小川 悟(取締役CS本部長)
【ベトナム現地法人経営秘話】フリーセルベトナム各取材記事のご紹介、及び昨今の日本によるODA(政府開発援助)に関する記事について ~「どう伝えたかではなく、どう伝わったか」が重要だという話~
2012年05月20日 12:51 PM
投稿者 小川 悟
歴史を振り返れば、アジアの成長に最も貢献したのは日本であろう。この半世紀、日本は開発協力を通じてアジアの基礎的なインフラを整備し、人々が自ら立ち上がる力を付けるための人材育成に集中してきた。このことが民間投資や貿易の呼び水となり、高い経済成長の起爆剤にもなった。他方、アジアの成長で最も利益を享受したのも日本である。東南アジア諸国連合(ASEAN)の経済規模が1ドル拡大すれば日本にも6セントの受益があるとの報告もある。日本は貿易(輸出の37%、輸入の48%)も鉱物資源(62%)の確保も途上国に依存しているという現実を忘れてはならない。(JICA緒方貞子理事長,『読売新聞』2010年5月1日「論点」より)
/『日本のODAの国際評価 途上国新聞報道にみる日米英独仏』(戸川正人、友松篤信著)
昨日19日は、今のベトナムを独立に導いた時の国家主席兼首相に就任したホー・チ・ミン氏の誕生日でした。
フリーセルベトナム(以下、「FVN」)や私の住居のあるホーチミン市内でも至るところでホー・チ・ミン氏の肖像が描かれた看板が設置されたり、タクシーに乗っていても車載ラジオでは、(意味を理解できないまでも)「ホー・チ・ミン」と何度も発声するのが聞こえたり、ドライバーが看板を指さしてその旨を説明してくれたり、その日は終日外出をして「ベトナムらしさ」を感じていました。
1945年9月2日、第二次世界大戦が日本のポツダム宣言調印によって正式に終結、同日にそれまで一時的に日本の傘下に置かれた傀儡国家ベトナム帝国が消滅し、ホー・チ・ミン氏によってベトナム民主共和国の独立宣言がなされた(ベトナム戦争終結後の1976年7月2日に南北ベトナムの再統一とベトナム社会主義共和国の成立が宣言される)――というのが歴史の教科書に書かれてある内容ですが、現在のホーチミン市(旧都市名:サイゴン,サイゴン駅の駅名やタンソンニャット国際空港のコード「SGN」に名残があります)の名称の由来にもなっており、ベトナム国民の間では最も親しみのある名前ではないでしょうか。
また、先月4月30日は「南部解放記念日」ということで、翌日5月1日のメーデーと合わせて4連休となり、祝日の少ないベトナムで私にとっては赴任後初の大型連休となり、スタッフを誘ってホーチミン市内から近場に遊びに行っていました。
30日には、観光名所として名高いベンタイン市場前の公園内の特設ステージで「南部解放記念日」にまつわるイベントがあり観覧してきました。
ベトナム戦争終結37周年と「勝利の歌」という意味の文字が掲げられ、著名な歌手を招いて歌と踊りと幕間のスピーチで進行するイベントでした。当然、私がベトナム語を理解できないため、雰囲気だけの鑑賞となってしまったことは残念ではありましたが、スタッフが要所要所で説明をくれるのでいくらか参考になりました。
私たちの世代は「戦争を知らない世代」と言われます。
私の高校時代に授業の中で「聞き書き」という内容があり、作文(や随筆)でも読書感想文でもなく、身近な人に取材をして事実と主観を述べるという類の課題でしたが、私はギリギリ戦中派だった父親の戦争体験を書きました。
当時小学4年生だった父の記憶――、徹底した上意下達とイジメとが混在する正当化されたヒエラルキーが蔓延していた学童疎開から戻ったばかりの、見渡すばかり一面焼け野原となった東京都内某所で、それまでの国の方針であった金属回収によって調理器具どころか縫い針一本に至るまで没収され、文字通り布団一枚すらなくなったボロボロの借家で家族と身を寄せ合って聴いた玉音放送という舞台設定――を主軸に、私の世代とのジェネレーションギャップを表現するということをテーマにして書いた記憶があります。
先に書いた「南部解放記念日」である4月30日は、立場によって「サイゴン陥落」、「サイゴン解放」とも呼称されます。上記の追体験等から私は、ジェネレーションギャップだけでなく、ポジションギャップというかシチュエーションギャップのようなものに興味が派生していったのかもしれません。
さて、そんな4月~5月にかけてFVNでは、事業ライセンス認可後、業務が本格化してきました。まだ現地法人設立前後の処理等で慌ただしいことも多いですが、FVNのスタッフ数は着々と微増し、事業に対する理解も深めてもらい、既存スタッフとのコミュニケーションも良好で、私としては彼らに支えられるようにモチベーションを上げているところです。
そうした中、現地の多くのメディアに採り上げて頂き、ありがたく思っております。
簡単にですが、以下にまとめてご紹介したいと思います。
■2012年3月20日「NNA.ASIA」
http://news.nna.jp/free/news/20120320icn004A_lead.html
■2012年3月22日「Saigon Times」、以下はオンライン版(ベトナム語)と英語版
http://businesstimes.com.vn/japanese-web-design-firm-enters-vietnam/
■2012年4月4日週号「週刊Vetter」、上記「NNA.ASIA」記事提供
■2012年5月2日「Dau tu ~Vietnam Investment Review~」
以下はオンライン版(ベトナム語)
http://bit.ly/My4Zmk
同時に、日本やベトナムを中心に見て、昨今のグローバル化の側面でも大きなニュースが多く重なった時期でもあったように感じています。
■年初4か月の日本からの投資(認可ベース)、全体の67%を占める(「VIETJO ベトナムニュース」,2012年5月16日)
http://www.viet-jo.com/newsallow/statistics/120516102107.html
cf.ベトナム ホーチミン市郊外ビンズン省での都市開発に着手 現地のBECAMEX IDC CORP.と合弁会社を設立(2012/2/27)|ニュースリース|東急電鉄
http://www.tokyu.co.jp/contents_index/guide/news/120227.html
大半が東急電鉄による都市開発事業とはいえ、昨今の日本企業による海外進出(主にASEAN地域)の勢いを肌で感じることも多くなってきました。
上記記事に書かれた時期はちょうどFVNの進出時期とも重なり、私たちも当事者の一員としてこの勢いに便乗していきたいと考えています。
また、他にも以下のような関連記事が連日のように続々と公開されています。
■米製造業が「メードインUSA」に回帰、中国の人件費高騰など背景(「Reuters」,2012年4月20日)
http://jp.reuters.com/article/mostViewedNews/idJPTYE83J03Y20120420
■25年ぶり円借款再開 民主化支援で投資促進 日ミャンマー首脳会談(「MSN産経ニュース」,2012年4月21日)
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120421/plc12042117500009-n1.htm
■首相、3年でODA6000億円表明 日メコン首脳会議(「MSN産経ニュース」,2012年4月21日)
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120421/plc12042112080007-n1.htm
■特別リポート:中国で「第二の人生」歩む、日本の熟練技術者たち(「Reuters」,2012年4月23日)
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE83M01X20120423
■ベトナム首相、日本に南シナ海への介入求める(1)(「Searchaina」,2012年4月24日)
http://bit.ly/IlO3Mv
■日本、ASEANの勢いを借りてアジアでの影響力拡大狙う(1)(「Searchaina」,2012年4月24日)
http://bit.ly/I81h0f
■カンボジアで起業すべき10の理由(「日経ビジネスオンライン」,2012年5月2日)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20120427/231485/
■企業の「ミャンマー詣」活況 安い人件費、消費市場としても魅力 (1/2)(「J-CASTニュース」,2012年5月3日)
http://www.j-cast.com/2012/05/03130971.html
■東南アジアへの金銭外交、日中の競争は東南アジアへ(1)(「Searchaina」,2012年5月3日)
http://bit.ly/K0JZRN
■民政移管ミャンマー:「謎の国」有望市場に 日本企業が熱視線- 毎日jp(「毎日新聞」,2012年5月10日)
http://mainichi.jp/select/news/20120510mog00m040016000c.html
これらは少なくとも人によって執筆や編集がされるために偏向報道が皆無とは言い切れないですが、報道という事象そのものも含めて「報道されている事実」を、「読む」側である私たちがどう捉えるかも重要になってきます。
「世界(経済)は感情で動く」(cf.『経済は感情で動く―― はじめての行動経済学』、『世界は感情で動く (行動経済学からみる脳のトラップ) 』,マッテオ・モッテルリーニ著)ではありませんが、もしかすると極無意識に世界的なスキームや周囲の動きに呼応する形で、私たちは意思決定をすることがあるかもしれません。そのとき、良くも悪くも身近なインフルエンサーとして機能する代表的なものがマスコミです。まさに「媒体(メディア)」ですね。そういう点でも、昨今の日本企業によるASEAN進出が一時的、あるいは継続的に加速していきそうな傾向であることは想像がつきます。
なお、冒頭に挙げた『日本のODAの国際評価 途上国新聞報道にみる日米英独仏』には興味深い内容が書かれています。
経済協力開発機構(OECD)開発援助委員会(DAC)の統計データをベースにして、時に「顔の見えない援助」と揶揄されることのある新興国に対する日本のODA(=Official Development Assistance=政府開発援助)を中心とした開発援助について、現地新聞報道を調査対象にレピュテーション(評判)を指数化して浸透度や効果を測定しようと試みた内容ですが、研究対象国としてベトナムがメインに書かれています。
理由としては、1998年から2007年までの10年間の内、ODA受取額上位10位中に9年間含まれているため調査対象に相応しいからとされています(ちなみに、10年間毎年含まれているのが中国一か国のみですが、中国は昨今アフリカ諸国をはじめ、アジアの近隣諸国への援助も加速させており、援助国の側面も持つため調査対象から外されています)。
結論から言うと、ベトナムにおける最大の援助国は日本であり、日本のレピュテーションは世界5大援助国(日本、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ)の中で、トップドナーにふさわしく質量ともに1位であるということが書かれています。つまり、開発援助に関連した好意的な内容の新聞記事件数・文字数が一番多かったという話です(援助規模あたりではない)。
そうした歴史の連続性の中で、実は私たちも知らず知らずの内に便宜を得ていることも多いものです。
そもそもタンソンニャット国際空港は日本のODAによって作られたものですし、最近でも以下のような実績があり、私もスタッフのバイクに乗せてもらって実際に利用し、開通前後でどのように便宜が図られたのか説明を受けながらベトナム人の追体験をしてきたことがあります。
■トゥーティエムトンネル開通:550億円の東西ハイウエー完成(「NNA.ASIA」,2011年11月21日)
http://news.nna.jp/free/news/20111121icn001A.html
cf.JICA Knowledge Site - プロジェクト情報 - 予算年度別一覧「ベトナム」
http://bit.ly/L99i5e
cf.Bitexco Financial Tower展望台から私が撮影したトゥーティエムトンネルの写真
※2011年7月時点(完成前)に撮影したものはこちら。
それらの積み重ねの結果かどうかは分かりませんが、原発対応等で昨年、「世界最悪企業2012(Worst company of the year 2012)」2位の汚名を着せられた(cf. http://www.web-consultants.jp/column/ogawa/2012/01/post-73.html )ものの、以下のような嬉しいニュースもありましたね。
■「世界に良い影響」日本トップ…BBC読売調査 : 国際 : YOMIURI ONLINE(「読売新聞」,2012年5月10日)
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20120510-OYT1T01606.htm
そもそも新興国に対する日本の開発援助は戦後賠償に端を発したものですが、援助実績や時の経過(あるいは日本の外交戦略、広報戦略)とともに、まさに「民間投資や貿易の呼び水」となって、商社や銀行等を筆頭に新興国のインフラが整備された後は、当社のような中小企業がこぞって進出する結果を招いてきました。
ともすると敷かれたレールの上を走らされているような錯覚にも陥りますが、逆に上位方針をどれだけ理解、補完して行動し、その享受にあやかり、時に提言(進言)や相談を挟みながら望ましくない方向に持っていかないようにするかについても考えさせられます。
その発想の構造はまさにビジネス――、もっと平易に言えば縮図としての職場そのものですが、当社のような民間企業に今求められているのは、こういった統合力、総合力ではないのかと感じることもあります。
先の書籍にも書かれていますが、端的に言って投資対効果が求められるのであれば、レピュテーション(評判)の評価やアカウンタビリティをはじめとして強く意識しなければならない要素があるということです。
小さな枠組みに置き換えて考えれば、FVNが設立したことによって享受される本社や顧客のベネフィットについて、当然それを生むための戦略立案と行動は大前提ですが、効果を証明できる「顧客の声(VOC)」や「社内の声(VOE)」が欲しくなります。
当社で言えば、前者は「サイト納品時顧客満足度アンケート」、後者は「Job Manager」という相互評価の仕組み(納品の都度、依頼側の依頼精度や受託側の成果物についてを両社間で評価する仕組み)を導入しています。
さらにブレイクダウンすれば上司と部下、サービス提供企業と顧客といった関係構造にも適用できます。
「言ってるのに理解してもらえない」――、まさに「どう伝えたかではなく、どう伝わったか」が重要だということです。
特にベトナムにおいては言語や認知の壁もあってハードルは高くなると思いますが、その分意識を強く持てるので、常に「どう伝えたかではなく、どう伝わったか」を意識しながら、現実に翻弄されるのではなく現実を活用できるように会社として、個人として力を付けていきたいと考えています。
また、「どう伝えたかではなく、どう伝わったか」という考え方は、Webサイトというコミュニケーションデザインの最たるものについても適用できる考え方ですので、当社のような事業を提供する企業にとっては不可欠な考え方です。
引き続き、フリーセルグループ一丸となって努力していきますのでどうぞ宜しくお願い致します。
【ベトナム現地法人経営秘話】ベトナム現地法人で体感するHOMEとAWAYの感覚、異文化と言語の壁を乗り越える「ビジョン」の力 ~生産性向上、最大化への取り組み事例(2)~
2012年04月22日 01:54 PM
投稿者 小川 悟
外国語を母国語の語彙に取り込むということは、「その観念を生んだ種族の思想」を(部分的にではあれ)採り入れることです。
/『寝ながら学べる構造主義』(内田樹著)
※ベトナム現地法人設立後は私の主な活動拠点がベトナムに移るため、視点が変わることで無意識にコラムの内容にも反映されることが考えられるため、読み手との共通認識を考慮してタイトルに「ベトナム現地法人経営秘話」を付記することにしました。
前回のコラムでは当社初の海外現地法人「フリーセルベトナム」が設立したタイミングとなり、「号外」として書きましたが、今回は前々回のコラムの続編となります。
その間、当社が第12期に入り、東京本社では社員総会が開催され、私もそれに合わせて一時帰国してベトナム現地法人設立のお知らせと今後のビジョンについて発表をおこなってきました。各部門からの報告やビジョン発表を受け、改めて今期もより一層成長できるように頑張っていきたいと考えておりますのでどうぞ宜しくお願い致します。
さて、前々回のコラムでは「コンテクストのズレ」をなくす努力が重要だと書きました。今回はさらに一歩踏み込んで、その手前の「意識(考え方)」の部分について書くことになると思います。
『世界で成功するビジネスセンス(篠崎正芳著)』にも書かれていますが、「海外諸国は一般的に低コンテクスト(Low Context)の行動文化です」とあり、つまり日本の「暗黙の了解」や「阿吽の呼吸」は通じにくいということで、誤解なく意思疎通をしたり、ビジョン共有や仕事の指示を行うために要する時間は、日本人同士のときと比べ「日本語なら三倍、通訳を介せば六倍、英語なら九倍からスタート」と書かれています。
もちろん国自体や、他のスタッフたちの経験などによって差はあると思いますが、私個人の体感で言えば、設立当初、ただでさえほぼ残業がなく就業時間が短い中、1日があっという間に終わってしまう感覚に襲われ、これは私が新しい環境に移り新鮮な気持ちでいるからだというより私の業務の進め方が非効率なのではないか?と不安になったほどでした。それだけ意思疎通や相互認識の確認に時間を取られていたということなのかもしれません。
当然これをいつまでも引きずっていたのでは改善も向上もありません。先人たちが既に採ってきた改善策も無数にあると思いますが、それらについてはまた別の機会に触れることにして、今回はまず、タイトルにも書いた「HOMEとAWAY」の感覚について書きたいと思います。
ここで私が言う「HOMEとAWAY」の意味ですが、日本の本社スタッフから見ると私自身は「AWAY」で仕事をしているとなります。しかし、私が見ているベトナム人スタッフからすればベトナムがHOMEであり、日本がAWAYになります。
私自身はどう思っているかと言えば、まだ正式にベトナム赴任して数か月しか経っておらず中途半端な立ち位置です。正直に心境を述べれば、本来は生きられることのないパラレルワールド(平行世界)の中に生きている感覚があって、人生を2倍楽しめているような気持ちでおり、少なくとも今の時期は個人的にはワクワクしてしまっております(汗)。
先に書いた「HOMEとAWAY」の感覚ですが、文章に書くと当たり前のように思えますが、当社も初の海外拠点ということで不慣れな部分もあり、まだ私の感覚からすると本質的に理解するまでは至っていないような感覚もあります。
以前本社で、私の見るCS本部内への落とし込みの内容に、縦割り組織にしないために「他部署理解」というキーワードを用いたことがありました。
管理者からすればどうしても自部署を推進する気持ちが強くなるため、他部署を本質理解することにフィルタ(偏見)がかかる場合があります。推進力は重要ですが、私はバランス感覚も重要だと考えていました。そのために「全体観を持つ」、「Jobローテーションを行う」といったことも進めてきました。そうすることでより質の高い、力強い「推進力」が得られると考えていました。
頭での理解や口頭では「私たちはお客様と当社のベネフィットのために仕事をする」と言っていても、つい顧客不在の開発・改善に走ってしまったり、ふと気が付けば某工場の生産ラインように「完成品が何になるか」を知らないままに制作業務をおこなってしまう状態に陥いることには常に注意を配り、周囲が牽制を掛け合っていく必要があると考えています。
私が今置かれている状況は、日本人駐在員は私1名ですが、10名近くのスタッフの内、日本語を話せるスタッフが3名います。私もこれから語学勉強を始める必要性があることは差し置いても、社内にいて仕事を回すだけならそれほど苦労しません。ベトナム国内の法律に照らしたり、国内企業とのコミュニケーションを図る際に異文化受容と言語の壁に当たります。
それらに対する免疫が少なく乗り越える力が不足している内は、「日本では○○なのに」という言葉がつい口に出てしまいます。現地化と標準化移転の狭間で揺れる心境ですが、今の私がまさにその状態です。まだまだ小規模な組織なので管理職層のスタッフはいません。これほど自責の感覚を研ぎ澄ますのに好都合な職場はありません(笑)。
では、具体的にどういった点で、本質理解にフィルタ(偏見)がかかるのかという点について、まずは例を挙げたいと思います。
ハッとさせられたのは、英文のパンフレットに記されていたひとつの単語を眼にしたときだった。その中に「ヴェトナム戦争中」とあるはずのところに「アメリカ戦争中」とあったのだ。よく考えてみれば、ヴェトナムの人々にとってあの戦争は「ヴェトナム戦争」などではなかった。少なくとも北ヴェトナムとヴェトナム解放戦線にとっては、アメリカとの戦争、つまり「アメリカ戦争」だったのだ。
/『一号線を北上せよ ヴェトナム街道編』(沢木耕太郎著)
私たちや諸外国が「ベトナム戦争(Vietnam War)」と呼ぶ戦争も、ベトナム人からすれば、ベトナムにおける歴史上の戦争はすべて「ベトナム戦争」となってしまいます。スタッフに聞いたところ、ベトナム人同士の会話では「アメリカ戦争」(「Chiến tranh chống Mỹ」等)を用いるということでした。意識していないと、ベトナム人に対して私たちは「私はベトナム戦争について勉強してきました」などと言ってしまいそうです。
他にも似たような事例があります。
「肩が凝る」という身体的生理的現象は、日本語を使う人の身体にしか生じないという医療人類学上の興味深い研究があります。(小林昌廣「肩凝り考」)
(中略)英語にはもちろん「肩」ということばがあり、「凝る」ということばもあります。しかし英語話者は「私はこわばった肩を持つ」という言い方をしません。日本人が「肩が凝る」のとだいたい同じ身体的な痛みを彼らは「背中が痛む」I have a pain on the backと言うのです。/『寝ながら学べる構造主義』(内田樹著)
真偽は別としてこれらの構造上の差異、考え方や気付きには、日本の「内側」にいる内はなかなか感じない感覚だと思いました。日本の「外側」から日本を俯瞰すると言うと大仰な感じがしますが、今の私は立場上ではベトナムを「HOME」とするものの、どちらにも属していないような感覚に陥ります。それだけに、今後生産性を向上、最大化させていくためには、両者間で「互いの概念にないものを努めて相互理解しようとする気持ち」が重要だと感じました。
ましてベトナム人は、個人的には日本人に近い国民性があるように感じる部分も多いです。もしかしたら、国民性は違うのだけど、今までの日本のODAや進出企業が教育によって根付かせた考え方が一部の人に浸透しているためにそのように感じるだけかもしれませんが、そうした多くの変数によって「今の私にとってのベトナム」が映っていることは事実でしょう。それから日本のやり方や考え方が全て正しいわけでもなく、少なくとも国自体や組織のフェーズによって柔軟に変えていく必要はあると感じました。とにかく、今のベトナムは日々進化していっているようにも見えますし、私自身も今後いろいろな境遇に置かれ様々な経験をしていくことになるので、都度見え方は変わってくると思いますが、本質的な部分(「互いの概念にないものを努めて相互理解しようとする気持ち」)はブレてはいけないと感じました。
ただ、考えてみれば、この高コンテクストと低コンテクストとのズレによる行き違いは、何も高い低いの話や日本とベトナムとの関係だけでなく、男女間や上司と部下との関係(構造)などでもゴマンと語られてきた話ですね。
「これだからゆとり世代は――」、「バブル世代、あるいは就職氷河期を経験した上司は――」と決めつけて他責にすることで回避できる責任もあるのでしょうが、重要なことはそれらの差異に気付くことでもなく、責任を回避することでもなく、どうやってそれらの事実を踏まえて各自が結果(全体の利益)に繋げていくか、そして良い結果を出すまでの時間(スピード)です。いくら良い結果を生み出しても期限を過ぎて(市場機会を失って)しまったら価値はありません。
小さな話ですが取り急ぎ私は、スタッフとのランチの機会を設けました。普段のランチでも席を共にしてローカルフードの弁当を食べることもありますが、それとは別に定期的に2、3人でローテーションでランチに行くのです。
それを続けていく内、先述してきた日本の内側からの視点・発想――、すなわち、それまで「ベトナム人」と一括りで考えていた考え方はすぐに払拭され、「○○くん、○○さんは、こういう性格で、こんなことを志向している」ということが面白いくらいにすぐに見えてきます。手間はかかりますが、スタートアップ期に簡単にできる行動ではないでしょうか。
また、関連した話題で言えば、「ベトナム人」は報連相が下手だと言われますが、何度も繰り返しランチに行く内に、すぐに報連相に近い行動を取るようになってきました。個人的にはあまり「日本人」との違いを感じていません。もしも「国籍」で括れる話なのであれば、日本で報連相が新卒の研修メニューからとっくに外されていてもおかしくない筈です。
数十年前のベトナムはそういうこともあったのかもしれませんが、少なくとも今現在私が目の当りにしている「ベトナム」では、報連相のスキルに限らず、ほぼ全てのケースにおいて「国(籍)」に依るのではなく「人」に依っているのだと改めて再認識しました。
以上のことは、彼らが憧憬している「Made in Japan」、期待している日本の先進型マネジメントを提供するための最低限の行動の一つにすぎませんが、私が何を考えどのように判断・行動しようとも、ビジネスは常に有限の時間の中での勝負なので、特に経験がそれほど豊富なわけではない私がどんなに焦っても足りることはないと思っています。
今のベトナム人スタッフが、日本人である私や日系(外資系)企業である当社に付いてきてくれているのは、まだまだ少なくとも「私」に対してではないと考えています。先にも触れた、ODAをおこなってきた日本という国に対する印象、先人たち(進出企業)が築いてきた信頼、憧憬する「Made in Japan」――、そういったものに付いてきているのだと考え、異文化や言語の壁を乗り越えて自分自身の行動と結果で信頼を築き、影響力を持っていくしか発展の道はありません。ここを勘違いすると、入口からつまづく可能性しか見えません。
以上、どちらかというと自戒を込めた内容になってしまいましたが、これから進出をご検討されている企業様のご参考の一つにでもなれば幸いです。
「これから」を良くしていくのは「私」次第という話――、ということで今回のコラムを終えたいと思います。
もし、この国を人間にたとえるなら、江戸時代の日本は引きこもりのオタクだった。「坂の上の雲」の時代は、新たな人間として生まれ変わり、健気な少年のそれであった。高度成長期は血気盛んな青年にたとえられよう。そして、いまは、ちょっとくたびれた中年か、魅力的で頼りになる壮年になるかの分かれ道にある。
/『本当はスゴい国?ダメな国?日本の通信簿』(八幡和郎著)
この記事に関連するテーマ
【号外】フリーセル初の海外拠点、海外現地法人「フリーセルベトナム」設立のお知らせ ~法人設立パーティーを終え、設立経緯や今後の展開のことなど~
2012年03月25日 01:46 PM
投稿者 小川 悟
どんな国のどんな空港でも、初めて降り立った空港の建物を出る時は緊張する。その向こうにどんな街が広がっているのか、どんな出来事が待っているのかを思って緊張するのだ。
それを「期待」と言ってもいいし、「不安」と言ってもいい。
/『一号線を北上せよ ヴェトナム街道編』(沢木耕太郎著)
今月3月6日、進出コンサルティングを受けていた現地企業のご担当者様から、ベトナムにおけるライセンス(事業認可)が下りた連絡を受けました。
英語表記で「FREESALE VIETNAM CO., LTD.」です。以後どうぞ宜しくお願い致します。
それまで駐在員事務所として機能していた、まだ真新しいオフィスで私は思わず「やっと取れたよ!」と、お送り頂いた証書のPDFデータをプリントアウトして現地スタッフに向かって叫んでしまいました。スタッフからも「良かったですね!」と笑顔で元気の良い返事をもらいました。
日本で普通に勤務している中では味わえない企業誕生の貴重な瞬間に立ち会った気持ちで、オフィス内がいつも以上に明るい雰囲気に包まれた瞬間でした。
日系企業がベトナムで事業を行うためには、共通投資法と統一企業法という法律に定められた手続きが必要です。投資分野(進出事業)によって優遇税制が受けられたり、逆に投資規制があったりします。
現在はICT(Information and Communication Technology=情報通信技術)やハイテク分野等への投資を国が推奨している時期で、当社の投資分野においても関連分野ということで、他の業種よりは恵まれた環境にあったということですが、現地に駐在しながら認可が下りるのを待つ身となると、いてもたってもいられない気分が続いていたので大変嬉しく感じたものでした。
詳しくは以下をご参照下さい。
■ジェトロ - 日本貿易振興機構(ベトナム)
http://www.jetro.go.jp/world/asia/vn/
cf.ズン首相「外資誘致は鉄鋼ではなくハイテクを」(「Vietnam Foreign Press Center」,2011年12月16日)
http://www.presscenter.org.vn/jp/content/view/2485/27/
この動きに合わせて、当社でもニュースリリースを発表しました。
早速、現地の有名新聞社2紙をはじめ、ニュース媒体社様から取材を受け、ありがたいと思います。
■ベトナム現地法人設立のお知らせ(2012年3月16日)
http://www.freesale.co.jp/news/ir/post-35.html
設立と同時に私が代表者に就任致しましたが、法人設立に際しご協力頂いた皆様に、この場を借りて改めて厚くお礼申し上げます。
また、23日(金)には、ベトナム現地オフィスに程近い日系レストランの一部を貸し切り、当社進出にあたりお世話になった方々をお招きし、ささやかながらパーティーを開催致しました。
当日スピーチをさせて頂きましたが、本当にいろいろな方に支えられて今回の事を成し得たのだなと痛感致しました。お忙しい中、ご足労頂きました皆様、お花を頂きました皆様、本当にありがとうございました。
■2012年3月23日(金)、フリーセルベトナム法人設立パーティー時の様子
当社ベトナム進出の主旨は上記リリースに全てまとめられていますが、今回のコラムではもう少しリアリティのある体験談や今後の展望を中心にお伝えできればと思います。
私が初めてベトナムに訪れたのは、2009年2月のことでした。
以下のコラムでそのときのことについて書いたことがありました。
■ベトナムIT企業視察等で感じた、多様性の受容と異文化コミュニケーションの重要性 ~ "ビジネスマン" 白洲次郎の「プリンシプル」を貫く生き方を目指せ~(2009年2月28日)
http://www.web-consultants.jp/column/ogawa/2009/02/post-26.html
cf.
■中小・ベンチャー企業も注目するASEAN市場 ~アジアビジネス関連セミナーや、ベトナム出張を通じて~(2011年7月30日)
http://www.web-consultants.jp/column/ogawa/2011/07/post-63.html
■カントリーリスクを踏まえ、ベトナム投資・進出時にチェックしておきたい工業団地、ハイテクパーク、ソフトウェアシティのご紹介 ~上半期総会を終え、「自己成長のためには新たな環境に自ら身を置くことが一番早い!」と感じた海外出張記~(2011年10月31日)
http://www.web-consultants.jp/column/ogawa/2011/10/post-71.html
その後、計5回の短期出張を経て、11月下旬より、ほぼ常駐のような形で現地赴任しておりました。
これらの出張の中で、多くの方と出会い、進出のお声掛けを頂いたというのが直接の進出のきっかけでもありましたが、実は当社と「ベトナム」との出会いはさらにさかのぼり、2006年のことになります。
現在でこそ、私の見ているCS本部も総勢90名近くの組織となりましたが、当時2006年4月(第6期)は当社が急激な成長をし始めた頃で、私が見ていたCS(Customer Support)課と、別組織だった制作課(現制作部)を統合する形でCS本部の前身だったCS(Customer Satisfaction)部が創設され、まだまだ経験不足だった私をCS部長としてアサイン頂いた月でした。それでも現在の半分以下の40名体制でした。
翌5月に、当社旧CS部でベトナム人派遣スタッフの受け入れを行いました。初めての外国人派遣スタッフの受け入れ――、本人は日本語を話し、Web制作のスキルもあり、当社スタッフも仲間意識が強かったため、業務遂行上のコミュニケーションや成果物の品質について大きな問題は起こりませんでしたが、同時にどうしても日本人とは同じになり切らない多様性を組織として初めて体験、学んだときでもありました。
新生CS部において、多様性のマネジメントの学習や、ちょっとしたマーケティングの意味での試験的な1年間だけの受け入れ期間でしたが、そこを契機としてベトナムにある日系企業との取引が始まっていきました。
また、実はその本人は当社を離れた後、5年間程を日本のIT企業数社を渡り歩き日本語とWeb制作スキルを高めていましたが、今年ベトナムに帰国する理由があり、本人の希望でフリーセルベトナム設立と同時にスターティングメンバーとして参画することとなり、稼働初日から本社から文句なしの最高評価を受け、心強い戦力となっています。
とは言え、今に至るまでの間に、多くの同業者同様に当社でも国民性や商習慣の違い等、様々な課題に直面して苦しい思いもたくさんしました。
私の父(ギリギリ戦中派に含まれる世代)が小さな町工場を経営していた関係で、バブルが崩壊した私の中学時代から、新聞に「産業空洞化」の活字が大きく見出しに書かれる度に特段興味のなかった製造業界の現況を聞かされたり、「社会科見学」だの、「自分の小・中学時代は丁稚奉公が当たり前だった」だという理解不能かつ不条理な口実で実際に工場に連れていかれプレス機械の操作をさせられ、夏休みのほとんどを父の手伝いのために弁当持参で職場で過ごしたり、家でも納期が迫る不良部品のふるい分けの仕事を母や姉たちと一緒になって内職として手伝わされたりしたものでした。
学生時代には中国に進出していた某大手電機メーカーの工場を視察する機会を得、父が所属していた地元の会の会報誌に学生視察代表として記事を寄稿して掲載頂いたこともあり、そうしたことなどをきっかけに趣味の上でも工場見学をすることが好きになっていったものでしたが、同時に本音としてはそうした険しい道を避けたく、就活期にはまだ黎明期で華々しく見えたIT業界への進路を選択していました。
しかし、いざ自分自身が当事者として生産管理者になってみると、業種は違えども「ものづくり」界における先輩業種が今までにぶつかり解決してきた課題のスケールの大きさや、イノベーションを極めたノウハウや精度の高さに改めて圧倒されたものでした。
他業界に比べ未成熟と言われ続け、都度ポジショントークで否定し続けてきたWeb業界特有の甘さですが、そうした過去の体験の中で身を持って痛感し、何とか質を引き上げていきたい気持ちに駆られていきました。
何の因果か分かりませんが、結局私は自身が避けてきた筈の険しい道を、再び歩まなくてはならない立場になりました。今はただ、この現実をしっかりと受け止めて、初心に返ったつもりでひたむきに頑張る時期だと考え、任された組織と関係者との共存共栄を目指して努力していきます。
ベトナムにある日系企業との商流が日増しに大きくなっていった当時、私が各ラインの管理者に落とした指示の内容は「発注先チームのスタッフを、自部署の部下、スタッフだと思ってマネジメントして欲しい」ということだけでした。
私はもとより各管理者も初めてのことばかりでしたが、愚直に業務を遂行、改善をし続け、遠隔マネジメントにおけるガイドライン共有やチェック体制、教育、評価、リスクマネジメント等で試行錯誤してアウトソーシングのノウハウを溜めていきました。
また、今回の当社ベトナム進出にあたり、お取引先の1社から一部事業譲渡のご提案を頂き、当社業務を担当してくれていたチームをそのままスターティングメンバーとして譲り受けました。
■法人設立パーティー時に、当社FVNスタッフで記念撮影をしました。
何もかもが初めての当社海外進出ではありましたが、当然勝算の見込みを減らす無計画な進出というわけではなく、近い将来、組織の核となってゆく野心の強いスターティングメンバー全員が、当社既存スタッフのよく知る数年来のパートナーであったスタッフだけで構成された組織となっており、業務フローや品質基準に対しての理解もあり、コミュニケーション面でも業務遂行面でも一切の問題がありません。
「ベトナム(人)だから」というオフショア開発の入口にある初歩的な課題は当初からなく、日本市場で求められる品質基準を前提として、ベトナム国内向け・海外向けといったグローバルスタンダードも学びつつ、よりスピーディーにしっかりとした組織を構築・拡大していき、本社CS本部との連携を強めて大きなシナジー、付加価値を生み出していくことが設立初年度の大枠の目標です。
話が前後しますが、なぜ当社がこうした組織をベトナムに作らなければならなかったか――。
先の当社ニュースリリースに概要がありますが、2005年以降、当社では「中小・ベンチャー企業向けWebコンサルティング」を推進し、お蔭さまで現在では運用させて頂いている企業数が5000社近くにのぼります。
当時はまだ「Webコンサルティング」や「Webコンサルタント」についての概念も出始めで、同業界に大きな事例も多くはありませんでした。
当社のお客様となられる企業様は業種も多岐に渡りますが、多くの企業様で、社内に専属のWeb担当者を置いて自社のWeb戦略を推進するという体制はお持ちではなく、そのトレンドはこれだけWeb戦略の重要性が高らかに謳われるようになっても大きく変化はしていません。
当然ながらお客様には本業があり、Web戦略が重要だと分かっていても、Webサイトの制作はもとより、ディレクションや改善業務、SEO対策やアクセス解析、インターネット広告の運用管理を一元で行う担当者を雇用するためには採用コストや人件費面で課題があることはもちろんのこと、Web担当者への教育やキャリアパス提供面でも、また間接部門の担当者に兼務させるにしても本業推進上で難しいことの現れであると感じています。
大手・中堅企業であれば、社内に専属のスペシャリストを置き、子会社にWebサイトの運用やマーケティング、広告宣伝の機能を持たせ、さらに外部のコンサル企業や広告代理店等と連携してうまく回していると思いますが、私たちのサービスを導入頂ける企業様はもっとかける予算を少なくしたいと考えていますし、実際に受託側も、少ない予算でワンストップで請けて運用管理と提案を続けていくというのは難しいと思いますので、発注先が細分化されてしまい、そのために発注側もコストを最小化するために、ある種運命的な出会いに期待しつつ安価な制作会社を乗り換えながら運用していかざるを得ない状況にあったと思います。
そうした業界特有の市場構造に着目して目指したのが、当社の「Webコンサルタント」体制でした。
新規のドメイン取得・サーバホスティングから始まり、Webサイトの構築(ライターは専属)、納品後のサイト運営、インターネット広告出稿代行及び運用管理業務等、他にも、Webサイトの運用は納品後、専用の電話・メール窓口機能を持ったコンタクトセンターに移管され、ここでは機械的ではなく一人ひとりのお客様を考えたホスピタリティある対応を心掛けています。
また、全5000サイト近くのサーバ稼働状況監視、タイムリーなアクセス解析やSEOトレンドに対する対応をおこないながら、Yahoo! Japan、Googleでの検索結果順位を一元管理し、Webサイトごとの状況に応じてアウトバウンドチームが改善策をまとめてお客様への提案資料作成とアウトバウンドコールをおこない、制作チームが修正を行いお客様へ完了報告を入れます。
その他、各種ブラウザやプログラム、プラグインの仕様変更への対応に始まり、マルチデバイス・マルチプラットフォーム対応と、昨今のグローバル化に伴う多言語対応といったWebマーケティングの複雑化への対応等――、「ご契約頂ければ、必ず投資した以上の見返りがあります」という類のサービスではありませんので全てのお客様のご期待に沿えているわけではございませんが、うまく役割と責任を切り分けた関係構築をできているお客様から順に成果を挙げられている企業様も増えてきており、予算を引き上げる代わりにより大きな結果をご期待頂くケースも増え、一層の受け入れ体制の強化が求められてきています。
お客様の現場にいないとできない業務と遠隔でもおこなえる業務、本社でしかできない業務と沖縄で可能な業務とベトナムで可能な業務といったように、本部内で役割・機能の切り分けが進んでいきました。
こうして構築してきたサービスのエントリープランの月々の運用コストをオペレーターのアルバイト1人月の20分の1くらいに抑え続けながら事業継続、サービス向上、社内環境改善に取り組んでいくことは決して楽なことではありませんでした。
以上のようなことは、PDCAサイクルを回す上で当然と言えば当然の流れかもしれませんが、お客様に跳ね返ってしまうコストを上昇させることのないムダのない生産ラインの構築と、全スタッフの分析力・制作スキルの向上や一部機能自動化による業務効率化が求められました。
本社側で労働集約と知的生産の双方の機能を内制化してより上流工程に磨きをかける一方で、フリーセルベトナムはその生産ラインの一部を担うことを当初の目的として設立致しました。
当社代表の木村が、前回コラム( http://www.web-consultants.jp/column/kimura/2012/02/post-39.html )にも書いていますが、まさに投資です。
今回のベトナム進出は、当社の企業成長フェーズに見合った必要に迫られて、あるいは当社ビジョンの実現に向けて将来を見据えておこなった投資です。
私の見ているCS本部もこの6年間の間に40名体制が90名体制となり、その間、会社として採用コストや教育費を含めた人件費増やサービスコスト増を含めた投資がおこなわれて成長してきました。
現在では、以下「顧客満足度調査」結果にもありますように、お客様からも良い評価を多く頂けるようになりました。
今後は、本社のさらなる提供サービスレベル向上のスピードを上げていくためにもフリーセルベトナムの拡張を急ぎ、サービス部門の責任者として確信を持って次のステップを目指す所存です。
■サイト納品時顧客満足度アンケート
http://www.freesale.co.jp/enquete/
cf.顧客満足度調査結果
http://www.freesale.co.jp/service/customer.html
今に至るまでの経緯を当事者として体験してきた経験から思うことは、当社と全く同じ課題にぶつかっている同業他社はそこまで多くはないと考えています。
その現れとしてか、SIerやシステム開発会社などは既に多数進出されていますが、WebインテグレーションやWebコンサルティングを専門とする分野で、当社と同じような目的で生産拠点をベトナムや他のASEAN地域にも構える企業をまだあまり多くは知りません。
今まで私が生産現場における当事者として経緯を見てきた観点から考えられる理由として、発注単価などの業界構造上の問題でコストメリットを生かせなかったり、そもそも事業ドメイン的に国内リソースで足りてしまうことがあるからではないかと考えています。
同業界における課題先進企業としての社会的責任も感じながら、非常に有意義な気持ちでスタートを切れたことは恵まれた環境にあるとも感じています。
もちろん、ベトナム進出を機に多くの出会いもあり、ベトナム国内でのお付き合いも幾つか始まって参りました。
今後、当社お客様の中やこれからお客様となられる企業様の中からも、ベトナム進出をご検討されるところも増えてくるかもしれません。
そうしたお客様へ向けたサービスも早々に確立して参りたいと思います。
当社第11期最後を締めくくる3月、今期の経営テーマであった「全員アドベンチャー」にふさわしい当社の挑戦ということで、当社初の海外現地法人設立が期内に間に合ったことにつきましては、進出コンサルや手厚いサポートを頂いたお取引先様、社内関係者の皆様に改めて厚くお礼申し上げたいと思います。
来期は今期以上に売上・利益を上げて、お客様にも一層のご満足をして頂き、当社スタッフが居心地の良い会社になることに加え、ベトナムでの生産体制強化をやり遂げます。
以上、フリーセルベトナムの簡単なご紹介となりましたが、引き続き本社ともどもどうぞ宜しくお願い致します。
もしかしたら、誰にも「北上」したいと思う「一号線」はあるのかもしれない。もちろん、それが「三号線」でも「66号線」でもいいし、「南下」や「東上」であってもかまわない。
たぶん、「北上」すべき「一号線」はどこにもある。ここにもあるし、あそこにもある。この国にもあれば、あそこの国にもある。私にもあれば、そう、あなたにもある。
/『一号線を北上せよ ヴェトナム街道編』(沢木耕太郎著)
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人間にはそれぞれ、多様な出自や価値観があって同じ言葉を使っていても同じ意味で使っているとは限らない。合意を形成するためには、インプット(感じ方)はバラバラでもいいのだけれど、アウトプット(表現)は統一しなければいけない。
/『コミュニケーション力を引き出す: 演劇ワークショップのすすめ』(平田オリザ著)
1月に一旦は決定となった政府の自殺対策強化月間のキャッチフレーズ「あなたもGKB47宣言!」が各方面からの批判を受け、「あなたもゲートキーパー宣言」に改められたというニュースがありました。このネーミングの是非については敢えて触れないことにさせて頂きたいですが、初めて文字を見かけた際は、正直政府発案のものだと思わず、まして自殺対策強化月間のキャッチフレーズだとは記事を詳しく読むまで気付かなかったということだけ感想を述べたいと思います。
これにより、ポスター25万枚の刷り直しで300万円の損失が出たとのことですが、細かいことまで言えば、決定までにかかる諸々のコスト等も含めると実態としてムダはもっとあったことでしょう。実際に大切なご家族や知人を亡くされたご遺族の方や知人の方々が不愉快になられるのはもちろんのこと、日本の家計が苦しいときでもあり強く反感を持たれた方も多いのではないでしょうか。
多くの識者が議論を重ねても、こういったネーミングが会議を通過してしまい、いざ公の場に出るまで違和感に気付かない。認知バイアスの格好の例だと感じたニュースでした。
今回のコラムでは、上記のニュースに着想して、商品やサービスのネーミング、部署名や社内ツール等の社内呼称命名のタイミングで、過去に私が感じた生産性向上との関係性や、生じたトラブル、その過程でCS本部内に某部署が誕生し今に至ることとなった経緯について思い出しながら、個人的な見解を書いてみることに致します。
私はCS(Customer Satisfaction)本部の担当役員をしていますが、いわゆる一般企業で言う広報業務をしばらくの間兼務していました。
現在でこそ正社員210名程の規模となった当社ですが、私が入社したばかりの頃は、まだマンションの一室を借りて5,6名で各自がいろんな仕事を兼任しながら回していた会社でした。
入社したばかりだった私も、お客様向けにWebサイトを制作したり、ビデオカメラを持ってインタビューに行ったり、以前提供していたEC事業ではYahoo!ショッピングストアの店舗運営をしたり、小規模の社内LANを構築しにお客様のオフィスにお伺いしたり、その延長で、“リレーションシップ”をお客様以外にも拡大して、自社のニュースリリース発行やメルマガ配信、Web社内報の企画・配信、商標取得の仕事などもやらせてもらっていました。
社会に対する当社の影響力が今よりもはるかに小さかった当時でさえも、ニュースリリースを発行するときには大変な緊張感を覚えていました。
学生時代と社会人になってからの3年半ほど広告代理店に派遣スタッフとして働いていたこともあり、かねてから企業の広告宣伝業務や広報業務に興味があり私自身が希望してやりたい仕事ではありましたが、未経験の仕事でもあり、社内に教えてくれる人もおらず、「やりたいのにうまくできない」というジレンマを抱えていたことを思い出します。
後々、当時の当社にしては高い講習費を会社に出してもらって広報業務に携わる人向けのセミナーに通わせてもらい、他社のプレスリリースの過去事例共有や、ゲストスピーカーで講師を務められた、過去実際に社会的に大きなニュースとなって記者会見で猛烈なバッシングを受けられた現役の大手メーカーの広報責任者による体験談を含めたご講演、新聞記事の読み方(取材先企業の広報担当者が事実を明確に話したのか憶測で話したのかを記事の文末表現から読み取るコツ等)といった座学をはじめ、自社紹介時の発声を実践練習したり、実際に民放キー局に行って収録スタジオや音響・照明装置の説明を受けたり、美術部門の見学までを体験し、関連書籍も十数冊読んで何とか感覚を掴んでいったように記憶しています。
ニュースリリース(プレスリリース)はある程度紋切り型の要素があるとはいえ、自分の書いた文章が会社を代表して世の中に出る以上、いい加減なものを書きたくないという気持ちが強く、少しのストレスになっていたことを思い返します。媒体社さんから取材依頼を受けた際、良い関係を構築したいので正直にすべてを話したかったし、持てるデータは全て提供したい。しかし、そういったデータも限られているし、話したことは全て書かれてしまっても文句は言えない、まして無償の記事広告(フリーパブリシティ)となれば掲載内容の確認ができないまま公にリリースされてしまう場合もあるため、自身の発言が重要になってきます。
社長の方針とズレていないか、テーマやターゲットが明確になり、商品・サービス特性は客観的に分かりやすく説明されているか、データの引用や造語についての説明はどのように付記するか、(そもそもテーマとしているものが)コンプライアンスに抵触していたり企業モラル的にはどうか、著作権や商標権を侵害していないか、そして誤字脱字はもとより言葉の誤用がなく適格な言葉選定になっているか、引用元情報の正確性(裏取り)や客観性はどうか(あからさまな自社PR、ポジショントークに終始していないか)等、日本語として稚拙な文章になってはいないだろうか、これらをセルフチェックだけでリリースしなくてはならない重圧というか――、また、実際に取材になるかトラブルが生まれない限り賛否が評価されることもなく、社内で問題にされることもない業務でもありながら、逆に言えばネット上に公開した情報は半永久的に残ると言われているし、そもそもプレスリリースは訂正がきかないという自身にだけ感じるプレッシャーがあって余計に気を揉んでいたものでした。
私企業で、とりわけ大きなメーカーさんですと「ネーミング」は商品開発やマーケティング上で非常に重要な意味を持ってくるものですし、今回のキャッチフレーズはどういう経緯で生まれたのだろう、とはそういう意味でも気にはなりました。
そうして時を経て、2007年頃になると当社もかなりの大所帯となって、現在のCS本部の原型もしっかりと組織構築されてきました。同時に、幸いにもお客様の数が急増し、組織力で対応する必要に迫られてきました。
その頃、CS本部内に「ライティング課」(制作部)という部署を創設しました。
月間70~100近くの企業サイトを納品してゆくにあたり、Webサイト内の文章についても専門性を持たせたスタッフに分業で作業をしてもらう方が効率的でありましたし、何より品質が上がり歩留りも改善します。伝言ゲームによる情報劣化とコミュニケーションコストの増加部分について工夫して乗り越えることができれば、きっと顧客満足に繋がると考え立ち上げた部門でした。
この「ライティング課」も、お陰様で管理者の松岡が薬事法管理者の資格を取得したり、当社の業容拡大に伴い、課としての職域も拡大してきており、昨年2011年7月には、「ライティング課」改め「コンテンツ編集課」と呼称変更をおこないました。
もともとライティング課スタッフに求められていた職能は、当然、文章を書くのが好きとかうまいとかではなく、大前提として取材ができるという基本的なコミュニケーション力があって、他に予備知識として校正知識、SEO(検索エンジン最低化)の知識、DTP(Desktop publishing)との違いを理解しているか、フォント(やタイポグラフィ)、情報デザインやIA(=Information Architecture=情報アーキテクチャ)についての理解、コピーは作れるか、広告についての基本的な知識やIT関連の法令を熟知しているか、そして当社の場合はお客様に歯科医院様が多いため歯科に関してある程度の専門知識があるかといったことが挙げられます。
やがてマーケティングについて最低限の素養はあるか、一般的な業界知識や産業構造、市場流通し付加価値を生み出している商品ーー、財(物)・役務(サービス)等のトレンド、また会社経営や消費者心理等へ対する興味心があるか、そして、Webサイトに限らず媒体上の文字や画像、動画等を、いわゆる「コンテンツ」として見ることができるか?といったことが求められるようになっていきました。
この場合「コンテンツ」を「メッセージ」に置き換えても良いかもしれません。ディレクターと多少かぶる部分もありますが、例えば「この文章分かりにくいね、もっとコンパクトにまとめるといいのに」といった話だけで終始するのではなく、「この文章ってそもそもここに必要?」とか「もっと余白が欲しいよね」とか、「自分がこの記事を書くのだったらドロップキャップ(先頭文字だけフォントサイズを大きくする)で書くよ」とか、「この文章って明らかに紙からのコピペだよね、Webに転載するならデザインもDTPレイアウトにするとか工夫が欲しい」とか、「“納品までの流れ”を説明するコンテンツなんだから文字だけで説明するのではなくフレームワークを用いるべきだ」といった判断や議論ができるライターであって欲しいという意味合いを含めています。
つまり、文章を書くことが仕事とは言っても、当然ながら原稿を提供して下さるお客様は、正しい日本語でリライトしてほしいと思って私たちに原稿を出してくれているのではないという見地からスタートすべきですし、「取材した内容に忠実に正しい日本語で、あるいは情景描写豊かに豊富な語彙で文章を書ける」ことだけが仕事に求められているわけではないという話ですね。
そうした思いも込めて今回の呼称変更をおこないましたが、「名は体を表す」という言葉もありますし、当初はチームのメンバーにこの思いの本質や、部門の目指すべきビジョンがぶれないだろうかといった懸念がありました。しかし、こうした私の心配をよそに、スタッフからの評判や理解は良く、各自が一層自身の職域を拡げようとしてくれているのが伝わり、結果からすると良かったと思っています。
一般企業にとっての商品名はもちろんでしょうが、部署名やチーム名は会社や部門の方向性を示し、お客様への提供価値にも関わるものですので、私たちとしては慎重になります。
cf.「USP(Unique Selling Proposition)」を創る ~社員総会と内定式、「ゆとり第一世代」を迎えて~(2009年10月12日)
http://www.web-consultants.jp/column/ogawa/2009/10/post-41.html
私たちの仕事の中で、大きなところで言えば新たに部課、チームが創設されるとき、新商品導入時、新規プロジェクト、部内の教育制度まで含め、この「ネーミング」は強く意識しています。
上記以降に書いた内容をご参照下さい。
本文冒頭に、劇作家の平田オリザ氏の著書から一部を引用しました。
政治活動に関与されていたこともある方ですが、ここでは劇作家や演出家、講演家としての側面にスポットを当ててみたいと思います。
劇作家・演出家ですので、当然役者を束ねて一つの世界観を構築し、観客に提供するというのが仕事です。これを拡大解釈すれば、ビジネス上にも「役割演技(ロール・プレイング)」という言葉もあるくらいですし、当社のような私企業の組織でも一部該当する要素もあります。
例えばですが、「華やかに演じる」というだけの指示があって、登場する役者が皆、同じ表現ができるでしょうか。人によって「華やかに」の印象(Impression)が異なることで、それに対する表現(Expression)が異なってしまうと、舞台進行はバラバラになり、観ている人からすれば「?」となってしまいます。
観客も含めて舞台ですから、演じている側の独りよがりになってしまったら本末転倒ですね。こうした役者間の共通感覚のズレのことを演劇界では「コンテクスト(文脈)のズレ」と呼んでいるそうです。広義で言えばコミュニケーションに括られるようにも思いますので、演出家の仕事にはコミュニケーションデザインも含まれるということになりましょうか。
確かに私たちの仕事でも思い当ることは多いです。私たちも以前に大きな失敗をしましたが、お恥ずかしながら分かりやすい話ですので例に出します。
お客様から作業依頼を受けたスタッフが「今日中に対応します」とお答えしたことがありました。軽作業だったので二つ返事に返答したのでしょうが、作業が完了しスタッフがお客様に連絡を入れたのは19時近い時間でした。しかし、そのお客様は、その会社の定時であった17時半で既に退社されていたのです。翌日「御社の“今日中”とは23時59分までを言うのですか」と苦言を頂戴し、私たちは大いに反省することになったのでした。このとき私は「顧客目線の欠如」とはまさにこのことだと痛感しました。それ以来、依頼を受けた際の完了予想時間帯は時刻を明確にするように、コンタクトセンターの社内ポリシーに加えました。
その際の当社スタッフとお客様との間で「今日中」の解釈が異なっていたのです。同じ言葉ですが、人によって捉え方や意味が違います。そこまで気遣えるか?ということですが、常にお客様の目線で捉え、考えることである程度は気付くことができますね。私たち自身がもっと努力を重ねなくてはなりませんが、お客様に育てられた部分は大きいです。
同じように先の部署名の呼称変更についても「コンテクストのズレ」を意識していました。今ではWeb業界において「コンテンツ」という言葉に一定の意味が持たれ、理解がされやすくなっているとは思いますが、当社の当事者部門以外のスタッフ間でも理解が得られるかといったことが課題でした。
こうした意思伝達、コミュニケーションというものは、当然「コンテンツ編集課」だけでなく、当社ではWebサイトのプロデューサーとしての立ち位置になる営業や、Webディレクター、クリエイター、お客様対応をおこなうコンタクトセンターのスタッフなど全員に求められてくる能力です。「コンテクストのズレ」はコミュニケーションを形成する一端ではありますが、意識して仕事をするだけでもコミュニケーションが大分スムーズにいくようになると感じています。
次回のコラムではこの話の続きとして、現在私がベトナム・ホーチミンに駐在し、語学力の拙い私が現地のベトナム人とコミュニケーションをしていく中で感じていることを書きたいと思います。
最後になりますが、2009年に私が初めて出張でベトナムを訪れた際のコラムは以下となります。
■ベトナムIT企業視察等で感じた、多様性の受容と異文化コミュニケーションの重要性 ~ "ビジネスマン" 白洲次郎の「プリンシプル」を貫く生き方を目指せ~(2009年2月28日)
http://www.web-consultants.jp/column/ogawa/2009/02/post-26.html
まだいろいろ現場を体験する前に、私なりに感じた、多様性の受容(Diversity and Inclusion)や異文化コミュニケーションについて書いたものですが、あれから3年が経ち、実際に当事者になって感じることに変化もありますので、是非現地から、生の声をお伝えできればと思います。
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小惑星探査機「はやぶさ」関連映画で改めて学ばされるリーダーシップ ~失敗を繰り返さないための「成果」を「進歩」に繋げるマネジメント~
2012年01月31日 01:23 PM
投稿者 小川 悟
But Professor Itokawa never spoke of failure, only of “results”.
We've made progress thanks to those results.
/映画『はやぶさ HAYABUSA』(堤幸彦監督)
現在私はベトナム最大の都市、ホーチミン市に駐在しています。
ベトナムでは中国暦をベースとして旧暦(陰暦)を採用しており、今年は1月23日から4日間が旧正月(テト)期間にあたり、どこもかしこも一斉に休業となってしまうため、その期間を含む1週間だけ日本に一時帰国して本社に出勤しておりました。
旧正月が明けた30日の夜のフライトでベトナムに戻ったのですが、暗い機内で読書にも疲れたので映画でも見ようと番組表を見てみると、『はやぶさ HAYABUSA』(堤幸彦監督)があったので見てみました。
この「はやぶさ」が多くの人に感動を与えたと同時に、ビジネスシーンでも多く転用されていることについて感じたことを今回書きたいと思います。
「はやぶさ」と言えば一昨年6月に、60億km、7年に渡る宇宙の旅から無事にミッションを終えて地球に帰還、カプセルを届けたことで「宇宙史に残る偉業」と称され、昨年はギネス・ワールド・レコーズに「世界で初めて小惑星から物質を持ち帰った探査機」として認定もされ、それ以前まで「平成大不況」だとか「失われた20年」などと言われ、事業仕分けが行われて「挑戦」「創造」「付加価値創出」よりも「コスト削減」を強いられるような風潮に社会が覆われ、どのメディアも日本ブランドが振るわないと書き立て、私たち市民でさえもどこか閉塞感や自信喪失、モチベーションダウンを感じてしまうような肩身の狭い思いでいたさなかの出来事で、「絶対諦めない」とか「希望」といった強い思いを奮い立たせてくれた明るいニュースだったことを思い出します。
私もその年、DVDで『HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-』(帰還バージョン発売前に焦って購入)を観ていたのですが、「はやぶさ」帰還後にビジネス誌やネット上のビジネス関連のコラムなどでもよく引用されていたので、映画でどのように表現されるのか見ておきたかったですし、2月、3月にも別会社からの公開を控えており(もともと提案は8社からあったそうです)、第1弾映画がどのようなものだったのかも気になっていたところでした。
■全天周映像 HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-(「はやぶさ」大型映像制作委員会によるドキュメンタリー作品)
http://www.live-net.co.jp/hayabusa-movie/
■はやぶさ HAYABUSA(20世紀フォックス,11年10月公開)
http://movies.foxjapan.com/hayabusa/
■はやぶさ 遥かなる帰還(東映,12年2月公開)
http://www.hayabusa2012.jp/
■おかえり、はやぶさ(松竹,12年3月公開)
http://hayabusa3d.jp/
冒頭に挙げた一節は、『はやぶさ HAYABUSA』中に出てくる脚本の一部ですが、私の見たものが英語の字幕スーパーだったためにこのような引用となってしまいました。
確か「(糸川教授は)決して“失敗”という言葉は使わなかった。その代わりに“成果”という言葉を使った。成果があったからこそ進歩があった」というような一節でした。
「失敗は成功の母」という言葉もありますが、つまりは「失敗」という単なる結果(状態)を示すだけの言葉は責任逃れのエクスキューズであって、失敗をしたことで得られた反省材料なども含めて「成果」であるから、それを次回に生かすことで進歩に繋がるといった考え方です。
奇しくも、最新号の『日経情報ストラテジー』の特集は「失敗を生かす組織」というものでしたが、ここにも「はやぶさ」の名前を見つけることができました。原発事故などを引き合いに「日本人は失敗に向き合う姿勢が不十分」、「失敗と向き合い、共存することは、競争力の源泉ともなり得る」という内容が書かれています。「はやぶさ」については、「はやぶさ」の観測機器を製造していた明星電気という会社の特集が組まれていました。
cf.失敗体験を通して創造力を生み出すために ~アポロ月面着陸40年、世界天文年2009~
http://www.web-consultants.jp/column/ogawa/2009/05/post-31.html
以前書いた上記コラムを見返して、「アポロ13」が“輝かしい失敗”なら、「はやぶさ」は“輝かしい成功”だろうと感じていました。
ここで引用した「JST失敗知識データベース(独立行政法人 科学技術振興機構)」は事業仕分けの一環でか畑村創造工学研究所へ移管されてしまいましたが、日本人である私たちは、今のような時代、改めて失敗にしっかりと向き合って、「不必要な失敗」をしない方法を選択していく必要に迫られているのですね。
今のような時代――、スイスで25日に開会し、昨日29日で閉会した世界経済フォーラム年次総会「ダボス会議」で、俳優の渡辺謙さんが日本人俳優で初のスピーチをおこなったとのことで興味を持って目を通してみました。渡辺謙さんは、先の『はやぶさ 遥かなる帰還』で主演を務められますね。
cf.渡辺謙さん、ダボス会議スピーチ全文(「東京新聞」,2012年1月26日)
http://www.tokyo-np.co.jp/feature/news/davos.html
昨今の欧州財政危機や国家間の緊張関係悪化等のニュースを見ていて、昨年世界各地で起こった大地震や洪水等の天変地異に加え、より一層不安材料が増えたかのようにも感じていた中、一筋の光明とも感じられる内容で元気を頂けたような気がしました。
ところが、まさにそのダボス会議の裏で進められていた「世界最悪企業2012(Worst company of the year 2012)」の投票結果が同タイミングで出ており、ノミネート時に2位だったブラジルのVale社以下の企業を突き放して1位を争っていた東京電力が、辛くも800票の僅差で2位に逃げ切ったニュースが報じられました。
原発事故の際にずさんな管理と言われただけでなく、その後の情報操作や隠ぺい工作などが世界からの目に悪く映ったとのことです。実際、「世界終末時計」で禁断の針を進めてしまった要因にも挙げられました。
cf.世界終末時計、1分進んで「残り5分」に 日本の原発事故も要因
http://www.cnn.co.jp/world/30005222.html
「Worst company of the year」は、スイスのNGOが世界経済フォーラムに合わせて創設した賞で、企業の社会的責任(CSR=Corporate Social Responsibility)を果たしていない「世界最悪企業」を投票で決めてフォーラム内で表彰することで社会的責任を果たすように働きかけるという目的でおこなわれているものです。
「想定外の事故」だったにせよ、その後の言動がより注目されることは周知の事実であった筈で、国際社会の一員としての信頼を低下させただけでなく、誠意の見えにくい対応によって日本の観光産業に与えたダメージが必要以上に大きくなった点も否めないでしょうし、東北周辺の住民を中心に国民に対して与えたストレスも計り知れません。「社会的責任を果たしていない」という評価を「失敗」と捉えるならば、そこから何を得たのか、せめてそうした見解は知りたいですよね。
また、成人の日には「新成人の9割が日本の将来に不安」などといったアンケート結果が報じられ、新成人へのインタビューで「総理大臣がコロコロ変わる」、「メディアが暗い話ばかりしているから世間も右肩下がりになる」、「国会でけんかするのはやめてほしい、切なくなる」といった声も報道されました。ステレオタイプな意見とも取れなくもないですが、国民の総意を代表したものとも思える声、もしくはニュース編集でした。
政治だけでなく、先の東電のケースもそうですし、他の一部私企業でも「企業の社会的責任」が欠落したために、「日本、大丈夫なのかな?」と国民を不安にさせたり、悪いことをすることへの抵抗感や罪悪感を引き下げる要因を作ってしまっているようなケースがあるかもしれません。
cf.マクロミル モニタサイト 公開調査データ 「2012年新成人に関する調査」
http://monitor.macromill.com/researchdata/20120105shinseijin/
会社に置き換えて考えるのは比較するものが違いますが、確かに一つのプロジェクトになぞらえても、上層部同士が揉めているだけだったり、プロジェクトリーダーのすげ替えばかりがおこなわれて遅々として進まず、ビジョンが示されずに状況が改善されないことが続けば、オペレーションに当たっている者からすれば不安しか感じません。リーダーには、このような状態を引き起こしてしまうような状況にしないような采配と、環境改善の力も求められると思います。
また、そういったことが常態化した組織に居続けることも個々人の価値観形成上で悪影響を及ぼしそうな印象を受けます。
以前、社内勉強会「フリーセル大学」の一環で、いつも共に頑張って仕事している現部課長向けに研修をしたことがありましたが、そこで『子どもが育つ魔法の言葉』(PHP研究所,Dorothy Law Nolte/Rachel Harris共著,石井千春訳)という書籍を共有したことがありました。著者が1954年に書いた詩と言われる『子は親の鏡』に書かれてある内容が、当時の組織構築フェーズにおいて特に重要な事象であると思っていました。内容の詳細については下記ご参照下さい。
cf.あの ドロシー・ロー・ノルト 博士の 『子どもが育つ魔法の言葉』 シリーズ(PHP研究所)
http://www.php.co.jp/bookstore/dr.html
そういう点で、私たち国民が今のような「印象」を受け続けてしまうことは良くないと感じているので何とか理解して頂きたい部分でもありますね。今は問題解決で手一杯で、ビジョン策定や周囲への気遣いが難しい時期なのかもしれませんが、まだまだ私たちの民度も自分たちを守ることで手一杯で逆にそこを気遣う程は人間が出来ておりません、といったところでしょうか。
今年2012年は辰年、干支で言えば「壬辰(みずのえたつ)」、運勢としては吉凶賛否が分かれています。
「リーダー」という観点で見ると、世界的には、ロシア、フランス、アメリカ、韓国で大統領選挙が行われ、中国でも指導部交代があると言われている年です。
cf.世界のリーダー特集 - NHK クローズアップ現代
http://www.nhk.or.jp/gendai/special/08_leader.html
世界のリーダーがどう共存関係を構築していくのか。私たち国民一人ひとりがその動向に注目しつつ、自身を取り巻く環境の中でベストを続けていかなくてはなりませんね。
また、仕事の上では、顧客満足創出のためにも会社を盛り立てるリーダーとしても、「成果」を「進歩」に繋げていける年にしたいです。
この「成果」の中には成功体験も失敗体験もいっぱい詰まっています。さらに世の中を見回せば、自分自身の成功・失敗体験以外にも多くの見本があることに気が付きます。そういったものも糧にして、今年1年頑張って参りますので、引き続きどうぞ宜しくお願い致します。
長年、日本は経済大国として優位なポジションに位置し、有利にビジネス交渉を進めることができた。今後は、どのような友好な手段で相手とウイン・ウイン(双方にとって望ましい結果を得られる)な関係になれるか、相互利益を考えなければならない。(中略)国内で日本人が考える、日本を中心軸とする思考は偏りが大きい。グローバルには、このような偏った考え方が弊害になる。
/『海外勤務を命じられたら読む本』(白藤香著)
早いもので、いよいよ2011年も最終日。
今年1年、お客様、お取引先様と関係各位には大変お世話になりました。この場を借りてお礼申し上げます。
さて、今年1月に以下のコラムを書きました。
「映画『ソーシャル・ネットワーク』を観て視野を拡げる ~2011年「辛卯」の年、当社設立10周年を迎える年は明るい年に!~」
当社にとっては設立10年を迎えた節目の年でした。「明るい年に」という点で言うと、震災や洪水などもあって決して明るい年とは言えませんでしたが、当社だけで言えば総体的には明るいニュースが多かったように振り返ります。
IT関連の話でいけば、1月に映画『ソーシャル・ネットワーク』が公開されたとき、Facebookユーザー数が全世界で6億人に迫ると言っていたのに、いまや8億人に迫る勢いです。まさに今年2011年はソーシャルメディアが台頭し、政治活動や企業のプロモーションから友人や家族とのコミュニケーションツールといった使い方まで、一般大衆にまで浸透した年になったと言えるかと思います。
それから、上記のような新しい特性を持ったメディアの浸透に合わせて、スマートフォンや「iPad」をはじめとするタブレット端末、電子書籍といったデジタルツール等もまた、数年前までは一部のイノベーターやギークの専用アイテムだったものも、いまでは老若男女を問わない生活家電の一つとなり始めました。
当社も例に漏れず、Twitterアカウント開設に次いで、Facebookアカウント開設、各種公式サイトのスマートフォン対応を完了させ、関連セミナーなども多くおこなってきました。
現在6000社を超える当社お客様である中小企業様の間でも、自社の公式サイト以外にこうしたソーシャルメディアのアカウントを開設されたり、スマートフォン対応化させたりと、ビジネスに活用し成果を上げられているところが出てこられました。
既存のお客様向けにクローズドで配信しているメールマガジンがあるのですが、その中の一つのコーナーで、成功事例を採りあげてご紹介するという内容もあり、引き続き成功事例を集めていきたいと考えております。
基本的に当社が提供しているような「Webコンサルティング」をアウトソーシングとして利用されようとしている中小企業様は、インターネット上のこうした新しい潮流にも敏感で活用意向が高いように思われますが、まだ導入されていなかったり、うまく活用しきれていない企業様も多くいらっしゃいますので、これから出会うことになる企業様も含めて、しっかりとサービス提供できるように体制を固めていきたいと思います。
そんな今年の年末も例年同様にニュースのダイジェスト、検索キーワードランキング、「今年の漢字」など、一年をまとめに入るコンテンツがいろいろと公開されました。
この中に、「社長が選ぶ 今年の社長」というのがあり、1位に孫正義氏が選ばれていました。
cf.社長が選ぶ今年の社長2011|調査報告書|学校法人産業能率大学
http://www.sanno.ac.jp/research/president2011.html
孫正義氏は昨年に引き続き2年連続で1位とのことです。確かに、震災時も孫正義氏が「個人で100億円を寄付」というニュースがあって、大変驚いたものでした。
その孫氏が90年代後半に提唱したとされる「タイムマシン経営」という考え方があります。今となってはもう陳腐化されてしまったのか、よく話題にのぼる言葉ではなくなっています。
当時、IT分野で最先端と言われていた米国シリコンバレーを中心として、流行していた技術やサービスを日本に輸入して、まだ流行を迎えていない日本で展開すれば儲かる筈だというビジネス投資の在り方のことで、先進する米国を「未来」、遅れていた日本を「現在」として、時差を活用して収益を上げるというビジネスモデルをタイムマシンになぞらえて孫氏がそのように呼んだと言われています。
この呼称や考え方の是非はさておき、結果としてこのようなモデルで事業をおこなってきた企業は業界問わず多いと思いますし、先進している国にリサーチに行って日本で展開するビジネスのヒントを探ろうとされている方は今でも多くいらっしゃいます。孫氏が日本で初めて開発・創造したビジネスモデルというわけではないと思います。
しかし、当時から孫氏の経営手法は多くの経営者や若手起業家たちの注目の的となり、ヤフー株式会社の筆頭株主であるとか、ボーダフォン買収だとか、iPhone独占販売だとか、あるいはブログが流行し始めたり、「mixi」や「GREE」がリリースされたりとニュースを賑わす度に時折「タイムマシン経営」なる言葉が再燃することがあったのでした。
つまり、企業が利益追求や理念の実現のために常にニーズなりシーズなりを追求して、何もないところに市場を生み出そうとする限り、新たに創造するか、「ある」ところから「ない」ところへ持ってくるかしかなく、またそれは企業の経済活動上必然であるということなのかと思います。
さて、これより表題の、「第1回ホーチミンIT飲み会」の感想を簡単にご報告したいと思います。
cf.ホーチミンIT飲み会 - IT飲み会 公式サイト
http://www.it-nomikai.jp/hochiminh
「第1回ホーチミンIT飲み会」は12月2日に、「Pizza4P's」で開催されました。会場となった「Pizza4P's」はホーチミンでは説明不要の有名店ですね。
私はこの時期、ちょうどホーチミンにいたため、参加することができました。総勢80名以上が参加したと言われていますが、実態としては延べ100名くらいの方がベトナム国内外より来られていたように思います。
母体は、株式会社 EC studio様と株式会社サムシングファン様が主催となって立ち上げられた「IT飲み会」で、「売上を上げるための情報交換」「売上を上げるための人脈作り」「飲み会中に売上を上げる」という3つの目的を掲げ、日本全国に各支部(幹事企業)を置いて定期的にイベントを開催されています。IT系の展示会に「IT飲み会」名義でご出展されていたこともあったので、ご存知の方も多いかもしれません。
2008年より活動を開始して、2011年にはついに、サンフランシスコで初の海外開催がおこなわれ、今回のホーチミンはグローバル第2弾ということでした。
普段ですと1社30秒程度のプレゼンタイムがあるのですが、今回は2社が代表してプレゼンをおこないました。
株式会社ビーコンエヌシー藤井悠夏氏による「ベトナムにおける結婚ポータルサイトの立ち上げについて」は大変興味深かったです。
藤井さんとは「第1回ホーチミンIT飲み会」の少し前に食事の席でご一緒させて頂く機会に恵まれ、オフィスも見学させて頂いたことがあるのですが、ご自身のキャリアの中で蓄積したノウハウを、まだあまり市場が生まれていないベトナムで展開され支持を受けています。
日本にいて日本人の目で「タイムマシン経営」をおこなおうとすると、「もう出尽くしたかな?」と思えるようなことも、例えばベトナムに来て日本から輸入したことをおこなうことで時差を利用したビジネス展開というのも可能そうです。
「タイムマシン経営」を語源のままに「米国(未来)」と「日本(現在)」という相関関係でしか見ることができないと、こういった発想はなかなか出て来ないですね。そもそも、語源的な「タイムマシン経営」も、「日本(現在)」しか見れていなかったら成立しない概念ですしね。
藤井さんは海外でお生まれになり外国で生活された期間も長いようですので、このような固定観念がないのかもしれないと感じました。
なにやら来年はテレビ番組で特集されるとのことで、機会があれば是非拝見させて頂きたいと思いました。
cf.NHK アジアで花咲け!なでしこたち|2012年2月7日(火)BS1でスタート
http://www.nhk.or.jp/asia-nadeshiko/
よく日本人が外の世界を知らないたとえに使われるのが、「オーストラリアの世界地図」ですね。日本で売られている世界地図はもちろん日本が中心に描かれていますが、アメリカで売られている世界地図はアメリカが中心に描かれています。そして、オーストラリアで売られている地図の中には、なんと、天地が逆になったものがあるという話です。もちろんこれは公式の地図ではありませんが、日本人が見ると異様なものに見えます。私たちは「世界地図」と聞くとどうしても日本が中心にあるデザインのものをイメージしてしまうのです。
同様にテレビなどで、世界の国々で日本に対する印象を街頭インタビューすると「サムライ」、「ゲイシャ」などと言っている人がクローズアップされて映像編集され、それを見て私たちは「いまだに日本を知らない国もあるのだな」と一つのネタのように感じることがあるかと思いますが、その逆――つまり、外国のテレビ番組で日本人にインタビューをして検討違いの印象を述べてしまう番組を見たことがないこともあって、私たち日本人も同様に世界を知らないという認識が少なかったりします。
例えば、南アフリカ共和国を例に出してみます。「2010 FIFAワールドカップ」でも記憶に新しいと思いますが、この国に対して一般的にどのような印象を持ちますか?もちろん人によって違うとは思いますが、先の「サムライ」、「ゲイシャ」と大差ない発想をしてしまう人もいるかもしれません。
人口5,000万人、インターネット普及率ではまだ10%超えといったところですが、携帯電話の普及率は100%を超え、既に非接触ICカードも普及していたことから、直近ではモバイルペイメントによるショッピングが当たり前のようにおこなわれていくだろうと言われています。
cf.世界で2番目に大きな携帯電話市場となったアフリカ / 成長スピードがすごい!(「ロケットニュース24(β)」,2011年11月16日)
http://rocketnews24.com/2011/11/16/152125/
また、いわゆる「国際都市」という言葉がありますが、東南アジアの幾つかを見て回るとそれに該当する都市があります。その多くで様々な国の人が街を往来し、店先では時折英語や日本語での会話がやり取りされといった光景が見られますが、日本ではむしろ東京の主要な繁華街に行っても、お土産屋さんに外国人が大勢集まって店員さんが日本語と英語を使い分けて話しかけているという光景はあまり見られません。
東南アジア、とりわけ新興国では特に、「英語や日本語が話せる」というステータスがあることで待遇の良い職場で働けたり、ビジネスチャンスを生んだりすることが多いから話せる人が多いのかもしれません。
そういう点でも、個人所得や国力の上では日本から海外に行く方が楽だったり、マスメディアやインターネット普及率の面で見ても、日本にいる方が情報を多く仕入れやすい筈の私たち日本人にも知らないことは多いように感じました。
他にも感じることは多々あります。これは異論反論あると思うのですが、韓流ブームのさなか、ある人と話していて「なぜ韓国は国をあげて日本にプロモーションを仕掛けてくるのだろう」と言われたのですが、「日本に」というより「日本にも」「各国に」という方がしっくりくるように感じていました。
例えば、やはりベトナムを例に出しますと、ベトナムで一番高いビルはホーチミンにある「Bitexco Financial Tower」ですが、施工は韓国のヒュンダイ・エンジニアリング・アンド・コンストラクション(以下、ヒュンダイE&C)ですし、現在構想中といわれる100階建てのビルの建築プロジェクトにも韓国系企業が参画していると聞きます。
日本が原子力発電所の誘致で支援するとなれば、ヒュンダイE&C社は火力発電所を担当しています。
ちなみに、JETROが発行する「ベトナム・ホーチミン近郊ビジネス情報2011」によれば、世界からの直接投資の推移(2010年までの累計額)を見ると、1位が台湾、2位が韓国、3位がシンガポール、そして4位が我が国日本となっています。額の上では、日本よりも韓国の方が投資をおこなっているということです。
これもまた「日本人による、日本中心の発想が生むバイアス(偏見)」と言えるのかもしれません。
人というのはいくら不偏不党であると自称していても、どうしても先入観や偏見を持って物事を見たり価値を判断してしまうものとは思います。かくいう私も同様ですが、先のような「日本中心」の発想というのは日本国内では通用するとは思いますが、一度日本を出ると通用しないことも多いと感じることが増えてきました。
これからのグローバル社会で、日本が再び(引き続き)アジアをリードする国であり続けるためには、あえて「日本中心の発想」から離れていかないといけないのではないか、という気にさえなってきます。
cf.図録▽経済成長率の推移(各国比較)(出所:社会実情データ図録)
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4500.html
「第1回ホーチミンIT飲み会」に参加された方々は、既にベトナムへ投資・進出されている企業の方、もしくはこれから進出をご検討されている方がほとんどでした。
もちろん参加されていた企業は、主にIT関連企業が多いのと、全ての企業が参加されているわけではなく既に十数年前から進出されている企業様もベトナムには多くあります。
私が見たのはそうした企業の一部ではあるのですが、その熱気(文字通りの意味以外に、ビジネスの可能性の感じられ方等も含め)はすごかったです。
この熱気も、日本にいると分かりにくいですよね。もちろん私も実際に参加していなければその熱気は感じることができなかったわけですが、私自身ももし日本にいながらこの話を聞いても、また公式サイトのレポートや誰かのブログなどでいくらその熱気を伝えられても、実際に目の当たりにしないと正確には伝わらなかったろうと思います。
主観・直感も大切だと思いますが、それは自身の経験値を上げた上での主観・直感でありたいと思いましたし、今後も出来るだけ客観的事実を把握した上で自身の意見を持ちたいと感じました。
今後、ベトナムをはじめ、東南アジアや欧米諸国に進出される中小・ベンチャー企業様も増えてくるかもしれません。もし、ベトナムへご進出のご予定がある企業様で、日本やベトナムでのWeb戦略についてお困りのことや、実施したい施策などがあるという方は是非一度ご相談下さい。
それでは来年もどうぞ宜しくお願い致します。
「渋谷に西武が出てきた役割というのは、単一資本の街づくりが陥りがちなワンパターン化傾向に対して、他資本がアンチテーゼを出していく、絶えず刺激を与えていくということにより、街を活性化していく」
/『SEEDレボリューション 西武セゾングループのファッション潮流への挑戦と実験』(西武百貨店文化教育事業部編)
本日、11月3日は文化の日ですね。
私たちの仕事は、中小・ベンチャー企業向けWebコンサルティングということで、当然ながら日々の仕事にパソコンは付き物で、特に私のような内勤がメインの仕事となると帰宅後も含めて毎日10時間以上、パソコンの画面を見ていることもしばしばです。
やはり、こういう業界にいると、こんな日くらいはパソコンから離れて読書でも、と思いたくなります。森信三氏は読書を「心の食物」と表現(cf.『修身教授録』/森信三著)されましたが、日本国憲法に「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という件もあります。
このような時期、待っていて必ずしも享受できるものとも限りませんので、自ら摂りにいくといった次第です(笑)。身体への気遣いは多くの人が自発的に実践されていると思いますが、心の方も同様にセルフケアを実践するといった意味で、私にとっては読書はその一つになるのかもしれません。
それから、極めて私事ではありますが、先般、事情により6年近く住んだ渋谷の地を離れることとなりました。今回のコラムでは、ビジネス的な話から少し離れ、当社本社のある渋谷へ対する個人的、感傷的な思いも織り交ぜつつ(笑)、文化の日ということでもあるので、表題にあります私が学生時代より興味を持ち続けている岡本太郎氏、石津謙介氏、花森安治氏という同じ1911年生まれの3人の文化人について書こうと思います(cf.『マーシャル・マクルーハン生誕百年、「メディアはメッセージである」 ~4月、当社第11期スタート、当社公式サイトスマートフォン対応化完了~』)。
まず、岡本太郎氏について。
忘れもしない2008年11月18日、当社本社のある渋谷に、氏の巨大作品「明日の神話」が誘致されました。JR改札から渋谷マークシティに抜けた吹き抜けの壁面を利用してぴったりフィットしています。この作品の招致合戦にはいろいろあったことと思いますが、渋谷在住の私にとっては目の当りにする機会が増えたので嬉しい限りでした。
氏を知らない人でも「芸術は爆発だ」という言葉はよく知られていると思います。普通は、何か荒々しいことを連想し、風変りな人だという印象を持ちそうです(風変りであったとは思いますが)。しかし、氏の養女として長年付き添った故岡本敏子氏によれば、この「爆発」は、自身の内から沸き起こるもっと静かな閃き――換言すればインスピレーションのようなものを言っているそうです(cf.『芸術は爆発だ!―岡本太郎痛快語録』/岡本敏子氏)。
岡本敏子氏がお亡くなりになられてすぐの2005年5月27日、『たけしの誰でもピカソ』というテレビ番組で『“せつなくも うれしく 恋しい人” 敏子が愛した岡本太郎』という特集が組まれたことがありました。この番組内で先の「明日の神話」のエピソードが登場するのですが、実はこの作品、諸事情により長らく行方不明になっていて、2003年にメキシコ国内で発見されるのですが、岡本敏子氏が30年来探し続けたと言われる稀少な作品であったのです。まるで、この作品を探し出すことが自身の使命と言わんばかりに、ようやく日本に持ち帰れるかどうかというときにお亡くなりになってしまいました。
東京・青山にある「岡本太郎記念館」は、岡本太郎氏が生前に自宅兼アトリエとして使用しており、没後に敏子氏が館長を務める記念館となりました。岡本太郎記念館は、表参道駅から根津美術館の方向に歩いていく道すがらの閑静な住宅街の中にあり、私もブルーノート東京のライブに行く前に、少し早めに出て岡本太郎記念館でコーヒーを飲んで逸る気持ちを落ち着けることが時々あったのですが(笑)、岡本敏子氏が生前の頃はよく顔を出されていて、満面の笑顔で訪れた人たちに気さくに声を掛けられる様子が印象的でした。
今年2011年は、岡本太郎生誕100年ということでドラマ化されたり、岡本太郎記念館をはじめ各地でイベントが行われていましたが、私も東京国立近代美術館や渋谷パルコで開催された展覧会を訪れたものでした。
さて、この岡本太郎氏、芸術家としての顔の他に、先の「芸術は爆発だ」にも見られるように、独特な考え方や言葉も有名で、後日語録なども多く刊行されました。その中に、『強く生きる言葉』や『壁を破る言葉』というものがあります。
挑戦した不成功者には再挑戦者としての新しい輝きが約束されるだろうが、挑戦を避けたままオリてしまったやつには新しい人生などはない。
/『強く生きる言葉』(岡本太郎,岡本敏子著)
現代のような、困難な時代に立ち向かう際に勇気を与えてくれるということで、昨今再評価を受けることがある氏だそうですが、この2冊を読んで片鱗に触れるだけでも元気になれることと思いますので、機会があれば是非手に取ってみて下さい。
続いて、石津謙介氏について。
「駅前には広場があって、その光景は地方都市のどこにでも見られるようなものと変わらない。そして岡山名物のふたつの立像が距離を隔てて建てられている。ひとつは岡山といえば桃太郎というくらい有名な、その桃太郎が犬と雉と猿を引き連れている立像、もうひとつはバンカラ・スタイルの弊衣破帽の学生像である。」
/『VANストーリーズ―石津謙介とアイビーの時代』
2007年に私用で直島を訪れたことがありましたが、後日上記の本を読んだ際、途中立ち寄った岡山駅舎前で「ここが石津謙介氏の生まれ故郷か」と感じたことを思い出していました。
氏は、「VAN」ブランドで知られる、株式会社ヴァンヂャケット(前身は「石津商店」)の創業者で、先の岡本敏子氏がお亡くなりになられた約1か月後の2005年5月24日にお亡くなりになられてしまいました。
「VAN」ブランドは割と好きな方で、ファッションに疎い私も、VANの赤いスウィングトップや、絶版本の『VANグラフィティ アイビーが青春だった』等の関連書籍などは所有しています。
ファッション界で「アイビー」と言えば、いわゆる「アイビーファッション」、「アイビールック」と呼ばれる、アメリカの「アイビー・リーグ」からとられて流行したスタイルの一つですが、50年代、60年代頃に日本で最初に紹介をしたのが氏です。
雑誌「平凡パンチ」が創刊された60年代、東京・銀座のみゆき通りに、当時にしては変わったファッション――、この「平凡パンチ」を片手に持って、女性はロングスカートに大きな紙袋、男性はコットンパンツかバミューダショーツといった格好をして集まる若者がいて俗に「みゆき族」と呼ばれていたそうですが、彼らの着ていたのがVANであり、持っていた紙袋こそがVANのロゴが入った紙袋でありました。
あまりに多くの若者が通りを占拠するため、現地警察が動き、石津謙介氏に何とかするように依頼したことがあるそうです。そのエピソードから誕生した氏の有名な言葉が、「僕は消えて行く流行ではなく、日本に定着する風俗を創ろうとしたのだ」というものです。
そんなVANブランドも、皮肉なことに時代の波か、賛否問われる経営手腕のためか、1978年4月6日、当時にして500億円の負債総額を抱えて倒産してしまいました。戦後、アパレル業界最大の大型倒産と、当時のファッション界で話題になったニュースだったようです。
cf.「墜ちた“中国ビジネスのカリスマ”女社長 その華麗な半生の虚実」(2011年11月3日,「MSN産経west」)
昨今もアパレル業界で大型倒産がありましたが、そういったものとは全く性質を違え、巨額の負債を抱えても復活を望む人々の声が消えず、多くのファンの期待に応えて見事再生を遂げたのが先の株式会社ヴァンヂャケットでした。
もちろん、75年生まれ世代の私にとってはタイムリーに知らない話ばかりですが、実は氏の遺したDNAは至るところで見つけることができます。
『MEN’S CLUB』(ハースト婦人画報社)というファッション誌があるかと思います。2004年に創刊50周年を迎えた老舗雑誌ですが、前身を『男の服飾』(『婦人画報』の男性版に当たる)と言いました。63年に『MEN’S CLUB』と誌名を変えた頃、本誌は「VAN」のPR誌と言われるほど特集を組むなどしていたようですが、そこに氏が動いていたと言われています。
私の世代以前の方には馴染みもあると思われる、雑誌『POPEYE』(マガジンハウス)や『Hot-Dog PRESS』(講談社)などの雑誌でも、かつて「アイビー」に関する特集が組まれていたことがあるようです。『Hot-Dog PRESS』で「アイビー」の特集が組まれた頃の話については、『アイビーは、永遠に眠らない 石津謙介の知られざる功績』に詳しいです。著者は、『Hot-Dog PRESS』の創刊プロデューサーで、79年の創刊から88年までの間、同誌のエディトリアル・ディレクター、ファッション・ディレクターを務めた花房孝典氏です。
他にも男性ビジネスマンなら少なくとも1着は持っていると思われる「ボタンダウンシャツ」、これをトラッド/カジュアルシーンに登場させたのはブルックス・ブラザーズが発祥と言われていますが、そのBDシャツを日本で定着させたのが氏と言われています。
また、今でもJR渋谷駅から渋谷マークシティに入り、道玄坂に抜ける手前にある「メーカーズシャツ鎌倉」、鎌倉本店をはじめ全国各地に店舗があります。「上質のシャツを、4900円で販売する」というコンセプトで、利用されるビジネスマンの方も多いのではないかと思いますが、ここでシャツなどを買うと「石津謙介」という手書きの文字が入ったカードが一緒に入ってきます。
そこには、「私の門下生、貞末君夫妻がシャツショップを始めるという――」で始まる文章が書かれていますが、ここで「貞末君」と書かれているのが「メーカーズシャツ鎌倉」の創業者であり、一般社団法人日本メンズファッション協会(MFU)理事の貞末良雄氏です。貞末氏は、元ヴァンヂャケットの社員だったのです。
以上、こんなところにまでという印象もあると思いますが、そのようにして「VAN」のDNAは現代にも受け継がれているのだと思います。
大阪のアメリカ村は「VAN」発祥の地ですが、現在、株式会社ヴァンヂャケット本社が置かれるのは東京・青山です。そこから歩いてすぐ近くにある表参道交差点にある山陽堂書店では、今月7日まで氏に関する簡単な展示をおこなっており私も訪れました。
まだ数日ありますので、今も昔も一部男性諸氏を虜にしたファッション界のカリスマ、石津謙介氏にご興味があれば是非訪れてみて下さい。
最後に、花森安治氏について。
氏は、1948年9月、東京・銀座にて、生活誌『暮しの手帖』を、現暮しの手帖社社主の大橋鎮子氏とともに創刊した編集長です。先述のヴァンヂャケット社が倒産する少し前の、1978年1月にお亡くなりになられています。
2008年2月、主婦の友社刊の婦人誌・生活誌の『主婦の友』が休刊し、91年の歴史に幕を閉じたニュースは、出版不況の代名詞のように伝わったものでしたが、そうした中で私は、根強く特定の読者層を抱えるこの雑誌に興味を持っていたことがありました。
一番興味を持ったのは、この雑誌の最大の特徴でもある、「創刊以来、一切広告を載せていない雑誌」であるという点でした。学生時代の私が考える雑誌というのは、雑誌の販売売上もありますが、多くは広告収入で成り立っているビジネスモデルだという認識があったので、「なぜ広告を載せない雑誌が、こんなに長い間、発行され続けているのだろう」という単純ですが、強い疑問があり、それが興味の対象になっていったのを記憶しています。
広告を掲載しない理由は、氏が広告嫌いだったのではなく、自社広告は載せています。自身でミリ単位まで気を使ってレイアウトした誌面に他社の純広告が割って入るのを嫌っただけで、新聞広告は自身で作り、誌名のロゴも毎号新しく書かれていたそうですが、氏の手書き文字によるコピーやデザインにはユニークなものが多いです。
この「広告がない」ということにも関連するのですが、もう一点有名な特徴として挙げられるのが本誌の一コーナー「商品テスト」です。
これは、生活者視点に立ち、当時市場に出ていた家電製品や石油ストーブ、靴下から鉛筆に至るまで、本当に安全で良い製品なのかどうかを編集部でテストして、誌面上で公開するというコンテンツでした。
売手市場であった高度成長期、有名メーカーの製品にケチでも付けようものなら、広告出稿が止まってしまうことなど簡単に起こった筈ですが、本誌は創刊以来というもの広告は一切掲載しない方針であるため、そういった商業的なリスクヘッジは不要ということで、徹底的に商品をテストします。
氏の考え方としては「商品テストは消費者のためではない。メーカーのためだ」(cf.『花森安治の編集室』/唐澤平吉著)というものでした。
<商品テスト>は、消費者のためにあるのではない――このことを、はじめに、はっきりとさせておかねばならない。
(中略)メーカーに主義主張はない。売れるものを作るだけである。よい商品を作れば売れる、となれば、一生けんめいよい商品を作る。
/『暮しの手帖 保存版III 花森安治』(暮しの手帖社発行)
結果論としてかもしれませんが、広告主に媚びるのではなく逆に徹底的に生活者(消費者)に寄る、こうしたユニークな方針が本誌の強みとなって、今日に見られるような特定の名声を稼いだのでしょう。一万部から始まり、一時は九十万部まで発行部数を伸ばした雑誌のようです。
この「商品テスト」がどれだけメーカーに響いたかは分かりませんが、その後、日本のものづくり界は品質を高めていき、世界トップクラスの品質基準で検品作業をおこなう国にまでなりました。
cf.煙を嗅ぎながら延焼を体感「死に様試験」/日立アプライアンス(2011年10月24日,「日経情報ストラテジー」)
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20111017/370918/
昨今、日本のものづくりが振るわないという暗いニュースも多いですが、品質が良いという部分では世界でも秀でていると感じます。「良いモノを作る」という気持ちは、引き続き作り手として強く持ち続けていたいと改めて感じました。
以上、今年もまもなく終わりに近づいていますが、今年生誕百年になる3人の文化人について挙げてみました。
いずれの方も辿られた人生を今振り返ってみて、困難や壁に当たらず楽に生きてきた方はいなそうです。つまり、今現在が最も困難な時代であるかのように感じてしまうこともあるのかもしれませんが、もしかすると、困難の絶対性で言えば今も昔も変わらず、今を生きる当事者が皆、常々感じる共通感覚なだけなのかもしれない、とふと思いました。
また、常に挑戦できる目標や競争相手があるからこそ「挑戦」できるし、その過程を経て自身や自社が成長するのであって、逆に見ればしっかりと目標に向かって突き進む以上は、そうした目標や相手に引っ張り上げてもらえているということになるのかもしれませんね。
要は心の持ち様だということで、文化の日、2011年秋の収穫として得たものを書くことで、本コラムを締めさせて頂きます。
カントリーリスクを踏まえ、ベトナム投資・進出時にチェックしておきたい工業団地、ハイテクパーク、ソフトウェアシティのご紹介 ~上半期総会を終え、「自己成長のためには新たな環境に自ら身を置くことが一番早い!」と感じた海外出張記~
2011年10月31日 07:58 PM
投稿者 小川 悟
考えてみてください。人としてあなたはどのように成長していますか。プロフェッショナルとしてあなたはどのように成長していますか。昨日より 今日のほうが人として進歩していますか。同僚や直属の部下をどのように仕事で成長させていますか。あなたはどのようにチャレンジし、自分の能力を伸ばしていますか。毎日何か学んでいますか。あなたが目指すビジョンはどのようなものですか。会社全体をどのように成長させようとしていますか。会社の成長を促すためにあなたができるあらゆることをしながら、また同時にほかの人が成長について理解できるように手助けしていますか。あなたは会社のビジョンを理解していますか。
/『顧客が熱狂するネット靴店 ザッポス伝説―アマゾンを震撼させたサービスはいかに生まれたか』(トニー・シェイ著)
10月に入り、当社も第11期下半期に突入致しました。
15日には、震災以降おこなえていなかった社員総会が約1年ぶりに開かれ、各拠点のスタッフとも久し振りの再会を果たせました。また、12年卒の内定者に向けた内定式もその中でおこないましたが、第二部の懇親パーティーでは若々しい雰囲気ですっかり溶け込んでいたようですので、早く一緒に仕事をできると良いなと感じました。
総会では、恒例の半期業績発表がありました。このような時期ではございますが、9月度の売上は過去最高、営業利益も10%超えができました。スタッフ一同で労い合うとともに、当社収益のほとんどがお客様から頂くお金で成り立っていることからも、改めて感謝の気持ちを全社200名超のスタッフ同士で共有することができた明るい総会になったように思います。
各部門ごとの進捗発表や表彰時、また、新規事業プランコンテストの発表時も、当社の今期経営テーマ「全員アドベンチャー」に沿ったポジティブな発言が多くみられました。
それから、9月末にはビジネス誌『ベンチャー通信 vol.44』(株式会社幕末様)に取材頂いていた記事が掲載され、私の見るCS本部を大きく採り上げて頂きました。
cf.『ベンチャー通信』(2011年10月号 Vol.44)に当社記事が掲載されました
http://www.freesale.co.jp/news/media/2011venture.html
CS本部はWebサイトのディレクターやクリエイター、SEO対策やアクセス解析、保守・改修作業を含めた納品後のサポート部門など、全社で90名以上のスタッフが所属しております。
ところが、創業以来、新規営業が強い会社と称して頂いたことはあってもCS部門が前面に出ることはなかなかなく、(私たちCS部門も、営業部門に負けじと切磋琢磨、協働関係を構築し続けてきた自負もありますので、)是非、これを機会に多くの経営者様に知って頂けたら幸いと考えております。
さて、今回のコラムの本題に移らせて頂きます。
9月末に引き続き、10月中旬にもベトナム・ホーチミンへ視察のため出張に行って参りました。今回の出張でも学び、視野が広がったことが多かったので、是非皆様にも共有させて頂きたく思います。
今回の出張時には、ご縁があって、ホーチミン市を代表するハイテクパークの「SAIGON HI TECH PARK」(SHTP)、同様にソフトウェアパークの「QUANG TRUNG SOFTWARE CITY」(QTSC)を訪れました。
両社ともに日系企業向け誘致については積極的であるのに、日本語版ページをお持ちでなかったため、当社の方で制作をさせて頂くことになりました。
ホーチミン市の産業集積エリアとして有名なところとしては、他にも「e.town」や、12の工業団地を含め、全部で18か所の輸出加工/工業集積地帯があります。ホーチミン市以外、ベトナム北部や中部の工業団地の情報については、以下に詳しいと思います。
cf. ベトナム北部・中部工業団地データ集(2011年6月)(「ジェトロ」)
http://www.jetro.go.jp/world/asia/reports/07000252
それから、13日には千代田区・ホテルニューオータニで「ホーチミン市における裾野産業・IT産業・ソフトウェア産業の投資促進セミナー」が開催され、ベトナムに1号店を開業されたイオンをはじめとした日系企業への投資ライセンスの授与式がおこなわれていたようです。
私は翌14日に目黒・八芳園で開催された「日越IT企業交流会」にお招き頂き、アットホームな雰囲気の中で、SHTP/QTSCの各社会長をはじめ、ホーチミン市副市長、ホーチミン市コンピュータ協会会長、ホーチミン市計画投資局ご担当者様、FPTジャパンご担当者様とお話しする機会に恵まれました。そこで、現状のホーチミン市の掲げている目標やIT産業の現況についてのご説明があり、質疑応答の時間も含め理解が増し、大変有意義な時間を過ごすことができました。この場を借りて、QTSC・Duputy CEOのLONG氏に厚くお礼申し上げます。
■日本勢誘致、中小に狙い カンボジア、ベトナムが優遇策(2011年10月18日,「Yahoo!ニュース」)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111017-00000000-fsi-bus_all
■ベトナム最新インターネット事情 2011年 ~人口8000万人、生産拠点としても市場としても注目を浴びるベトナム(2011年10月31日,「INTERNET Watch」)
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/special/20111031_487635.html
一方で今私が気になっていることは、先日NHKで放送された「クローズアップ現代」で語られた内容です。24日放送分のタイトルは「タイ大洪水 苦悩する日系企業」でした。まずは、お亡くなりになられた方、被災に遭われた方々、ご関係者にお悔やみ申し上げます。
東南アジア地域における水害自体は珍しいことではないと思うのですが、今回は50年に1度の規模の被害をもたらした大洪水と言われているのを聞き、私もタイには過去5回ほど旅行したことがあり、多くのタイ人の方に親切にして頂いたことを思い出しながら大変心配に感じています。とにかく、一刻も早い事態の収拾を願っております。
■【楽天株式会社】社会貢献活動│楽天クラッチ募金
http://corp.rakuten.co.jp/csr/contribution/
※東日本、タイ、トルコの災害支援の受付をおこなっているページ。
また、この番組をNHKオンデマンドの配信で見ながら、ふと、同番組先月5日放送分の特集「超円高に立ち向かえ ~海外進出の新戦略~」の内容を思い返していました。
20日時点でタイの工業団地7つが浸水、日系企業460社が操業停止に追い込まれたと言います。震災・円高の影響で海外進出を余儀なくされ、もしくは商機と捉えてアジア進出を決断した中小企業――、タイに進出した企業もあった筈です。
日本にいて自身の仕事だけに追われていると、いくらテレビや新聞などに目を移しても、こうした衝撃的な事実もなかなかリアルに伝わって来ないきらいがあります。
私が偶然にも業務の中でベトナム出張を重ねる中で、ほんの一端ではありますが、俗に「カントリーリスク」と呼ばれている事象に対する意識が芽生えたことで、今まで意識しなかったことについても強く意識するようになりました。
タイは日系企業進出の歴史も古く、特に製造業の分野では技術力の高い優秀な人材が多くいて、生産体制・ノウハウも蓄積されていると聞きます。
例えば、自動車メーカーで言えば、日本を代表するトヨタ、日産、ホンダ、マツダ、いすゞはもとより、世界中の自動車メーカーが集積しており、90年代後半に起こったアジア通貨危機以降、タイ政府が優遇税制等を推進して海外からの直接投資を増やし、その結果、部品メーカーの進出なども増えて一層の集積化が進んだことで、結果自動車の生産量も増え「東洋のデトロイト(アジアのデトロイト)」と呼ばれるくらいになっています。
cf. 知っておきたいASEAN事情(1):再び注目を集める生産拠点としてのASEAN(2011年5月19日,「@IT MONOist」)
http://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1105/19/news004.html
そうした実績の積み重ねもあることから、日本でも東北で被災した工場の移転先としてや、円高により大幅なコスト削減を強いられての進出先として、あるいはお取引先様の進出に併せたやむなき選択肢として、一部中小企業の間でも進出を検討されたり、既に進出されていた企業もあったことと思います。
実際、番組内で公開された統計を見ても、震災以降は日本からの投資額が急増し、工業団地の用地も地価が急騰したようです。大手企業への打撃もさることながら、このような状況下で進出された中小企業にとっては経営を大きく左右しかねない事態ではないかと察しました。まして、製造業だけで言っても、このような番組には出てこない層の会社も無数にあると思いますし、まだまだ予断を許さない状況でしょう。
番組内では、タイでの洪水の影響が様々なことに及んでいるということについて言及していました。先述の自動車メーカーであれば、単に被災した自動車メーカーや、メーカーへ部品を納品する中小企業だけでなく、そこがボトルネックとなるが故に、被災していない企業への発注も停滞するという、サプライチェーン全体に損失が出るといいます。さらに、現代のようなグローバル経済においては周辺国にも影響が及ぶと言われています。日本で言えば、デジカメの発売延期、メガネのレンズの出荷遅れ、食品の減産による原価高騰etc...、対応に追われるスタッフの方々が映し出されていましたが、とても他人事には思えませんでした。
この世の中で起こっていることは巡りめぐって、少なからず自身にも影響を与えているようにも感じられてきます。まだまだ見聞を深めるというフェーズまではいっておりませんが、いつもと違った意識や目的を持って、いつもと違った仕事に関わると、辛く感じることも多いのですが、その分今まで見えていなかった世界が眼前に広がってゆくような感じがします。
同時に、おそらく「会社」というモノも、それ自体は「人」ではないので誰か個人の集合であると思うのですが、「なかの人」が新たな環境に身を置いてチャレンジを続けていく中で、「会社」自体がノウハウを蓄積し、強くなっていくのかもしれないと感じました。
私たちは、中小企業向けWebコンサルティングを提供し、その商品・サービス力の強化を推進しています。その中で、ふと強く思うことがありますが、Webサイト制作やWebマーケティングというのはひとつの手段であって、それ自体は目的にはなり得ません。
やはり、自身できるだけ多くの学びや体験をし、中小・ベンチャー企業経営者様の状況をより深く理解し、「Webというツール」を使って課題解決に向かって協働作業を生み出していくような仕事でなければならないと感じています。
そういえば、当社リードナーチャリングの一環として、既存のお客様向けにアンケートを実施させて頂いたことがあるのですが、直近では「インターネット系の企業に対してどのような印象をお持ちですか?」というご質問をさせて頂いておりました。
中小企業経営者様が普段どのように感じられているのか漫然と把握したかったのでオープンクエスチョン形式でご質問させて頂いておりましたが、10年来この業界におります私の感覚から致しますと、ポジティブな感想を持たれる経営者様が増えてきたことはもちろんですが、自社のビジネスと直結させて具体的な課題解決方法を模索されておられる方が増えてきているように感じました。
そうした中で、9月にGoogle社が以下のような内容のリリースを発表し、一部で話題となりました。
■グーグル、中小企業をITで支援する「みんなのビジネスオンライン」開始(2011年9月13日,「INTERNET Watch」)
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20110913_477135.html
cf. Google有馬社長「インターネット産業こそが日本の経済を押し上げていく」(2011年10月20日,「INTERNET Watch」)
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20111020_484909.html
普段、私たちがお客様から相当額を頂いて構築しているWebサイトを、「無料で簡単に作成できる」という触れ込みで登場させたのですから最初は驚きました。しかし、リリースや他の記事をよく読んでみることで、なんとなくの意図の本質は理解できたような気がします。
それは、当社にとって脅威となるサービスであるというよりは、むしろ、記事中にもありますが、「ITで日本経済を支える中小企業を元気に」というコンセプトで始動したものであり、当社と全く同じ目的というわけでもないとは思いますが、Google社と同じ方向を向いてやっていけるんだ!という気持ちになったものでした。
cf. 『中小企業白書2011 ~第2部 経済社会を支える中小企業~』(PDF)
最後になりますが、改めて「中小・ベンチャー企業向けのWebコンサルティング」と一口に言っても本当に深い仕事だと思います。だからこそ、有意義なものであるとも思いますし、お客様も巻き込んでそうあらなくてはならない――、まさにそうした時代に突入してきたようにさえ思います。
下半期もより一層、いろいろなことにチャレンジし、まだ出会えていない多くの方との出会いを通じ、成長していきたいと思っております。それでは引き続き、宜しくお願い致します。
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本田宗一郎没後20年、当社設立10周年の今年に挑戦したいこと ~「チャレンジして失敗を恐れるよりも、何もしないことを恐れろ」~
2011年08月28日 03:19 PM
投稿者 小川 悟
私の過去などは、現在を成功というならまさに失敗の連続で、失敗の土台の上に現在がのっかっているようなものである。
/『俺の考え』(本田宗一郎著)
今月、8月5日は、本田技研工業株式会社の創業者、本田宗一郎の没後20年にあたる日でした。
Gaba こどもマンツーマン英会話が7月におこなった「子どもの教育に関する保護者の意識調査」によると、今年の夏休みに子どもに読んでほしい有名人の自伝・自叙伝を聞いたところ、本田宗一郎の『夢を力に』が1位になったそうです(Gabaマンツーマン英会話調べ)。
『夢を力に』は、本田宗一郎の自叙伝(日経新聞「私の履歴書」に連載した内容)と、語録(社内報等に寄せた文章)、年譜などがコンパクトにまとまっているので偉大な経営者の遺した軌跡をざっくり振り返ることができ、かつ、ご本人の書かれた言葉がそのまま読めるということで、どこか身近に感じることもできる本ですね。
今は日本の自動車メーカーも、若者の車離れだとか円高等の影響もあって、世界を相手に競争するには苦戦する側面もあるのかと思いますが、日本のものづくりが世界を牽引し高度成長を果たした時代に崇高な思いを掲げて時代を切り拓いていった経営者たちの遺した言葉は、現在の日本のように世界中から品定めを受けるような時代になって深い含蓄をともなって聞こえてくることがあります。
先日は、ベトナム出張時のことなどについて触れましたが、ホーチミンの街をタクシーで移動していると、平日の朝や夕方などは特に、道を行き交うバイクの群れに圧倒されることは度々ですが、そのバイクの多くが"HONDA"であることも気になってはいました。
ベトナムは昨今の経済成長を見ていて不思議に感じることもあるのですが、いまだに地下鉄が走っていないためにか(現在、日本のODAで工事着工し、2016年運用開始で進められているそうです)、交通手段はバイクがメインであることもあって、自動二輪車に強いホンダが主流になっていることに合点はいきます。殊ベトナム国内にあって、市場調査会社の発表する統計で言えば、有名ブランド調査で「HONDA」が全業種中で1位の座をキープしています。また、ベトナム以外の新興国でも「HONDA」ブランドは人気があるそうです。一時代に比べ、「MADE IN JAPAN」の持つブランド力が弱くなってきていると言われる中、消費者から信頼されるものづくりを続けているのはすごいことだと思います。
さて、8月、お陰様で当社は設立10周年を迎えました。
5日には、社内イベントですが、10月に予定している社員総会に先駆けて、まずは管理職だけで記念パーティーが催され、数年来ともに仕事をしている同志らと祝い合いました。
今期の経営テーマは「全員アドベンチャー」。「挑戦」がキーになってきます。
今後迎える新しいフェーズも今まで以上に飛躍していけるように、現在課題となっていることを克服してゆくことと同時に、新しいことにも挑戦していきたいと思います。失敗を恐れていては、いつまで経っても「自身が出来る範囲の仕事」しか経験を積めません。
冒頭で触れた『夢を力に』の中で、本田宗一郎語録の「三つの喜び」というのが書かれています。
「作って喜び、売って喜び、買って喜ぶ」というものですが、当社も車やバイクではないですが、Webサイトを作り、売って、買って頂くというスキームは同じですから、没後20年の年、CS本部でも改めて意識を高く持ってサービス品質の抜本的な向上に挑戦していきたいと強く感じました。
あるメーカーの自動車は、二十年来ジョイントがガチャガチャいっている。そこには優秀な技術屋もたくさんいるはずだ。そしてその音を聞いている。それなのに直らない。どうして直らないかといえば、僕は道徳の欠如だと思う。こんな品物を出して申訳ないという道徳的な気持ちが少しでもあれば、シロウトでも直るはずだ。(『ざっくばらん』より)
(中略)いくら九九パーセントよい商品がつくれても、自慢にもなんにもならない。もし、一パーセントでも悪い車ができたら、その車にあたったお客さんにとっては、一〇〇パーセント悪いことになるのだから、「工場というのは、最低一〇〇パーセント、理想的にいえば一二〇パーセント合格しないと話にならない」
/『わが友 本田宗一郎』(井深大著)
それにつけても思い出すのは、ある開発途上国に出かけていった二人の靴セールスマンの話である。一人のセールスマンは本社に次のような電報を打った。「当地にて靴を履く者皆無。セールスの見込み全くなし」。もう一人のセールスマンの電文はこうだった。「在庫の靴全部送れ。当地の住民は皆裸足。市場として絶対有望」。
/『MADE IN JAPAN わが体験的国際戦略』(盛田昭夫,下村満子,E・ラインゴールド共著)
今回のコラムは私個人の話から始めさせて頂きますが、7月はアジアビジネスに関する多くのセミナー、イベントに参加しました。
7日はブレインワークスグループ主催『Asia Business Conference』、10日にはベトナム人留学生の集いのイベント、翌11日は日経新聞社主催の『グローバルリーダーズフォーラムキックオフセミナー』、20日には東京商工会議所主催の『中小企業のための国際展開セミナー』、そして、月末には当社代表の木村とベトナム出張をし、見聞したことも多いため、個々の詳細は割愛させて頂くものの、各所で感じたことなどを包括して感想を述べさせて頂きたく思います。
※ホーチミン出張時、空き時間に行ったBitexco Financial Towerのスカイデッキにて。入館料に20万ベトナムドン(約757円)かかる。地上68階、高さ265.5m(六本木ヒルズ森タワーは、地上54階、高さ238m)、周辺はまだまだ発展の余地を多く残していると思う。
月末には私にとって3度目となるホーチミン出張がありました。
今さらながら不思議に思ってしまうことがあります。ファーストフード店で言えばロッテリアやKFCはあってもマクドナルドはありません。日本製インスタントラーメンと言えば日清食品製品は現状まだ市場浸透しておらず、エースコック製品が並んでいます(日本国内のシェアでは10%を切るがベトナム国内ではシェアNo.1)。ブランド利用者数で見ると「Honda」が海外勢やベトナム国内ブランドを退け1位(交通手段はバイクがほとんどであるため)。しかし、個人宅に行ってテレビや洗濯機等の家電製品をチェックすれば、ソニーやパナソニックではなくサムスンやLG等の韓国勢が多かったり。当然ながら日本人の感覚からすると、まだ何となく違和感を感じます。
他にも、ベトナム初のモッツァレラチーズの生産販売(cf.ブログ『毎度おおきにホーチミン。』/masukodagama氏)はつい最近の話だったり。地下鉄は走っていないし、ホーチミンだけで700万人以上いるのにボーリングやビリヤード、ダーツ、カラオケといった娯楽施設も極少数で、ゲームセンターなどはありません。
日本で当たり前のことがベトナムでは当たり前じゃないこともしばしば。どれも小さな話のようですが、日本国内にいると体感できないことばかりで、こういったことはベトナムに限らずどの国でも起こり得る話でもあると思いますが、実際に現地に赴くか、中長期で滞在しないと気付かないことも多いです。
さて、前回のコラムでも書きましたが、今の日本における少子高齢化、人口減少、成熟社会、内需縮小、円高、エネルギー問題といったマクロ的指標で見た際のリスク要因に対する措置としては、長期的視点を求められる大企業の方が早く手を打っていると思うのですが、3.11の震災以降は中小・ベンチャー企業にとっても、業種・業態によって経営的煽りを受ける企業も多くあり、海外進出、殊アジアを中心とした新興国への進出・進出検討が増えていると聞きます。それは、先に書いたようなセミナーやイベントが多く主催されたり、テレビのニュースや特番などで度々テーマとして扱われるようになってきた風潮からも感じ取ることができます。
極めつけは、11日に発売された『週刊東洋経済』(特集:「6億人の消費市場を狙え! ASEAN」)でしょう。本誌のアジア特集ならば、近年の中国台頭などもあって以前にも特集されたことはありましたが、今回はASEAN――、つまり東南アジア特集です。今の東南アジアが、ビジネス誌の切り口でどのように語られるのか興味がわき手に取ってみたものでした。
誌面には、ASEAN諸国の国土面積や人口、GDP、PC・携帯普及率、消費力、日系企業の進出社数を比較したデータや、宗教や文化、法律、基幹産業、インフラ、国民性など、地政学的観点も踏まえて分析した上で「こう攻める」と箇条書きで書かれた戦略指南などがコンパクトにまとめられていて、興味本位で見るだけでも楽しめる構成になっていました。
ビジネスの側面におけるASEANの市場機会として、「(中間層が増大しつつある、6億人の)消費市場」、「(チャイナプラスワンとしての)生産拠点」、「中国・インドという2大新興国を中心とした商取引上の中継地点」が挙げられるかと思います。
確かに人口をとってみても、国力の指標の一つになり得ると思います。アジアでは世帯可処分所得が年間5,000ドル以下の、いわゆる「低所得層」が6割以上いると言われます。『コア・コンピタンス経営―未来への競争戦略』を書いた、故C・K・プラハラード氏が『ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略』の中で、「Bottom of the Pyramid」と呼んだ――、最近では「Bace of the Pyramid」(BOP)と言い換えられた、つまり、世界に40億人いると言われる、1日あたり2ドルで生活する貧困層へ向けたビジネスも近年注目を浴びているようですが(cf.『BoPビジネス戦略 ―新興国・途上国市場で何が起こっているか』/野村総合研究所著)、これも人口という市場規模をベースとした考え方かと思います。
他にも、諸外国から格安航空会社(LCC=Low-Cost Carrier)が就航し、全日空・日航も新会社を設立・検討段階に入ってきていたりと、私たちの生活に身近なところでも変化が起きています。日本へ訪れる外国人観光客が増える期待が高まりそうな一方で、旅行代理店などでは航空券手配時に利用されなくなり収益低下を招くことも考えられそうです。私もどんなものか試しに、今夏計画しているプライベート旅行で旅程の一つをエアアジアで予約してみました。
前回のコラムでもお伝えしたように、今後の日本のビジネスシーンでは、製造業だけでなく、IT/Web業界やサービス業界、その他の業界であっても、アジア進出の機運が高まってくるような気がしています。それは、先進国である日本に元気がなく、逆に新興国、とりわけ対日感情の良いASEAN諸国が若くて勢いがあり、成長の伸びしろがあるように思えるのと、既に業界を代表するような勢いのある日系企業が市場を取りにいっているからです。
cf.
■「中小企業経営者500名へ海外進出に関する調査報告」
http://www.miraiz.co.jp/release2999.html
■ASEAN主要6か国における対日世論調査(外務省,2008年)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/h20/5/1179515_907.html
当社でも、今後増えてくるだろう中小・ベンチャー企業様のアジア進出時の、Webやネット広告に対するご期待にも応えられるように、当社でもそういった事例を増やしておきたいと思いました。
グローバル競争時代に突入するIT・Web業界 ~アジア進出をされている企業様と情報交換する中で感じた期待感と危機感~
2011年06月30日 12:09 AM
投稿者 小川 悟
それでも僕はあの時、海外に出て行って本当に良かったと思っています。世界の中での日本の位置、海外の国々が日本をどう捉えているかなど、日本にいる時は先入観で曇って見えなかったものが、海外に出て揉まれる中で見えるようになったからです。
/『この国を出よ』(大前研一・柳井正著)
今日29日は「第7回 アジアンプレナーズサロン」という、アジアでビジネスを展開している起業家・経営者の集まりに参加してきました。刺激になったことが多かったので、感動冷めやらぬ内にそこで感じたことなどを共有させて頂きたいと思います。
同サロンに参加させて頂くのは、前回の第6回に引き続き、今回で2回目となります。
今回のサロンは「インドネシア特集」でした。サロンの紹介ページには、「人口2億3,000万人、Facebookユーザー3,000万人(アメリカに次ぐ世界2位)のソーシャル大国インドネシア」とあります。ちなみに、日本の人口は約1億2800万人、日本国内のFacebookアクティブユーザー数は約380万人です。
cf.「mixi, Twitter, Facebook 2011年5月最新ニールセン調査、Facebook利用者820万人へ 2011/06/20 ニールセン/VRI 国内アクセス調査」(In the looop:ITmedia オルタナティブ・ブログ)より。
「Socialbakers」の統計では、インドネシアのアクティブユーザー数は3,800万人を超えており、日本の10倍の利用者がいることになります。日本にはmixiなど、他の先行するSNSの利用者がいるので、殊SNSの浸透度ということで言えば同様の市場規模とも言えるかもしれませんが、インドネシアでそれほどの利用者がいるというのは意外にも感じました。
私はずっと日本にいて、世界の動向などもテレビや新聞、インターネットで見るか、極まれに旅行や出張で海外に行くことがあっても、そのときだけの断面を切り取ったような現実しか見ることはありません。
しかし、今こうしている間にも、アジアのFacebookユーザーだけで言っても、各国で利用者数が増え続けているわけです。
昨年、当コラム「不況期の「Web戦略アウトソーシング」のすすめ ~「SoftBank Days 2010~iPadが変えるワークスタイル~」等の外部セミナーを聴講して~」の中で「淘宝網(タオバオ)」や「楽酷天(らくてん)」に触れて以降も、DeNA社が「モバゲータウン」ブランドを「Mobage」と海外展開を意識して改称したり(昨年、海外向けのiPhone、iPod touchアプリとコミュニケーションスペース「MiniNation」を展開、先日は韓国に現地法人設立)、スタートトゥデイ社(cf.「ZOZOTOWN」)はソフトバンクと共に中国、香港、韓国と出店、楽天はインドネシアとブラジルへ進出、サイバーエージェント社はグローバルサイトオープン、アドウェイズ社はベトナムにオフショア開発センター設立、アイレップ社やアウンコンサルティング社がアジア企業と協業したという旨のリリース、その他、ベトナムやカンボジアへの日本企業の進出・投資が加速してきているといった日本企業のアジア進出に関する記事が、私自身の関心が高まっているからというのを差し置いたとしても、よく目に飛び込んでくるようになったと感じています。
メーカーや製造業などが新興国に工場を設立したりする話は今までにも多く見聞きしていましたが、最近ではサービス業、インターネット系企業の進出も随分増えてきたと思います。これら有名企業がアジア(海外)進出を積極的におこなったり、グローバルサイトを開設したり、また、海外進出・現地法人設立支援サービスや投資が加速したりする事実を見ていると、オフショア化によるコストダウン以外にも、「そこに市場があるから?」という思いにも駆られてきます。
例えば、最近オンエアしているソフトバンクのCMで、「何これ、ここどこ!?」と驚くようなシチュエーションのものがあります。
cf.SMAP in Singapore | ソフトバンクモバイル
こちらのCMは、シンガポールに昨年できた「MARINA BAY SANDS」というホテルが舞台となっています。
シンガポールの昨年の経済成長率は脅威の14.4%。国土面積は東京23区より少し大きいくらい、人口も500万人弱の都市国家とはいえ、「観光立国(The VISIT JAPAN program)」を目指す日本が真似したいと思っても、あのような立地を活かしたホテル建設などはちょっと難しそうです。国が小さいながら、国の収益を高めるための措置を採っているんでしょうね。実際、前回参加した「第6回 アジアンプレナーズサロン」の席でも、シンガポールは国全体が一つの会社のような政策で収益性向上に努めて成功しているといったお話がありました。
少し気にかけるだけでこの程度の情報はすぐに入ってくるのですが、現実はもっとアクティブなのではないかと想像しています。日本でずっと生活していると、一部の人は違うのかもしれませんが、世界各国の政治や経済、文化といったものにそこまで意識を向けなくても生活に困らないような気もしてきます。むしろ国内の情勢の方が気になって、関心もそちらに向きがちです。ところが、その自国の情勢も細かいところまで把握できているかと言われるとそうでもありません。大企業に新卒で入社したばかりの社員が、自社の財務状況や他社の動向について想像し得ないのと同じように、この国の中だけにおいても、自身の知らないことというのは意外に多いものです。
「失われた20年」と言われて近年日本は低成長を続けてきて、昨年には国の借金が900兆円を突破したという財務省の発表がありました。20年前の借金は300~400兆円なので、20年で3倍近くに増えた計算となり、震災後のGDP比で見ると200%近くになっています。この間、国民所得が増えて贅沢な暮らしをしてきたとか、将来的に所得が上がってゆくような投資活動をおこなってきたのなら借金も致し方ないとなるのかもしれませんが、所得水準は昨今では20年前とほぼ変わらない数字になっていますし、所得が増えていきそうな投資というのも思い当りません。
我が国日本も、ようやくプラスへ転換するか?と言われていた矢先に震災の影響を受けて、復興特需に期待するしかない状況になっています。また、消費税増税の是非が議論されていますが、冒頭で挙げた『この国を出よ』の中で大前研一氏が言及されている見解では、消費税1%あたり、2~2.5兆円ほどに該当するのだそうです。財務省で公開している国の借金の現状や、歳入と税収の関係図などを見ると、消費税増税だけでは国の借金を減らすことには大変な時間がかかりそうな気もしてきます。
■3.国の借金の現状は? :: テーマから調べる:: 調べる :: 日本の財政を考える(財務省)
http://www.zaisei.mof.go.jp/theme/theme3/
まして、昨年の国勢調査の結果、日本の総人口に占める65歳以上の高齢者の割合(高齢化率)が23.1%に上昇し、過去最高を更新したとニュースにもあるように、日本は世界でも有数の高齢者比率の高い国で、さらに新興国よりも手厚い社会保障がある分、それにかかるコストも相当なものであると想像します。例えば今から4年前の記事ですが、以下のようなものがありました。
■ベトナムの知られざる実像(2) 30歳未満が全人口の6割以上,ソフト技術者は3本の指に入る人気職種(ITpro)
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20070215/262102/
先述のベトナムと、日本の人口ピラミッドの対比が出ており、分かりやすいため引用させて頂きましたが、日本がこれから先迎えることになる状況を想像してみると、「ゆりかごから墓場まで」的政策を進めれば進めるほど、より一層の社会保障コスト増になることが明白ですが(cf.「英国病」)、それを支える若年層の割合が少ないことに懸念も感じます。
当時、ベトナムの国全体の平均年齢は27歳、中国やタイが34歳、日本は45歳と言われたことがありましたが、国全体を一つの会社と捉えると高齢者で構成される日本ほど他国よりも高い生産性、高付加価値を生み出す仕事をしていかないと、いわゆる人件費率の異様に高い会社のようになってしまいそうな気もします。
ベトナムやインドネシアのような新興国では、日本に比べればまだまだGDPや国民所得も少なく平均賃金も低いですが、技術力や生産効率自体が相応かと言うとそういうわけでもありません。むしろ、製造業だけでなく、IT産業も今後、製造工程をオフショア化させてゆくことが加速していけば、技術力や生産効率自体は日本より勝ってくる可能性も考えられます。当社代表の木村のこちらのコラムからも引用すれば、「加工」「組み立て」の工程がそれに当たると思います。
私の所属するCS本部の業務内容にこうした業務も含まれるため、今、IT業界全体が、かつて製造業が迎えたのと同じように大きな転換期を迎えていると思いますし、私個人としても強い危機感とともに、知らず知らずの内にグローバル競争に巻き込まれた当事者になっているという思いもあります。
日本にずっといると、政治や税制などに不平不満を言いながらも何とか生活が成り立ってしまうこともあって――、あたかも、時に社内での自身・自部署の立ち位置・保身や消費者不在の開発を優先して考え、お客様の方を向いて仕事をすることを外に置いて仕事をした気になってしまうことがあるように、――先人たちが築き上げた国のポテンシャルがもたらす快適さや便利さを享受できていることや、周辺国の不断の努力をついつい忘れがちで、下手をすれば本来必要な質量の、我々当事者が持つべき肝心な努力目標の基準も下がりがちになることも考えられます。
普通に考えると、このような今日本国民が享受できている状態を仮に既得権益と考えると、この既得権益を守ったり生活水準を引き下げないようにしていくためには、高い生産性や付加価値創出力(国際競争力)を向上し続けていくか、債務不履行(デフォルト)になるまで借金を増やしていくしかないようにも思えてきます。
あまりにも自分が外の世界のことを知らな過ぎることを痛感し、せっかく今のような時代を日本でタイムリーに生きている以上、グローバル競争時代に突入したことを肌で体感できるような機会を極力多く持ちたいと考えています。冒頭でご紹介したような異業種交流会やセミナーなどは他にも多く催されているようですので、今後も関心を高く持ってウォッチしていきたいと思います。
私たちの仕事も、お客様である企業を客観的に分析して、自社では気が付きにくい視点でWeb周りの改善提案などを企画立案、運用してゆくことがメイン業務となっています。自社の枠を飛び越えて、市場の中で俯瞰して自社を見つめ直すといった作業を外部化したい、Webサイトの構築や運用といった自社の本業外の業務は自社で抱えず業者に一括で委託したいとお考えの企業様がいらっしゃいましたら、是非一度ご相談ください。
BRICsはもちろん、インドネシアもタイもフィリピン、ベトナムも貧しいばかりだと思い込み、先進国である日本とは未来永劫に並ぶことのない国々であるという差別感情があなたの心の奥には存在していないでしょうか。(中略)そこで最も重要なことは心の奥に潜む、新興国に対する先入観や思い込みをいかに払拭できるかです。上から目線の商売は絶対に成功しません。
/『アジアビジネスで成功する25の視点』(財部誠一著)
アイデアこそが広告に精神と生命を吹きこむ。広告制作者がその手腕を発揮する上で、これより大切なものはない。
(序文より、Doyle Dane Bernbach社社長、William Bernbach氏)
/『アイデアのつくり方』(ジェームス W.ヤング著)
昨日20日は、仕事が終わった後に、「Web&モバイル マーケティング EXPO【春】(Web-Mo 春) 」の当社出展プロジェクトメンバーの打ち上げに参加してきました。
先週末で終了した、この「Web・モバイルマーケティングに関するソリューションが一堂に集まる日本最大級の専門展」に当社が出展するのは今年で4回目でした。今回は時代を反映して、今年で第2回となった「クラウドコンピューティングEXPO」に続いて、「第1回 スマートフォン&モバイルEXPO」が併催されるなどした関係か、5/16時点の来場者数速報値を見ると、3日間で124,000人以上の人が来場される程盛り上がったことが分かります。
まずは当社ブースまでわざわざお越し下さいました企業ご担当者様、お客様、お取引先様、皆さま、誠にありがとうございました。この場をお借りして御礼申し上げます。
さて、本題に入ります。今年に入ってからのこのコラムの中で、今年の干支である「辛卯」(かのとう、しんぼう)について少し触れたことがありましたが、ポジティブな側面でとらえ直し、今年が「新しく芽が生じる年」になるとすれば、当社にとっては当たり年になるかもしれません。
――と言いますのも、今期第11期に当社で掲げられた経営テーマは、「全員アドベンチャー」で、この詳細については、当社代表の木村のコラムを参照頂きたいのですが、新たな価値を生み出したり、既存サービスのカイゼンや、イノベーションがテーマになっている期となっているからです。
今期、大きなインパクトのある事業が誕生するのが理想ではありますが、一見小さなものでも、そのカイゼンによって、お客様に喜んで頂く割合、回数、度合が向上するのであれば、巡り巡って社内スタッフのモチベーションも向上するため、そうやって良質なスパイラルを生み出すだけでも、お客様・当社の両者にとってベネフィットに繋がると考えています。
以前もこのコラムでご紹介した、当社が既存のお客様向けに実施している「顧客満足度調査」ですが、先般、第10期(2010年4月~3月)に納品が完了したお客様の内、アンケート回答にご協力頂きました350社のお客様から頂いたご意見の集計が完了しました。
「不満足」をなくすことには至りませんでしたが「満足」が5%伸びました。前回は半期分で総数が今の半分以下であったので、下半期で一層のカイゼンが進められたと自己評価しております。もちろん厳しいご意見もありましたが、どちらかと言うと「思ったより全体的に品質が悪い」というご意見は極まれで、大体が「まだ始まったばかり、これからが本番」といった期待感・ご要望に近いものであると感じました。
■顧客満足度調査結果
http://www.freesale.co.jp/service/customer.html
そのため、上記ページ下段の方をご覧頂けるとお分かり頂けるかと思うのですが、組織再編を行い、中小・ベンチャー企業のWeb戦略をサポートする上で、最も多くの、そして強いニーズがある、納品後の運用体制を強化して、今期スタートを切りました。
これらは恒常的なカイゼン業務ですが、新規事業開発支援、及び事業推進のためにも、既に当社では相応の制度が走りました。スタッフからの新規事業提案をフォローする仕組みです。「挑戦」することに尻込みしてしまうスタッフも、こうした仕組みでカバーされるのではないかと感じています。このように社内制度化することで、推進力を得ようとする企業様は多いですよね!
「じんつく」というサイトは、眺め見ているだけでも「へぇ~」という気分になります。
cf.じんつく-みんなで作る人事制度図鑑-
上記にもあるかもしれませんが、こうした社内ベンチャー設立支援、新規事業・商品開発の支援制度の類で直感的に想起するのは、リクルート社の「New-RING」、セプテーニ社の「ひねらん課」、GMOインターネット社の「夢手帳立候補制度」、サイバーエージェント社の 「ジギョつく」、他にもちょっと系統が異なりますが、ミクシィ社の 「One Day Free(ODF)」や、グーグル社の「20%ルール」等々でしょうか。このような「しくみ(社内制度等)」が、多くのユーザーに愛される商品・サービスを生み出してきた事実もあるのでしょうね。
ただ、いくら「しくみ」(社内制度等)が整備されても、そのしくみを活用するのはやはり「人」です。本質的な理解が求められることはもちろん、そもそもの知識や情動のようなものがなければ、良いアイデアも出てこないかもしれません。
孫正義氏がかつて「Bit Style」という会合でおこなったスピーチの内容について、過去私もこのコラム(cf.「クロニクル「インターネット業界10年史」 ~まるでビッグバンのように、超高圧な一点の意志からその広大無辺な市場は生まれた~」)の中で引き合いに出したことがありましたが、そこで孫氏が、ビジネスを成功させるために必要な条件を4つ挙げて未来の起業家たちにエールを贈ったエピソードが有名です。
その4つとは、「志」、「アイデア」、「仲間」、「資金」でした。この内、今回は「アイデア」について少し掘り下げて考えてみたいと思います。
冒頭に、ジェームス W.ヤング氏の『アイデアのつくり方』の一節を引用しました。発想法に関する古典的作品と言われています。著者自身、広告業界の人ですし、序文を寄せたウィリアム・バーンバック氏も同じく広告業界の人です。広告業界では研修時に発想法について学ぶ機会もあると聞いたことがありますので、読まれる方も多いのかと想像します。
著者は、アイデアをどのようにして発想し得るか、その方法について、公式化したり、発想する技術があるのではないか?といった仮説を立てます。そして、「アイデアは新しい組み合わせである」という見地に達します。この原理は今の時代でも、識者によって語り継がれています。
何かを考えるときには、まず既存のアイデアが自分の頭に入ってきて、それが組み合わさって「新しい」アイデアになり、そして企画という実現可能なカタチになる。この流れで知的作業が進んでいくようです。
/『考具』(加藤昌治著)
新しいアイデアは、世界のアイデアとあなたのアイデアをかけあわせた(×)ところから生まれます。あなたが<アイデアのかけ算>の達人になれますように!
/『アイデア×アイデア』(田口元著)
そういった意味で、ヤング氏も書かれていますが、原理原則に気付くことが重要なのだと感じました。「アイデア」ベースのネットサービスはこの10年間でも実に多くリリースされてきたと思います。最近の日本でも話題に出ることの多い、Facebookやザッポスの前身サービスも「アイデア」ベースでした。日本でも例えば「美人時計」(cf.「美人天気」)などがあると思います。こちらも、「美人」(男女共に興味対象)+「時計(天気)」(日常的に利用されるもの)という既にあるものの組み合わせとなっていますね。
『世界が恋した美人時計 大ヒットサービスが生まれたヒミツ』(中屋 優大,橋本竜著)という書籍に、サービスの成立背景が書かれています。
「美人時計は、思いつけば誰でもできた」
「流行ったのはまぐれだよ、運がよかったね」
そう耳にタコができるくらいに言われました。確かに運には恵まれていましたが、運は流行るところに訪れるもの。その運に気づくことができるか?摑まえられるか?摑まえて活かした結果が、よくみんなが口にしている運が良かったということ。
/『世界が恋した美人時計 大ヒットサービスが生まれたヒミツ』(中屋 優大,橋本竜著)
確かに、自分では思いつきそうで思いつかなかった、もしくは思いついたが実行に移せなかった、結果を出せなかったサービスで他者に先を越されたとき、一瞬悔しいと思う感覚は誰しもにあると思いました。
しかし、イケダハヤト氏の『実行スピードが価値になる時代』というコラムに目を通して、万が一悔しいと思うことがあっても、これは納得するなと思いました。「アイデア自体にもはや価値はない」という考え方です。10年くらい前に、「情報(化)社会」と言われて「情報がお金になる」時代がありましたが、今では情報自体は無料が増えて価値が薄くなったようなパラダイムシフトが、今目の前で起こっているのですね。アイデア出しのフェーズで悔しがっている余裕はない筈です。
先の、『アイデアのつくり方』の中で、ヤング氏はアイデア生産の過程、もしくは方法を5段階に分けました。その5番目のフェーズ、「現実の有用性に合致させるために最終的にアイデアを具体化し、展開させる段階」について書かれた以下の記述は、アイデアを形にする仕事を遂行する上で重要な考え方だと思いました。
ほとんどすべてのアイデアがそうだが、そのアイデアを、それが実際に力を発揮しなければならない場である現実の過酷な条件とかせちがらさといったものに適合させるためには忍耐づよく種々たくさんな手をそれに加える必要がある。
/『アイデアのつくり方』(ジェームス W.ヤング著)
アイデアを思いついて披露し、それで満足して留まってしまっては、形にすることができずに、いわゆる「ジャストアイデア」(思いつき)で終わってしまいます。
そう考えると、せっかくヒット商品、市場に受け入れられるサービスの原案になったかもしれないのに、上司に一度ダメ出しされたからとか、周囲の協力を求められなかったり、用途をプレゼンしきれなかったり、スピード感を持って動けなかったり、まさに「仏作って魂入れず」ではありませんが、最後の仕上げの部分で挫折してしまって世に出なかった幻のサービスなどもあるのかもしれませんね。
「アイデアを新たに生み出す」という創造行為には、当事者意識や目的意識、使命感などの基本的なマインドはもちろんのこと、アイデアの数自体もそうですが、一見無理そうなところにも突破口を見出して思考停止に陥らない、ブレイクスルーの思考が求められているのだと感じました。
特に管理職以上になると、「常に結果を出すこと」を求められることが増えるかと思いますが、それは、「壁にぶつかる=突破しなければならない」機会が増えることと同じことかとも思いますので、管理職にとっては問題解決思考やしくみ化と同じくらい、スピリチュアルな要素も重要になってくるのかもしれません。
今期第11期、8月には、当社設立10周年を迎えます。お客様を含め、市場から求められてくる内容は一層難しいものになっていくと思うのですが、今期当社の経営テーマ、「全員アドベンチャー」によって挑戦するスタンスを磨きながら、サービス・イノベーションを起こせるようなアイデアを全スタッフで出し合い、結果を生み出していけるような組織を目指します。
マーシャル・マクルーハン生誕百年、「メディアはメッセージである」 ~4月、当社第11期スタート、当社公式サイトスマートフォン対応化完了~
2011年04月10日 09:03 PM
投稿者 小川 悟
「ニュースはテレビの視聴者にとっては自動的に現実世界となる。それは現実と置き換わるのではなくそれ自体が直接的現実なのだ」ということになる。換言すれば「私たちは私たちがメディア(テレビであれインターネットであれ)を通じて見た(認識し、知覚した)そのものになる」ということだ。
/『マクルーハン 生誕100年、メディア(論)の可能性を問う』~『メディアの理解(メディア論―人間の拡張の諸相),有馬哲夫氏』(河出書房新社)
当社は4月1日から第11期に突入致しました。新たな経営テーマ、ゴールビジョンの元、年間の行動計画を立て、各部門各自がやる気に満ち溢れる時期となりました。
当社では早速、4月1日、当社公式サイト群(公式サイト、新卒採用サイト、中途採用サイト)のモバイル向けサイトをリニューアル致しました。
リニューアルに際しては、当社子会社の株式会社ファインズが提供する、携帯Flashサイト構築システム「SUNNY」を導入致しました。
■ガラケー(フィーチャーフォン)Ver.の表示画面
■スマートフォンVer.の表示画面
※以下QRコードをバーコードリーダーで読み取り頂くか、URLをメールで転送してアクセスして下さい。
URL: http://m.freesale.co.jp/
■QRコード
cf.iPhone,Andoroid機種向け、QRコード読み取りオススメ無料アプリ
・アドレス交換 Lite 【iPhone/iPod用】
・QRコードスキャナー 【Andoroid機種用】
※QRコードは株式会社デンソーウェーブの登録商標です。
ガラケーVer.は「SUNNY」の特徴であるFlashコンテンツを活用することで、コンテンツ量の多いケータイサイトにありがちな縦長スクロールのストレスがないUI(User Interface)にし、スマホVer.はフリック操作時のストレスを最小限に抑えるために、画面サイズに適したナビゲーションアイコンを設置、直感的な操作で目的のコンテンツへ到達しやすくなるよう「使いやすさ」に配慮した設計を意識しました。いずれも、通信速度を考慮した浅い階層構造を心掛けました。
昨今のマルチデバイス時代、TwitterやFacebook、mixiやGREE、Ameba等の人気SNS、ネットサービスのスマホ対応化もどんどんと進んでおり、中小・ベンチャー企業、店舗様のコーポレートサイトにおきましても、よりシームレスな各種サービス間のページ遷移が、今後ますます求められてくることになると考えられます。今後とも当社提供のWebサイト、ファインズ提供の「SUNNY」をどうぞ宜しくお願い致します。
さて、今回は第11期一本目のコラムとして、先のように、当社公式サイトのリニューアルをお知らせさせて頂きました。
今年2011年は、『メディア論』などで有名な、マーシャル・マクルーハンの生誕100年の年だそうです。マクルーハンは、私たちが通常「メディア」と称する際に「内容(コンテンツ)」そのものを言うことが多いと思いますが、マクルーハンはメディアそのものが情報を持った「内容」であるというようなことを主張しました。
昨今のように、PCやガラケーはもとより、iPhoneやiPad、デジタル・サイネージ、電子書籍リーダーなど、情報をアウトプットする"スクリーン"は多種多様となった、まさに「マルチデバイス時代」、また、先月のコラムでも触れましたが、中東の革命や、震災時の緊急連絡手段として、各種SNSや最新ネットサービスが活用されたりされるなど、折しも今年はマクルーハン生誕100年ということで、「メディア」や「マクルーハン」について一般の関心が高まりそうな予感がしています。
期初のコラムとして、話を続けたいと思います。
東日本大震災から明日で1か月――、まだまだ未曽有の災害が残した爪痕は各地に残り、復興に向けて取り組まれている方の心労も絶えない時期かと思います。大変な時代ではありますが、一歩一歩、復興に向けて皆で取り組んでいければと考えております。
今日10日は統一地方選挙の投開票日であり、私も足を運んで参りました。今、社会的関心の高い被災地の復興、原発措置を含めた災害対策についてはもちろんのこと、そもそもの課題であった経済政策などに改めて当事者意識を持って対峙してゆく意味もありました。
昨今のニュースで、福島第一原発の電源喪失事故について「想定外」としていた過去の認識に甘さがあったという保安院・安全委からの発表があって、いわゆる「原発の安全神話」が大きく揺らぎ、反原発・脱原発のムードが高まっているところも見受けられます。過去、反原発を歌ったロック・ミュージシャンたちの映像などは、動画共有サイトで再生回数が今もどんどんと伸びていっています。
冷静になって考えてみると、なぜ日本のような地震大国、かつ国土の狭い国にあって、(建設中・計画中のものも含め)アメリカに次いで世界第2位の原発保有国となったのか。震災の特番などを見ていると、何やら、製造業の生産性と電力量との間に相関関係もあるといったことが説明されたりもして、日本の高度経済成長期に「多くの電力が必要になっていった経緯」があったことを想像させられます。今までそんなことは考えたこともありませんでしたが、確かに疑問に感じました。
今までの経緯や背景を窺い知るために、堺屋太一氏がオイルショック発生から2年後の75年に執筆された"予測小説"、『団塊の世代』を思い出して目を通してみました。本書は四話の短編小説の構成で、一話目が80年代前半、二話目が80年代後半、三話目が90年代中葉、四話目が00年の世界を想定し、主人公も舞台も独立した内容ながら、主人公が皆「団塊の世代」という共通項で統一された断章形式による未来予測小説という体裁になっている作品でした。
ここでは第四話「民族の秋」を引用してみます。
一九七〇年代の中頃から、欧米諸国は石油に替るエネルギー源の開発・利用に全力を上げた。全ての国々が、乱暴に思えるほどの勢いで原子力発電所を増設し、石炭の利用を拡大した。太陽熱や地熱、海洋エネルギー、風力エネルギーを利用する技術の開発にも、巨大な資金と多数の人材を投入して来た。だが、日本はそれに立ち遅れてしまったのだ。
理由はいろいろあった。(中略)最大の要因は、国民の間にエネルギーに対する危機感が乏しかったことだ。あるいは、国民大衆に対して、納得のいく説明を十分にしなかった関係者の努力と技倆の不足に責任があったのかも知れない。日本では、エネルギー問題の重要性を説く論調よりも、原子力発電所や石炭公害の危険を主張する論評の方が、はるかにマスコミに受けていたのである。
/『団塊の世代』(堺屋太一著)
念のため改めて断っておきますと、上記はあくまでも「予測小説」であって、「現実を描いた小説」ではありません。著書が75年に00年の日本、あるいは団塊の世代が活躍、悩むビジネスシーンを想像して書いた小説で、本文もその一節です。それでも、当時のムードを窺い知る材料にはなりました。
なるほど、確かにマスメディアにおいては――、これはかつて、このコラム(cf.「タイトルだけでクリックさせる ~タイトルの"修辞学"~」)の中でも触れたように、タイトル、もしくは記事の見出しは重要です。――私たちの業界では活用されるケースはそこまで多くはないですが、「フィア・アピール」はマーケティング、あるいは特定業種の販売手法では常套手段の一つではあるし、昨今「放射能がくる」とか某誌の見出しが問題になったりしたこともあったかと思いますが、「読んでおかないと身が危険になりますよ」とでも言わんばかりの打ち出し方のメディアは多く散見されるような気もします。
関連して言えば、他にも改めて今、未来予測として読むべき本があるとすれば、アルビン・トフラーのものなどでしょうか。
cf.未来学者アルビン・トフラーが予測する今後の40年を左右する「40の変化」(「ダイヤモンド・オンライン」,2010年12月29日)
http://diamond.jp/articles/-/10609
私の世代ではこうした過去の経緯は同時代人として実感が少なかったですが、これらを読む限り生活者は、目にするメディアによって多分の影響を受けてきていたことが今さらながら痛感します。確かに、日本が世界に誇る科学技術についての功績や抱えている諸問題よりも、起こった事故や政治家の汚職・失脚などのニュースの方が印象深く残っています。
また、太陽光発電についても、「チャレンジ25」、「チーム・マイナス6%」の頃から、ドイツの成功事例を横目に日本は国土が狭いし余計にコストもかかるため難しいといった議論がありましたが、直近は世論として自然エネルギーに傾倒してゆく可能性も考えられそうです。「原発(そのもの)が危険」という科学技術に対する不信というよりも、管理する側がリスクを予見しきれない、トラブルを対処しきれないということしか生活者には映らないだろうからです。もっと考えを巡らせると生活者は、エネルギー政策(国内供給はもとより、世界に対する技術提供含め)そのものよりも、脱原発に関心が高まっているということが想像できます。
そうなった際に難しいのは、どのように必要なエネルギーを調達するかということでしょうね。生活者の目からは、オール電化の家に住まなくてもやっていける、パチンコ店のネオンは過剰過ぎではないか?と生活者なりの節電に対する意識はそれはそれで重要かと思うのですが、企業の事情となると別で考えなくてはならなそうですね。
当社も本社では多くの企業様同様に節電を心掛けています。インターネット、Web業界で働く私たちにとって、電力は主に照明やPCの電源 となり、一番の留意点はサーバを止めないということになると思いますが、企業によっては、例えば半導体製造など「電気」そのものが生産性に関わるという ところも多いと思います。週刊ダイヤモンドの最新号の特集も「電力喪失」でしたが、今後の政府や電力会社の方針決定は、国民の安全を大きく左右することはもとより、日本経済復興にも繋がる意思決定となってくるでしょう。中長期的視点で見ても貴重な電力ですし、本質的な復興のためにも、こういった対策も同時に進めて頂きたいですね。
他にも、夜道が暗いという不便もあります。不便なだけでなく、実際に物騒な事件もニュースで散見され、治安面においても今までコンビニや店舗の看板などのありがたみを知ることになりました。
余談となりますが、学生時代に「(歴史の中の)照明」(象徴として、あるいはマクルーハン的に言えば「メディア」として)に興味を持った時期があって読んだ本がありました。『闇をひらく光 19世紀における照明の歴史』というものですが、以下に一部引用したいと思います。
ランタンは秩序を具現するものだったので、そこに加えられた攻撃は、いかなるものであれ、秩序へのささやかな反抗を意味した。したがってそれ相応の罰が与えられた。パリでは、街灯破壊が秩序違反(con-travention aux ordonnances)ではなく、刑事上の犯罪行為、それもほとんど不敬罪として扱われた。
/『闇をひらく光 19世紀における照明の歴史』(ヴォルフガング・シヴェルブシュ著,小川さくえ訳)
つまり、照明(光)の社会的役割として、単に周囲を照らすというだけでなく、防犯上の意味合いが、近代的な「照明」が発明されてすぐに生じていたということを示していると感じたものでした。何を節電して、何を節電しないのか、その辺の判断も難しいところであると感じました。
先述した保安院・安全委からの発表に先立ち、3月末、昨年の事業仕分けでひっそりと国の管理から外れたサービスがありました。私もこのコラムでかつて採り上げたことのある、科学技術振興機構の「失敗知識データベース」がそれです。
cf.失敗体験を通して創造力を生み出すために ~アポロ月面着陸40年、世界天文年2009~
http://www.web-consultants.jp/column/ogawa/2009/05/post-31.html
「失敗知識データベース」は2005年から運営されており、過去の失敗事例をデータベース化し、同じ失敗を繰り返さないように体系化してまとめられていたものでした。今では、失敗学会理事長を務められている畑村洋太郎氏の主宰する畑村創造工学研究所の管理下に移されています。
この中の「電力・ガス」のカテゴリの中に、過去の原発関連の事故も収められています。
cf.「失敗知識データベース」失敗事例 「電力・ガス」
http://www.sozogaku.com/fkd/lis/cat007.html
今回の「想定外」の事故と全く同様のケースはないので、仮にこれを畑村氏の提唱する失敗のヒエラルキーの中で「未知への遭遇」に分類するにしても、国の管理下から離れたとはいえ、是非、今稼働中の他の全ての原発を含め、同じ失敗は当然のこととして、想定されるリスクを繰り返さない対策をとって欲しいと願うばかりです。
最後になりますが、私たち一企業人として節電に対する意識など、もちろん局所的に最重要な問題ではありますが、中長期的に見ると、まだまだ考えなくてはいけないことは多いなと感じたことを表すために、先の『団塊の世代』(第四話「民族の秋」)後半の、主人公たちの会話部のみを引用してみます。
「僕らはむしろ責任者だと思いますよ。あの高度成長時代、いやそれに続く七〇年代・八〇年代の、まだまだ日本に力があった頃を無為無策に過して来たことの……」
「無為無策だったかね……」
「そうですよ。だから今、僕たちはエネルギー問題や財政問題で苦労してるんじゃないですか」
「先のことを考えないで、福祉だとかレジャーだとかで民族のバイタリティーをことごとくその日の消費に使ってしまった責任世代なんですよ」
「民族のバイタリティーというのは、時代の産物ですからねえ……」
「そうですよ。日本民族の春と夏は短かったんですよ」
「そうか、今は民族の秋か……」
<冬の準備を急がねばならん……>
/『団塊の世代』(堺屋太一著)
――となるのですが、今を生きる私たちは、まさに歴史の真っただ中にいるのであって、過去のことや、上の世代に責任転嫁していても何の解決も生まないということを感じました。
これはそのまま、私たちの仕事にも当てはまりそうです。後々どのような問題を孕んでいるのか、勝っているときだからこそ、潜在的に秘めているリスクも意識しつつ、今期はより一層、皆が当事者意識を強く持って、飛躍できる期にしていきたいと思います。
長くなりましたが、引き続きどうぞ宜しくお願い致します。
ブランドは顧客経験のなかから生まれるのであって、「大声で宣伝すること」からではない。そして、顧客の得る経験は、一回の取引ごとに、それにとりつかれた文化の中で働く社員によって作られる。(中略)インターネットは物の見え方を変え、経験を変え、スピードを変える。だが、ビジネスの原則、すなわち行動の裏にある核心は、けっして変わることはないのである。
/『クリック&モルタル』(デビッド・S・ポトラック、テリー・ピアース共著)
電通が「日本の広告費2010年」を発表しました。
cf.「2010年の日本の広告費は5兆8,427億円、前年比1.3%減」(株式会社電通)
http://www.dentsu.co.jp/news/release/2011/pdf/2011019-0223.pdf
私たちの扱うインターネット広告費全体を見てみると、前年比プラス9.6%の伸張でありました。媒体別広告費の推移に目を移すと、既存マスコミ四媒体を中心に、直近5、6年だけをざっくり振り返ってみて思うのは、対2005年比で総広告費が85.6%、インターネット広告費が205.1%である中、新聞61.6%、雑誌56.4%、ラジオ73.0%、テレビ84.8%といった遷移であることが分かります。
この数字だけでは何とも言えませんが、「紙媒体」(原価が高い、エコに優しくない等の特徴)で特に減少傾向が顕著であるように見えます。各社、広告費だけが収益源ではないという見方もありますが、「構造不況」という言葉だけでは片付けられない数字のようにも感じました。まさに「メディア激変時代」と言っても誇張や煽動には当たらないのではないかと思う深刻な数字であると思います。
今になって当時を振り返るに、旧ライブドアや楽天が引き起こしたテレビ局買収問題によって、2005年は象徴的な年になったようにも思えます。
『週刊ダイヤモンド』(2011/1/15号「新聞・テレビ 勝者なき消耗戦」)に目を通すと、10年度に広告宣伝費の減少率が高かった上場企業の一覧が出ており、1位のホンダ(減少率:50.78%)以降、多くの大企業で広告費の更なる縮減が行われたことが分かりますが、こういったものがマクロ的な数字を動かしているのかと想像します。
昨年も電通のニュースリリースを引用したことがありました。
cf.「日本の広告費 2009年」発表、新聞を抜きテレビに次ぐ第2のメディアとなったインターネット ~マクロ環境から読み解く、「モノの流通」から「情報の流通」への大転換期~
http://www.web-consultants.jp/column/ogawa/2010/02/post-50.html
今になって改めて読み返してみて、カルチュア・コンビニエンス・クラブについて触れていたことを思い出しました。MBOによる上場廃止などで再びニュースで名前を見かけることが多くなってきたので、何の気なしに公開されていた四半期報告書に目を通していたところ、「クリック&モルタル」(cf.「クリック&モルタル」/Wikipedia)という表現を用いているのを発見し、極個人的な感傷ですが、懐かしくなって今回コラムを書くことにしました。
ちなみに、以前、「再読、『ザ・ゴール』。 ~エリヤフ・ゴールドラット氏来日! ~"生産的"であるとは何か?~」というコラムを書いたことがありましたが、特に「再読~」をシリーズ化しようと目論んでいるわけではありません(笑)。
この「クリック&モルタル」という用語が今でも日常的に使われているかは分かりません。この名称が一般に知れ渡ることになったのは、2000年に刊行された『クリック&モルタル(CLICKS AND MORTAR)』(デビッド・S・ポトラック、テリー・ピアース共著)という書籍でした。
※当時意識していませんでしたが、監訳は株式会社ビジネス・アーキテクツ様だったんですね(汗)。
この書籍はちょうど私の前職時代(中小企業・小規模店舗・個人事業主様を中心に、ECショップのASPの提供・サポートを行う企業で、ECショップオーナー様の元へ訪問して、社内LANの構築のお手伝いや、ASPの使用方法をレクチャーしたり、商品登録の際の写真撮影や説明文を一緒に考えたりする仕事をしていました)、ただでさえそれまでパソコン自体もロクに触ったこともなく、初めての内容の仕事で右も左も分からなくて、何をやってもうまくいかずに気分が塞いでいたときに、気分転換に立ち寄った書店で流行っていそうだったので購入した書籍でした。
当時の読後感を詳しく覚えてはいないですが、購入前は実店舗とネットショップをどう絡ませていくべきか?という手法を学んで、お客様に対するレクチャーの精度を上げたいと思って購入したのですが、実際に読んでみるとそういう内容でもなく「間違えたかな?」と感じたことを覚えています。しかし、一言で言えば元気をもらえた書籍で、業界のことやインターネット系の技術に詳しくなって安心したというより、自分の携わっている仕事に意味を見い出せ(虚業なんかじゃない!等)、そもそも自信を持てた良いタイミングになりました。知識や技術も重要ですが、それらはあくまでも目標達成やリスク防止、顧客説得材料のための一手段であって、それはそれで学びつつも、お客様と一緒にビジネスを考えていくこと自体が楽しくなっていったことに繋がったように記憶しています。
その後も、「パーミッション・マーケティング」や「One to Oneマーケティング」、「バイラル・マーケティング」等の書籍や用語が氾濫し、それを体現したような各種サービスが多くリリースされたものでした。
私たちのいるインターネット業界でも、新しい会社やサービスがどんどんと立ち上がり、競争が激化していっています。堅調に推移している業界と思われている部分もあるかと思いますが、私たち中小企業は、同じくお客様層である中小・ベンチャー企業様に、「いかに勝たせるか?」を徹底的に考えていかなくてはならないことには変わりません。市場が伸びているからと言って、何もせずにいては儲かるどころか衰退していくというのは当たり前ですが業界を問いませんし、当社も当社のお客様も同じだと思っています。
さて、2月1日、当社も賛助会員となっている「eビジネス推進連合会」主催で「eビジネスカンファレンス2011」が開催され、当社CS本部のマネージャーに参加してきてもらいました。
※私自身が参加しておらず、聞きづてで申し訳ありません(汗)。
セミナー参加報告書を見るに、ヤフー株式会社、楽天株式会社、株式会社スタートトゥデイの代表者ら識者によるパネルディスカッションをメインとして進行したものだそうです。
パネリストの会話の中で頻繁に出てきたキーワードは、「海外展開」「ソーシャル」「スマホ(スマートフォン)」だったそうで、「ソーシャル」については昨今、映画『ソーシャル・ネットワーク』が話題となって牽引したこともあって、注目すべきキーワードかと思いました。
三木谷氏曰く、「自分1人で購入を決める一人称マーケティング、売り手の薦めで購入を決める二人称マーケティングから、クチコミ、友人など第三者の薦めで購入を決める三人称マーケティングへ」とのことです。
確かに、Facebookやmixiの特徴を引き合いに出しても、実名/匿名と勝手に切り分けられていますが、どちらも人と人との繋がりを重視した「ソーシャル化」の波を牽引しているし、今後もこうしたサービスによって、現実とネット社会との境目がどんどんなくなっていくのかもしれません。
これと近しいことは、電通が「SIPS」という用語を提唱し、「情報伝播のコアが、世代から「友人・知人とのつながり」へと移行し始めている」と書いています。
cf.「SIPS」
これからのソーシャルメディアが主流となる時代の生活者消費行動を『共感する : Sympathize → 確認する : Identify → 参加する : Participate → 共有・拡散する : Share & Spread』と整理した概念。
後日、「eビジネス白書2011本編」(PDF資料)が配布されました。楽天株式会社の創業者で代表取締役会長兼社長、及びeビジネス推進連合会会長の三木谷浩史氏は、その冒頭「eビジネス白書発刊に寄せて」において、以下のように述べられています。
2010年の日本のe ビジネス業界は非常に話題多き年でした。グローバル化、ソーシャル、スマートデバイスなど、様々なトレンドやキーワードが登場しました。後に振り返っても、2010 年は重要な地殻変動の年だったと位置付けられるかもしれません。
TwitterやUstream、Facebookなど、海外勢による新たなサービスの浸透によって、インターネット市場の中でもその構造は変わりつつあります。
この数年で、多大な資本と労力をかけテレビ局を買収せずとも、テレビ局並みの影響力を持つ動画サービスの提供が可能になる条件が揃った。
/『週刊ダイヤモンド』(2011/1/15号「新聞・テレビ 勝者なき消耗戦」)より抜粋
上記にも書かれていますが、昨年、宇多田ヒカルさんのライブがUstreamを使って無料配信され話題になったことがありましたが、視聴者はその数なんと35万人にも及んだそうです。同じ頃、60年ぶりの大幅改正となった改正放送法が成立し、従来「放送」と「通信」といったように切り分けて語られていたインフラも、今後一層境がなくなってゆくのではないかと言われています。
また、先日のNHKスペシャル「ネットが“革命”を起こした~中東・若者たちの攻防~」を見ても、いわゆる「ジャスミン革命」の中で、それらの新サービスが波紋を拡げた要因となったという編集がなされていました。一昔前まではその役目は別の媒体が果たしてきたものと思いますが、ネット社会になり、より個人間の情報流通は密になったようにも感じます。それもあってか、今でも集団・徒党を組むことを嫌う社会主義国などでアクセス制限を設けている国もあります。
このような世の中全体の流れの中で、私たち中小・ベンチャー企業は、どのように泳ぎ渡っていけばよいのかという話ですが、当社お客様も一部を除いては、多くの企業様でまだまだマス(大衆)に向けた宣伝広告というよりは地域などを特定した販売戦略が主流です。そこを飛び越えていきなりマスにいっても、宣伝広告効果が薄れてしまい、費用に釣り合いません。見込みの高いターゲットからのリードジェネレーションについてまだまだ科学・議論する必要性は大いにあると思いますし、広告の大事な受け皿となるWebサイト自体の改善なども残っています。
その際に重要となるのは、お客様である社長様やご担当者様間でのコミュニケーション、お客様とお客様のお客様とのコミュニケーション、そして当社とのコミュニケーション(当社内のコミュニケーションは当然として)といった「人と人との繋がり」であって、そういったものが潤滑に流れて初めて強みを生かし合った経営、戦略が図れるのだと信じています。
来月3月は当社第10期の締めの月になります。まだまだお客様に提供すべき価値は磨き上げていく必要性を大きく感じています。当社10年目の節目、これからの10年も企業文化を大切にして、お客様と共に成長していく時代にしていきたいと強く願っております。
引き続きどうぞ宜しくお願い致します。
映画『ソーシャル・ネットワーク』を観て視野を拡げる ~2011年「辛卯」の年、当社設立10周年を迎える年は明るい年に!~
2011年01月26日 11:53 AM
投稿者 小川 悟
ネットの進化は個人の行動パターンを変え、既存産業の製品・サービス、売り方さえ変えつつある。いまだ最先端にある日本のネット技術やモバイルのノウハウを死蔵することなく、ネット業界が本格的に興隆すれば、日本経済再生の道もまた、開けてくる。
/『ソーシャル・ネット経済圏』(日経ビジネス・日経デジタルマーケティング編著)
皆さんこんにちは。2011年、最初のコラムとなります。今年もどうぞ宜しくお願い致します。
今年の干支は「卯」ですね。実は私、年男(4月で36歳)になります。いつの間にこんなに歳を重ねたのかと、日々焦る毎日を過ごしております(汗)。
「干支」と言うからには、「十干(じっかん)」と「十二支」を掛け合わせ、正確に言うならば「辛卯(かのとう、しんぼう)」の年ということになりますか。この「辛卯」ですが、今月15日で誕生10周年を迎えた「Wikipedia」によれば、「西暦年を60で割って31が余る年が辛卯の年」となり、60年に1度しか巡ってこない年だそうです。個人的には、このようにロマンティックに解釈すれば同じ卯年でも刹那的になり、より一層頑張らなくては!という気持ちに駆り立てられてきます(笑)。
cf.卯年は株式市場「最強」の年? 跳ねるうさぎの飛躍の年(「東洋経済オンライン」,2010年12月07日)
さて、先の「Wikipedia」が10周年を迎えた2011年、便乗して言えば当社も8月で10周年を迎えます。そんな15日(土)、当社では管理職向けの研修があり、各拠点の管理職も含め本社に集まりました。このことについては、CS本部の松谷がコラムに書いていますのでご参考下さい。 研修をファシリテートして下さる外部コンサルタントの方からは、普段私が意識していないようなお話を聞くことができ、毎回ハッと気付かされることも多いです。
今回の研修の中でもマクロ環境について話し合う時間があり、そこで、韓国企業は今なぜ強いのか?という話題があり、国家的な戦略として私企業を支援しているというような話がありました。日本でも法人減税の議論が出ていますが、まずは私企業が、というのはもちろん、日本経済ひいては世界経済が好転する政策になれば良いなと感じています。
――研修終了後、私はかねてより同僚と行こうと言っていた、映画『ソーシャル・ネットワーク』を観に行きました。日本で公開される前から話題の映画で、ゴールデン・グローブ賞では最優秀作品賞を含め4冠、アカデミー賞では作品賞など8部門にノミネートされました。
映画を観る前までは、率直に「Facebook」を知らない人が見て、面白く感じる映画なんだろうか?と疑問に感じていたのですが、他にもIT業界の人、Facebookをはじめとした各SNSの利用ユーザー、起業家・投資家、映画好き、監督(デヴィッド・フィンチャー)作品好き、米名門大学の校風に興味を持つ方等、客層を想像しましたが、今になってよくよく考えてみれば、いわゆる今の「Facebook」の楽しさについて描かれているわけではないので、多くの方が興味深く観ることができる映画かもしれないし、話題性から新規で登録する人も増えるのではないかと思いました。
今回のコラムでは、私がこの映画を観て感じたことを織り交ぜながら、まずは今年最初のコラムということで、景気の良い話をして関わる方々を元気にしていこうという気持ちを表明したいと思います。
昨今ネット上のニュースでも、特に「Facebook」の話題が多いですね。運営元のFacebook, Inc.は2004年に創業、創業者のマーク・ザッカーバーグ氏が創り出したSNS(Social Networking Service)、「Facebook」は2011年1月15日時点で時価総額500億ドル(約4.2兆円)、ユーザー数6億人に迫り、その膨大なユーザー数から一つの国家として、「中国、インド、フェイスブック」と例えられる規模のサービスに成長しています。確かにここまでくると、「文化」を超えてもはや「文明」ですね。
cf.CheckFacebook(各国のFacebook利用者数や属性を見ることができます)
『Facebook 世界を征するソーシャルプラットフォーム』(山脇伸介著)というタイトルの新書も出ていますが、Facebookのような巨大SNSが話題になったことで、「プラットフォーム」(cf.大前研一氏)という言葉がしばらくキーになってきそうです。
つい先日は、米Appleが提供する「App Store」でのコンテンツダウンロード件数が100億件を突破したとリリースがあり、キリ番を踏んだ方とダウンロードしたゲームが公式サイト内(cf.「アップル - iTunes - 100億Appカウントダウン」)で紹介されていましたね。今のようにITが変えた、フラット化された世の中においては、ゲームや音楽、本(、靴でさえも!)を購入するのに、リアルな店舗に行かなくても購入できるようになってきました。
このように港をおさえたり、流通をうまくコントロールして主導権を握ってきた日本の企業について、私も岩崎弥太郎(cf.「2010年、フリーセル創業10年目という節目、お客様に感謝の気持ちと原点回帰の想い ~大河ドラマ『龍馬伝』を見て感じたことなど~」)やTSUTAYA(cf.「「日本の広告費 2009年」発表、新聞を抜きテレビに次ぐ第2のメディアとなったインターネット ~マクロ環境から読み解く、「モノの流通」から「情報の流通」への大転換期~」)を引き合いに出して私見を述べさせて頂いたことがありました。
たとえば、通信会社であるNTTドコモは、もはや業界トップ10に入るクレジットカード会社になっています。アップルはパソコンメーカーというよりもすでに音楽配信事業者・音楽携帯端末メーカーという位置づけでしょう。こうした動きはアマゾンやグーグルによる電子書籍端末の発売においてさらに加速していくでしょう。
/『21世紀の競争を支配する「場をつくる」技術 プラットフォーム戦略』(平野敦士カール、アンドレイ・ハギウ著)
『週刊ダイヤモンド』最新号の特集も、「2011年フェイスブック(Facebook)の旅」で、この「ソーシャルプラットフォーム」を上手く活用した事例として一部で話題になったかと思います。表紙に約500のユーザーのアイコンが散りばめられ、雑誌の表紙としては大変インパクトがありました。これは、同誌2010年1/23号の「2010年ツイッター(Twitter)の旅」に続いて、Twitterでフォロワーを募集したキャンペーンの要領を再び活用し、今度はFacebook内ファンページ登録を促したマーケティングでしたが、このアイコン祭りをTwitterでも呼び掛けることで口コミ効果で拡がりファンページの登録者を増やし、雑誌も売れ、さらにFacebookの認知度が上がり利用者が増えるという相乗効果があり、メディアミックスの好例だと思いました。
そして――、
創業者のマーク・ザッカーバーグが言っているのは、(中略)フェイスブックを活用すればこういう未来が来ると、自分たちもはっきりわかってやっているわけではない。むしろ、使っている人たちが想像しながら創造するものなんだというメッセージングをしています。
/『週刊ダイヤモンド』 2011年1/29号「2011年フェイスブック(Facebook)の旅」、フェイスブック日本支社代表 児玉太郎氏のインタビュー記事より。
――上記にもあるように、「mixi」や「GREE」の黎明期の秘話にも通ずるような、まさにSNSをSNSたらしめている「ソーシャル・ネットワーク」を活かした手法で面白いと感じました。
cf.
・Webサービスのビジネスモデルはユーザーが考える時代?(「ITmediaニュース」,2004/08/23)
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0408/23/news032.html
・「それでいい、楽しいから」――7万人の町「GREE」を一人で作ってる会社員(「ITmediaニュース」,2004/07/30)
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0407/30/news006.html
・【mixi版】無敵会議
http://mixi.jp/view_community.pl?id=17965
※「mixi」内のコミュニティ(要ログイン)
日本の代表的なSNSである「mixi」や「GREE」、「モバゲータウン」、あるいは「カフェスタ」あたりとの比較については他サイトでいくらでも論じられていますので割愛しますが、企業にとっては商用利用が許され、かつファンページの設置自体は無料のため、参入しやすいからか先般より参入企業が増えているという記事も見かけます。
また、よく言われるのが「実名制」を採用しており、さらに「Facebookインサイト」という分析機能があるため、ファンページへの登録ユーザー数をマスに近いくらい伸ばせるブランド力・集客力を持った大手企業であれば、これほど初期コストがかからず、リスクの少ないマーケティング手段はないのではないかとも思えてきます。
ところがこれだけ話題になっているFacebookも、日本の登録ユーザー数は現在200万人程度と言われます。先の「mixi」や「GREE」、「モバゲータウン」が2000万人以上であるのに比べると、一長一短を感じる人がいてもおかしくありません。Facebookにしても、この手の議論によく引き合いに出される、世界最大の3D仮想世界コミュニティ「Second Life」にしても、日本で成功する、受け入れられるかどうかの成否を決める要素の一つに「言葉や文化の壁」を感じました。事実、冒頭に引用した『ソーシャル・ネット経済圏』に登場する、米グルーポン、英プレイフィッシュ、米エバーノート、「ハンゲーム」のNHN Japanの経営陣からも「日本語は難しい」という声が聞かれます。
TwitterやFacebookの日本への進出、流行の様があまりにセンセーショナルで、「プラットフォーム戦争」などとも騒がれるために、規模の大きなものやAPIの公開によるオープン化が進んだプラットフォームを画一的に評価する意見も耳にしますが、同じプラットフォーム戦争でも、「ベータ VS VHS」戦争のときのような規格寄りの競争でもなく、各社次世代ゲーム機のコンセプトや準じるソフトの質の競争というものでもなく、SNSの競争の軸はソーシャル・ゲームにしても、ソーシャル・グラフにしても、あくまでも「コミュニケーション」から生まれるものではないのかと感じています。その「コミュニケーション」を形成する主な要素が「言語」と「文化」かと考えています。
分かりやすく言えば、6億人が集まるFacebook内のゲームアプリに、Zynga社の「Frontierville」や「FarmVille」、「CityVille」といった、どれもMAU(monthly active users)が数千万人規模のゲームがあります。例えばこれらのソーシャル・ゲームの遊び方やルールは大抵同じですし操作も簡単ではあるのですが、非英語圏にいる私たちにとってみると、英語を主言語とするゲームでプレイするのに抵抗を感じませんか?上記の内「FarmVille」は、昨年末にmixiモバイル上に「ファームビレッジ」として移植されましたが、ここまできれいに移植されれば十分に楽しめます。しかし、他社や個人開発のどのゲームもすべてがここまでうまく移植されるとは思えません。結局日本ではプラットフォーム自体の利用者数やゲーム自体の面白さや話題性も重要かもしれませんが、それ以前に、日本語にきれいに訳され、グループでの行動を促すような日本人の好む文化にゲームコンテンツを溶け込ませないと流行らないのかもしれません。また、それだけでなく、ただでさえバブルのように急増しているソーシャル・ゲームであるため、いわゆる「アタリショック」のようなリスク回避のために、品質維持やよりリアルな人々の生活やコミュニケーション形態に沿ったものとするための工夫や改善を常におこなってゆく必要がありそうです。
以前、このコラムの中でも、サービス業は「言葉や文化の壁」があってイノベーションが生まれにくいということを書きましたが、この「壁」が「障壁」となっているのか、果たして「防壁」なのか、見る立場によって異なるのかと感じます。
例えば世界経済フォーラム(ダボス会議)で、「日本の携帯電話などのIT製品・サービスは独自の進化を遂げてガラパゴス化している」と言っても、海外の経営者はほとんど理解してくれません。まず、ガラパゴス諸島について説明しないといけないほどです。
/『ソーシャル・ネット経済圏』、「日本のトップ、ネット知らず」(夏野剛氏に聞く)より
そもそも「ガラパゴス化」という言葉自体が和製英語化し、世界に通用しないという側面もあるようです。
昨年は「まちつく!」、「バンドやろうよ!」、「海賊クロニクル」といった人気のソーシャル・ゲームの開発で有名なウノウ株式会社が、ソーシャル・ゲーム界では世界最大のZynga Game Network Inc.に数十億円で買収されました。日本産のゲームが世界に通用しないわけではないということを証明した、日本のIT業界では大変話題になったニュースでした。つまり、「見る立場によって異なる」というのは、外国の有名ゲームの日本語化が進まずに日本が孤立化しているというよりは、「日本語が難しい」だけなのであれば、日本産のゲームが世界に進出すれば有利になることもあるのではないか?とも思えてくるということです。そういった意味で今後の動向が気になるのが、サイバーエージェント社の「Ameba Pico」(「アメーバピグ」の海外版)ですね。今度は日本のIT企業が中心となって各国のIT企業と提携を進めたり、果ては逆に買収したりして明るい未来を切り開いていってくれると良いなと単純に想像してみたりしていたいと思います。
cf.日本のソーシャルアプリはFacebookで成功する? Ameba Pico100万人から見えてくるもの(「TechCrunch Japan」,2010年6月17日)
http://jp.techcrunch.com/archives/20100617ameba-pico-jp-social-application/
昨今の一層のグローバル化の波の中で、外資系企業や輸出業に関連する企業に限らず、有名IT企業の社内英語公用語化の是非が随分と論じられてきました。当社には現状そのような制度はないですし、私自身英語ができるわけでもないので議論の場にも出れませんが(汗)、こういった制度を新規で導入することによって必然的に生じるのが「変化」かと思います。軋みを伴うものかもしれませんが、少なからず「変化」が生じ、そこから何か新しいものが生まれてくる(イノベーション)ようなイメージはあります。会社で制度化することによって、どの価値観が優先されているのかという意思表示にもなり、スピード感がもたらされる印象も受けます。確かに婉曲表現に使うための横文字・カタカナ文字(和製英語)や、氾濫する新書の書籍タイトルなどでやはり氾濫する造語で足りない頭を満たすくらいなら、異文化コミュニケーションのための正確な言語を学びたいという気持ちはあります。社内英語公用語化の是非を語る上では置かれている立場や求められる業績、目的など比較対象になるものが必要ということですね。
このことは人が「必要」に迫られないとやる気にならないのと似ていて、企業もまた、「必要」に迫られないとやろうとしないでしょうし、そうした「壁」に直面していない外部の人にとっては中の人以上に置かれた状況を知ることはできないものなのではないかと想像します。もしかしたら、選択肢としてより最良のものがあるかもしれませんが、そもそも「最良の選択」は人によって違う筈で結局は「自分の意見+世の中のいろいろな最良な意見」の中から選択する必要が出てきます。基本的に情報の発信者は自身の意見が正しいと思って情報発信すると思うので、意見が割れた段階で人によって「正しい意見が異なる」ことが証明されます。また、通常の考え方として今まで継続的に成果をあげてきた人が、ある日突然、声を荒げて警鐘を鳴らす程の致命的なミスジャッジをすることは考えにくいし、重要なのは常に改善を繰り返し、より良い状態に昇華していけるリーダーの強い意志と習慣、そして、リーダーの思いの本質を理解して支持をした中の人とステークホルダーの強いコミットメントと行動、もたらした結果とであって、外部の評論家がその一部を担うことはあっても、決定付けた歴史はあまり見られないことは過去に何度も証明されてきたことだとは感じます。
まさに「世界とつながって仕事をする時代」。これは事業機会のグローバルな広がりと同時に、企業がかつてなく激しい国際競争の渦中に投げ込まれたことをも意味している。
/『実践ダイバーシティマネジメント 何をめざし、何をすべきか』(株式会社リクルート HCソリューショングループ編著)
近年、日本の文化は、元来内向きなところがあるとよく言われてきました。
1982年に日本で刊行された李御寧(リー・オリョン)氏の『「縮み」志向の日本人』の中では、石川啄木の「東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる」や「春の雪銀座の裏の三階の煉瓦造にやはらかに降る」の短歌が挙げられ、「の」が3度も重ねられて小局へとズームイン、フォーカスされていくような描写――、「世界を縮めようとする」「入れ子型」の感覚に「縮み志向」を読み取っています。
「平成の開国」期、製造業などの世界進出(日本脱出?)はよく聞かれるニュースですが、2011年以降のデジタルマーケティングの潮流を推測しながら、昨今のグローバル化でサービス業のイノベーションも問われるか?といったところも、最新ニュースの観点の一つとなってきそうです。
映画『ソーシャル・ネットワーク』の内容とはまったく関係のない話になりましたが、私はこの映画を見て、以上のような思いが巡りました。
今後、Web業界だけに留まらず、より一層進んでくる「ソーシャル化」の波の中で、2011年以降の日本の市場は、また企業内でも同様ですが、出る杭を打つかのように互いに潰し合ったり足を引っ張り合ったりする競争ではなくて、互いの強みや業績を応援し合うような競争が今まで以上に求められてきているのだと感じます。
当社も今年8月で、設立10周年を迎えます。今年2011年は、企業理念にも掲げられた「共存共栄」の精神をもっと磨き上げて、より大きな価値を生み出し、跳ねる年としていきたいと思います。今後とも引き続きどうぞ宜しくお願い致します。
独裁政治では、一人が決める。貴族政治では、数名が決める。民主政治では、誰も決められない!
/『理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性』(高橋昌一郎著)
いよいよ2010年も残すところ僅かとなってきました。
この時期となりますと、インターネット上の記事を見ても、テレビや雑誌を見ても、「流行語大賞」や「今年の漢字」、「10大ニュース」など、2010年を振り返る恒例の総集編企画の内容のものが増えてきて、改めていよいよ年の瀬を感じる今日この頃です。
今日のコラムでは、私も本年最後のコラムとなりますので、2010年の出来事を社内外織り交ぜながら、お世話になりましたお客様・お取引先様へ感謝の気持ちを込めつつ、来年の抱負などについてお話できればと思います。
一年を社内外のニュース、公私織り交ぜながら振り返る試みで、ともすると、とりとめのない話が続くかと思いますが、どうぞ最後までお付き合い下さい(汗)。
今年1月のコラム(「2010年、フリーセル創業10年目という節目、お客様に感謝の気持ちと原点回帰の想い」)を振り返ってみますと、そういえば、2009年は横浜開港150年、2010年は韓国併合100年の年にあたり、NHK大河ドラマや人気の歴史/時代小説のドラマ化でも関連してか『坂の上の雲』、『龍馬伝』、『蒼穹の昴』といったように、それぞれ主人公たちは異なるものの、いずれもほぼ時を同じくして動乱の世の中を駆け抜け、時代に名を残した人物たちが織りなすドラマが立て続けに放映され、私も改めて幕末・開国期の日本に興味を抱いたものでした(cf.「インターネットがもたらす第三の開国の夜明け前 ~2009年、横浜開港150周年~」)。
先月のコラムでも少し触れましたが、尖閣問題に揺れる内憂外患の状況下、11月のAPEC首脳会議での首脳宣言「横浜ビジョン」においては「平成の開国」が唱えられ、週刊ダイヤモンドの最新号(特集「総予測2011」)表紙の見出しには、それに呼応するかのように「開国か鎖国か」というコピーが踊りました。まさに開国か鎖国か、政局に頼るだけでなく、私たちで何かできることはないかと深慮することの多かった1年でもありました。
全地球規模の話で言えば、京都議定書の延長問題を含む地球温暖化問題や(cf.「チャレンジ25」)、国連が2010年を「国際生物多様性年」と宣言し(cf.「国際生物多様性年×COP10」)、10月に名古屋で開かれた国際会議にて名古屋議定書が採択されたニュース等、環境問題やCSR、グローバリズム(あるいは、グローバリゼーション)に対する一般の人々の関心が高まった年でもあったかと思います。その「生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)」名誉大使には、アーティストのMISIAさんが選ばれました。
私事ではありますが、それに関連したお話をしますと、MISIAさんが歌われたテーマソング「LIFE IN HARMONY」をプロデュースしたのは、世界的な音楽プロデューサーのデヴィッド・フォスター氏でしたが、幸いにも私は10月に行われた「DAVID FOSTER & FRIENDS JAPAN TOUR 2010」にて、サプライズゲストとして招かれたMISIAさんが歌う「LIFE IN HARMONY」を生で聴く機会に恵まれました。
デヴィッド・フォスター氏の来日は、日本武道館で行われた「JT SUPER PRODUCERS '94」以来16年ぶりのことで、16年前と言うと私が大学1年のときで、その来日公演には残念ながら行くことができませんでした。当時はまだギターに明け暮れていた頃ですが、氏の良き相棒とも言うべきギタリスト、ジェイ・グレイドンに憧れて後日私も購入することになる、氏が使用していたValley Arts社(1992年にサミック社傘下、2002年にギブソン社傘下へ移る)製のギターを、毎日のように御茶ノ水の楽器店に見に行っていた頃で、そういうところからも大変楽しみにしていた公演でした。
cf.「COP10名誉大使MISIA就任メッセージ」(YouTube,「環境省動画チャンネル」)
閑話休題、後半でも延べますが、暗いニュースが多い中で明るいニュースも多かった一年でした。ワールドカップでは世界の16強に残り、当社でもその後、フットサルの社内公式大会が開かれるに至るほどでした。
また、「今年の漢字」で選ばれた「暑」で言えば、小惑星探査機「はやぶさ」の偉業も含められていました。私も思わず、多くのプラネタリウムで上映されていた、DVD『HAYABUSA BACK TO THE EARTH』を購入してしまった程です。アポロ13のときは「輝かしい失敗」(cf.「失敗体験を通して創造力を生み出すために ~アポロ月面着陸40年、世界天文年2009~」)などと言われましたが、「はやぶさ」は、まだ調査は残っているものの、れっきとした「大成功」でしたね。地球へ帰還し機体が燃え尽きて消えてしまう様は多くの人々の感動を誘いました。また、事業仕分けの影響で予算が削られた中、日本の科学技術力や製造業の底力を見ることができて勇気づけられました。ノーベル賞も、化学賞で鈴木章氏と根岸英一氏によるダブル受賞で湧いていましたね。
そういえば、中国で開催された上海万博で思い出したように『日本万国博 《40周年記念》』というDVDのセットを購入したものでした。日本万国博覧会――、通称「大阪万博」は、今からちょうど40年前の1970年に、国際博覧会史上アジアで初めて開催された日本で最初の国際博覧会でしたが、アメリカ館では、前年にアポロ11号が持ち帰った月の石を展示し、話題になった万博でもありました。
期間入場者数累計6400万人(1日あたり最多入場者数83万人)を記録、退場は深夜になっても終わらず、ついに5000人程が会場内に取り残され、一晩を明かすことになったエピソードで有名です。
その時代の日本はちょうど、翌年のニクソン・ショックやオイルショックを前にして、第二次高度成長期末期に差し掛かっていた時期で、万博会期中には大きなハイジャック・シージャック事件が、会期後には三島由紀夫が自決する等の政治・思想的な騒動もありながら、一つの時代の節目、変わり目にあった時代でもありました。
丹下健三がプロデュースに関わり、モニュメントには岡本太郎の「太陽の塔」があしらわれ、開会式では昭和天皇や佐藤栄作元首相が祝辞を述べ、テーマソングとして三波春夫の「世界の国からこんにちは」が流れていた時代です。大阪万博以降の生まれの私にとっては、残念ながらその熱狂的なカオス、アウラを感じることは出来ませんが、経済成長を遂げてきた時代の日本を振り返れることができ、これにもまた元気をわけてもらうことができました。
今の時代は、当時の日本と同じくらい経済成長を遂げている新興国の方が元気があるようですね。BRICS5全体での時価総額は70年代の頃の日本と同規模と言われますが、BRICsやNEXT11のような昨今経済成長が著しい国々の動向を横目に、日本もこんなところで負けていられないと今一度奮起したいところです。
また、この時期はビジネスシーンにおいても、例えば電通、博報堂、野村総研といった大手広告代理店やシンクタンクからも、消費者動向に関する各種レポートが発表される時期でもあります。
cf.
■電通総研 『消費気分調査』レポートVol.8(電通)
http://www.dentsu.co.jp/news/release/2010/pdf/2010124-1222.pdf
■「世の中」と「身の回り」の経済状況についての意識調査 経済気分2011(博報堂)
http://www.hakuhodo.co.jp/pdf/2010/20101222.pdf
■2015年度までのIT主要市場の規模とトレンドを展望(1)、(2)(野村総合研究所)
http://www.nri.co.jp/news/2010/101217.html
http://www.nri.co.jp/news/2010/101220.html
平成大不況に追い打ちをかけるように2008年に起こったリーマンショック以降、大手企業を中心に緩やかに回復基調にあるものの、10月1日時点での新卒者の就職内定率は全国平均で57.6%と過去最低記録を更新し、市況に比例して雇用不安が拡がった年でもありました。ちなみに、私の就活期は戦後最大の負債総額3兆円と言われた山一証券の自主廃業などがあった年で、その年よりも厳しいと言われる今の状況はとても深刻に感じたものです。そういった意味でも、私たち中小・ベンチャー企業にとっては、まだまだ予断を許さない時期が続いているのも事実でしょう。
それから、インターネットやデジタルマーケティング絡みの時事で言えば、電子書籍元年、デジタルサイネージ元年と呼ばれたり(cf.「電子書籍元年、Web社内報に推薦図書コーナーを設置 ~人財力・組織力向上に向けて、自己投資としての読書を推進~」)、スマートフォンの隆盛があったりと人々のライフスタイルも様変わりしかけている最中で、Yahoo!JapanがGoogleの検索エンジンを採用したり、ソーシャルゲーム課金という「フリーミアム」なビジネスモデルで莫大な利益を稼いだDeNA、GREE、mixiを中心としたSNS(Social Network Service)や、そのSNSやスマートフォンといったプラットフォーム上で提供されるゲームアプリ、TwitterやFacebookなどのインターネットサービスが一層の隆盛を極めた年でもありました。当社もTwitter公式アカウント( http://twitter.com/freesale )を開設、公開したものでした。
cf.映画『ソーシャル・ネットワーク』予告編
http://www.youtube.com/watch?v=exQjAXAQk1A
そうした中、直近の私の身の回りの出来事で言いますと、11月に、株式会社リンクアンドモチベーション主催の経営セミナー『変化を生み出すモチベーションマネジメント』 『成長するしかけを会社に創る』 を聴講しに行って参りました。前者を同社代表取締役社長の小笹芳央氏が、後者を株式会社サイバーエージェント取締役人事本部長の曽山哲人氏がされていました。私は小笹氏の著書数冊、曽山氏の著書2冊を拝読させて頂いておりましたので大変興味深く聴講させて頂きました。他に参加された方々ともお話させて頂きましたが、経営者の方も多く、一般的にどこの企業様においても人材育成に対する関心が高いことが窺い知れました。
セミナーの本題からはそれるのですが、私が興味を持ったのは、小笹氏の講演の中で引用された「パウロスの全員当選モデル」でした。
私がセミナー後に参考にしたのは、冒頭にも挙げた『理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性』(高橋昌一郎著)です。民主主義の基本原則として多数決による意思決定があると言われます。確かに私たちの暮らす日常社会において、何かを決める場面には幾度も遭遇します。社会的なもので言えば選挙やオリンピックの開催地決定など、身近なところで言えば、本書にも出てきますが、友人間で行きたい旅行先を決定する場合など。
実は何かを決める際の方法に、(本書によれば)「単記投票方式」、「上位二者決戦投票方式」、「勝ち抜き決戦投票方式」、「複数記名方式」、「順位評点方式」などがあって、パウロスの全員当選モデルを説明した項では、立候補者5名がそれぞれの採択方式を主張することで、全員が「私が選ばれるべきだ」と主張できる状況になってしまうケースを紹介していました。「真に公平な選出方法は存在するのか?」と考え込んでしまいます。
セミナーでも類似したケースでグループディスカッションが行われましたが、グループによって解答や解の導き方が異なりました。これだけの小集団であっても、考え方次第で意見が分かれることを目の当たりにしました。しかもどれも誤った考え方ではなく、正当な選出方法であったにも関わらずです。
これと同じような議論が、別方面で話題になっています。『これからの「正義」の話をしよう』で今年一躍有名になった、ハーバード大学教授のマイケル・サンデル氏の講義がそれです。
cf.【NHKオンデマンド】ハーバード白熱教室パック 全12回
http://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2010600391PA000/
講義の模様は上記で見ることができますが、私も東京大学行われた「ハーバード白熱教室」の回はテレビで見ていました。サンデル教授の巧みな話術とファシリテーションをベースとしたディスカッション形式で進行してゆく風変りな講義スタイルでしたが、氏が次々に投げ掛ける質問のすべてが、いろんな人の意見を耳にする内にどちらが正しいのか分からなくなってしまうような難問ばかりで、日本の最高学府である東京大学の学生の間だけでも意見が割れることが多かったです。最終的にサンデル教授は講義の中で言いますが、各自の立場や主義で正しいことが何なのか異なる場合があるが、そのときに重要なのが哲学とディベートであるとのことでした。
いろいろな立場の人やいろいろなことが複雑に絡み合い、難問ばかりが積み重なった現代社会において、そのメッセージは羅針盤のように正しい考え方を育んでくれそうで、どんな問題に直面しても、しっかりと考え、話し合いを重ねることで解決していこうという気持ちが芽生えてきます。
思い返せば、私の就活期にも今と同じように哲学や自己啓発系の書籍が売れた記憶があります。私のときで言うと『ソフィーの世界―哲学者からの不思議な手紙』(ヨースタイン・ゴルデル著)などがあったでしょうか。こうした本は、周囲の事象がものすごい勢いで変化して、自分自身が環境適応できずに自分自身の座標を見失って、どこに向かうべきなのか、そもそも自分はどこにいるのか?といった気持ちになったときに、ゆっくりと自分自身を見つめ直す自己考察の時間と、正しい方向性を示す羅針盤を求めて思わず購入したくなるのでしょうね。
『これからの「正義」の話をしよう』も『ソフィーの世界―哲学者からの不思議な手紙』もベストセラーとなりましたが、関連して言えば、何と言っても今年一番のベストセラーとなったビジネス書は、「もしドラ」――『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(岩崎夏海著)でしょう。ダイヤモンド社創業97年目にして初めてのミリオンセラーと言われていますが、ミリオンセラーどころか累計発行部数は既に200万部を超える勢いと言われていますね。トーハンの発表した内容によれば、単行本、新書などを合わせた年間のベストセラーで総合1位だそうです。
奇しくも2009年はドラッカー生誕100年の年でしたが(cf.「「経営コンサルタント」誕生から五十余年 ~ピーター・F・ドラッカー生誕百年、「マネジメント」を再考する~」)、こんなところからも、やはり今の時代というのは、しっかりとマネジメントができるリーダーが渇望されているのかと感じたものでした。
さて、まもなく終わりにしたいと思いますが、皆様にとっての2010年はどんな年でしたでしょうか?難問が多く、決めにくいようなことも多かったことと思います。しっかりと決断を繰り返して今に至るという方もいるでしょうし、問題を先送りにしてしまい来年に引きずってしまうという方もいるかもしれません。
私たちも仕事柄、自分自身が悩むこともありますが、お客様である中小・ベンチャー企業の経営者様でも、大いに悩まれている方も多い時代であるとも言えるかもしれません。今年度より始めた顧客満足度調査の定期実施により、お客様の生の声を幾つも頂戴することができ、中には厳しい意見もございましたが、多くのお客様に喜んで頂けていた事実を知ることができ随分と励みになったのと同時に、課題も明確になりましたので、今後は重点的に業務改善を行い、早期にお客様へフィードバックが行える体制を築いていきます。
2011年は創業丸10年を迎える節目の年でもあります。私たちが自社の強みとするWebコンサルティングは、お客様にとって経営戦略の一部かもしれませんが、その分野ではより一層の強い介在価値を発揮して成果をあげていけるように来年度も邁進したいと思います。
現在お付き合い頂いている数十社のパートナー企業様からも、当社企業理念をご理解頂き、かつてないほどに目的意識を一つにした体制が築けてきています。来年もどうぞ宜しくお願い致します。
最後に冒頭のエピグラムを受け、結びに変えて。
アダム・スミスは言った
最良の結果は――、
グループ全員が自分の利益を追求すると
得られる
間違いだ
最良の結果は――、
全員が自分とグループ全体の利益を求めると
得られる
/ジョン・ナッシュ、映画『ビューティフル・マインド』より。
顧客満足度調査を実施し、コンタクト・ポイントを整備する ~「歯科受付スタッフ"対応力アップ"実践セミナー」を終えて~
2010年09月19日 05:35 PM
投稿者 小川 悟
小売店の顧客満足で、お客さまが我が社を離れる理由を調査した人がいる。これが非常に興味深い。
お客さまの店離れが起きた理由は、顧客の死亡や引越し、競合他社の品質や値段により強い魅力を感じた、などさまざまだが、なかでもダントツに多かったのが「従業員の態度が気にくわないのでやめた」という理由だったのである。
/『社長が押さえておきべき30の基礎科目 経営の教科書』(新将命著)
先週の12日(日)は、2本立てでセミナーを行い無事終了致しましたので、こちらでご報告させて頂くとともに、参加頂いた方の多くがお休みの中、わざわざセミナー会場であった当社まで足をお運び頂いたことにお礼を申し上げたく思います。
■当社プレスリリース
・【歯科医師限定セミナー第2弾】吉野真由美氏を招き、「自費率が2倍になるプレゼン話法」「自費患者集患のためのWebセミナー」を同時開催(2010年08月19日)
・【歯科受付スタッフ限定】患者と歯科医院の信頼関係を深めるための「歯科受付スタッフ"対応力アップ"実践セミナー(無料)」を開催します(2010年08月23日)
私はどちらのセミナーもお手伝いを兼ねてご一緒させて頂いていたのですが、今回のコラムでは特に後者を中心に関連したことを書いていきたいと思います。と言いますのも、今回講師を務めさせて頂いたのが、私の見る部門の中でコンタクトセンターを管理するCS課長であり、セミナー終了後のアンケートでも「大変参考になった」といったご意見を多く頂いたこともあって、このセミナーの意義のようなものをお伝えさせて頂きたいと思い至った次第です。
「歯科受付スタッフ"対応力アップ"実践セミナー」は、セミナータイトルにもあるように、歯科医院の受付スタッフの方を対象としたセミナーで、ビジネスマナーの基本的な内容を中心にお話させて頂きました。このコラムをご覧頂いている皆様の中にも、歯科医院に電話した際、実際に行った際に、受付の方の対応に満足した方もいれば、不満を感じたことのある方もいらっしゃるのではないでしょうか?
当社は歯科医院の検索・予約のためのポータルサイト「歯科タウン」を創業期から運営している関係で、歯科医院に対するWebサイト制作などを手がけるのはもう10年目になります。Webを通じた集患や求人のお手伝いはもちろんのこと、自費診療を希望する患者様とのWebサイトでのマッチング率の向上など、歯科医院だけで2000サイト以上を制作して参りました。そこに至るまでには、営業担当やCS部門のディレクターやクリエイターなどのスタッフを通して、歯科医院側や多くの関係者の方、また一般ユーザー向けのプレゼントキャンペーン時のアンケート等から貴重な意見も多く得ることができました。その中のニーズの一つが「受付スタッフの対応力向上」でありました。
Webサイトや口コミ、紹介を通じてせっかく患者様から連絡があったり来院されても、受付の対応が悪くて、実際に来院しなかったり、自費診療に不安を感じて他の歯科医院に行ってしまわれては意味がありません。
このように、Webサイトや受付スタッフのように、企業側の有するブランドが「お客様(患者様)」と接点を持つ部分を、「コンタクト・ポイント」と言います(他に、企業によっては「タッチ・ポイント」、「EXポイント」などと呼んだりされています)。
この「コンタクト・ポイント」がお客様に与える影響(または、「顧客経験価値(カスタマー・エクスペリエンス)」)の重要性にいち早く気付き、改善を繰り返すことによって企業ブランドが形成され、他社との差別化になると一般的に言われています。
cf.『ブランド価値を高める コンタクト・ポイント戦略』/スコット M. デイビス, マイケル・ダン著
事実、ブランド・ロイヤルティ形成のために、ステークホルダーに対して企業価値の向上に対する取り組みを恒常的におこなってゆく必要性の高い大手企業の多くでは、かなり以前から「コンタクト・ポイント」の整備にはこだわり続けてきていたと思いますし、行政では「窓口サービス満足度調査」の類をおこなっています。飲食チェーンや、スーパー、コンビニなどでは、本社の覆面調査員が定期的に回ったり、外部に委託して「来店客調査」を行っているところもあります。
今回のセミナーでは、歯科医院にとってもっとも重要な「コンタクト・ポイント」の一つである「受付スタッフ」の方々に、実際に座学と演習を交えたセミナーに参加して頂くことで、普段の仕事にお役立て頂くことを目的としていました。
現在当社では、歯科医院向けに「患者満足度調査」のサービスも提供できるようになっておりますので、是非ご利用頂き、恒常的な改善に繋げていって頂きたいと考えております。
さて、以上のように「コンタクト・ポイント」の重要性を、簡単にですが述べさせて頂きました。ところが、当社のお客様層である中小・ベンチャー企業の中には、なかなかこういったところまでは時間や予算的にも回らないというところは多いようで、歯科医院においても医療法人や個人経営を問わず、そういった医院は多いようです。
実は私自身も、お客様にサービス提供を行う部門であるのと同時に、発注側に回ることもよくあります。現在お付き合いさせて頂いている複数の協力会社様も、数年に渡りお付き合いを継続させて頂いております。どこも会社の規模で言えば大小様々ですが、共通して言えるのは「担当者」というコンタクト・ポイントに信頼感を持っているということでしょう。今までにお取引がなくなってしまった協力会社様もありますが、当社事情で解消になったものを除くと、私やCS本部の発注責任者が相手方担当者とうまくいかずに取引が解消になった事例がほとんどです。
当社でもそういった「発注側」の観点(お客様の立場)からの気付きから危機感を持ち、以前から不定期におこなってきた顧客満足度調査(CS調査)を、今期からは定期的に実施するように方針決定致しました。
※協力会社様との間、各生産工程間の品質管理フィードバックは数年前からおこなっています。
■顧客満足度アンケート実施レポート(当社公式サイト)
http://www.freesale.co.jp/service/customer.html
cf.Webサイトが完成した直後のお客様にアンケートをとる!?|Webコンサルタントjpコンサルタントコラム(吉田 亮)
http://www.web-consultants.jp/column/yoshida/2010/05/web-1.html
当社では、一お客様(一企業)に対して複数の部門が関わります。お客様の現状課題を吸い上げ、競合調査をおこない、その解決のための企画提案を行う営業部門に始まり、Webサイト納品時まで設計やスケジュール管理全般をおこなうWebディレクター、他に実際に顔を合わせるケースは少ないものの、Webサイトのコンテンツを制作するWebライターやWebクリエイターといったように納品までの工程の中だけでも、サービスや成果物に対するお客様の評価が決定するポイントが幾つか存在します。
「Webサイトの納品」という、業務の極一部ではありますが、当社サービスの肝となる部分でもあるため、工程別に細分化してご意見が受けられ、かつ分析可能なように、設問に工夫をしてあります。この顧客満足度調査の結果は、毎月当社の役職者が集まる会議で共有されるため、各工程の担当者にとっては、悪い言い方をすれば手を抜けないということになるのかもしれませんが、逆に言えばお客様からの絶対評価を得られ、それを上席者にアピールするチャンスの場にもなり得るため、サービスや成果物の品質維持・向上を図るための策でもあると考えています。
当社が手掛けるWebサイトの内、ある程度予算に応じて規格化された規模感のものと、発注者(お客様)の希望要件を満たしてゆく請負型の仕様のものとがありますが、前者においても規格化されるものはページ数や設計、大枠のスキーム部であって、実際の内容はお客様によってまちまちとなります。また、お客様によっては新規に販売をスタートさせたばかりの商品やサービスを扱うWebサイトを求められるケースもあり、共に設計・構築してゆく醍醐味がある一方で、しっかりとした業界知識や企業理解などのマクロ的な視点が求められるため、小規模のWebサイトであっても構築までにそれなりの時間がかかったりします。
大体2~3ヶ月間ですが、Webサイトは定型の形がある物ではなく、またすべて人と人とが創り出すものであるため、ときには小さなトラブルも発生します。特に制作工程に関わる属性のスタッフは、ともすると技術やアイデア出しに注力するあまり、お客様との基本的なコミュニケーションを欠いてしまうきらいがあるため、その間、個々のコミュニケーション・チャネルを全体的に管理してゆくための一つの手段としても機能させ、この制度によってそうした側面でも品質が向上してゆくことを目指しています。
コンタクト・ポイントという観点で見ると、先述した「受付スタッフ」、「社内担当者」などの従業員はもちろんそうですが、Webサイトもそれに該当します。
様々な環境下から訪れるユーザーに対する、ホスピタリティ溢れる設計、文章・デザイン表現などを今後も心掛けていきたいと思うのと同時に、成約に大きく絡んでくる部分であるとも思われるため、当社お客様の中でまだコンタクト・ポイントの整備に注力されていらっしゃらない企業様がいらっしゃった際には、整備をお勧めしていきたいと思っております。
それでは、今後とも当社提供サービスをどうぞ宜しくお願い致します。
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