界では大変話題になったニュースでした。つまり、「見る立場によって異なる」というのは、外国の有名ゲームの日本語化が進まずに日本が孤立化しているというよりは、「日本語が難しい」だけなのであれば、日本産のゲームが世界に進出すれば有利になることもあるのではないか?とも思えてくるということです。そういった意味で今後の動向が気になるのが、サイバーエージェント社の「Ameba Pico」(「アメーバピグ」の海外版)ですね。今度は日本のIT企業が中心となって各国のIT企業と提携を進めたり、果ては逆に買収したりして明るい未来を切り開いていってくれると良いなと単純に想像してみたりしていたいと思います。

 

cf.日本のソーシャルアプリはFacebookで成功する? Ameba Pico100万人から見えてくるもの(「TechCrunch Japan」,2010年6月17日)

http://jp.techcrunch.com/archives/20100617ameba-pico-jp-social-application/

 

昨今の一層のグローバル化の波の中で、外資系企業や輸出業に関連する企業に限らず、有名IT企業の社内英語公用語化の是非が随分と論じられてきました。当社には現状そのような制度はないですし、私自身英語ができるわけでもないので議論の場にも出れませんが(汗)、こういった制度を新規で導入することによって必然的に生じるのが「変化」かと思います。軋みを伴うものかもしれませんが、少なからず「変化」が生じ、そこから何か新しいものが生まれてくる(イノベーション)ようなイメージはあります。会社で制度化することによって、どの価値観が優先されているのかという意思表示にもなり、スピード感がもたらされる印象も受けます。確かに婉曲表現に使うための横文字・カタカナ文字(和製英語)や、氾濫する新書の書籍タイトルなどでやはり氾濫する造語で足りない頭を満たすくらいなら、異文化コミュニケーションのための正確な言語を学びたいという気持ちはあります。社内英語公用語化の是非を語る上では置かれている立場や求められる業績、目的など比較対象になるものが必要ということですね。

 

このことは人が「必要」に迫られないとやる気にならないのと似ていて、企業もまた、「必要」に迫られないとやろうとしないでしょうし、そうした「壁」に直面していない外部の人にとっては中の人以上に置かれた状況を知ることはできないものなのではないかと想像します。もしかしたら、選択肢としてより最良のものがあるかもしれませんが、そもそも「最良の選択」は人によって違う筈で結局は「自分の意見+世の中のいろいろな最良な意見」の中から選択する必要が出てきます。基本的に情報の発信者は自身の意見が正しいと思って情報発信すると思うので、意見が割れた段階で人によって「正しい意見が異なる」ことが証明されます。また、通常の考え方として今まで継続的に成果をあげてきた人が、ある日突然、声を荒げて警鐘を鳴らす程の致命的なミスジャッジをすることは考えにくいし、重要なのは常に改善を繰り返し、より良い状態に昇華していけるリーダーの強い意志と習慣、そして、リーダーの思いの本質を理解して支持をした中の人とステークホルダーの強いコミットメントと行動、もたらした結果とであって、外部の評論家がその一部を担うことはあっても、決定付けた歴史はあまり見られないことは過去に何度も証明されてきたことだとは感じます。

まさに「世界とつながって仕事をする時代」。これは事業機会のグローバルな広がりと同時に、企業がかつてなく激しい国際競争の渦中に投げ込まれたことをも意味している。

/『実践ダイバーシティマネジメント 何をめざし、何をすべきか』(株式会社リクルート HCソリューショングループ編著)

近年、日本の文化は、元来内向きなところがあるとよく言われてきました。

1982年に日本で刊行された李御寧(リー・オリョン)氏の『「縮み」志向の日本人』の中では、石川啄木の「東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる」や「春の雪銀座の裏の三階の煉瓦造にやはらかに降る」の短歌が挙げられ、「の」が3度も重ねられて小局へとズームイン、フォーカスされていくような描写――、「世界を縮めようとする」「入れ子型」の感覚に「縮み志向」を読み取っています。

 

「平成の開国」期、製造業などの世界進出(日本脱出?)はよく聞かれるニュースですが、2011年以降のデジタルマーケティングの潮流を推測しながら、昨今のグローバル化でサービス業のイノベーションも問われるか?といったところも、最新ニュースの観点の一つとなってきそうです。

 

映画『ソーシャル・ネットワーク』の内容とはまったく関係のない話になりましたが、私はこの映画を見て、以上のような思いが巡りました。

 

今後、Web業界だけに留まらず、より一層進んでくる「ソーシャル化」の波の中で、2011年以降の日本の市場は、また企業内でも同様ですが、出る杭を打つかのように互いに潰し合ったり足を引っ張り合ったりする競争ではなくて、互いの強みや業績を応援し合うような競争が今まで以上に求められてきているのだと感じます。

 

当社も今年8月で、設立10周年を迎えます。今年2011年は、企業理念にも掲げられた「共存共栄」の精神をもっと磨き上げて、より大きな価値を生み出し、跳ねる年としていきたいと思います。今後とも引き続きどうぞ宜しくお願い致します。

 

 

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2010年を振り返って ~難問が多く決めにくい時代、強い意志と実行力、説明責任の重要性を感じた一年~

2010年12月23日 04:30 PM

 投稿者 小川 悟

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独裁政治では、一人が決める。貴族政治では、数名が決める。民主政治では、誰も決められない!

/『理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性』(高橋昌一郎著)

いよいよ2010年も残すところ僅かとなってきました。

この時期となりますと、インターネット上の記事を見ても、テレビや雑誌を見ても、流行語大賞今年の漢字、「10大ニュース」など、2010年を振り返る恒例の総集編企画の内容のものが増えてきて、改めていよいよ年の瀬を感じる今日この頃です。

今日のコラムでは、私も本年最後のコラムとなりますので、2010年の出来事を社内外織り交ぜながら、お世話になりましたお客様・お取引先様へ感謝の気持ちを込めつつ、来年の抱負などについてお話できればと思います。

一年を社内外のニュース、公私織り交ぜながら振り返る試みで、ともすると、とりとめのない話が続くかと思いますが、どうぞ最後までお付き合い下さい(汗)。

 

 

今年1月のコラム(「2010年、フリーセル創業10年目という節目、お客様に感謝の気持ちと原点回帰の想い」)を振り返ってみますと、そういえば、2009年は横浜開港150年、2010年は韓国併合100年の年にあたり、NHK大河ドラマや人気の歴史/時代小説のドラマ化でも関連してか『坂の上の雲』、『龍馬伝』、『蒼穹の昴』といったように、それぞれ主人公たちは異なるものの、いずれもほぼ時を同じくして動乱の世の中を駆け抜け、時代に名を残した人物たちが織りなすドラマが立て続けに放映され、私も改めて幕末・開国期の日本に興味を抱いたものでした(cf.「インターネットがもたらす第三の開国の夜明け前 ~2009年、横浜開港150周年~」)。

 

先月のコラムでも少し触れましたが、尖閣問題に揺れる内憂外患の状況下、11月のAPEC首脳会議での首脳宣言「横浜ビジョン」においては「平成の開国」が唱えられ、週刊ダイヤモンドの最新号(特集「総予測2011」)表紙の見出しには、それに呼応するかのように「開国か鎖国か」というコピーが踊りました。まさに開国か鎖国か、政局に頼るだけでなく、私たちで何かできることはないかと深慮することの多かった1年でもありました。

 

全地球規模の話で言えば、京都議定書の延長問題を含む地球温暖化問題や(cf.「チャレンジ25」)、国連が2010年を「国際生物多様性年」と宣言し(cf.「国際生物多様性年×COP10」)、10月に名古屋で開かれた国際会議にて名古屋議定書が採択されたニュース等、環境問題やCSR、グローバリズム(あるいは、グローバリゼーション)に対する一般の人々の関心が高まった年でもあったかと思います。その「生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)」名誉大使には、アーティストのMISIAさんが選ばれました。

 

私事ではありますが、それに関連したお話をしますと、MISIAさんが歌われたテーマソング「LIFE IN HARMONY」をプロデュースしたのは、世界的な音楽プロデューサーのデヴィッド・フォスター氏でしたが、幸いにも私は10月に行われた「DAVID FOSTER & FRIENDS JAPAN TOUR 2010」にて、サプライズゲストとして招かれたMISIAさんが歌う「LIFE IN HARMONY」を生で聴く機会に恵まれました。

デヴィッド・フォスター氏の来日は、日本武道館で行われた「JT SUPER PRODUCERS '94」以来16年ぶりのことで、16年前と言うと私が大学1年のときで、その来日公演には残念ながら行くことができませんでした。当時はまだギターに明け暮れていた頃ですが、氏の良き相棒とも言うべきギタリスト、ジェイ・グレイドンに憧れて後日私も購入することになる、氏が使用していたValley Arts社(1992年にサミック社傘下、2002年にギブソン社傘下へ移る)製のギターを、毎日のように御茶ノ水の楽器店に見に行っていた頃で、そういうところからも大変楽しみにしていた公演でした。

 

cf.「COP10名誉大使MISIA就任メッセージ」(YouTube,「環境省動画チャンネル」)

 

閑話休題、後半でも延べますが、暗いニュースが多い中で明るいニュースも多かった一年でした。ワールドカップでは世界の16強に残り、当社でもその後、フットサルの社内公式大会が開かれるに至るほどでした。

また、「今年の漢字」で選ばれた「暑」で言えば、小惑星探査機「はやぶさ」の偉業も含められていました。私も思わず、多くのプラネタリウムで上映されていた、DVD『HAYABUSA BACK TO THE EARTH』を購入してしまった程です。アポロ13のときは「輝かしい失敗」(cf.「失敗体験を通して創造力を生み出すために ~アポロ月面着陸40年、世界天文年2009~」)などと言われましたが、「はやぶさ」は、まだ調査は残っているものの、れっきとした「大成功」でしたね。地球へ帰還し機体が燃え尽きて消えてしまう様は多くの人々の感動を誘いました。また、事業仕分けの影響で予算が削られた中、日本の科学技術力や製造業の底力を見ることができて勇気づけられました。ノーベル賞も、化学賞で鈴木章氏と根岸英一氏によるダブル受賞で湧いていましたね。

 

そういえば、中国で開催された上海万博で思い出したように『日本万国博 《40周年記念》』というDVDのセットを購入したものでした。日本万国博覧会――、通称「大阪万博」は、今からちょうど40年前の1970年に、国際博覧会史上アジアで初めて開催された日本で最初の国際博覧会でしたが、アメリカ館では、前年にアポロ11号が持ち帰った月の石を展示し、話題になった万博でもありました。

期間入場者数累計6400万人(1日あたり最多入場者数83万人)を記録、退場は深夜になっても終わらず、ついに5000人程が会場内に取り残され、一晩を明かすことになったエピソードで有名です。

その時代の日本はちょうど、翌年のニクソン・ショックやオイルショックを前にして、第二次高度成長期末期に差し掛かっていた時期で、万博会期中には大きなハイジャック・シージャック事件が、会期後には三島由紀夫が自決する等の政治・思想的な騒動もありながら、一つの時代の節目、変わり目にあった時代でもありました。

丹下健三がプロデュースに関わり、モニュメントには岡本太郎の「太陽の塔」があしらわれ、開会式では昭和天皇や佐藤栄作元首相が祝辞を述べ、テーマソングとして三波春夫の「世界の国からこんにちは」が流れていた時代です。大阪万博以降の生まれの私にとっては、残念ながらその熱狂的なカオス、アウラを感じることは出来ませんが、経済成長を遂げてきた時代の日本を振り返れることができ、これにもまた元気をわけてもらうことができました。

 

今の時代は、当時の日本と同じくらい経済成長を遂げている新興国の方が元気があるようですね。BRICS5全体での時価総額は70年代の頃の日本と同規模と言われますが、BRICsやNEXT11のような昨今経済成長が著しい国々の動向を横目に、日本もこんなところで負けていられないと今一度奮起したいところです。

 

また、この時期はビジネスシーンにおいても、例えば電通、博報堂、野村総研といった大手広告代理店やシンクタンクからも、消費者動向に関する各種レポートが発表される時期でもあります。

 

cf.

■電通総研 『消費気分調査』レポートVol.8(電通)

http://www.dentsu.co.jp/news/release/2010/pdf/2010124-1222.pdf

■「世の中」と「身の回り」の経済状況についての意識調査 経済気分2011(博報堂)

http://www.hakuhodo.co.jp/pdf/2010/20101222.pdf

■2015年度までのIT主要市場の規模とトレンドを展望(1)、(2)(野村総合研究所)

http://www.nri.co.jp/news/2010/101217.html

http://www.nri.co.jp/news/2010/101220.html

 

平成大不況に追い打ちをかけるように2008年に起こったリーマンショック以降、大手企業を中心に緩やかに回復基調にあるものの、10月1日時点での新卒者の就職内定率は全国平均で57.6%と過去最低記録を更新し、市況に比例して雇用不安が拡がった年でもありました。ちなみに、私の就活期は戦後最大の負債総額3兆円と言われた山一証券の自主廃業などがあった年で、その年よりも厳しいと言われる今の状況はとても深刻に感じたものです。そういった意味でも、私たち中小・ベンチャー企業にとっては、まだまだ予断を許さない時期が続いているのも事実でしょう。

 

それから、インターネットやデジタルマーケティング絡みの時事で言えば、電子書籍元年、デジタルサイネージ元年と呼ばれたり(cf.「電子書籍元年、Web社内報に推薦図書コーナーを設置 ~人財力・組織力向上に向けて、自己投資としての読書を推進~」)、スマートフォンの隆盛があったりと人々のライフスタイルも様変わりしかけている最中で、Yahoo!JapanがGoogleの検索エンジンを採用したり、ソーシャルゲーム課金という「フリーミアム」なビジネスモデルで莫大な利益を稼いだDeNA、GREE、mixiを中心としたSNS(Social Network Service)や、そのSNSやスマートフォンといったプラットフォーム上で提供されるゲームアプリ、TwitterやFacebookなどのインターネットサービスが一層の隆盛を極めた年でもありました。当社もTwitter公式アカウント( http://twitter.com/freesale )を開設、公開したものでした。

 

cf.映画『ソーシャル・ネットワーク』予告編
http://www.youtube.com/watch?v=exQjAXAQk1A

 

そうした中、直近の私の身の回りの出来事で言いますと、11月に、株式会社リンクアンドモチベーション主催の経営セミナー『変化を生み出すモチベーションマネジメント』 『成長するしかけを会社に創る』 を聴講しに行って参りました。前者を同社代表取締役社長の小笹芳央氏が、後者を株式会社サイバーエージェント取締役人事本部長の曽山哲人氏がされていました。私は小笹氏の著書数冊、曽山氏の著書2冊を拝読させて頂いておりましたので大変興味深く聴講させて頂きました。他に参加された方々ともお話させて頂きましたが、経営者の方も多く、一般的にどこの企業様においても人材育成に対する関心が高いことが窺い知れました。

 

セミナーの本題からはそれるのですが、私が興味を持ったのは、小笹氏の講演の中で引用された「パウロスの全員当選モデル」でした。

私がセミナー後に参考にしたのは、冒頭にも挙げた『理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性』(高橋昌一郎著)です。民主主義の基本原則として多数決による意思決定があると言われます。確かに私たちの暮らす日常社会において、何かを決める場面には幾度も遭遇します。社会的なもので言えば選挙やオリンピックの開催地決定など、身近なところで言えば、本書にも出てきますが、友人間で行きたい旅行先を決定する場合など。

実は何かを決める際の方法に、(本書によれば)「単記投票方式」、「上位二者決戦投票方式」、「勝ち抜き決戦投票方式」、「複数記名方式」、「順位評点方式」などがあって、パウロスの全員当選モデルを説明した項では、立候補者5名がそれぞれの採択方式を主張することで、全員が「私が選ばれるべきだ」と主張できる状況になってしまうケースを紹介していました。「真に公平な選出方法は存在するのか?」と考え込んでしまいます。

セミナーでも類似したケースでグループディスカッションが行われましたが、グループによって解答や解の導き方が異なりました。これだけの小集団であっても、考え方次第で意見が分かれることを目の当たりにしました。しかもどれも誤った考え方ではなく、正当な選出方法であったにも関わらずです。

 

これと同じような議論が、別方面で話題になっています。『これからの「正義」の話をしよう』で今年一躍有名になった、ハーバード大学教授のマイケル・サンデル氏の講義がそれです。

cf.【NHKオンデマンド】ハーバード白熱教室パック 全12回

http://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2010600391PA000/

 

講義の模様は上記で見ることができますが、私も東京大学行われた「ハーバード白熱教室」の回はテレビで見ていました。サンデル教授の巧みな話術とファシリテーションをベースとしたディスカッション形式で進行してゆく風変りな講義スタイルでしたが、氏が次々に投げ掛ける質問のすべてが、いろんな人の意見を耳にする内にどちらが正しいのか分からなくなってしまうような難問ばかりで、日本の最高学府である東京大学の学生の間だけでも意見が割れることが多かったです。最終的にサンデル教授は講義の中で言いますが、各自の立場や主義で正しいことが何なのか異なる場合があるが、そのときに重要なのが哲学とディベートであるとのことでした。

いろいろな立場の人やいろいろなことが複雑に絡み合い、難問ばかりが積み重なった現代社会において、そのメッセージは羅針盤のように正しい考え方を育んでくれそうで、どんな問題に直面しても、しっかりと考え、話し合いを重ねることで解決していこうという気持ちが芽生えてきます。

 

思い返せば、私の就活期にも今と同じように哲学や自己啓発系の書籍が売れた記憶があります。私のときで言うと『ソフィーの世界―哲学者からの不思議な手紙』(ヨースタイン・ゴルデル著)などがあったでしょうか。こうした本は、周囲の事象がものすごい勢いで変化して、自分自身が環境適応できずに自分自身の座標を見失って、どこに向かうべきなのか、そもそも自分はどこにいるのか?といった気持ちになったときに、ゆっくりと自分自身を見つめ直す自己考察の時間と、正しい方向性を示す羅針盤を求めて思わず購入したくなるのでしょうね。

 

『これからの「正義」の話をしよう』も『ソフィーの世界―哲学者からの不思議な手紙』もベストセラーとなりましたが、関連して言えば、何と言っても今年一番のベストセラーとなったビジネス書は、「もしドラ」――『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(岩崎夏海著)でしょう。ダイヤモンド社創業97年目にして初めてのミリオンセラーと言われていますが、ミリオンセラーどころか累計発行部数は既に200万部を超える勢いと言われていますね。トーハンの発表した内容によれば、単行本、新書などを合わせた年間のベストセラーで総合1位だそうです。

 

奇しくも2009年はドラッカー生誕100年の年でしたが(cf.「「経営コンサルタント」誕生から五十余年 ~ピーター・F・ドラッカー生誕百年、「マネジメント」を再考する~」)、こんなところからも、やはり今の時代というのは、しっかりとマネジメントができるリーダーが渇望されているのかと感じたものでした。

 

 

さて、まもなく終わりにしたいと思いますが、皆様にとっての2010年はどんな年でしたでしょうか?難問が多く、決めにくいようなことも多かったことと思います。しっかりと決断を繰り返して今に至るという方もいるでしょうし、問題を先送りにしてしまい来年に引きずってしまうという方もいるかもしれません。

 

私たちも仕事柄、自分自身が悩むこともありますが、お客様である中小・ベンチャー企業の経営者様でも、大いに悩まれている方も多い時代であるとも言えるかもしれません。今年度より始めた顧客満足度調査の定期実施により、お客様の生の声を幾つも頂戴することができ、中には厳しい意見もございましたが、多くのお客様に喜んで頂けていた事実を知ることができ随分と励みになったのと同時に、課題も明確になりましたので、今後は重点的に業務改善を行い、早期にお客様へフィードバックが行える体制を築いていきます。

 

2011年は創業丸10年を迎える節目の年でもあります。私たちが自社の強みとするWebコンサルティングは、お客様にとって経営戦略の一部かもしれませんが、その分野ではより一層の強い介在価値を発揮して成果をあげていけるように来年度も邁進したいと思います。

 

現在お付き合い頂いている数十社のパートナー企業様からも、当社企業理念をご理解頂き、かつてないほどに目的意識を一つにした体制が築けてきています。来年もどうぞ宜しくお願い致します。

 

 

最後に冒頭のエピグラムを受け、結びに変えて。

アダム・スミスは言った

 

最良の結果は――、

グループ全員が自分の利益を追求すると

得られる

 

間違いだ

 

最良の結果は――、

全員が自分とグループ全体の利益を求めると

得られる

 

/ジョン・ナッシュ、映画『ビューティフル・マインド』より。

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不況期の「Web戦略アウトソーシング」のすすめ ~「SoftBank Days 2010~iPadが変えるワークスタイル~」等の外部セミナーを聴講して~

2010年10月23日 05:51 PM

 投稿者 小川 悟

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日本企業というのはどんどん海外進出しています。それは、安い労働力で安く作らないと負けるから海外に進出しているわけです。私に言わせれば、そうではない。安く作らないと売れないというのはアイディアの不足なんです。だから、日本国内で作っても高く売れるだけのアイディアを考えたらいいじゃないかというのが私の意見です。それは決して難しいことをしなくても、実に他愛もないことで実現できるのです。

/『ゲームの父・横井軍平伝 任天堂のDNAを創造した男』 (牧野武文著)

『不況期の「Web戦略アウトソーシング」のすすめ』と題しましたが、「情報革命」が起きている現在、Web戦略にはどの企業様も注力されていることと思いますが、当社のメインのお客様層である中小・ベンチャー企業様に至っては、このような不況期に新規でWeb担当者一人を専属で雇用し、成果を上げるまで教育してゆくといったことが困難であるという企業様も多くあるかもしれません。当社は、そのような場合にも、是非一度ご相談頂きたいと考えている企業です。

 

今回のコラムでは、今月私が参加した2つのセミナーを通じて得た感想を交えながら、これをお読み頂いている中小・ベンチャー企業の経営者様やWeb担当者様に、「このような不況期だが、最近手を入れていない自社公式サイトを見直したい」、「勝負に出たい事業があり、専用のサイトを立ち上げて新たな市場を獲得していきたい」といったニーズにお応えする「Web戦略アウトソーシング」をご活用頂くメリットをお伝えできればと考えております。

 

1つ目のセミナーは、「MCMフォーラム2010」(トランスコスモス株式会社主催)というもので、知人よりお誘いを受け、参加致しました。

基調講演として、株式会社セブン銀行代表取締役会長、安斎隆氏による「方向感なき世界経済」と題し、世界の経済情勢をはじめ、マクロ環境の説明を中心にお話されていました。

その後は、トランスコスモス社の提供する「戦略的アウトソーシング」の紹介がありました。基調講演のメインテーマを受けて、マクロ環境の説明から入り、市場からの戦略的アウトソーシング活用による売上拡大・コスト削減のニーズが高まってきているという前提の説明がありました。

ところで、トランスコスモス社と言えば、当社と関連したところで言えば、まずイメージするのが「日本最大級のWebインテグレーター」ということでしょう。当社とはもちろんターゲットとしている層も違えば、扱っている分野も多岐に渡られますが、殊「Webインテグレーション」の市場シェアだけで言えば、日本一の売上高を誇る企業です。私たちも、中小・ベンチャー企業向けWebコンサルティングの市場ではNo.1を目指して企業努力を続けてきているので、参考にできる部分はしたいと感じながら聴講しておりました。

説明の途中で、お客様企業の動向として「今後5年間に重視する取組み」というものがありました。そこでは、「顧客により近づく」、「人材・スキルの向上」、「情報分析力の向上」といったものが掲げられていましたが、ターゲットとするお客様層や扱う商品や規模は違えども、「戦略的アウトソーシング」の観点で言えば当社でも今でも必要とされてくる要素ですので、今後もより強めていきたいと感じました。

 

また、トランスコスモス社は、 ヤフーが提携した中国のEC市場4億2000万人(普及率約35%)のシェア8割を有するとも言われる巨大ECモール、「淘宝網(タオバオ)」と日本で唯一の戦略的BPO(Business Process Outsourcing)を組んだことでも知られています(コールセンター業務をはじめとしたCRM関連業務全般を提供)。

先日は、楽天が百度(バイドゥ)との合弁で「楽酷天(らくてん)」をオープンするなど、昨今だけで言っても尖閣問題をはじめとした種々のチャイナリスクを承知の上で、EC/ポータルサイト運営の2大企業はリスクを取って中国に進出を果たしました。

 

昨日帝国データバンクが発表した内容では、帝国データバンクのデータベースに登録されている企業だけでも、既に日本から1万社以上の企業が中国へ進出済みであると言います。また、今年2010年、中国のEC市場は4兆元(約48兆円)を超えるとも試算されています。リスクを取ってでも進出するということは、それだけ魅力があるか、現況に危機感を感じているかが考えられるでしょう。私たちに分かることとしては、それを何かしらのシグナルと感じることくらいであるかもしれませんが、新たに市場を開拓するパイオニア企業があって形成される市場もあるわけですから、動向だけは興味を持ってチェックするのも仕事の内であると感じました。

 

余談となりますが、ビジネス用語に「Comfort Zone(快適ゾーン)」と呼ばれるものがあります。個人でも自分の担当する業務に慣れてくると、常に確実に仕事をやり遂げられる分、外部からの評価が高かったり、自身でも楽しかったりするので、そのまま新しいことにチャレンジせず、今以上に職域・職責を拡げたりしない状態に陥ることがあります。その居心地の良い安住なポジションをそのように呼びます。多くのケースでそのまま放置していると成長が止まると言われています。ヤフーや楽天も、今のままでも日本の市場はほぼ独占していたわけですから、あえてここまでリスクを取らなくても、と感じる疑問に対するヒントがここにあるのかもしれません。

 

さて、当社でも、日本国内でECサイトをお持ちのお客様を対象に、リスティング広告の出稿・運用をお手伝いさせて頂いております。

ECサイト運営は、本腰を入れてやろうとすると、結構なリソースを必要とするものです。その際、リスティング広告を併用してうまくいっている中小・ベンチャー企業様も多くいらっしゃると思うのですが、当社でもそのような事例を自社主催セミナーでご紹介させて頂いたり、以下のようなソリューションを提供することで、お客様の課題解決をさせて頂いております。

 

■ネットショップ集客専門 リスティング広告代行サービス Freesale EC

http://www.freesale-ec.com/

 

「元々自社で運用していたが、業務拡大、もしくはコスト削減を期待して、本業に選択と集中をするため、インターネット広告全般は外部へ委託することにした」といったお客様にも多くご利用頂いていますので、ご興味をお持ち頂きましたらお気軽にお問い合わせ下さい。

 

さて、2つ目のセミナーですが、大変多くの方が来場されていたので、これをお読みの方の中にも行かれた方が多くいらっしゃるかもしれませんが、「SoftBank Days 2010~iPadが変えるワークスタイル~」(ソフトバンクモバイル株式会社)を聴講して参りました。私が聴いた孫正義氏の講演の動画やプレゼンテーション資料はこちらから視聴できます。

 

やはりこのセミナーでも、孫氏による「情報革命」の概要や、マクロ環境の説明からスタートしました(cf.『インターネット全盛の時代にこそ『孫子の兵法』を ~ソフトバンクアカデミア開校、「ソフトバンク 新30年ビジョン」を視聴して感じたこと~』)。

 

「『失われた20年』を取り戻すために、これ以上迷っている場合ではない!」

と檀上の孫氏は語調を強めて話されました。

 

折しも14日の日経新聞朝刊トップに、若年層収入で男女の手取り収入が逆転した旨の記事が踊りました。パッと見、大変インパクトのある見出しでした。内容を抄出すれば、男性が多い製造業で落ち込んだのに対し、女性の多い医療・介護系サービスの需要が伸びたためとあります。

以前、このコラム(cf.『名古屋営業所開設に想う ~ものづくり大国"NIPPON"ブランドを牽引する企業にあやかりたい~』)でも書いたことがありましたが、私の父が町工場を営んでいたことから、私が中学時代(80年代後半)より「産業の空洞化」という言葉をよく耳にしていました。私には「継ぐ気はない」としながら、大学に進学した後、父の会社のお取引先様の工場が中国にあるので見て来いと言い、私は生まれて初めて行く中国でしたが、なぜか父の仕事関係者(同じ地域にある他の町工場の社長や会計事務所の方々)の中に一人混じっての、半分仕事であるかのように工場視察、及びレポート執筆のための訪中となったのでした。

今から20年前、先に書いたように中国などに仕事が流れたりしたことで、町工場におけるそれまでのバブルな受注体制(製造過程で出る鉄くずでさえ収益源になったと言っていました)が一気に収縮してくる時代を迎えることになります。下請けであった父の工場に流れてくる仕事の単価はどんどん下がり、延命措置で採算割れ覚悟で受託するのか、それとも断るのか、生殺与奪の権利を親会社などに握られてしまっている状態になった様子を私も目の当たりにしていた筈でした(もちろんすべての町工場がこのような状態であるわけではありません)。こうした時期を過ごし、いつかは製造原価的にも世界競争力を失ってゆくことは、父に未来予測をする能力があったというよりも、その仕事に携わっている人であれば誰もが予測できたことなのかと今になって想像します。

 

周知のように、今年日本はGDPで中国に抜かれ、先日は、工業製造分野においても中国が日本を抜いて世界第2位の工業製造国となったという旨の記事が出ました。このこと自体は先にも書きましたが不思議はありません。60年代~80年代の日本は「東洋の奇跡」と欧米諸国から言われるくらいに製造業で世界をリードして高度経済成長期を支えた過去がありますが、その後、物質的豊かさを手に入れるのと同時に賃金ベースでも、全世界的に製造の主体は中国などに移り、今度は中国が「世界の工場」化していった背景があります。今後の予測では、8年後には中国のGDPは日本の倍になるとも言われているそうです。ですから、ここでベンチマークすべきなのは、"対中国に対する"日本のGDPの水準ではなく、別のところにあるのではないかとも思えました。

 

孫氏は講演の中で、幾つかの指標を話されました。まず、国の国際競争力として、日本は1992年には世界1位であったのに対し、現在は27位になっていること。日経平均株価が1989年当時は38,915円であったのに対し、2010年10月18日時点では9,490円になっていること。労働生産性は、G7の中で15年連続最下位であること。その他、発表はありませんでしたが、他にも負の要素は探せばあるかもしれません、例えばGDPに占める教育費の割合も、主要先進国の中でほぼ最下位レベルとなっています。

今後、少子高齢化が本格的に進んでくる日本として各種法令や制度の整備はもちろんですが、若年層の需要がある海外へ視野を向ける企業が増えてもおかしくはないのかもしれないと感じました。人口ピラミッド(cf.「International Data Base Entry  - U.S. Census Bureau」)を参考にすると、今後10年、20年の単位で少子高齢化を迎えるのは、日本だけでないことが分かります。先の中国だって、数年前の一人っ子政策の影響もあってか、10年~20年後には、日本と同じような人口分布になってくることが分かっています。現時点での数値や、事象だけを断片的に評価して、一喜一憂している場合ではないのは皆同じですね。 

 

先述した安斎会長の講演でも、別紙配布されたレジュメの最後には、「日本の生きる道は課題先進国から課題克服先進国へ」と書かれてありましたが、課題を克服するためには、小さな枠の中だけで慎重になり過ぎて、ああでもないこうでもないと逡巡しているだけではダメで、とにかくリスクを取って今すぐ行動すべきであるというようなことをおっしゃっていたので、結び付いてきます。

孫氏のセミナーでは、そのようなマクロ環境の中、多くの企業が抱える悩みは、「売上」、「生産性」、「コスト」であるとおっしゃっていました。そしてその課題解決の救世主が「iPad+クラウドサービス」であると説いています。その2つを活用することで営業の生産性(=情報の生産性)に繋がる、そうしたビジネススタイルを「ホワイトワークスタイル」と呼ぶ、と。事実、ソフトバンクテレコム社では、従業員3,000人が使用していたノートPCを捨て、全員にiPhone&iPadを支給したとのことでした。そのコンセプトをベースに、導入企業様数社が事例を発表されていました。 

 

以上、2つのセミナーを聴講し、改めて今のような時代は今までのやり方のままでは通用しないことを実感しました。「売上」、「生産性」、「コスト」に至っては、今に始まった企業の課題ではありませんが、好況のときのそれと世界的不況のときのそれとではやり方は変わってくるでしょうし、今の市場、今の自社、今のパートナー企業、今の技術、今のスタッフで選択可能な選択肢は変わってくる筈です。

私たちの提供する、中小・ベンチャー企業向けWebコンサルティングをご導入頂き、本業と切り分けながら「うまくご利用頂く」ことで不況の波を渡っていく、そういったイメージを深め、実現できるような体制づくりに今後も注力していきたいと思います。

 

最後になりますが、セミナー関連の話題からの流れで、今月初頭、現在当社が利用中のプレスリリース配信代行サービスを提供されているPDBマーケティング株式会社様から取材を受けた御礼を兼ねて、この場でご報告したいと思います。

「セミナー運営の一石三鳥の秘密」というタイトルでメールマガジンで配信されたのですが、バックナンバーとしてこちらのページ(cf.「セミナー運営の一石三鳥の秘密【PDBM Daily News 2010/10/05】」)に掲出して頂いています。

 

昨今当社では、中小・ベンチャー企業向けWebコンサルティングを5年ほど提供し続けてきた経験も踏まえ、Webマーケティングに関するセミナーを月1~2回のペースで開催するようになりましたが、ちょうどその模様を取材頂いたものでした。セミナー運営の何が一石三鳥なのかと言えば、記事から一部抜粋させて頂きますと以下のようになります。

1、定期的な発信から、
2、社員育成、
3、顧客とのコミュニケーションポイントの創出、

よくよく考えてみると当たり前のことなのかもしれませんが、セミナー実施前のマインドセットで、吸収できるものもだいぶ変わってきます。 既に出古したと思われがちな手法であっても、時宜を得て目的を明確にし、創意工夫をもって行うことで、得られる効果を倍増させることが可能になると実感しました。

当社の開催する各種セミナーにつきましては、「Webコンサルタント.jp」のTOPページにて常時ご案内しておりますので、よろしければご参加頂ければと思います。

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「日本の広告費 2009年」発表、新聞を抜きテレビに次ぐ第2のメディアとなったインターネット ~マクロ環境から読み解く、「モノの流通」から「情報の流通」への大転換期~

2010年02月28日 08:36 PM

 投稿者 小川 悟

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「輪転機とトラックの台数の戦いからコンテンツ競争へと移る。素晴らしい変化だ」

/『メディアに変革 新たな挑戦』(日経新聞・特集面,2010年2月25日)

先日22日、毎年恒例の「日本の広告費」の2009年版が発表されました。

cf.

・ネット広告費が新聞を抜く--電通「2009年日本の広告費」を発表

http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20409001,00.htm

・日本の広告費と国内総生産 | 広告図書館

http://www.admt.jp/library/statistics/ad_cost/gdp.html

記事や資料によれば、日本の総広告費は5兆9222億円で前年比11.5%減となり、2008年のアメリカでの金融危機を境に2年連続で減少傾向にあります。

このリリースに先駆けて、当社セールスマーケティング2課課長の杉浦が記事(cf.「とうとう超えました。」)にしていますが、2009年度の広告費内訳を見てみると、インターネット広告が新聞広告を初めて抜き、テレビに次ぐ「第2のメディア」となったことが分かります。昨今のトヨタの動向なども合わさって、従来大手企業を中心に広告出稿がされていたテレビ、新聞、雑誌、ラジオといった、いわゆるトラディショナル・メディアと呼ばれる4マス媒体が奮わず、特に雑誌の25%の落ち込みは深刻に思えます。

昨年12月で創業100年を迎えた講談社(創業100周年特設サイト)が23日に発表した第70期(平成19・12・1~同20・11・30)決算では、当期純損失76億8600万円で過去最大の赤字決算となり、売上高の内、主要である「広告」部門では前年比25.9%減となっており、さらに博報堂DYホールディングスの11月度売上高では博報堂で雑誌広告が前年比24%減と、まさに業界トレンドを現しているかのようです。市場規模としては既に屋外広告やDMに抜かれ、フリーペーパーの広告費にも肉薄される程にまで落ち込んでいます。

 

一方で新聞も、先日発売された「週刊 東洋経済」(2010/2/20号)で、「再生か破滅か 新聞・テレビ断末魔」という扇動的なタイトルで発売されると、早速Twitterなどで話題になりました。ちなみに、昨年のこの時期の東洋経済のタイトル見出しは「テレビ・新聞陥落」で私もこのコラムで引用しました。

cf.WWW20周年、注目されるインターネットビジネスだからこそ、しっかりとした情報発信を行いたい(2009年3月21日)

http://www.web-consultants.jp/column/ogawa/2009/03/post-27.html

このコラムの中で私は、インターネットが台頭し始めたことによって新聞が抱えた問題の一つとして「流通経路(販路)」を挙げました。システムを構築し、プロモーションさえしてしまえば、印刷費や販売にかかる経費をぐっと抑えることができるようになり、配信スピードも比にならないくらい速くなります。以前、横浜にある日本新聞博物館 NEWSPARKに行った際、自転車を模した機械にまたがってペダルをこぎながら、目の前のスクリーンに次々と映し出される民家の郵便受けに新聞を投函するという、まさに配達員になりきれるシュミレーションゲームがあって、それにしばし興じたことがありましたが、あれは遊びだからまだしも、実際は大変しんどいものだと感じました。もちろん新聞の販売店で生計を立てていらっしゃる方も多いので、単純になくなった方が効率が良いという話でもないのですが、「ニュース」に求められる即時性を考えると、インターネットほど画期的な、新聞における脅威(あるいは機会!?)、流通革命の引き金となったものはないのではないかと感じたものでした。

この日本新聞博物館(日本新聞教育文化財団)、余談となりますが小石川にある印刷博物館」(凸版印刷)と、汐留にあるアド・ミュージアム東京」(電通)と並び、現代までの古今東西の「メディア」「広告」「印刷」に触れることのできる企業ミュージアムとしては業界関係者でない私のような者でも大変楽しめるミュージアムで、印刷博物館でかつてプランタン=モレトゥス博物館展 印刷革命がはじまった:グーテンベルクからプランタンへが開催された際は、私も真っ先に見に行ったものでした。

 

「流通革命」ということで、さらに余談を続けますと、

cf.DVD100円自動レンタル機登場!変わるレンタルビジネスの生態系(GLOBIS.JP)

http://www.globis.jp/1196

上記の記事を例に、TSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブの戦略と、トラディショナル・メディアのそれとを比較してみたいと思います。

私の家の近所のファミリーマートにも、先日このレンタル機が導入されました。咄嗟に「このビジネスモデルはすごい!」と感嘆してしまいました。もちろん、今までにも「TSUTAYA DISCAS」 や「アクトビラ」のようなサービスはありましたが、自社の持つリソースを活用し、コンビニエンスストアという流通経路(あるいはメディア、情報媒体と呼んでもいいかと思います)を利用し、仮に全国15000店以上のファミリーマートの店舗にこのレンタル機が置かれたら?と想像すると、生活者の便利性が大変向上するのではないかと感じました。

TSUTAYAはパッケージメディアの流通業だが、考えてみればそのことは、モノの流通と情報の流通を分離することから発想されている。お客さんはお金を払ってビデオなりCDなりを借りて行かれる。しかし翌日には返却してもらうのだから、お客さんの家にモノそのものが残るわけではない。ではお客さんは、何に対してお金を払っているかといえば、モノの中身、つまり情報の提供に対してである。その意味で、CDやビデオのレンタルビジネスは、単なるモノの流通業ではなく、情報の流通業なのである。

/『情報楽園会社 TSUTAYAの創業とディレクTVの起業』(増田宗昭著)

上記の本を書いたのは、現カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(以下、「CCC」)代表取締役社長・最高経営責任者の増田宗昭氏で、発行は1996年のことです。まだインターネットが一般には「マルチメディア」と称されていた頃、30歳を過ぎてサラリーマンを辞めて、CCCの前身となる「蔦屋書店」を創業、2005年にはWeb制作会社大手の株式会社アイ・エム・ジェイや、株式会社デジタルスケープ、株式会社デジタルハリウッドを子会社化され、現在に至ります。

長きに渡り「モノの流通」という発想から抜けられなかった新聞に先立つこと、CCCが自社の事業ドメインを「情報の流通業」と銘打って戦略化していったのは、今より15年近くも前のことだったのかと、今の時期改めてその先見性に驚きました。

ちなみに、TSUTAYAや前身の「蔦屋書店」 の名の由来となったのは、江戸時代の出版人、蔦屋重三郎(蔦重)です。正確に言うと、蔦屋重三郎が由来というのは後年になってオーソライズされた逸話であり、実話としては増田氏のお祖父さんが営んでおられたお店の屋号の「蔦屋」からとられたものだそうです。

私は学生時代、学部で近世文学を専攻していたことがあり、蔦屋重三郎に関する記述に目を通したこともあったような気がしますが、その頃の担当教授が「江戸時代に築かれた出版流通の歴史は、メディアとして捉えても大変面白い」というようなことを言っていて、その後も関連した書籍には目を通したものでした。

cf.『西鶴と元禄メディア―その戦略と展開』(中嶋隆著)、『江戸の本屋さん 近世文化史の側面』(今田洋三著)

 

――閑話休題。その後、「NEWSWEEK」(2009/9/16号)で「新聞・テレビ絶滅危機」というタイトルで、「新聞絶滅へのカウントダウン」なる特集が組まれ、日本よりもインターネット広告が躍進するアメリカにおける新聞社の危機的状況が詳細なレポート付きで公開され、これもまた業界関係者の間で話題となりました。

このように権威性のある媒体や専門家たちが煽ると、「メディア」の特性としてアナウンスメント効果のように一層加速する傾向にあるので、広告代理店やメディア関係者はもちろんのこと、私たちも今後さらに注意が必要ではないかと思いました。

不景気になるとまず削られるのが広告費と昔から言われますが、日本の総広告費自体は額面にして前年比7700億円も落ち込んでおり、GDPを見ると中国に抜かれるのも時間の問題で、インターネットも含めて企業の広告出稿意欲が全体的に高まっているとはとても言いにくい状況です。

また、「新聞を抜いた」と大概のメディアで煽られるインターネット広告ですが、内訳をよく見てみれば前年比1.2%と微増で、Web(PC)広告はむしろ微減、モバイル広告の前年比12.9%増に助けられた格好で、「インターネットが新聞を抜いた」というと多少バイアスがかかる気もしました。

 

私が、当社にとって追い風だと感じている点は、冒頭で引用した日経新聞が「日経新聞 電子版」を来月23日に創刊するという事実情報です。

cf.日経電子版 広報部|日本経済新聞のWeb刊です。

http://pr.nikkei.com/

この前々から賛否のあった大決断は、未来から振り返ってみても、メディアの大変革を促した大きな事象となるのではないかとさえ思いました。近年、インターネット隆盛の中で、電博をはじめとした大手広告代理店が売上低迷していると言われながら、同時にインターネット広告大手やWeb制作会社大手への出資を続けていた流れも含めて、シンクタンクの未来予想以上に確信的に市場の伸びがほぼ約束された市場を相手にしているという妙な緊張感を私は抱いていました。

中小・ベンチャー企業向けにWebコンサルティングやインターネット広告の出稿代理業を行う当社にとって重要な点は、今年の「日本の広告費」を見て「インターネットが新聞を抜いた」ことに浮かれることではなく、むしろこのニュースを「インターネットを割り込んで新聞が落ち込んだ由々しき事態だが、今後伸びゆく可能性が残された」と見て、より一層の質向上に励む時期であると感じました。

トラディショナル・メディアの代表格である新聞が、ついにインターネットを明確に流通経路(販路)として選んだ――、この事実は、以前に生き残りをかけてインターネット上にニュース配信をする道を選んだときと同様、新聞自らが生活者のライフスタイル、及び広告主となる企業の広告担当者の在り方を今まで以上に大きく変えてゆく引き金を引いたのと同じであると思います。

 

世の中に流通しているものの処理されず蓄積されている、「情報クラッター(情報のゴミ)」がこんなにも存在するのです。これらの情報は生活者に消費されません。仮に私たちが送り出す広告が、この矢印の間に入ってしまえば、それはもう広告ではなく、ただのゴミということになるのです。

/『コミュニケーションデザインをするための本』(岸勇希著)

上記、『コミュニケーションデザインをするための本』(岸勇希著)という本の中で、2001年のブロードバンド元年以降、世の中に流通する情報量が急激に伸びた一方で、消費者が処理した「消費情報量」がほとんど変わっていないことを示すグラフが掲載されています。

cf.『情報大爆発 コミュニケーション・デザインはどう変わるか?』(秋山隆平著)

 

「情報化社会」から「情報過社会」へ――。

たった10年で、私たちを取り巻く情報はこんなにも変化しました。マクロ環境分析で言うところの「PEST」(cf.『松下幸之助没後20年、「共存共栄」について想う ~「社会の公器」として「定額給付金」の使い方を考える~』)を敏感に捉え、この変化の波に取り残されないよう、私たちは自分たちの本業であるインターネット広告、及びWebコンサルティング業務をより一層強く推進し、広告としての質を高めていきたいと思いました。

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電子書籍元年、Web社内報に推薦図書コーナーを設置 ~人財力・組織力向上に向けて、自己投資としての読書を推進~

2010年02月11日 04:23 PM

 投稿者 小川 悟

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ニューヨーク公共図書館は、単に本を借りるための場所ではない。名もない市民が夢を実現するための「孵化器」としての役割を果たしてきた。ここからは、アメリカを代表するビジネス、文化、芸術が数多く巣立っている。

/『未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告―』(菅谷明子著)

以前、このコラムでご紹介した当社内で運営中のWeb社内報に、今月新たなコンテンツが加わりました。その名も「推薦図書コーナー」とそのままなのですが、当社の全スタッフ200名が、過去に影響を受けたビジネス書や自己啓発本などを自由に投稿できる仕組みとなっています。社長の発案で、すぐに導入したのですが、早速幾つか推薦が挙がってきています。元々書棚(cf.こちらのコラムでご紹介しています)があるので、社費で購入したものや各自が持ち寄った本が並んでいたりしますが、この取り組みで当社スタッフの読書熱がさらに高まることを期待しています。

 

この推薦図書共有の取り組みですが、ただ漫然と「面白いよね」という共有ではなくて、もちろん普段の仕事に活かせる、個人の考え方や行動に対して影響を与えるような本を推薦してもらうようにしています。本田直之氏の『レバレッジ・リーディング』の中で、読書は「経済的行為」「投資活動」と表現され、「本を読んで得た知識をビジネスに生かすこと」で1500円で購入した本は最終的には15万円の利益を生むとも書かれています。実際のリターンの度合いを定量的に割り出すことは難しいでしょうが、確かに言われてみれば、世界中の経営者や第一線で活躍するビジネスパーソンの書かれた体験談やノウハウ、考え方等、言わば成功哲学のようなものが凝縮されたものが1500円程度で買えるとなると、最もリスクの少ない投資と言うのも頷けます。

ちょうど先週末にはリーダー向けの研修会なども開かれ、外部環境分析などを含めた自部署の戦略策定が各部門で行われたばかりで各自の知識欲も高まっていた矢先のことでした。当社でも自社の経営者や役職者が今までどのような本を読んできたのかということを興味深く調べては、実際に購入したスタッフもいます。こうした取り組みで得られる成果を、お客様へ対する提供価値へと変えていきたいと思います。

 

さて、推薦図書の話を差し上げたので以下は余談となりますが、関連の話題をしたいと思います。

コラムのタイトルにも起用した「電子書籍」。昨年よりその文字を何かと目にすることが多くなりました。先月には、米Appleが「iPad」を発表したり、書店に行けば、『キンドルの衝撃』『紙の本が亡びるとき?』など、出版関係者からすれば穏やかならぬタイトルの書籍が並んだりし始め、当の日本の出版界でも出版21社が電子書籍市場での連携強化を目的として、電子書籍法人を設立するといったリリースなども出されたのが印象的でした。また、最新号の「日経トレンディ」の特集は、「次世代ネットの衝撃 クラウド&Twitter」で電子書籍についても触れられており、 2010年は「電子書籍元年」とも言われたりしているようです。

cf.デジタル パブリッシング フェア2010 - 新設!「電子書籍端末 ゾーン」

http://www.digi-fair.jp/ 

実際私も、iPhoneに電子書籍リーダーの一つ、i文庫というアプリを入れています。このアプリは、インターネットの電子図書館青空文庫にアップされている、現状8800ほどの書籍データ(著作権が切れているもの)を無料で購読することができるものです。普通の文庫本と比べて目が疲れるといった意見も聞きますが、栞を挟む機能などがあったり、慣れると大変便利です。今までラッシュアワーの電車内で片手にかばん、片手に文庫本を持って、片手で文庫本をめくる技術を習得して何とかして本を読もうとしていたものが、こうしたアプリを使えば労せず読むことができます。複数冊同時読みといったことも、普通なら何冊も携行すると重たい書籍ですが、やはりiPhone1台で足りてしまいます。

この「青空文庫」――、『インターネット図書館 青空文庫』 (野口英司著)という書籍に青空文庫収録の作品が収録されたDVDが付いているのですが、刊行された2005年当時の作品数が4843作品と今では倍近くまで増えています。この膨大な作品データの入力や校正作業を行うのは、「青空文庫工作員」と呼ばれるボランティアスタッフの方たちです。

この5年間の間に著作権の保護期間が過ぎたものがこれだけ多くあるということでしょう。現在の日本の著作権の考え方(ベルヌ条約)では、保護期間が著作者の死後50年ということで、2010年は1959年までに没された作家の作品ならばインターネット上に公開可能ということになります。現在、JASRAC(日本音楽著作権協会)や鳩山首相などはこの期間を70年に引き延ばそうとする考えを持たれているようですが、著作権周りの話は日本の枠だけで考えられるものでもなく、大変複雑で難しいしがらみもあり、議論が割れています(cf.「著作権の保護期間」/Wikipedia)。

ちなみに、仮に保護期間が50年から70年に延長されるとどういうことになるかを分かりやすく有名作家を例に言えば、現在ネット上で無料で購読できている太宰治(1948年没)が2019年まで、坂口安吾(1955年没)が2026年まで見ることができなくなるということになります。

cf.

・「著作権保護期間70年への延長実現に最大限努力」鳩山首相が明言(INTERNET Watch,2009年11月18日)

http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20091118_329858.html

・aozora blog: 青空の行方/なにゆえの著作権保護期間70年延長か(富田倫生氏運営,2004年12月7日)

http://www.siesta.co.jp/aozora/archives/001717.html

・ミッキーマウスは誰のもの? 著作権の「寿命」を争う裁判が最高裁で始まる - 米国最新IT事情(ITpro,2002年10月15日)

http://itpro.nikkeibp.co.jp/members/ITPro/USIT/20021012/1/

また、ニンテンドーDSの「DS文学全集」なども電子書籍としての役割を果たしていると思いますが、こちらにも青空文庫創設メンバーの一人である富田倫生氏が絡まれています。富田倫生氏は97年の「青空文庫」創設期には既に電子本に興味を持たれていた方で、 先の『インターネット図書館 青空文庫』の中で「青空文庫」について、「著作権の権利は尊重する、と同時に、保護期間を終えた著作物は、みんなが自由に、手軽に、広範囲に利用できるようにしていく。これが青空文庫の目的といってもいいだろう」とも言及されています。

【著作権制度の目指すもの】

青空のぬくもりは、誰もが共に味わえる。

一人があずかって、その恵みが減じることはない。

万人が共に享受して、何ら不都合がない。

/『インターネット図書館 青空文庫』(野口英司著)

 

以上のように電子書籍の台頭によって一層身近になった読書ですが、電子書籍やクラウド(・コンピューティング)のような発想は今に始まったものではありません。

電子時代の到来で、図書館が電子本を所蔵しパソコンでアクセスすれば利用できる「電子図書館」構想が話題になっています。(中略)実現すれば、利用者がインターネットを通じ、図書館を訪れることなく容易に、効果的に検索し、画面上で本を読むことができる日がやってくるのです。

/『トーハン週報4/2号別冊 新版 よくわかる出版流通のしくみ』(「しゅっぱんフォーラム」編集部 [株式会社トーハン 広報室内],1999年4月2日発行)

例えば、『新版 よくわかる出版流通のしくみ』という小冊子は99年に発行されましたが、2001年の「e-Japan戦略」に先駆けて上記のような「電子図書館」構想が練られていました。また、その後も以前のコラムで触れた、松岡正剛氏による「千夜千冊達成記念ブックパーティー」でも案内のあった「図書街」構想は、後に「図書街プロジェクトの始動に向けて」というシンポジウムにも発展しました。これはこれで、紙の本の流通に大変革が起こる話ですが、この辺についてはまた別の機会にでも触れてみたいと思います。

 

以上、余談が長くなりました。最後になりますが、先の『新版 よくわかる出版流通のしくみ』 の結びには、「ありとある出版物の総体がその国の知的生産活動として文化の重要な一翼を形成しています」と書かれています。江戸時代の出版ラッシュの際に日本人の識字率が高かったというようなことも言われていますが、私たちもWeb社内報の「推薦図書」の仕組みを活用して、良い本を紹介してスタッフ間同士で刺激し合い、結果、社内スタッフの人財力や組織力を高めていきたいと思います。

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2010年、フリーセル創業10年目という節目、お客様に感謝の気持ちと原点回帰の想い ~大河ドラマ『龍馬伝』を見て感じたことなど~

2010年01月 4日 04:24 PM

 投稿者 小川 悟

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将来に希望を見出せなかった時代に、龍馬のような挫折して学問も身分もなく、いつも貧乏していた人物が偉業を成し遂げた――人に勇気を与えますよね。どの方向にでも思い切ってチャレンジしていく行動力、生きる意欲というのは、見習っていくべきですね。(津本陽)

/『一個人 別冊 歴史人 坂本龍馬の真実』(KKベストセラーズ)

新年あけましておめでとうございます!

当社は本日4日から仕事始めとなっております。今年もどうぞ宜しくお願い致します。

今回のコラムは、年始一本目ということで少し仕事から離れた内容となりますが、ご了承下さい。

 

皆様、 年末年始はいかがお過ごしでしたでしょうか。私は、実家に戻ったりしながらも、今年はゆっくりと自宅で年を越しました。昨日3日からは、以前、『坂の上の雲』に触れたコラムでも話題にしていた龍馬伝が始まりましたので、20時にはしっかりと帰宅し、テレビの前で放映を待っていました(笑)。皆様ご覧になられた方はいらっしゃいますでしょうか。

この『龍馬伝』、「今回、タイトルに入れた伝というのは、あくまで彌太郎が語る伝」(/「マンスリーみつびし 2009年12月号」)と言うのは本ドラマの脚本を担当された福田靖氏ですが、そこで言われている岩崎弥太郎は現三菱グループの創始者です。

cf.岩崎彌太郎年表 - 岩崎彌太郎物語(三菱グループ)

http://www.mitsubishi.com/j/history/series/yataro/index.html

その岩崎弥太郎を演じるのが、『坂の上の雲』で正岡子規を演じた香川照之さんでした。かたや病に臥しがちで30代半ばで夭逝された俳人・正岡子規、かたや日本の海運業を切り拓き三菱財閥の礎をつくった岩崎弥太郎と、ほぼ時代や場所を同じくして人柄も立場も全く違う二人を好演しているのはすごいと思いました。次回以降も楽しみです。

坂本龍馬と聞くと、司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』を連想する人が多いと思います。「世に生を得るは事を成すにあり」という"竜馬”の名文句が、本文中に度々登場します。33歳という若さで志半ばして刺客の手に倒れた坂本龍馬ですが、その短い生涯の中で維新という大きな事を成し遂げました。

 

まずは坂本龍馬が残した偉業の中でも、日本発の総合商社、また株式会社とも言われる「海援隊(亀山社中)」の設立に着眼してみたいと思います。「海援隊」と聞くと、武田鉄也さんの在籍されたフォークグループを連想します(『龍馬伝』では、勝海舟役で登場されますね)。

また、もう一人、私たちの業界だと、連想するのは孫正義氏ですね。

cf.ソフトバンク孫氏、Twitterユーザーに(ケータイ Watch,2009年12月25日)

http://k-tai.impress.co.jp/docs/news/20091225_339710.html

上記、鳩山首相に先駆けてTwitterアカウントを開設された孫氏。早速、ご自身のTwitterアカウント上で以下のようにつぶやかれていました。

来年の大河ドラマは、坂本龍馬。私が最も尊敬する偉人です。日本の夜明けのために命をかけた。立派なことだと思います。 事業を通じて少しでも龍馬さんの心境に近づけたらいいなあと思います。(2009年12月25日)

ソフトバンクが2006年にロゴを刷新した際にモチーフとしたのが、前出の、坂本龍馬の設立した「海援隊」の隊旗だそうですね。

cf.ソフトバンク、新ブランドロゴ発表(ITmedia +D,2006年8月16日)

http://plusd.itmedia.co.jp/mobile/articles/0608/16/news025.html

 

少しここで話を脱線させますが、実は私10年来のドコモユーザーですが、年末年始に向けてついにiPhoneを購入しまして、その関係でiPhoneの話題に触れてみたいと思います。以前コラムに書いた、「楽天Webディレクション&デザイン2009」に行ったときに既に購入フラグは立っていたのかもしれませんが(笑)、同僚からの強い勧めもあって購入しました。

こういう業界にいて、他の同僚と比べると最新デジタル機器に疎い方である私がなぜ購入するまでに至ったのか?ポイントは3つありました。仕事と大きく関係がある話題ではなく、個人的な趣味の話となりますが。

1. クラウド(コンピューティング)への理解のための入門機としてのスマートフォン体験

まず手始めに、デフォルトでインストールされているカレンダーアプリと、Googleカレンダーとの同期を図ってみました。これは大変便利です。Googleをはじめとした各社提供のWebサービスに対し、iPhone本体がクライアント機(あたかも子機、リモコン)のような位置づけで操作・管理しているような気になれました。この辺はこれからもっと活用の幅が広がってくるのかと考えています。

2. UI (User Interface) 、UX(User Experience)、インタラクションデザイン等の理解のための体験

簡単に言えば、あの独特なインターフェースを、実際に自分のような最新機器に疎い者が使うとどうなるか?ということを試しました。まず手始めに、それまではPCかモバイルからしかアクセスしたことのなかったTwitterに専用アプリでアクセス。同僚が利用しているのを傍目で見ていたときには感じ得なかった「体験」が得られました。

そして何よりも一番驚いたのが、日本語入力の際に便利な「フリック」入力機能です。ポケベルが登場した頃に、独特な文字入力方法に感激したときの驚きを超えました。このフリック入力、どのようなものかをご説明するのに、百聞は一見にしかず、以下の動画を是非ご覧下さい。なかなかこんな早くは入力できません(汗)。

http://www.youtube.com/watch?v=kVy1p0v0Pow

この辺の内容は、以下に詳しく掲載されていました。

cf.DESIGN IT! : 徹底した直接操作

http://www.designit.jp/archives/2008/09/vol1_iphone_2.html

3. メディア(特に、広告媒体として)の可能性について消費者としての体験

iPhone用アプリに既存の媒体(産経新聞等)や私企業が参入するケースや、実際に広告配信を行うケース、また、「クックパッド」のようなWeb2.0型のサービスや、「食べログ」のようにさらにGPSと連動したサービスが携帯端末に入ったときに初めて得られるユーザー利便性がもたらす経済効果など、通常の携帯電話では考えられなかったような可能性があるように感じました。

上記の3つの体験を、実際に肌で感じてみたかったということが挙げられます。

 

話しを戻します。思い返せば、96年にヤフー株式会社が設立、数ヵ月後に「Yahoo! JAPAN」が開設され――、私はまだ学生で、当時丸の内にあった某広告代理店で派遣スタッフとして働いていたことがありました。当時は「インターネット」という構造さえもよく把握していないのに、先輩スタッフに教えられるがままにパソコンを使用していたものでした。まさに、例えばリクルート運営の「ISIZE(イサイズ)」がまだ「Mix Juice」という名称だった時代ですが――、やがてサイト内のコンテンツ拡充が進み、後に「ポータルサイト」と一般的に称されるようになりました。

この「ポータルサイト」、「港」という意味を有しており、インターネットに繋いだ際の入口ページとされることを目的としたサイトモデルとして使われているインターネット用語です。坂本龍馬も商取引をする上で港に着目し、海援隊を結成しました。こじつけかもしれませんが、『龍馬伝』第1回目で下士としての生い立ちが描かれた坂本龍馬、地下浪人の家庭に育った岩崎弥太郎、そして少年時代は貧しかったという孫正義氏と、皆、苦しいスタートから始まって最終的に立身された方たちなのだなと感じました。

私も是非あやかって、といきたいところですが、現時点ではどれもあまりにもスケールが大きい話過ぎて、正直ピンときてはいません(汗)。ですが、新年、新たな気持ちでスタートを切りたいという、やる気に満ち溢れた気持ちになれました。

 

今度の大河ドラマは、個人的には是非、渋沢栄一のドラマを見てみたいと思っています。

岩崎弥太郎率いる郵便汽船三菱会社の海運独占を嫌い、アンチ三菱連合として三井と組んで共同運輸を設立、後、熾烈な値下げ競争となって最終的には合併して日本郵船となり、後世「日本資本主義の父」と呼ばれた渋沢栄一のドラマです。大学の卒業論文では、文学部在籍ながらも縁あって?渋沢栄一に言及することになって少し本を読んだことがある程度ですが、自分の興味の対象にすっぽりと収まっています。

当時、輸送といえば、海上しかなく、その海運は三菱の手による他はない。三菱の船にのせると、保険も三菱でかけるように要求され、倉庫もまた三菱のものを使わねばならない。(中略)商社である三井物産では、貨物の取引量が大きいだけに、三菱への支払いも、年七十万にもなる。(中略)三井でさえ、こうした状態だから、他の事業家たちの立場は、さらにあわれであった。まるで三菱をもうけさせるために商売をしているようなことにもなる。

/『雄気堂々(下)』(城山三郎著)

若かりし頃は不条理な世の中に不満を感じて尊皇攘夷思想に傾倒するものの、諸事情あって幕府側の家臣に説得され、徳川最後の将軍・慶喜の幕臣として大政奉還を迎え、新時代に突入していった後の渋沢栄一のドラマは、坂本龍馬や岩崎弥太郎のようにドラマティックでありながらも、二人とはまた別の切り口、視点で近代ビジネスを切り拓いていったという点で非常に興味深く感じます。

 

さて、『龍馬伝』の感想はここまでとして、話を身近なところに戻させて頂きます。

今年2010年、また新しい10年がスタートしますが、そんな折、当社も創業10年目を迎えました。 ここまで順風満帆!?に来れたのも、ひとえにお付き合い頂いているお客様のお陰だとつくづく感じます。今でこそ多くの関係者の方々にお世話になっていますが、創業して間もない頃は、私たちスタッフとお客様とのやり取りが仕事のほぼ全てでした。私は創業11ヶ月目の2002年7月に入社しましたが、当時はまだ全社員6名しかおらず、オフィスも渋谷区松涛にあるマンションの一室でした。その頃からお付き合い頂いている歯科医院の院長先生など今も多くいて下さって、本当に嬉しく思います。

現在では、各社様々なサービスが台頭してきたこうした法人向けインターネットサービスで、10年近くもの間、他社に乗り換えることなくお付き合い頂いているお客様がいらっしゃることがどれだけすごいことかと思えるか、個人的な感傷も多分にあるかと思いますが、創業10年目を迎えてますます切に感じました。

今一度、私たちの原点であった「CS(顧客満足)」に立ち返り、強く推進していきたいと考えております。まだまだ至らぬ点が多々あり、ご迷惑をお掛けすることもあるかと思いますが、今後とも何卒ご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。まずは年始のご挨拶として、結びと代えさせて頂きます。

今後とも、当Webコンサルタント.jpを宜しくお願い致します。

 

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年末商戦突入、2009年ヒット商品発表! ~ユニクロ快進撃、不況の中を売り抜く「企業理念」の力~

2009年11月15日 01:59 PM

 投稿者 小川 悟

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ユニクロの急成長は、あくまで企業理念を実現しようとして、全社一丸となって精一杯努力した結果であり、ブームは会社側でコントロールできるものでもない。

/『一勝九敗』(柳井正著)

今年2009年は、「100年に1度の不況」と言われています。しかし、そうした時勢の中でも売れているものはあります。不況下においても売れているものの共通点を見出すことは難しいかもしれませんが、うまくいっている企業やサービスとうまくいっていないものを比較することで見えてくることもあるのではないかと考えます。

今年も11月に入り、毎年恒例の、雑誌『日経トレンディ』が選ぶ「2009年ヒット商品ベスト30」が発表される時期となりました。日経MJの「ヒット商品番付」は来月ですね。

 

ちなみに2007年度の「ヒット商品番付」で東の横綱に輝いた「ニンテンドーDS」&「Wii」 は鮮明に覚えています(cf.「ヒット商品番付」/SMBCコンサルティング)。翌年の新卒を迎え入れる際に行ったオリエンテーションで私は、新卒入社者の学生気分を楽しく抜いてもらおうと考え、身近な「ニンテンドーDS」&「Wii」をテーマにグループセッションを行ってもらいました。正式に各部門に配属となる前でしたが、以前のコラムでも触れた、「PEST分析」(「Politics(政治)」、「Economy(経済)」、「Society(社会)」、「Technology(技術)」)、それからマーケティングの4P(「Product(製品)」、「Price(価格)」、「Promotion(プロモーション)」、「Place(流通)」)といった側面から、「なぜ売れたと考えるか?」について自由連想方式で考察・発表してもらったのでした。正解があって行った企画ではなくて、「社会人って面白いかも!」と思ってもらうことと、学生までは「消費者の立場」で見ていたものが、社会人になると打って変わって「サプライヤーの立場」になることを体感してもらいたかったという「頭のスイッチを切り替える」ことが主旨のものでしたが、他チームの発表を共有して意見を述べたりと、一様に楽しんでもらえたようだったと記憶しています。

さて、そんな「2009年ヒット商品ベスト30」、今年の1位は「プリウス&インサイト」でした。民主党政権に変わり、マニフェストにも掲げられた「地球温暖化対策」や、エコカー減税・補助金による特需なども踏まえ、2009年という時代を感じさせる結果となりました。

 

今回のコラムでは「2009年ヒット商品ベスト30」でTOP10にランクインし、今週19日にテレビ東京系列ルビコンの決断で特集が組まれることとなったユニクロ、及びセカンドブランド、ジーユー(今年で創業60周年となった株式会社ファーストリテイリングの完全子会社GOVリテイリングのブランド)の「990円ジーンズ」に着目してみたいと思います。

ユニクロとしては昨シーズン、主力アイテム「ヒートテック」を2800万枚売り上げ、今シーズンは5000万枚を目指しているということで、まさに国民服の地位を得ていると言えるかもしれません。大企業の冬のボーナスが過去最大のマイナス幅である15.9%減と言われる中、そうした快進撃を進めるユニクロの年末商戦を控える前の動向を洞察してみるのも何か参考になるかもしれないと思い、書いてみたいと思います。

 

まずユニクロと聞くと思い出すのが、今から10年前の99年にオンエアされた、山崎まさよしさんを起用した秋冬のフリースのCMです。98年に東京・原宿に進出して一気にユニクロ・フリースブームが席巻しました。一昔前までこの手のファッションをリードしていたのはGAPだったように思いますが、現状ではユニクロがリードしている状況でしょうか。今や、少し前までは高級ブランド店の出店・改築ラッシュがあり、世界を代表するブランドストリートと呼ばれた原宿・表参道一帯には、ZARA(2002年4月)、H&M(2008年11月)、FOREVER 21(2009年4月)と、比較的に商品単価の安価な海外勢が立て続けに進出し、新たな要素が加わったような印象です。

また、渋谷でも2009年9月に元々ブックファースト渋谷文化村通り店があった場所にH&Mがオープンし、ユニクロも来春に道玄坂「ザ・プライム」への出店を検討中と聞きます。先月のベルサーチ日本事業撤退やヨウジヤマモトの民事再生法の適用申請と、かつて西武グループが進めた「セゾン文化」隆盛の時代、DCブランドブームの起こったバブル期を代表する名門ブランドと比べると対照的です。

そんなユニクロが98年の夏に全国紙に出した全面広告のキャッチコピーが、「ユニクロはなぜ、ジーンズを2900円で売ることができるのか」でした。それから10年を経て、ジーンズはついに3桁で販売されるようになりました。これはもちろん、単に利幅を減らして値下げしましたという話ではなく、品質は向上させながらコストダウンを図るというイノベーションの結果であることが様々なところで書かれています。ところが、ジーユーが990円ジーンズを発表した後の5月にはセブン&アイHDが980円で、その後立て続けに、8月にはイオンが880円で、9月にはダイエーも同額で、10月には西友が850円で、さらに同月ドン・キホーテは690円でジーンズ市場に参入。一見、ジーユー(ファーストリテイリング)がジーンズの価格破壊の引き金を引いたかのようにも見え、ジーンズ市場にコモディティ化が起こりかけているようにも思います。今後、ジーンズに1万円以上払って購入する価値観を消費者に与えるための「付加価値」を加えることに大きな障壁ができたようにも思います。まさに茨の道を選択したようにも感じました。

なぜなら、ユニクロ(ファーストリテイリング)はほぼカジュアルウェアに特化していますが、大手スーパーはカジュアルウェアがすべてではないにも関わらず、この価格競争に参戦したことにはおそらく大きな決断が陰にあると思われるからです。つまり今回取った選択によって、今後ずっと「良い物を安く」という品質基準を守り続けていかなくてはならないという縛りに拘束され続けることを覚悟したと思われるし、そうなると大手スーパーとしてはこの競争から離脱しないために、カジュアルウェアに対して、今をしのぐためだけの戦略でなく、過去・未来と一貫したこだわりを持ったマーケティングを今以上に強めていかなくてはならず、また、このように選択集中する商品対象が増えれば増えるほど、その維持向上のためにコストをかけ、組織を固める必要があると思うからです。

低価格という差別化戦略は不況の時期には消費者ウケが良いと思いますが、低価格ということは、いくら原価を下げたとしてもその分限界利益率の振り幅は小さくなり、より社会の動向や市場の変化に対して敏感にならなくてはならなくなることを意味してはいないでしょうか。ある程度利益率を保った価格設定をしておけば少しの失敗(原価高騰、売上げ鈍化等)は吸収できると思いますが、ギリギリのラインでやっていると少しでも経営や時代のニーズを読み間違えば一気に赤字に割り込んでしまいそうな印象があります。例えるなら高速で運転するF1ドライバーのようなイメージです。

 

以上のように、ジーユー(ファーストリテイリング)が口火を切ったジーンズの価格競争、この年末商戦を越えて各社はどのような結果に落ち着くのでしょうか。価格だけで見ればジーユーが一番不利のようですが、「価格」「品質」とほぼ並んだときにジーユーが一歩秀でているように見えるのが、ユニクロの「ブランドイメージ」でしょうか。ユニクロはプロモーションにおいても有名人を起用したり、「UNIQLOCK」で世界三大広告賞(One Show,クリオ賞,カンヌ国際広告祭)でそれぞれ受賞歴があったり、他にも障害者雇用やフリースの回収・リサイクル事業等、CSRの側面でも余念がないというか、大手スーパーのPB(プライベートブランド)と比べると、独立した衣料品店として確固とした理念を掲げて事業を推進しているように見えます。

 

ユニクロの経営理念に「いかなる企業の傘の中にも入らない自主独立の経営」というものがあるのが興味深いです。冒頭でご紹介した『一勝九敗』の中で、「当社は以前、紳士服店をやっていたが、取引をしていた紳士服メーカーのほとんどが商社に吸収されたり、廃業や倒産の憂き目にあった」と書かれています。また、柳井正氏のお父様がVANの商品が好きでVANショップを経営していたそうですが、「カジュアルウェアに親しむきっかけとなったことは確かだ」とも書かれていることからも、故石津謙介氏が経営されていた株式会社ヴァンヂャケットが1978年に負債総額500億円を抱えて倒産する直前、経営再建のために商社が介入し、それまで独自路線を突き進んできた「VAN」ブランドが市場に埋もれてしまったエピソードなどの過去の体験と何か関連がありそうですね。

 

最後になりますが、冒頭で『一勝九敗』を引き合いに出していますので、失敗のエピソードも書いておきたいと思います。

ファーストリテイリングがかつて、野菜の販売事業から撤退(子会社の野菜販売店「スキップ」)した経緯を持っているのは有名だと思います。他にも、スポーツカジュアル衣料品店の「スポクロ(スポーツ・クロージング・ウエアハウス)」、ファミリーカジュアル衣料品店の「ファミクロ(ファミリー・クロージング・ウエアハウス)」の撤退などあります。本書で柳井氏は、以下のように書いています。

世間一般には、僕は成功者と見られているようだが、自分では違うと思っている。本書でも触れたように、実は「一勝九敗」の人生なのだ。勝率で言うと一割しかない。(中略)もし、これでも成功と呼べるのなら、失敗を恐れず挑戦してきたから今の自分があるのだろう。

そして二十三条ある経営理念の第十三条には「積極的にチャレンジし、困難を、競争を回避しない経営」とあります。その他にも、この不況下で今一度力を振り絞って頑張らなくては!と思えるような理念が多く書かれています。今伸びている企業の経営理念に目を通してみるのも参考になるかもしれません。結びに変えて。

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iモード10周年、ビジョン達成に向けた不断の努力こそが市場開拓・顧客創出を実現する成長エンジン ~第8期末社員総会を終え、今期を総括する~

2009年03月29日 08:22 PM

 投稿者 小川 悟

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「十秒前です」

笹川が時計を見ながら叫ぶ。

「八、七、六……」開発チーム全員の声が揃う。

「三、二、一、〇。やったあ!!」

二月二十二日零時、iモードは歓声とともにスタートした。

/『iモード事件』(松永真理著)

本日、当社第8期末の社員総会兼社員旅行から帰ってきました。いよいよ今期も残すところあと2日です。1日には09新卒の入社も控えています。迎え入れる側の私たちの方も、新たなゴールビジョンが提示され、新体制で来期に臨みます。本件については次月にまた、別途お伝えしたいと思います。今回は第8期を総括する意味も込めて成果の棚卸しをするとともに、当社のどのような部分が成長エンジンとなっていたのか改めて認識し、来期1年間を突っ走るための原動力としたいと個人的に試みてみます。

 

さて、2009年2月22日は、NTTドコモの「iモード」サービスが開始されてからちょうど10周年でした。

cf.

・iモードが10周年、ドコモが期間限定サイトをオープン--懐かしのCMなどを配信(CNET Japan)

http://japan.cnet.com/mobile/story/0,3800078151,20387918,00.htm

・iモード10周年、いま体験すべきコンテンツは?(ASCII.jp)

http://ascii.jp/elem/000/000/213/213077/

・iモード10周年、ドコモが目指す“魔法のランプ”への戦略

http://k-tai.impress.co.jp/cda/article/news_toppage/44053.html

・こんなものもありました--iモード10周年、黎明期の名機を振り返る(CNET Japan)

http://japan.cnet.com/mobile/story/0,3800078151,20388765,00.htm

・EZwebがサービス開始10周年――KDDI、4月から特別キャンペーンを実施(ITmedia +D モバイル)

http://plusd.itmedia.co.jp/mobile/articles/0902/20/news062.html

 

今でこそ、登録者数で言えば5000万人近くを誇る、日本最大のISP(インターネット・サービス・プロバイダー)ではありますが、その記念すべき誕生からもう10年が経つのですね。

cf.

・契約数月次データ : 携帯電話等契約数(NTTドコモ 企業情報)

http://www.nttdocomo.co.jp/corporate/ir/finance/subscriber/

・ドコモ、iモードをギネスブックに申請(ITmedia +D モバイル)

http://plusd.itmedia.co.jp/mobile/articles/0603/10/news082.html

・クロニクル「インターネット業界10年史」 ~まるでビッグバンのように、超高圧な一点の意志からその広大無辺な市場は生まれた~(「Webコンサルタント.jp」コラム、『Webコンサルティング表象文化論』より)
http://www.web-consultants.jp/column/ogawa/2008/02/10.html

「えっ、『とらばーゆ』の編集長がとらばーゆするの?」

/『iモード事件』(松永真理著)

この「iモード」の開発には、元リクルートで『とらばーゆ』編集長を務め、現在は株式会社バンダイ取締役を務めておられる松永真理氏と、「リクルート時代に学生アルバイトとして編集の手伝いをしてくれた学生」であり、その松永真理氏をして「彼こそ、iモードの成功に大きな貢献をするキーパースン、重要人物の一人になる」と言わしめた、現在ドワンゴの取締役を務められている夏野剛氏を主要としたプロジェクトメンバーが携わりました。

こうしたビジネス上における成功譚(サクセスストーリー)というものは、現在の世の中の状況から過去を顧みて編年体に並べ直すことで初めて"物語"になるわけで、実際の開発段階においては苦労の連続であったろうし、今後も新たな状況に打ち勝ってゆくために様々努力をしなくてはならないのは当然にしろ、必ず私たち部外者にとってはあまり知る由もない前史に当たるものがあるものです。

東京と大阪を何度も行ったり来たり、緊張と新幹線のなかで細かい文字を見過ぎたせいもあり、同乗したIPのなかには帰路につく頃吐き気を催した人もいたという。新幹線と同時に山手線のなかでも同様の試験が繰り返される。評価機を押しながら、何十回と山手線を回っているエンジニアたち。想像するだけで目が回るようだ。

/『iモード事件』(松永真理著)

iモード誕生の1ヶ月後の1999年3月25日、NTTドコモグループは、「ドコモ2010年ビジョン『MAGIC』――モバイル・フロンティアへの挑戦――」を策定し、発表しました。この長期ビジョンは、1997年7月頃から経営企画部のメンバーが事務局となって検討が進められていたものとのことです。経営トップの意向により「社員の参画」が強く要請され、第1次案にはグループ各社延べ300人以上の社員がディスカッションに参加し、最終的にはこの「MAGIC」が経営会議で決議されました。それから、この「MAGIC」策定の後に、ビジョンを実現するために、「ドコモ社員の行動原則 『DREAM』」が社内に公開されました。

【5つの事業の柱 「MAGIC」】

M: Mobile Multimedia(モバイルマルチメディアの推進)

A: Anytime, Anywhere, Anyone(いつでも、どこでも、誰とでも)

G: Global Mobility Support(グローバルにサポート)

I: Integrated Wireless Solution(ワイヤレス技術でソリューション)

C: Customized Personal Service(個々人の情報生活支援)

 

【ドコモ社員の行動原則 「DREAM」】

D: Dynamics(変化に挑む)

R: Relationship(コミュニケーションの輪を広げる)

E: Ecology(環境保全に貢献する)

A: Action(まず、行動する)

M: Multi-View(広い視野と長期的視点から考える)

/『NTTドコモ10年史 モバイル・フロンティアへの挑戦』(NTTドコモ10年史編纂事務局)

未踏の地をビジネスチャンスと捉えながらも、現状に満足せず、まだ見ぬ未来を予見し、来るべき危機に備えて中長期のビジョンを策定し、打ち立てた行動指針にのっとって、全社員が掲げたゴールへ向かって邁進する――、そのフロンティア・スピリットこそがある種の成功法則、言い換えれば勝ち癖のようなものではないかと思います。初めのうちは皆で打ち立てた指針が、何となくよそよそしく照れ臭いこともあるかもしれません。それが正解か不正解かもよく分からないままにスタートするものかもしれません。しかし、こうして一つ大きな成功をした後に振り返ってみれば、「あのときに気付いて本当に良かった!」と思えることは、日々の仕事の中にもたくさん転がっている筈です。

 

思えば今から1年前の2008年3月27日は、当社初の監修書籍、『「Webコンサルタント」という選択』が発売された日でした。今でこそ「Webコンサルティング」という用語はネット市場に時折見かけるようになってきたものの、あの頃はまだ他社で明確に表現しているところが少なく、プロジェクトメンバーの間で定義するにも大変苦労したものでした。社名を出して声高らかに自社方針を打ち出せば、それに賛同頂ける方と同じくらい反対する方もいたことかと思います。いつの時代も新しい概念には反作用が働きます。特に名前が売れてくればくるほど、市場の中で影響が大きくなればなるほど、社会からの風当たりが強くなることは十分承知した上で、当社もある種腹をくくった時期だったのかと思い返します。

その後、第一四半期を終えて今期ゴールビジョンを改めて全社員で共有(cf.「第8期第一四半期社員総会を終えて ~ゴールビジョンを明確に言語化し、共有する~」)した後は、続く第二四半期(cf.「クリエイターは消費者の夢を見るか? ~第二四半期末社員総会を終えて~」)、第三四半期(cf.「再読、『ザ・ゴール』。 ~エリヤフ・ゴールドラット氏来日! ~"生産的"であるとは何か?~」)と怒涛の如く次々に迫り来る試練を乗り越えて今に至ります。

絶対絶命!と思う程の大きな壁を前に、とにかく、「"そこに行こう!"とゴールビジョンを掲げてしまったのだから行くしかない」という気持ちでやっとの思いで一つ壁を越えたと思ったら、今までとは比較にならないようなスケールの壁にぶち当たり、ここで挫けようと思えば一気に堕落していってしまうような、そんな成か否かの二択を常に迫られながらブレイクスルーを続けてきた今期だったように思い返します。また、その過程の中で、もちろん私自身は多くのことを学んだのですが、何よりも部内のスタッフをはじめ会社全体でいろいろな体験を経て、学べたことは大変多かったのではないでしょうか。

少人数で業界の常識に立ち向かうのです。ありえない、と思われることに挑むのです。絶対無理かもしれない。でも、コイツらのために何かやってやりたい、逆に、無理だという挑戦をあえてやってやろうじゃないかと思いました。それに、もし実現できたなら、世の中に何らかの一石を投じることができるかもしれないと思いました。

/『「R25」のつくりかた』(藤井 大輔著) 

ビジョンというものは、誰だって実際に目にしたことのない「未来の姿」です。「こうなりたい」という願う強い信念が生み出す概念です。そこに必ず行けるかどうかは誰も断言できない筈のものです。しかし、一度掲げた以上は、そこにたどり着くために絶対に諦めてはいけないし、歩みを止めてはいけないものでもあると思います。

先日のWBC決勝で、延長10回表2アウト、ランナー2塁3塁、粘った末の8球目を捉えたイチローのセンター前決勝タイムリーヒットに感動を覚えた人は多いと思います。優勝インタビューでイチローが述べたコメント――、「苦しさから辛さになって、辛さを越えたら今度は痛みが来て、心がね(中略)。一つ壁を越えた」は、この時期とても印象的でした。

あのイチローが苦しみながらも、「最後には笑顔になれた」と。私たちも今期期初には「飛翔」をテーマに、当社常務がこれでもかと思うほど遠くにボールを投げるかのように、ゴールビジョンを掲げました。まだまだ課題は残したものの、まずはこの度の社員総会を「笑顔」で締めくくれたことは大変良かったですし、それから、掲げたゴールビジョンへ対する達成度に確信が持てたことは、私たちにとって大変自信に繋がりました。

 

来期は今期の「成功体験」を元に、CS部員一人ひとりがもっと自信と責任を持って、お客様へ納品する成果物に対する意識を高めていこうと考えています。何の思いもないところに、ある日突然結果が舞い降りてくることはないでしょう。第8期末の社員総会を一つの通過点として、現状を築き上げてきた「ゴールビジョンの策定」と、その達成に向けた「不断の努力」を私たちの成長エンジンとして、来期は今期以上にイノベートされた組織体制とサービスを構築していきたいと思っています。

一部の歯車を動かした後、さらに大きな回転を生み出すにはどうすれば良いか。次なる潤滑油は「成功体験」である。

/『ア・ラ・iモード iモード流ネット生態系戦略』(夏野剛著)

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WWW20周年、注目されるインターネットビジネスだからこそ、しっかりとした情報発信を行いたい

2009年03月21日 12:09 PM

 投稿者 小川 悟

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実は三浦守社長(現・東急百貨店会長、東急文化村社長)から「これは複合文化施設をつくるのではなく街づくりなんだぞ」とおどかされたのだ。

/『文化を事業する』(清水 嘉弘著)

いよいよ、当社第8期の決算期末月を迎えました。各部課では、期初に掲げたゴールビジョンに向けて最終調整に入っている時期にあたります。

インターネットは他の業界に比べて、その誕生から見ても、比較的若い業界です。法的に見ても、暗黙のルールから見てもまだまだ発展途上であり、自由な反面、どのようにすればクライアントにとって、消費者にとって良いものになるのかは手探り状態なのです。私が所属するCS部でも、まずは社会に約束できるくらいのしっかりとした生産体制で、しっかりとした成果物を仕上げたいという気持ちで、この1、2年をひた走ってきました。もちろん今期のゴールビジョンは、完全な完成形を迎えるというわけでなく一つの通過点でしかないのですが、もの思うことについて少し書いてみたいと思います。

 

さて、2009年3月、当社本社がある東京都渋谷区には、東急百貨店本店があります。私事ではありますが、私はよく併設のBunkamura「ザ・ミュージアム」に足を運ぶことがあります。このミュージアムなどを含む複合文化施設「Bunakmura」は今年で20周年ということで、記念サイト(「Bunkamura 20周年記念サイト」)を開設されていました。私たちが渋谷の街を歩くとき、いちいち通り名などを気にすることはあまりないと思うのですが、今でこそ「文化村通り」と呼ばれ、大型家電店やアディダス大型複合店など出店ラッシュが相次ぎ、今後も外資系アパレルや、ボーリング場やビリヤード、カラオケなどの複合施設の出店も検討されて賑わい、渋谷を代表するメインストリートの一つとなっているものの、先のBunkamuraが開業したばかりの頃はまだ知名度を得る前のことで「東急本店通り」と呼ばれていました。

その時代の、この渋谷という街を、かつて東急グループと西武セゾングループの二大資本が築き上げてきた経緯については、「福袋、百花繚乱 ~大手百貨店初売り開始、集客装置として"映像"という仕掛けを~」で書いていますので、よろしければご覧下さい。

 

ところで、私たちインターネット業界に属する者たちにとって、今年はもっと身近なもので20周年があります。それは、「WWW(World Wide Web)」の原型が、提案者であるティム・バーナーズ=リー氏によって発表されてから20周年であるのです。

■World Wide Web@20 (Web誕生20周年を記念したイベント「World Wide Web@20」のWebページ) 

http://info.cern.ch/www20/

※ティム・バーナーズ=リー氏がかつて所属していたCERN(欧州合同原子核研究機関)のWebサイトで、「 http://info.cern.ch/ 」は、世界初のWebサイトとして1991年8月6日にアップされることになったアドレスです。

比較的理解しやすいコーディング・システム――HTML(ハイパーテキスト記述言語)を一般にひろめ、それがウェブの共通言語になった。ウェブのコンテンツを作成する者は、この色分けされてアンダーラインが引かれたリンクをテキストに挿入し、画像その他を組み込む。バーナーズ・リーは、ウェブページそれぞれに独特の位置――URL(統一型情報探索子)をあたえるというアドレス特定の仕組みも設計した。さらに、こうしたドキュメントをインターネット上のコンピュータを通じてリンクさせるのを可能にするルールを考案した。このルールをHTTP(ハイパーテキスト転送プロトコル)と名づけた。

/『フラット化する世界(上) 増補改訂版』(トーマス・フリードマン著)

今でこそ当たり前のようにインターネットを利用し、必然的に迎えられた情報化社会においてその必要性を享受し、またビジネスにも活用している私たちにとってみればまさに生みの父のような存在ですが、ティム・バーナーズ=リー氏の発明の何がすごいかと言うと、設計から最初の開放までをほぼ氏一人で行いながら、独占権を行使せず、世界中の人が自由に利用できることにしたことではないでしょうか。

氏のこうした根幹思想は、20年を経てようやくインターネット業界にも「オープン化」の動きに回帰することになりました。誰もがこの自由競争に参加できる権利を持っているからこそ安易なパテントビジネスの発想だけでは限界があるのがインターネットの特徴でもあると思いました。どんなにそのとき便利な発明品であっても多くのユーザーに利用され続けなければ、まさに「盛者必衰の理」を覚えざるを得ない、最も市場原理に直結したビジネスであると感じます。

この自由競争であるインターネットと違い、他社資本が参入しにくい業界があります。電力・ガス業界などもそうですが、同じメディアという位置づけで見ると、まずテレビ・ラジオといった放送事業業界があります。一昔前にライブドアがニッポン放送株を買収し、その子会社の位置づけにあったフジテレビを手に入れようとしたことがありましたが、時代を象徴する一つの事件だったように思います。他に新聞や出版といったメディアも、一部を除き株式を公開していません。アメリカでは新聞社も株式公開をしていることがあり、WSJ(ウォールストリート・ジャーナル)紙の発行元だったダウ・ジョーンズが、ルパート・マードック氏率いるNews Corp.によって買収されたニュース(cf.「メディア王マードックが仕掛ける ウォールストリート・ジャーナル改造計画|ビジネスモデルの破壊者たち」/ダイヤモンド・オンライン)は記憶に新しいところですが、日本の新聞は株式を公開していないため、資本を持つ私企業に「言論の自由」や「独立性」を支配されにくい一方で、メディアとして独立した発展を遂げることになったのかもしれません。

 

少し前に発売された「週刊 東洋経済(2009年1/31特大号)」の特集は「テレビ・新聞陥落」というもので、「自動車全滅!」、「百貨店・スーパー総崩れ!」ときて、相変わらず煽動的な見出しでした。それを受けてか「週刊ダイヤモンド」では「電機全滅!」と、あわや日本を代表する産業は全滅か?とも思わせるような時期となりました。

cf.

氏家齊一郎・日本テレビ放送網取締役会議長――テレビ広告はさらに減る、生き残るのは2~3社だ(1) (東洋経済オンライン)

池田信夫 blog

しかしながら、新聞の販売部数や広告出稿高が伸び悩んでいるというニュースも同時に入ってくるのも事実です。前回のコラムの中でも少し触れましたが、電通の発表している日本の広告費の2008年版や日本新聞協会の新聞広告データアーカイブに目を通してみても、例年に比べて純減していることが分かります。私がインターネット業界に属していることもあって多少バイアスがかかり、この要因の一部をインターネット台頭に求めてしまうことはあると思いますが、昨今感じる感覚としても、特に私たちがターゲットとしている中小・ベンチャー企業のインターネット広告に対するモチベーションは日増しに膨らんできているように思います。

私が大学の頃と社会人1年目の頃、もう今から10年くらい前になりますが、某大手広告代理店で営業アシスタントの仕事をしていましたが、 取り扱うメディアはテレビ・新聞・雑誌・ラジオがメインでインターネットの扱いはほとんどありませんでした。クライアント先へ月次でお持ちする報告書も、「放送確認書」や「視聴率・聴取率報告書」といった、インターネット業界で言えば「SEO・アクセス解析報告書」のようなものでした。それから10年を経て、インターネット広告が一般市場に占めるマインドシェアは確実に拡大してきると実感しています。

cf.

・「Yahoo! JAPAN」が日本の検索市場をリード――コムスコア調べ(japan.internet.com)

http://japan.internet.com/wmnews/20090311/8.html

・検索エンジン相関図 2009年3月版(αSEO)

http://www.alphaseo.jp/seo-report/090316_191001.html

上記記事には、Yahoo! JAPANで「2009年1月の日本における総検索回数は68億回」と書かれてあります。この日本のインターネット広告市場でほぼ独占的となっているYahoo! JAPANに、新聞社も頼らざるを得ない状況が訪れてしまったのです。

新聞社は当初、自社のクレジットが明記されたニュースを巨大サイトに提供することで存在感が高まり、紙の新聞の購読者が増えることを期待した。それは裏目に出た。「ニュースはタダ」という認識を若者、青年層に刷り込むばかりであった。新聞購読者が増えるどころか、新聞離れを助長させてしまった。

/『新聞・TVが消える日』(猪熊建夫著)

上記のような言及もありますが、今まで「情報は有償で配信するもの」というビジネスモデルを壊したのは、インターネットだけではないと思います。

M1層の本音が、だんだんとわかっていきました。実は彼らも新聞は読みたいと思っているのです。新聞くらい読んでいるとまわりには思われたいし、実際に読まないといけないと思っている。上司にも読め、読めと言われている。なので、頑張って読んでみるのだけど、ちょっと、というか、かなり難しいし、どこから読んでいいのかわからない。そもそも新聞って、こういうことは知っている、という前提のハードルが高くて、しかも使われている言葉や向かっている相手が、自分たちより年上になっている気がする。自分たち向けじゃないから、なんだかしっくり来ない。読んでみたいんだけど、やっぱり読む気がしない……。

/『「R25」のつくりかた』(藤井大輔著)

上記の中では、フリーマガジン「R25」のコンセプトとして「情報を無償で提供」はするものの、新聞や雑誌と競合関係になることではなく、むしろ情報に興味を持ってもらい、新聞も雑誌も読むように仕掛けることが狙いというようなことが書かれてありました。しかし、これはもともとの疑問が「M1層の"新聞離れ"」から端を発して行われた定性調査が元となっているために、今となっては当初考えていたコンセプトとは違う結果となったのではないかと個人的には思います。私は、M1層が離れたのは新聞そのものではなく、「情報が、新聞や雑誌という有償の紙媒体、もっと言えばあの形状、あの流通経路を通って手元にくるというビジネスモデル」から離れたのではないかと考えています。

情報がメディアに乗って海を越えてくるという、かつて19世紀に"情報の王様アヴァス"や、"新聞王ジラルダン"がもたらしたビジネスモデルは今、重要な転換期を迎えているのではないでしょうか。

cf.
・『新聞王ジラルダン』(鹿島 茂著)

・『「かの悪名高き」十九世紀パリ怪人伝』(鹿島 茂著)

・『ニュースの商人ロイター』(倉田 保雄著)

・『メディア文化論』(吉見 俊哉著)

・「産経新聞 iPhone版」に見る新聞の未来(ASCII.jp)

http://ascii.jp/elem/000/000/198/198899/

・日経、朝日、読売の「あらたにす」、無料iPhoneアプリを公開(CNET Japan)
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20388070,00.htm

・クリスチャンサイエンスモニター紙が印刷版発行停止へ(世界日報社)

http://www.worldtimes.co.jp/news/world/kiji/081030-143032.html

つまり、情報社会と同時にユビキタス社会でもある現代において、新聞が「いつでもどこでも、誰でも読める」ものになっていないというのが問題だと考えています。本書には「新聞より親近感、インターネットより信頼感」という項もあり、インターネットがいまだに信頼感に乏しい側面があることを書かれています。確かにそれは否めませんが、テレビの場合でも例の「あるある事件」の際に話題となった「電波料」といった既得権益のようなもの、新聞で言えば表立っては出てきませんが、「押し紙問題」(cf.『押し紙―新聞配達がつきとめた業界の闇』/森下 琉著)といった業界特有の暗部はあります。ビジネスに透明性を求めようと思っても限界はあると思います。私たちができることと言えば、この情報社会において透明性を発信できるためのモラルやリテラシー、スキルを身に付けていかなくてはならないし、まだまだ多く残る未整備な部分をガイドラインなどを策定しながら整備してゆくことが求められてくるのだと思っています。

ヤクルトを毎日届ける仕事をしている方々はヤクルトを届けているのではない。「健康」を届けている。ソニーのウォークマン開発者は携帯音楽プレーヤーを開発したのではない。「音楽と生活する世界」を開発してブームを創った。

/『リクルート式「楽しい事業」のつくり方 Hot Pepper ミラクル・ストーリー』(平尾 勇司著)

 

「石を積んでいるだけ」か、「教会を造るための作業をしている」のか

/『会社の品格』(小笹 芳央著)

私たちも、ただ単に「Webサイトを作っている仕事」をしたいとは考えていません。日本にある中小・ベンチャー企業がマスに向けて発信される情報を、切り口(STPマーケティング)、コンテンツ、デザイン、プロモーション等の側面からアドバイスし、より経営意図に近しい露出を図り、それを求める消費者とのビジネスマッチングを図ることを狙いとしています。その露骨なまでの市場原理・需給関係の先にあるものは、もしかしたら市場淘汰も待ち受けているのかもしれないですが、市場開拓・顧客創造に繋がる動きをフォローすることにもなるのではないかと考えています。私たちが存在しなければ生まれ得なかった価値――、付加価値を創造できる集団を目指して今期もあと少し、ひた走りたいと思います。

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ベトナムIT企業視察等で感じた、多様性の受容と異文化コミュニケーションの重要性 ~ "ビジネスマン" 白洲次郎の「プリンシプル」を貫く生き方を目指せ~

2009年02月28日 10:28 PM

 投稿者 小川 悟

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大手求人サイトの限られた情報をもとに就職活動をしていること自体が小さなことに感じるはずです。「どんな会社に入るか」ではなく、「入った会社で何をするか」の方がよっぽど大切だということを実感します。(~株式会社ブレインワークス代表取締役・近藤昇氏)

/『ベトナム成長企業50社 ホーチミン版』(ブレインワークス編著)

先ほど、NHKで放映されていたドラマ、「白洲次郎」の第1回放送分を見終えました。

■白洲次郎 | NHKドラマスペシャル

http://www.nhk.or.jp/drama/shirasujirou/

cf.白洲次郎 「プリンシプル」を貫いた生き方に学ぶ〈日経BPネット〉

http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090225/134668/

麻生政権の支持率低下に拍車をかけた中川前財務相の失態を報じたニュースから数日が経ち、改めてファシリテータ不在の混迷の時代に生を受けたことを実感する今日この頃、世論という見えない声のリクエスト投票を受けたかのようなタイミングで、上記のドラマ(全3回)が始まりました。

「今の政治家は交通巡査だ。目の前に来た車をさばいているだけだ。それだけで警視総監になりたがる。政治家も財界のお偉方も志がない。立場で手に入れただけの権力を自分の能力だと勘違いしている奴が多い」

/『白洲次郎 占領を背負った男(下)』(北康利著)

終戦後、敬愛する吉田茂首相の側近として活躍し、晩年、終の棲家となった町田市鶴川にある武相荘(ぶあいそう)に吉田茂の形見としてソファーを譲り受け、最後まで大切にしたというエピソードを持つ白洲次郎の遺した言葉が、今となってはとても皮肉な印象を受けます。

 

さて、決算期末を次月に控えた2月、社内でも様々なことがあり、多忙を極めました。幾つか大きく印象に残った事柄を整理して、この場をお借りしてお伝えしたいと思います。

 

1、ベトナムIT企業視察

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写真:ホーチミン市街

この件につきましては、以前に当社常務の木村がコラム(「ベトナムIT企業視察出張所感」)に書いているので、詳細はそちらをご覧頂ければと思います。

取引先様からお声掛け頂き、2月10日から13日の間、常務と私の2名でベトナムIT企業の視察のため、ホーチミンを訪れました。私自身、訪越するのは初めてのことでしたが、会社として公式に海外出張が認められた当社初の事例として大変印象深い仕事となりました。

タンソンニャット国際空港に到着したのは10日の23時頃でしたが、帰国する身内を待つご家族の方や、ツアーを受け入れる宿泊施設の関係者の方などがごった返し、ものすごい熱気で迎え入れられました。話を聞くところによると、新ターミナルは2007年に日本のODAにより完成したばかりとのこと。私たちが2泊の間お世話になったホテルはホーチミン中心部にあるのですが、空港から僅か10km程のところにありました。

翌朝、数社の企業を回らせて頂きました。どの企業でも感じ、驚いたことなのですが、とにかく働いている社員の年齢が若いこと。そして、誰もかれもが皆、素直で誠実そうな方ばかりという第一印象でした。ベトナムの人口は8500万人超で今も増え続けており、2005年から人口が減少してきている日本とは対照的です。人口ピラミッドで対比してみても、ベトナムのそれはちょうど日本の戦後、高度成長期を迎えてゆく時期の分布と似ており、そうした若くて優秀な人材に目を付けて、大企業の多くでは数年前からオフショアの最適地として、「タイムマシン経営」(cf.孫正義氏)を行うかのようにベトナムへの投資が進んでいたという話を聞きました。特に昨今は様々な経済的要因で急激な物価上昇が起きているようで、まさに国全体がベンチャー企業のような印象を受けました。それから、現在私と同じ30代の人たちはベトナム戦争中に生まれたのかと考えると、戦争を知らない私としては、それがどのような感覚なのか想像が付きませんでした。

また、「日本人が勤勉である」とあまり言われなくなって久しいですが、ベトナム人の勤勉さはひしひしと伝わってきました。昨今、日本との仕事も増えてきたとのことで、日本語を学ぶベトナム人が増えているとのことでした。実際、訪問した企業にもコミュニケーターと呼ばれるいわゆる通訳の担当者を置いているところが多かったように思います。企業内研修でも日本語教育やビジネスマナー研修が多く行われているようで、仕事を受注するために語学を学ぼうという意識は日本人よりも強いのだと感じました。とは言っても良い面ばかりではなく、先ほど「国全体がベンチャー企業」のようだと比喩しましたが、まさに交通機関やインターネット回線等のインフラはもちろんのこと、税法など国としての整備も発展途上段階で、そこに集う人々のものづくりの技術(品質管理等)やサービス業の接客技術なども日本と比べると遅れている側面があることも否めないとのことでした。しかし、自身の仕事の成果が家族や企業、国の発展に繋がるものであればという姿勢で働いている人が多いのも事実でした。

反面、私たちはどうでしょうか。多くの人が、いくら不景気だとはいっても、生活必需品以外のものを購入――、つまり「必要」によってではなく「欲望」によって消費することもできていると思いますが、それでも精神面ではなかなか満たされず、自身の働く目的、場合によっては生きる目的さえも見失ってしまう人も増えてきたのではないかと思います。

文化と文明の観点からすると、日本は孤立した国家である。他のすべての主要な文明には、複数の国が含まれる。日本が特異なのは、日本文明が日本という国と一致していることである。

/『文明の衝突と21世紀の日本』(サミュエル・ハンチントン著)

物質主義の成れの果てだと切り捨ててしまえばそれまでですが、「想像できないものは実現できない」という見地に立って考えると、今回の視察で、日本にいたままでは決して知る由もなかった日本の原風景を見るようで、私にとってはイマジネーションの良い源泉となりました。

 

2、日本ウェブ協会の活動の一環として、中小企業家同友会・目黒支部の勉強会を視察

 

写真:2009年2月3日、日本ウェブ協会の「W2Cサロン」にて

 

cf.東京中小企業家同友会目黒支部 ブログアーカイブ  2月例会レポート

http://meguro.office-kotou.co.jp/new/551

W2Cサロンは、当社も会員となっている日本ウェブ協会の主催により、株式会社IMJモバイル様の地下スペース(IMJサロン)をお借りして、ほぼ毎月開催されている異業種交流会の場のようなものなのですが、私は2月3日に一度顔を出させて頂きました。そこで、日本ウェブ協会の森川理事長や、参加されていた企業の経営者様などからお誘い頂き、東京中小企業家同友会目黒支部で19日に開催された勉強会に参加して参りました。森川理事長の講演タイトルは、「インターネットを使って経営改善!経費削減!」。ご参加されていた各中小企業のご経営者様方は、ほとんど全ての方が終業後の時間だと思うのですが、熱心に参加されては活発に意見交換をされていました。講演の後のグループセッションでは、私も一テーブルを担当させて頂き、中小企業経営者様の生の声を拝聴させて頂くことができました。

普段、中小・ベンチャー企業向けにWebコンサルティングをご提案している私たちではありますが、こうした勉強会に参加することでより一層、中小企業にとってインターネットをどうビジネスにうまく活用すれば良いのかを知ることが、とても重要なことなのだということを強く感じました。

 

ちょうど去年のこの時期もコラムの中で、電通の発表した日本の広告費について触れたことがありました。あれから1年、2009年度はインターネット広告の出稿高が、ついに新聞のそれさえも抜き去るかどうかとまで言われています。

 

cf.

■電通「2008年日本の広告費」発表、総広告費は前年比4.7%減で7兆円割る(MarkeZine,2009年2月23日)

http://markezine.jp/article/detail/6671

■ユーザーの4割がネットメイン、利用メディアに関する調査(japan.internet.com,2009年2月5日)

http://japan.internet.com/research/20090205/1.html

この度の勉強会への参加で、ますます中小・ベンチャー企業様向けのWebコンサルティングのノウハウを蓄積し、付加価値を提供できるような組織づくりをしていかなくてはならないといった使命を感じました。

 

3、各種研修への参加を通じて

2月20日は原価計算・コストマネジメントに関する終日研修、21日・22日は土日にも関わらずどちらも終日リーダーシップやマネジメントに関する研修があり参加してきました。

どちらの研修でも、講師の方やファシリテータ役の方が発していたのが、「知る」と「できる」ということとは、知の習熟度としてはレベルがまったく異なるということです。つまり、ある程度社会人経験を積んでくるようになると、おおまかなビジネス用語の意味や、本質的な意義のようなものは頭に入ってきているので、時にその手のセミナーなどに参加しても、「ああ、この内容なら知っている」とタカをくくり、結果何も得られないといったケースもしばしば見られるようになります。ところがそうした人に限って、いざ実際の仕事上で実務能力を問われる段階になった際に手も足も出せず、机上の空論だけを並べ立てることに終始せざるを得ないといったことも少なくありません。要するに再現性のない、実行することまではできない、うわべだけの知識だったということになります。

この度の、特に後者のリーダーシップ・マネジメント研修では、当社の管理職クラスの者が参加して行われたのですが、ランダムでグループに分かれてセッションし合う中で、自身では気付かない自身のウィークポイントに気が付くことができたり、逆に相手の強みを発見して認識させてあげることができたりと、大変内容の濃い2日間となりました。

 

以上、個人的には大きなイベントが複数重なった月となったのですが、ベトナムでは改めてベンチャースピリットと、それから異文化コミュニケーションの重要性を、中小企業ご経営者様の勉強会ではインターネットビジネスの重要性を、各種研修ではリーダーシップ・マネジメントの重要性といったように多くのことを学んだ月となりました。総じて、来る未来に向けて、多様性の受容(ダイバーシティ,Diversity & Inclusion)の重要性も示唆されたような1か月となりました。

 

最後になりますが、リーダーシップ・マネジメント研修でファシリテータ役を務めてくださった講師の方もおっしゃっていました。

 

「自分の人生は、自分にしか責任が取れない」――。

 

要するに、いくらそのとき楽だからといって、自分に嘘を付いてやり過ごしたとしても、そのツケはいつか自分にまわってくるという意味の内容です。

それはまるで、スキーでもスノーボードでもそうですが、雪山で誰しも一度は経験のある体験――すなわち、急斜面に怯えて山側にしがみつこうとすればするほど、ますます板のエッジがきかずに斜面の下まで滑り落ちてしまうのではないか?という転び方をしてしまう――に近い感覚を覚えます。勇気を持って谷側を見ようとすれば自然とエッジがきいてそこに静止することができるのに、因果とは不思議なものを感じます。

 

ここで、冒頭で引き合いに出させて頂いた白洲次郎の言葉が思い出されます。

プリンシプルはなんと訳してよいか知らない。原則とでもいうのか。

/『プリンシプルのない日本』(白洲次郎著)

このプリンシプルは「原理原則」――、他にも「主義」などと置き換えて言われることもあります。日本の「武士道」にも近いように思いますが、若き日に英国ケンブリッジ大学で学んだ白洲次郎にとっては「騎士道」の方が近い考え方なのかもしれません。

「正しいという字は、一つのところに止まると書く」と言っては自身の良心を信じて主義を貫いた白洲次郎の生き方こそが、先行き不安な現代社会を照らす道標となるのではないかと強く感じました。 

cf.白洲次郎と白洲正子展(松屋銀座)

http://www.matsuya.com/ginza/topics/080923e_shirasu/

今期も残すところあと1ヶ月。昨年期初に掲げたゴールビジョン達成に向けて自身の「プリンシプル」を貫いて、全力で取り組んでいきたいと思います。

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インターネットがもたらす第三の開国の夜明け前 ~2009年、横浜開港150周年~

2008年07月13日 12:07 AM

 投稿者 小川 悟

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その国のおきてを無視して、故意にもそれを破ろうとするものがまっしぐらにあの江戸湾を望んで直進して来た。

/『夜明け前』(島崎藤村著)

来年、2009年6月2日は、横浜開港150周年(横浜市制120周年)です(1859年に函館・長崎と共に自由貿易港として開港。神戸は1868年、新潟は1869年開港)。例年通り、先月には開港祭も行われ、今月20日は花火大会とイベントが目白押しですね。横浜以外にも函館などでは、来年の関連イベント主催に向けて着々と準備が進んでいるようです。

cf.
・日本開港五都市観光協議会ホームページ
http://www.5city.or.jp/
・開港150周年・創造都市事業本部(横浜市)
http://www.city.yokohama.jp/me/keiei/kaikou/
・横濱開港150周年
http://www.yokohama150.org/
・第27回 横浜開港祭
http://www.kaikosai.com/
・ペリーの鼻
http://www.kaikou150.jp/
・JRと横浜市が大規模観光キャンペーン -五千万人集客目指す(ヨコハマ経済新聞,)
http://www.hamakei.com/headline/2404/
・函館開港150周年公式サイト
http://www.hakodate150.com/

 

余談ではありますが、横浜は私の実家からも程近く、ランドマークタワーがオープンした頃はまだ高校生でしたが、オープン2日目にして友人らと駆けつけては、当時流行していたタピオカ製品などを購入した思い出があります。また、横浜トリエンナーレ(2001年の第1回は行きそびれましたが)を楽しんだり、市営地下鉄横浜線が開通してしばらく経った頃の全席シルバーシート制導入に衝撃を受けたり、みなとみらい線が開通した頃は地下鉄の上を路線に沿って歩いて歴史の街を散策したり、一方でそれまで横浜美術館に行くのに桜木町を利用していたので便利になった反面、一抹の淋しさを覚えたりもしたものでした。

私がもともと横浜という都市に対して抱いていたイメージは、博覧会(横浜市制100周年を記念して行われた「YES'89 横浜博覧会」)が開催されたり、みなとみらい21地区に表されているような近未来都市、中華街などのような異人街を有する一方で、有名ホテルやコンベンションセンターなども配備する国際都市、各種ジャズ・フェスティバル(横濱ジャズプロムナード,本牧ジャズ祭)や野毛大道芸に代表されるように、市の職員や市民参加型で率先的にイベントが主催されるなど町おこしに寄与しているような持続可能な都市、多くの博物館・美術館といった各種ミュージアムやギャラリー、記念館、映画館などが密集する文化・芸術都市、そして今から150年前、各国と修好通商条約を結んだ日本にペリー率いる黒船艦隊が開国を迫り、やがて討幕~維新、文明開化、その後の急速な経済・インフラの拡大と、日本の歴史上においても極めて猛スピードで歴史が駆け抜けていった開国の都市といったように様々な側面があるように思います。また、そうした横浜の歴史や地誌、市制やまちづくりに関する本などには興味深い内容のものが多いです。

cf.
・『イベント創造の時代 自治体と市民によるアートマネージメント』(野田邦弘著)
・『都市ヨコハマをつくる 実践的まちづくり手法』(田村明著)
・『横浜赤レンガ倉庫物語』((株)みなとみらい21・神奈川新聞社編)
・『近代日本の社会と交通1 横浜開港と交通の近代化』(西川武臣著)

先日まで江戸東京博物館で開催されていた、ペリー&ハリス ~泰平の眠りを覚ました男たち~展には私も行って参りました。「泰平の眠りをさます上喜撰(蒸気船) たつた四杯で夜も寝られず」と後に謳われた横浜へのペリー来航時の様子を、日本初公開を含む貴重な歴史的資料で振り返った展覧会でした。また、偶然にも今年のゴールデン・ウィークには、同僚たちと函館・五稜郭の見学に行くこともでき、開港150周年を来年に控えて気分も揚々です。

 

さて、いかようにも語られる横浜の開国ですが、野村総合研究所では、明治維新を「第一の開国」と呼んでいます。では第二、第三の開国とは何か?第二次世界大戦後に、それまで各国と断交していた日本が海外諸国に開かれてゆく「戦後復興」が「第二の開国」、そして、「第三の開国」は以下のように説明されています。

「第三の開国」では、日本から一方的に出て行く開国でもなく、また国外から入ってくる開国だけでもない。「入ってくる国際化」と「出て行く国際化」が同時進行していくことになる。

/『2015年の日本 新たな「開国」の時代へ』(野村総合研究所 2015年プロジェクトチーム著)

また、1994年に出版された『第三の開国 インターネットの衝撃』(神沼二真著)では、1994年を「情報開国元年」と呼び、前年93年に発表された米国のゴア副大統領の「情報スーパーハイウェイ構想」について言及されています。そして以下のように述べています。

情報スーパーハイウェイ構想とその雛形であるインターネットの日本上陸は、他国とくに欧米からは情報をとりながら、自らは情報を発信してこなかった情報のブラックホール大国、日本の情報開国を意味する。それはまた、情報を基盤とした主権在民を実現する道を切り開く。組織の中の仲間とそれ以外の人間とを区別する、日本人の偏狭な思考を地球人的思考に脱皮する道を開くものだ。

/『第三の開国 インターネットの衝撃』(神沼二真著)

確かに94年以降、日本ではインターネットが飛躍的に進化を遂げていきました。その後の経緯については、以前も本コラムで書きました(cf.「クロニクル「インターネット業界10年史」 ~まるでビッグバンのように、超高圧な一点の意志からその広大無辺な市場は生まれた~」)。そうした部分で言えば、インターネットは「平成の黒船」と呼べるかもしれません。

 

今年5月に国土交通省が歴史まちづくり法(地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律)を公布しました。今後の国際化社会を目指して、観光産業や地方都市の産業振興に注力してゆこうとする動きが見えるような気がします。従来までの東京に一極集中した中央集権的な従来の日本の構造では世界から取り残されるといった危機感から制定されたものかどうかは分かりませんが、先の野村総合研究所では、「レイヤーケーキからマーブルケーキへの変化をとげる地域構造」と呼んでいます。

「第三の開国」に対応して地域が東京への依存構造から脱却し、多様性を深めつつグローバル化を進める変化を、「『レイヤーケーキ』から『マーブルケーキ』への変化」という言葉で示したい。

/『2015年の日本 新たな「開国」の時代へ』(野村総合研究所 2015年プロジェクトチーム著)

ガソリン代の高騰や、タバコが1,000円になるとか、姉歯事件に端を発する建築基準法の改正と、ときに政治不況と呼ばれたり、市民による「憂国、平成世直し的風潮」が高まる昨今、景気回復に向かっているというような声もありながら人々の消費に対する志向はまだ完全に開かれていないような気もしなくもありません。

冒頭に挙げた『夜明け前』は、1929年(昭和4年)に島崎藤村によって当時連載小説として書かれたものです。1929年といえば、ツェッペリン飛行船が来日して日本の上空を飛んだ年(cf.『ツェッペリン飛行船』、柘植久慶著)です。主人公の青山半蔵は島崎藤村の実父にあたる人と言われています。先のペリー来航などの話に触れながら、日本の近代化(開国)までを「夜明け前」として描いています。

1929年は同時にニューヨーク株式が大暴落したことによって起こった世界大恐慌の年でもありました。その後、フランクリン・ルーズベルト大統領がニューディール政策を行い、世界を大恐慌から救ったと歴史の教科書からは習いましたが、今の日本では「ニートを救おう」という発想まではあっても、まだここまで画期的な政策は発表されていません。

そうした意味でまだ日本は「夜明け前」、つまり「第三の開国」の前なのではないかと考えます。野村総合研究所が言及するように、2015年に向けて日本が飛躍的に進歩するのだとすれば、ボーダレスな世界的ネットワークを構築して、双方向のコミュニケーションが図れるインターネットがそれに寄与する部分も大きいのではないかと期待しています。私たち民間企業が行えることには限界があるのかもしれませんが、上部構造を支えるための草の根を張るのはこうした民間企業ですから、今私たちに出来得る限りの企業努力を続けて、来るべき時代に備えて日々の精進を怠らないようにしていきたいと考えています。

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モバイルコンテンツ審査・運用監視機構設立に続き、青少年ネット規制法が可決成立 ~メディア・リテラシー教育の必然性~

2008年06月30日 12:57 AM

 投稿者 小川 悟

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自らに受け入れやすい情報のみをとり入れるこの「カプセル」は、外界とを区分する壁になっているのみでなく、情報の処理において(1)外界からの明確な境界を形づくるバリアー、(2)フィルターの二つの機能をもっているということができる。そして単に情報を受け取るのみでなく、カプセル自身が情報を発信する機能をもっている。

/『若者論を読む』(小谷敏著,1993年) ※『コピー体験の文化』(平野秀秋、中野収共著,1975年)に触れて。

今月8日に秋葉原で起こった無差別殺傷事件は、本当に悲惨な事件でした。お亡くなりになられた方々のことや遺族の方をニュースで見る度に悲しい気分になります。心からお悔やみ申し上げます。

事件当日は、奇しくもあの7年前の池田小児童殺傷事件と同日のことでした。また、逮捕された加藤容疑者は、1997年に起こった神戸小学生殺害事件の酒鬼薔薇聖斗と同年代です。生まれた年代だけで一くくりにしようとするのは無理がありますが、神戸の事件との共通点を挙げるとするならば、共に"メディア"を介した屈折した自己主張を行い、無差別に凶行に及んでいる点かと思います。加藤容疑者はインターネットを介した予告の書き込み、酒鬼薔薇聖斗は地元新聞社に対する声明文を送り付ける行為により自身の透明な存在をアピールしました。こうした犯罪のことを「劇場型犯罪」と呼ぶそうです。

cf.【衝撃事件の核心】未熟、心の砂漠、軽さ、教育…秋葉原通り魔事件 識者はこう見る(下)(MSN産経ニュース,2008年6月22日)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080620/crm0806201821028-n1.htm

 

この事件以降、同じようにインターネット上の掲示板などに犯行予告をして、実際に逮捕に至ったケースが増えているそうです。予告.inという、インターネット上で書き込みされたテキストの中から特定キーワードを収集する機能で、犯行予告と思われる書き込みを見つけたユーザが通報できる仕組みを有したWebサイトがありますが、このサイト内の「逮捕者の記録」というコンテンツを参照すると、事件当日以降で既に30余名の逮捕者が出ていることが分かります。

インターネット特有の性質である匿名性や群集心理が、こうした後続の事件を誘発している可能性があると言われます。先の「劇場型犯罪」ではないですが、普段は目立たない人がネット上でハンドルネームを名乗った瞬間から、もう一人の自分になれるわけです。もちろんプロバイダを経由してインターネットに接続しているわけですから、基本的には接続元のIPを判別することは可能です。しかし、こうしたことをしてしまう人が後を絶たないのはどういうわけでしょう。携帯電話というウェアラブルな機器が普及することで情報のやり取りはより便利に、そして一層個人としてのメディア空間が形成されたわけですが、その分、個々を社会というネットワークから疎外し、孤独へと陥れる懸念要素も増えたのではないでしょうか。

インターネットや携帯電話(モバイル通信)を介して行われるコミュニケーションすべてが悪の元凶というわけではなく、あくまでもこうした事例はマイノリティなものではありますが、こうした便利な情報インフラ機器の普及と所有者の低年齢化、教育の不徹底とインターネット・リテラシーの低下、ときに"劇場"となり得ることもあるマスメディアなど、アフォーダンスが揃ってくると、第二、第三の事件を誘発する可能性がないとも限りません。

インターネット上のコミュニケーションは、元来高度なリテラシーが要されると思います。メールの文章表現一つとってみても、伝えたい意図とは裏腹に、相手に不快な念や不明瞭な印象を与えてしまうことだってあります。インターネットほど複雑な表現、多様なコミュニケーションが可能な手段、メディアは他にないと個人的には思うのですが、利用する人によってはそうしたツールを使いこなせずに、多くの情報伝達のための表現を「バカにされた」「いじめにあった」といったように、根源的な意味にまで単純化された記号として読み取っては不用意に傷ついたり、逆に相手を傷つけてしまうことがあるのかもしれません。

コミュニケーションが取れているようで実は全く取れていないということは、特に不特定多数の人同士が擬似的に結ばれる掲示板などでは大いにあり得るのではないでしょうか。それが日常のストレスや、情報機器を取り扱う上でのテクノストレスと合わさって、一層思い通りにいかない自分、理想の自分とはかけ離れた自分の存在を確認し、さらには他者からの忠告が届かなくなるという、マルチメディアであるにも関わらず、それだけに極端なワンウェイ・コミュニケーションが成立するという情報化社会特有の二律背反が発生する瞬間のように思います。

 

今月11日には、「青少年ネット規制法(青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律案)」が参議院本会議で可決、成立しました。4月にモバイルコンテンツ審査・運用監視機構が設立した矢先のことでした。青少年ネット規制法を巡っては可決までに賛否があり、ヤフー、楽天、マイクロソフト、ディー・エヌ・エー(DeNA)、ネットスターなどインターネット系5社をはじめ、日本新聞協会なども表現の自由が阻害されると懸念を表明しているようですが、例えばディー・エヌ・エーで言えば、今では数百万人の会員を抱える「モバゲータウン」がこの法律をまともに受けたら影響は必至でしょう。今までのインターネット上の歴史を見てきても、悪意を持った匿名ユーザからの妨害を阻止することは難しそうです。既に24時間365日の体制で書き込みの監視をしているとのことですが、いつ誰がどこからやってくるか分からない個人ユーザをすべて監視し尽くすのは至難の業です。

また、 昨年の「Yahoo! JAPAN パートナーカンファレンス」でヤフーが公表した3つの方針――、すなわち「ソーシャルメディア化」、「エブリウェア化」、「オープン化」の中で、「ソーシャルメディア化」に関しては既にニュースページに「みんなの感想」などのコンテンツが設けられ、CGM(Consumer Generated Media)サイトのようにユーザが書き込んだコメントを共有することができる仕組みとなっています。ヤフーに限らず、先行して新聞社のWebサイトなどでは既に採り入れられていた手法で、今後外部サイトや個人ユーザとの連携を図っていこうと方針を打ち出していた企業にとっても懸念される話題かと思われました。

cf.【レポート】オープン化するYahoo!JAPAN (1) Yahoo!だけではもう無理だ(マイコミジャーナル,2007年6月16日
http://journal.mycom.co.jp/articles/2007/06/16/yahoo/

 

プロバイダー責任制限法(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律の概要)施行開始から数年、プライバシーや著作権保護のみならず、今度は有害サイトの閲覧制限のための法律まで成立する世の中で、思わず人間はどれだけ規約や制限がなければ生きてゆけない欲望の権化なのだろうかと悲観的になってしまいます。教育よりも規則が先行され、罰せられる側も「何故してはいけないか?」について理解するよりも前に社会から抹殺されてしまう統制的な社会が築かれていっているようにも感じます。

 

もちろん、先ほどから強調して述べている"教育"をおろそかに考えている人ばかりではないと思います。私の中学生の頃の担任教師が朝礼時に話した雑談で、いまだに鮮明に覚えていることがあります。

「よく試験前に、ゲーム機を持っていると遊んでしまうから捨てたといったようなことを自慢げに話す人がいるが、本当に優秀な人はたとえゲーム機が目の前にあったとしても、大事な場面では自分で状況を判断して触ろうとしないものだ」

――という内容です。当時の自分にとっては身近な話題でしたし、その後の人生の局面で迎える様々な場面でときどき思い返してきた言葉でもあります。

 

私たちはこうしたインターネットの世界に日々関わり、それを仕事としているわけですから、自ら研鑽に勤しむことはもちろんのこと、厚かましい表現となり恐縮ではございますが、当社サービスをご利用頂くお客様にとっても利用前には有していなかった何かしらの発見を得て頂きたいと常々考えております。

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クロニクル「インターネット業界10年史」 ~まるでビッグバンのように、超高圧な一点の意志からその広大無辺な市場は生まれた~

2008年02月25日 01:03 AM

 投稿者 小川 悟

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「今、社会に新たな情報革命が起きている。そのことに早く気が付かなければならない。多くの大人達はその変革が分からないものだから、とりあえず否定するという態度を取ることが多い。産業革命にしても明治維新にしても、過去の革命は常にそうだった。だからどうしてもこの革命はみんなの力で成し遂げたい」

/2000年2月2日、東京・六本木「Velfarre」での孫正義氏のスピーチ ~『ビットバレーの鼓動』(荒井久著)より~

先日の2月20日、電通から「日本の広告費」が発表されました。

cf.2007年の日本の広告費は7兆0,191億円、前年比1.1%増

http://www.dentsu.co.jp/news/release/2008/pdf/2008008-0220.pdf

 

以前、本コラムにて、「日本の広告費(2006年度)」を引き合いに出したことがありました(詳細はコチラ)。

この度、ようやく2007年度版が発表されたわけですが、インターネット市場の伸び方には目覚しいものがあります。マスコミ基本4媒体(テレビ、新聞、雑誌、ラジオ)が3年連続で前年を割ってきている中、ネット広告費は前年比24.4%増という躍進ぶり。この業界にいる身でこうした内容を書くと手前味噌な印象を受けられるかと思いますが、なるべく客観的に2008年までのインターネット業界における10年間を振り返ってみたいと思います。まずはその前に、雑誌についての覚書として。

昨年2007年は雑誌広告の出稿高がインターネットのそれに追い抜かれるということで、「出版界の2007年問題」と言われたこともありました。

記憶に新しい、雑誌『主婦の友』の休刊(5月発売の6月号をもって休刊)のニュース。また、『現代用語の基礎知識』(自由国民社)と迷って、毎年どれを買うか悩ませていた『イミダス』(集英社)と『知恵蔵』(朝日新聞社)も2007年度版をもって休刊、インターネット黎明期から刊行を続けたインプレスの『インターネットマガジン』が休刊となったのは2006年のことでした。

cf.インターネットマガジン バックナンバーアーカイブ|検索|All-in-One INTERNET magazine 2.0
http://archives.impressrd.jp/im/

これら老舗雑誌休刊、出版社・書店廃業の背景には、インターネットの台頭により雑誌広告で以前までのように広告スポンサーが取りにくくなったマクロ的事象もあるのでしょうか。この『主婦の友』は、1917年(大正6年)の創刊以来91年を経た老舗雑誌の休刊であり、感慨深い印象を受けた方も多いことかと思います。古き良き時代の人々の生活を照らし出した雑誌として私が知るものは、故花森安治氏による『暮しの手帖』くらいになってしまったのではないでしょうか。

かつて『暮しの手帖 保存版III』と、『花森安治の編集室』(唐沢平吉氏著)を読んだことがありました。この『暮しの手帖』――常に生活者の側に立った誌面構成を貫き、「商品テスト」と題して時代を支配した時のメーカーを敵に回し、「広告の一切ない雑誌」という雑誌としてはあり得ないコンセプトを掲げた雑誌――、私たちも言わば「ものづくり」に携わる身という認識もあって、雑誌づくりの作り手としての編集長・花森安治氏という人となりに興味がありました。

もともと興味をもったきっかけは、故山本夏彦氏のコラムからでした。2006年には共著もある演出家の久世光彦氏もお亡くなりになられ、『『室内』の52年―山本夏彦が残したもの』などを買い求めては、私の生まれた昭和という時代についてを深く調べたい衝動に駆られたものでした。その一連の流れの中で、花森安治氏という人物に興味を持っていきました。

暮しの手帖社の共同創業者である大橋鎮子氏のエッセイ集、『すてきなあなたに』シリーズを初めて読んだのが学生時代。それまでは世界の冒険小説やサブカル系読み物にはまっていて、世界の名作文学といってもよく言ってプラトニックというか、読んでいるこちらが呆れるくらい自己陶酔型の艶恋沙汰について書かれた一部のフランス文学の類にも辟易し始めていた時期とも重なり、その頃はちょうど日本の四季や自然、風流をたしなむようなその素朴なエッセイのスタイルに、荒廃した心の癒しを求めていた時期でもありました。

 

そんな私の学生時代ですが、実は今から10年前の1998年という年は、私が大学を卒業した年でもあります。よく十年一昔と言いますが、振り返ると長かったようであっという間の10年間でした。

1998年 Windows98発売。スタンフォード大学の学生、Larry Page氏とSergey Brin氏が「Google」設立。

1999年 元リクルート勤務で『iモード事件』の著者、松永真理氏が「iモード」を開発、NTTドコモでサービス開始。

2000年 「Amazon.co.jp」サービス開始。六本木ヴェルファーレにて渋谷ビットバレーの会合「Bit Style」がおこなわれ、多くの起業家の卵が集結し、その模様がニュースで放映され話題となった。

2001年 Windows XP発売。「ブロードバンド」が新語・流行語大賞受賞・2001年トップテン入賞。インターネット博覧会(インパク)開催。日本政府による「e-Japan戦略(電子政府構築計画)」構想発表。Yahoo! が「ビジネスエクスプレス」サービス開始。

※ちなみに当社、株式会社フリーセルの設立はこの年です!

2002年 米Overtureが日本進出。米Yahoo! が検索エンジンの米Inktomiを買収。Googleが「アドワーズ広告」サービス開始。(旧)ライブドアが民事再生法を申請。

2003年 ブログブーム到来。米Yahoo! が米Overtureを買収。楽天がインフォシークとライコスジャパンを吸収合併。

2004年 パケット通信料金定額制スタート。イー・アクセスが「イー・モバイル」設立。Yahoo! が「YST(Yahoo! Search Technology)」を開発・発表、Googleとの提携解消。GREEアルファ版サービス開始。mixiがベータ版サービス開始。

2005年 個人情報保護法施行。先述の「YST」がYahoo! Japanにおける検索結果へ反映。電通、「日本の広告費」(2004年度版)を公開、インターネット広告がラジオの出稿高を追い抜き第4のメディアに。

2006年 (新)ライブドア、証券取引法違反容疑で本社を東京地検特捜部が強制捜査。

2007年 2007年問題。Windows Vista/Office2007発売。

2008年 電通、「日本の広告費」(2007年度版)を公開、インターネット広告が雑誌の出稿高を追い抜き第3のメディアに。

上記年表の中で、今回は2000年に着目してみたいと思います。

2000年は私が生まれて初めてパソコンを手にした年で、自宅で電話線を用いて初めてインターネットに接続した思い出の年です。仕事から帰ると毎日のように接続していたので電話代がぐんと跳ね上がって驚いたものでした。しばらくしてNTTが「フレッツISDN」という定額制通信をスタートさせた際は早速申し込んだものでした。電話しながらインターネットができるようになり、なんて便利な世の中になったのだろうと感動していた頃でした。

その時代のホームページって、一体どんなデザインだったのだろう?と興味を持たれる方や懐かしがられる方も多いと思うのですが、そういったときに役立つのが、Internet Archiveというサービスですね。任意のURLを入力して検索するだけで、このサイトが集めた過去のキャッシュデータを閲覧することができます。当時はまだブロードバンド登場前、ナローバンドの時代です。ホームページを作るときも1ページあたりの容量などが、かなり気にされていた時期でした。

 

また、別の側面から見てみると、世の中的には「ミレニアム」や「2000年問題」が騒がれた時期ですが、90年のバブル崩壊から"失われた10年"を経て、ただ漠然と明るいニュースはないものかと期待していた世紀末でもありました。その後、99年のヤフー株高騰を頂点にIT関連株が軒並み続落し、「ITバブルの崩壊」という言葉もよく耳にした時代でした。

そんな時代に、日本でインターネットの有する可能性に挑戦した人たちがいました。98年に渋谷区松涛にベンチャー企業ネットエイジを設立した西川潔氏は、自社サイトに掲載していた「週刊ネットエイジ」に以下のように書いたそうです。

「週刊ネットエイジの皆さん、本号はきわめて重要な配信となります。なぜなら、ここから日本のインターネット界にひとつのムーブメントを起こすことになるかもしれないからです」(1999年3月,「Bitter Valley構想宣言」)

/『「シブヤ系」経済学 この街からベンチャービジネスが生まれる理由』(西村晃氏、八田真美子氏著)

この一つの火種が後に大きな爆発を起こします。それが、2000年2月2日に東京・六本木Velfarreで開催された、渋谷発のネット系ベンチャー企業と起業家の卵たちによる会合「Bit Style」です。そのときの模様の一部が、貴重な映像として残っていました。 

cf.起業家たちの梁山泊「ビットバレーが燃えた夜」
http://kodansha.cplaza.ne.jp/broadcast/special/2000_02_09_1/content.html

冒頭に挙げた孫正義氏は、この会合のために3000万円をかけてチャーター機で駆けつけたといいます。また、楽天会長兼社長の三木谷浩史氏や、モバゲータウンを運営するディー・エヌ・エー代表取締役社長の南場智子氏なども参加されていました。

ネット業界では、孫正義氏(1957年生まれ)や先の西川潔氏(1956年生まれ)の世代を「第1世代」、三木谷浩史氏(1965年生まれ)や南場智子氏(1962年生まれ)の世代を「第2世代」、99年に有限会社イー・マーキュリー(現・株式会社ミクシィ)を設立した笠原健治氏(1975年生まれ)やGREEを開設した田中良和氏(1977年生まれ)の世代を「第3世代(ナナロク世代)」と、生まれた世代によってネット起業家を区別して呼ぶ言葉があるようです。

ちなみに、マイクロソフト会長ビル・ゲイツ氏やアップル最高経営責任者スティーブ・ジョブズ氏、Google会長兼最高経営責任者エリック・シュミット氏、1990年に今のインターネットの原型となった「World Wide Web」(WWW)を考案したティム・バーナーズ=リー氏などは1955年生まれ、オライリー・ジャパン(オライリー・メディア)でもおなじみの「Web 2.0」の提唱者ティム・オライリー氏は1954年生まれです。

cf.Yahoo!辞書 - ナナロク世代
http://dic.yahoo.co.jp/newword?ref=1&index=2006000123

 

この時期、既にインターネットは一つの産業となり得る可能性を大いに秘めていたのだと思います。

2000年の「日本の広告費」におけるインターネット広告費は、2年連続伸び率200%以上の伸びを見せて590億円に達しましたが、その後わずか7年で10倍以上に成長した市場でもあります。すべて最初は何もなかったところから――あるとすればそれは「意志」だけだったのかもしれませんが、強い意志が集結した結果、今私たちが享受しているインターネット上の便利なサービスは生まれ、進化の歴史に付き物の淘汰を繰り返しながら現代という環境に適した産業が築き上げられてきました。

cf.電通、「平成12年(2000年)日本の広告費」を発表(2001年2月15日)
http://www.dentsu.co.jp/news/release/2001/20010040215.html

 

それから後も、こうした可能性にリスクを取って挑戦を続ける人たちが続き、さらなる可能性を模索しながらこの市場は拡大を続けていっていると感じられます。各社シンクタンクが未来予測している市場の膨らみに併せて当社も、また当社がWebコンサルティングを手掛けるお客様も共に成長していけたらと、一層精進して日々の業務に取り組んでゆく所存でおります。

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就職活動回想録 ~新聞各社インターネット進出の潮流の中で~

2007年12月 1日 06:36 PM

 投稿者 小川 悟

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「いかなるメディアの場合でも、それが個人および社会に及ぼす結果というものは、われわれ自身の個々の拡張によってわれわれの世界に導入される新しい尺度に起因する」

/『メディア論』(マーシャル・マクルーハン著)

 

インターネット上のニュースにて、日本経済新聞社と朝日新聞社、読売新聞グループ本社が、「日経・朝日・読売インターネット事業組合」を設立したという記事が目に留まりました。これら新聞社が手を組むことによって記事や社説の読み比べができるサービスなどを2008年度以降開始してゆくという内容でした。 このニュースを見て、ここ最近のインターネット上の様々な動きについて思いが巡りました。

2004年9月1日、「Google ニュース 日本版」開始の際に掲載拒否の姿勢をとった読売新聞社と産経新聞社、さらにさかのぼること2002年、デジタルアライアンス社が提供していたエクスチェンジ機能搭載のニュース配信バナー「LINE TOPICS」でティッカー表示していた記事の見出しに読売新聞社で掲載されたニュースの見出しと同じ表現が引用され、著作権侵害ないしは営業侵害に当たると訴訟を起こした事件――、リンクポリシーなど定めている媒体社は多かったものの、「ニュースの見出しに著作物性はあるのか!?」と私も当時、趣味で運営していたホームページで利用させて頂いていたサービスだったため、関心を持ってこのニュースの進展を追っていたものでした。

 

ここで私事ではありますが、今の仕事を始めるようになったきっかけを少しお話したいと思います。

私が大学へ進学した1994年という年は、「就職氷河期」という言葉が「新語・流行語大賞」で審査員特選造語賞を受賞した年であり、就職活動期にもその余波は続いていました。1997年に自主廃業を決めた山一證券から内定をもらっていた友人は、大手金融機関の破綻のニュースに自身の将来を重ね、全く別の業界へと路線変更しました。企業から送られてくるエントリーシートに大学名を記載する欄がない企業の割合が増えてき、インターネットからのエントリーしか受け付けない企業も現れてきた時期でした。

その頃私の志望していた業界は、マスコミ業界でした。表現に自信があったわけではないですが、幼少時代から「収集癖」があり、また、カセットテープやMDへ好きな音楽を「編集」したり、友人たちと旅行やイベントを「企画」したり、実施後にそのときの模様を他者へ「報せる」行為、デジカメブームより以前に使い捨てカメラを常備して記憶に留めたい瞬間を「撮影」する行為、それらを忘れないよう備忘録として新聞記事等の「情報をクリッピング」したり「記録」する行為――学生時代までは日記や詩、社会人になってからはインターネット上の掲示板やコミュニティ、2002年からはブログ等――、そうしたものを表現するため生来好奇心と懐疑心が強かったこともあって歴史的経緯や因果関係等を探ろうとする「裏取り」と、自身の心象とをなるべく正確に文章表現したい気持ちから「読書」「取材・調査」(実体験を含む遊歩、聴講、図書館・博物館通い、統計や白書、ダイジェスト等の考現学・未来予測系の情報に目を通す等)を行うことが好きであったことを考えると、そうした志向の具現化の可能性としてマスコミ業界が選択肢として浮上してきたのも、自身のことではありますが今さらながら納得がいっております。

 

さて、前置きが長い割に結果はどうかと言えば、それは惨憺たるものでした。

50社ほど受けたマスコミ系企業からの回答はすべてNO。マスコミ研究会と呼ばれる大学内のマスコミ企業受験対策向けのゼミから友人が仕入れてきた情報などを頼りながら四苦八苦していました。あるOBからは自身が入社した某大手マスコミ企業では、「ただでさえ少ない採用枠が就活期に入る前にコネ入社者で埋まってしまい新卒募集の必要性はないが、ステークホルダーに対する体力誇示や、この時期を利用しての企業ブランディングのためにコストをかけて採用活動を行っている。練習だと思って受験するくらいの気持ちで臨んだ方が良い」といった話を聴くことがあったものの、そうしたエクスキューズに活路を見出そうとしても何も生まれませんでした。ただひたすらに自分の能力・適性不足と現実社会の厳しさを痛感し、私は已む無くこの業界との決別を果たすことになりました。

そんな時期に出会ったのが前職の会社です。求人広告に謳われていた「ベンチャー」、「IT関連企業」、「Eコマース事業」といった、自分にとっては全く新しい言葉に一筋の光明を見出した気がしました。コンプレックスから再起を図ろうとする自分には相応しい企業だと思いました。50社から捨てられ自暴自棄となっていた当時の自分を受け入れてくれた企業に、私は自分のすべてを捧ごうと決めていました。ジュールの法則ではありませんが、もしも能力不足を熱意や時間だけで補えるのであれば、自分の時間を惜しいとは思いませんでした。それこそまさに「自分探し」への旅出でした。正確に言えば、「一般社会から評価を受けなかった自分の"評価を形成する成果"はいつどこで得られるのか?」がテーマであり、当時の自分の仕事に対するモチベーションのすべてでした。

 

世の中の動きも、西暦2000年問題やミレニアムを迎えるお祭りムードが漂っていたその頃は、渋谷で非営利団体「Bit Valley Association」が起こり、NTTドコモで「iモード」サービスが始まり、『クリック&モルタル』が翻訳出版され、「インターネット博覧会(インパク)」が開催され、「IT革命」「ブロードバンド」が「新語・流行語大賞」に入賞し、Windows XPの発売などがあり、インターネット関連企業に異様なくらいの株価が付いたりなどした時期で、それを境として後のWeb2.0時代までの間にも消費者の価値観や購買心理が変遷し、企業もそうした動きに合わせた質的変化を求められるようになっていきました。

それでもIT業界と呼ばれた業界は、中から見るとまだ生まれたての産業であって、伝統あるメーカーや既存のサービス業などと比べても、業務フローや契約書の類、人事・評価制度などにおいて未整備・未成熟な部分が多いものでした。それだけに既成の枠にとらわれることなく良い点、強みだけを伸ばすことに注力できたことも、急成長の一因となったのではないかと思います。

 

随分と蛇足が長くなってしまいました。ここで話を冒頭に戻しますが、少し前に大手新聞社社員の方による講演を聴講する機会がありました。 その中で、そもそもの報道の在り方に始まり、今後の新聞社の向かうべき方向について話がありました。

大手新聞社の収益構成は、販売収入が53%、広告収入が30%、その他収入(スポーツ・芸術振興等の事業収入含む)が15%と言われています。

cf.「新聞事業の経営動向」2006年度集計(新聞協会経営業務部)より。

この少子化時代に、活字離れ・新聞離れが加速した一因としてインターネット普及も挙げられるかもしれませんが、単一商品(新聞)しか取り扱いのない新聞社にとって、読者離れは死活問題と言えます。『ウェブ進化論』の中で「チープ革命」についての記載がある部分で、2005年頃のフジテレビ・ライブドア問題やTBS・楽天問題に対する著者の意見が述べられてもいますが、その頃から各社新聞社が紙面で採り上げるようになった会社の名前も、それまでの大手メーカーや銀行などの名前に混じってインターネット関連企業の名が増え始めました。広告関連の雑誌などでも採り上げる媒体は、テレビ・新聞・雑誌・ラジオ、交通広告などばかりでしたが、その頃からはインターネット広告やWebマーケティングに関する記事や広告が増えてきました。今年10月には「毎日.jp」「MSN産経ニュース」がリニューアルオープンするなど、新聞各社のインターネット上でのシェア争いが記事として採り上げられることが増えましたが、こうした動き自体を包括する意味で、根幹にある新聞業界全体が互いに手を取り合って存続のための競争を生ませているようにも見えます。

こうしたインターネット企業などによる「通信」事業に対し、「放送」という長らく生活者を支えてきたインフラを牛耳り、最後までインターネット関連のニュースを採り上げることを敬遠していたテレビ業界でさえ、大手広告代理店や新聞社、出版社、ラジオ局などもこぞって参入したSecond Lifeを自ら番組にしてしまうほどに至りました。権威性を示すにも、"放送"で"通信"を圧倒する方法ではなく、"放送"で培ったコンテンツ制作や報道に関するノウハウを"通信"の中で活かそうとする動きのようにも思えます。

 

「AIDMA」や「AISAS」などの用語が席巻し消費者の嗜好が複雑化してくると、新聞社なら「新聞」で、テレビ局なら「テレビ」だけで利用者を囲うことが難しくなってきました。

同じように中小企業を取り巻くインターネット・ビジネスにおいても、「ホームページを運営すれば仕事がくる」といったことは元々ありませんが、インターネット黎明期には良しとされていた方法論だけでは成果をあげにくい世の中になってきました。自社の強みを最大限に引き出し、それを求めている市場を探し、ピンポイントに露出してゆくマーケティング寄りの思考が必要となってきました。全社をあげてインターネット事業に取り組んだり、逆に一担当者任せでも良いのですが、そこまできてしまうと中小企業にとってはどちらにしてもリスクにしかならなくなってしまいます。そういった背景からか、自社の専門外であるWebサイト制作やリスティング広告に関してはアウトソーシングに回そうという動きが目に見えて増えてきています。

 

私たちはそうした顧客ニーズを満たすために、こうした「Webコンサルタント.jp」といったサイトを立ち上げて経験やノウハウを蓄積・集約させ、その後還元してゆくという企業活動を続けています。「Webコンサルタント.jp」をご覧の皆様と再びお会いするまでに、どれだけ高度なご要望に対してもご満足頂けるようなソリューションをご用意できているか、そうした思いが私たちのビジネスの活力源となっております。

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「2007年問題」をポジティブ・シンキングで捉える。

2007年10月 9日 12:00 AM

 投稿者 小川 悟

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昨年から今年にかけて、「2007年問題」という用語を多く目にするようになりました。

「2007年問題」とは、団塊の世代(1947年から1949年にかけての戦後第一次ベビーブームの間に生まれた人々を指して言われる言葉で、堺屋太一氏が1976年に書いた予測小説『団塊の世代』で用いられるようになった用語)の定年を迎え、一斉退職によって引き起こされる諸々の問題のことを総称して表す言葉です。

現在60歳である人が定年により退職をするとなると、まず最初に想像することは勤め上げた企業から退職金が支払われることです。これは日本全体で見るとかなり多額なものとなると思われます。日本の高度経済成長に合わせて70年代に大量採用をし、その後のバブル崩壊や平成不況に対してリストラや地方転勤、早期退職制度導入など企業再編による善後策でやっとのこと乗り切ってきた大手企業にとっては再び財務面による打撃を受けることになるのではないでしょうか。

同時に経験を積んだベテラン社員が引退することでもあり、団塊の世代採用後に消極的な採用活動を行ってきた企業であれば、そうした採用活動が生んだいびつな組織体制の中、現在"売り手市場"などと言われ、ただでさえ難しい採用活動において極力有能な人材の獲得に躍起となっている風潮はあるものの、教育リソースの不足の点では採用活動には苦渋の選択を迫られている時期ではないかと想像します。特に今まで売上至上主義で成長してきた企業においては、経年によって蓄積された企業ノウハウが踏襲されておらず、結果として開発力や競争力を減退させ、さらには事故の誘因となるようなリスク増大の懸念も想定されます。2005年4月25日に起こったJR福知山線脱線事故で関連資料として公開されたJR西日本職員の年齢構成表は象徴的でした。先述した『団塊の世代』の中では、以下のように表現されています。

 

「かつては若者の代名詞のようにいわれた「戦後っ児」はすでに三十歳を越えており、かつては美しいピラミッド型だった従業員年齢別構成図は見苦しい中ぶくれに変っている。そして、毎年確実に上昇して来る人数の塊は、より高い賃金とより高い地位とを求めているのだ。(中略)成長の止った企業にとって、増大する人件費を支払い、年を取って来る多数の社員に然るべきポストを与えることは、到底不可能である」

 

すべての企業で同じ状況とは言えませんが、あたかも大型客船が目の前の暗礁に乗り上げることを回避できない状態のように、小回りの利かない大規模な組織経営の難しさを感じました。規模が大きければ大きいほど、早めに舵を切らねばならないのです。最たる組織形態が"国家"であって、その方針が政治によって決定されています(cf.「政治はすなわち国家の経営」/松下幸之助)。団塊の世代の定年に付して昨今懸念されているのが年金や少子高齢化による医療負担などで、世界競争力・生産力の減退に重ねて国の借金も増加傾向にある中、八方塞がりな感も否めない時期です。

 

cf.「日本の借金時計」

http://www.takarabe-hrj.co.jp/clock.htm

 

『団塊の世代』が書かれた70年代当時は団塊の世代が社会へと進出し、「ヤング」や「ハイティーン」といった呼称で呼ばれた時期とも重なります。『アンアン』や『ノンノ』といった女性向けファッション誌が創刊され、「アンノン族」なる言葉まで生みました。原宿には若者向けブティックが林立し、三宅一生氏や山本耀司氏、川久保玲氏ら高名なファッションデザイナーが続々と自ブランドを設立し、いわゆる"DCブランド"が台頭した時期でもありました。

しかし78年、「アイビールック」、「アイビーファッション」など流行を生んだ、服飾界では団塊の世代からの支持を受けたVANが倒産、石津謙介氏によって切り開かれた若者のフリースタイルは、画一化された商社の販売戦略によってVANの生命線とも言うべきポリシーが壊され、終止符が打たれました。80年代に入り、浅田彰氏によって「スキゾ・パラノ」(cf.『逃走論 スキゾキッズの冒険』)といった分類が唱えられた後は人々の消費に対する価値観も大きく変容し、インターネットの出現によってそれは決定的なものとなりました。

 

インターネットが「第5のメディア」と呼ばれた時期は久しく、2004年には雑誌広告の出稿高を追い抜き、実質第4のメディアとなりました。また、今年2月に電通総研が発表した「2006年日本の広告費」によれば、2007年には雑誌広告のそれをも追い抜き、2011年には7,500億円を超える試算とのことで、大手広告代理店では新鋭のネット企業との事業提携を進めたり、宣伝広告系の雑誌でも今まではあまり採り上げることが少なかったインターネット業界の特集が多く組まれるようになりました。そうした「メトカーフの法則」(cf.「メトカーフの法則 ? @IT情報マネジメント用語事典」/アイティメディア株式会社)に基づいたメディア・広告界の動きが「勝ち馬効果」を招き、インフラの発達(ブロードバンド化、モバイルの普及等)や消費者のライフスタイルの変遷により、今後のインターネット広告分野はさらなる飛躍が見込まれます。

 

この動きは、私たちの属するインターネット業界では願ってもない機会であり、先の2011年の未来社会でどのくらいの規模のマインドシェアを有していたいかといった希望を抱かせます。企業のライフサイクルにおける成長期が市場拡大の時期に合致することで、有限のサイクルの中で最も収益率の高い企業活動を行うことができるのではないでしょうか。

また、当社が中期経営ビジョンとして掲げる「共存共栄のインターネットコンサルティング」に即して考えると、そのときに現在のステークホルダーであるお客様や社員などがどれだけ成長しているかによって、そのシェアや収益率も変わってくるのかと思うと今から楽しみでなりません。

 

そういった未来予測をモチベーションの源泉として、私たちは企業努力を続けていきたいと考えています。

今後も私たちの考えに共鳴して頂けるような方々と、できるだけ多く出会っていければと思います。

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