小川 悟(取締役CS本部長)
ベトナム現地法人で体感するHOMEとAWAYの感覚、異文化と言語の壁を乗り越える「ビジョン」の力 ~生産性向上、最大化への取り組み事例(2)~
2012年04月22日 01:54 PM
投稿者 小川 悟
外国語を母国語の語彙に取り込むということは、「その観念を生んだ種族の思想」を(部分的にではあれ)採り入れることです。
/『寝ながら学べる構造主義』(内田樹著)
前回のコラムでは当社初の海外現地法人「フリーセルベトナム」が設立したタイミングとなり、「号外」として書きましたが、今回は前々回のコラムの続編となります。
その間、当社が第12期に入り、東京本社では社員総会が開催され、私もそれに合わせて一時帰国してベトナム現地法人設立のお知らせと今後のビジョンについて発表をおこなってきました。各部門からの報告やビジョン発表を受け、改めて今期もより一層成長できるように頑張っていきたいと考えておりますのでどうぞ宜しくお願い致します。
さて、前々回のコラムでは「コンテクストのズレ」をなくす努力が重要だと書きました。今回はさらに一歩踏み込んで、その手前の「意識(考え方)」の部分について書くことになると思います。
『世界で成功するビジネスセンス(篠崎正芳著)』にも書かれていますが、「海外諸国は一般的に低コンテクスト(Low Context)の行動文化です」とあり、つまり日本の「暗黙の了解」や「阿吽の呼吸」は通じにくいということで、誤解なく意思疎通をしたり、ビジョン共有や仕事の指示を行うために要する時間は、日本人同士のときと比べ「日本語なら三倍、通訳を介せば六倍、英語なら九倍からスタート」と書かれています。
もちろん国自体や、他のスタッフたちの経験などによって差はあると思いますが、私個人の体感で言えば、設立当初、ただでさえほぼ残業がなく就業時間が短い中、1日があっという間に終わってしまう感覚に襲われ、これは私が新しい環境に移り新鮮な気持ちでいるからだというより私の業務の進め方が非効率なのではないか?と不安になったほどでした。それだけ意思疎通や相互認識の確認に時間を取られていたということなのかもしれません。
当然これをいつまでも引きずっていたのでは改善も向上もありません。先人たちが既に採ってきた改善策も無数にあると思いますが、それらについてはまた別の機会に触れることにして、今回はまず、タイトルにも書いた「HOMEとAWAY」の感覚について書きたいと思います。
ここで私が言う「HOMEとAWAY」の意味ですが、日本の本社スタッフから見ると私自身は「AWAY」で仕事をしているとなります。しかし、私が見ているベトナム人スタッフからすればベトナムがHOMEであり、日本がAWAYになります。
私自身はどう思っているかと言えば、まだ正式にベトナム赴任して数か月しか経っておらず中途半端な立ち位置です。正直に心境を述べれば、本来は生きられることのないパラレルワールド(平行世界)の中に生きている感覚があって、人生を2倍楽しめているような気持ちでおり、少なくとも今の時期は個人的にはワクワクしてしまっております(汗)。
先に書いた「HOMEとAWAY」の感覚ですが、文章に書くと当たり前のように思えますが、当社も初の海外拠点ということで不慣れな部分もあり、まだ私の感覚からすると本質的に理解するまでは至っていないような感覚もあります。
以前本社で、私の見るCS本部内への落とし込みの内容に、縦割り組織にしないために「他部署理解」というキーワードを用いたことがありました。
管理者からすればどうしても自部署を推進する気持ちが強くなるため、他部署を本質理解することにフィルタ(偏見)がかかる場合があります。推進力は重要ですが、私はバランス感覚も重要だと考えていました。そのために「全体観を持つ」、「Jobローテーションを行う」といったことも進めてきました。そうすることでより質の高い、力強い「推進力」が得られると考えていました。
頭での理解や口頭では「私たちはお客様と当社のベネフィットのために仕事をする」と言っていても、つい顧客不在の開発・改善に走ってしまったり、ふと気が付けば某工場の生産ラインように「完成品が何になるか」を知らないままに制作業務をおこなってしまう状態に陥いることには常に注意を配り、周囲が牽制を掛け合っていく必要があると考えています。
私が今置かれている状況は、日本人駐在員は私1名ですが、10名近くのスタッフの内、日本語を話せるスタッフが3名います。私もこれから語学勉強を始める必要性があることは差し置いても、社内にいて仕事を回すだけならそれほど苦労しません。ベトナム国内の法律に照らしたり、国内企業とのコミュニケーションを図る際に異文化受容と言語の壁に当たります。
それらに対する免疫が少なく乗り越える力が不足している内は、「日本では○○なのに」という言葉がつい口に出てしまいます。現地化と標準化移転の狭間で揺れる心境ですが、今の私がまさにその状態です。まだまだ小規模な組織なので管理職層のスタッフはいません。これほど自責の感覚を研ぎ澄ますのに好都合な職場はありません(笑)。
では、具体的にどういった点で、本質理解にフィルタ(偏見)がかかるのかという点について、まずは例を挙げたいと思います。
ハッとさせられたのは、英文のパンフレットに記されていたひとつの単語を眼にしたときだった。その中に「ヴェトナム戦争中」とあるはずのところに「アメリカ戦争中」とあったのだ。よく考えてみれば、ヴェトナムの人々にとってあの戦争は「ヴェトナム戦争」などではなかった。少なくとも北ヴェトナムとヴェトナム解放戦線にとっては、アメリカとの戦争、つまり「アメリカ戦争」だったのだ。
/『一号線を北上せよ ヴェトナム街道編』(沢木耕太郎著)
私たちや諸外国が「ベトナム戦争(Vietnam War)」と呼ぶ戦争も、ベトナム人からすれば、ベトナムにおける歴史上の戦争はすべて「ベトナム戦争」となってしまいます。スタッフに聞いたところ、ベトナム人同士の会話では「アメリカ戦争」(「Chiến tranh chống Mỹ」等)を用いるということでした。意識していないと、ベトナム人に対して私たちは「私はベトナム戦争について勉強してきました」などと言ってしまいそうです。
他にも似たような事例があります。
「肩が凝る」という身体的生理的現象は、日本語を使う人の身体にしか生じないという医療人類学上の興味深い研究があります。(小林昌廣「肩凝り考」)
(中略)英語にはもちろん「肩」ということばがあり、「凝る」ということばもあります。しかし英語話者は「私はこわばった肩を持つ」という言い方をしません。日本人が「肩が凝る」のとだいたい同じ身体的な痛みを彼らは「背中が痛む」I have a pain on the backと言うのです。/『寝ながら学べる構造主義』(内田樹著)
真偽は別としてこれらの構造上の差異、考え方や気付きには、日本の「内側」にいる内はなかなか感じない感覚だと思いました。日本の「外側」から日本を俯瞰すると言うと大仰な感じがしますが、今の私は立場上ではベトナムを「HOME」とするものの、どちらにも属していないような感覚に陥ります。それだけに、今後生産性を向上、最大化させていくためには、両者間で「互いの概念にないものを努めて相互理解しようとする気持ち」が重要だと感じました。
ましてベトナム人は、個人的には日本人に近い国民性があるように感じる部分も多いです。もしかしたら、国民性は違うのだけど、今までの日本のODAや進出企業が教育によって根付かせた考え方が一部の人に浸透しているためにそのように感じるだけかもしれませんが、そうした多くの変数によって「今の私にとってのベトナム」が映っていることは事実でしょう。それから日本のやり方や考え方が全て正しいわけでもなく、少なくとも国自体や組織のフェーズによって柔軟に変えていく必要はあると感じました。とにかく、今のベトナムは日々進化していっているようにも見えますし、私自身も今後いろいろな境遇に置かれ様々な経験をしていくことになるので、都度見え方は変わってくると思いますが、本質的な部分(「互いの概念にないものを努めて相互理解しようとする気持ち」)はブレてはいけないと感じました。
ただ、考えてみれば、この高コンテクストと低コンテクストとのズレによる行き違いは、何も高い低いの話や日本とベトナムとの関係だけでなく、男女間や上司と部下との関係(構造)などでもゴマンと語られてきた話ですね。
「これだからゆとり世代は――」、「バブル世代、あるいは就職氷河期を経験した上司は――」と決めつけて他責にすることで回避できる責任もあるのでしょうが、重要なことはそれらの差異に気付くことでもなく、責任を回避することでもなく、どうやってそれらの事実を踏まえて各自が結果(全体の利益)に繋げていくか、そして良い結果を出すまでの時間(スピード)です。いくら良い結果を生み出しても期限を過ぎて(市場機会を失って)しまったら価値はありません。
小さな話ですが取り急ぎ私は、スタッフとのランチの機会を設けました。普段のランチでも席を共にしてローカルフードの弁当を食べることもありますが、それとは別に定期的に2、3人でローテーションでランチに行くのです。
それを続けていく内、先述してきた日本の内側からの視点・発想――、すなわち、それまで「ベトナム人」と一括りで考えていた考え方はすぐに払拭され、「○○くん、○○さんは、こういう性格で、こんなことを志向している」ということが面白いくらいにすぐに見えてきます。手間はかかりますが、スタートアップ期に簡単にできる行動ではないでしょうか。
また、関連した話題で言えば、「ベトナム人」は報連相が下手だと言われますが、何度も繰り返しランチに行く内に、すぐに報連相に近い行動を取るようになってきました。個人的にはあまり「日本人」との違いを感じていません。もしも「国籍」で括れる話なのであれば、日本で報連相が新卒の研修メニューからとっくに外されていてもおかしくない筈です。
数十年前のベトナムはそういうこともあったのかもしれませんが、少なくとも今現在私が目の当りにしている「ベトナム」では、報連相のスキルに限らず、ほぼ全てのケースにおいて「国(籍)」に依るのではなく「人」に依っているのだと改めて再認識しました。
以上のことは、彼らが憧憬している「Made in Japan」、期待している日本の先進型マネジメントを提供するための最低限の行動の一つにすぎませんが、私が何を考えどのように判断・行動しようとも、ビジネスは常に有限の時間の中での勝負なので、特に経験がそれほど豊富なわけではない私がどんなに焦っても足りることはないと思っています。
今のベトナム人スタッフが、日本人である私や日系(外資系)企業である当社に付いてきてくれているのは、まだまだ少なくとも「私」に対してではないと考えています。先にも触れた、ODAをおこなってきた日本という国に対する印象、先人たち(進出企業)が築いてきた信頼、憧憬する「Made in Japan」――、そういったものに付いてきているのだと考え、異文化や言語の壁を乗り越えて自分自身の行動と結果で信頼を築き、影響力を持っていくしか発展の道はありません。ここを勘違いすると、入口からつまづく可能性しか見えません。
以上、どちらかというと自戒を込めた内容になってしまいましたが、これから進出をご検討されている企業様のご参考の一つにでもなれば幸いです。
「これから」を良くしていくのは「私」次第という話――、ということで今回のコラムを終えたいと思います。
もし、この国を人間にたとえるなら、江戸時代の日本は引きこもりのオタクだった。「坂の上の雲」の時代は、新たな人間として生まれ変わり、健気な少年のそれであった。高度成長期は血気盛んな青年にたとえられよう。そして、いまは、ちょっとくたびれた中年か、魅力的で頼りになる壮年になるかの分かれ道にある。
/『本当はスゴい国?ダメな国?日本の通信簿』(八幡和郎著)
この記事に関連するテーマ
【号外】フリーセル初の海外拠点、海外現地法人「フリーセルベトナム」設立のお知らせ ~法人設立パーティーを終え、設立経緯や今後の展開のことなど~
2012年03月25日 01:46 PM
投稿者 小川 悟
どんな国のどんな空港でも、初めて降り立った空港の建物を出る時は緊張する。その向こうにどんな街が広がっているのか、どんな出来事が待っているのかを思って緊張するのだ。
それを「期待」と言ってもいいし、「不安」と言ってもいい。
/『一号線を北上せよ ヴェトナム街道編』(沢木耕太郎著)
今月3月6日、進出コンサルティングを受けていた現地企業のご担当者様から、ベトナムにおけるライセンス(事業認可)が下りた連絡を受けました。
英語表記で「FREESALE VIETNAM CO., LTD.」です。以後どうぞ宜しくお願い致します。
それまで駐在員事務所として機能していた、まだ真新しいオフィスで私は思わず「やっと取れたよ!」と、お送り頂いた証書のPDFデータをプリントアウトして現地スタッフに向かって叫んでしまいました。スタッフからも「良かったですね!」と笑顔で元気の良い返事をもらいました。
日本で普通に勤務している中では味わえない企業誕生の貴重な瞬間に立ち会った気持ちで、オフィス内がいつも以上に明るい雰囲気に包まれた瞬間でした。
日系企業がベトナムで事業を行うためには、共通投資法と統一企業法という法律に定められた手続きが必要です。投資分野(進出事業)によって優遇税制が受けられたり、逆に投資規制があったりします。
現在はICT(Information and Communication Technology=情報通信技術)やハイテク分野等への投資を国が推奨している時期で、当社の投資分野においても関連分野ということで、他の業種よりは恵まれた環境にあったということですが、現地に駐在しながら認可が下りるのを待つ身となると、いてもたってもいられない気分が続いていたので大変嬉しく感じたものでした。
詳しくは以下をご参照下さい。
■ジェトロ - 日本貿易振興機構(ベトナム)
http://www.jetro.go.jp/world/asia/vn/
cf.ズン首相「外資誘致は鉄鋼ではなくハイテクを」(「Vietnam Foreign Press Center」,2011年12月16日)
http://www.presscenter.org.vn/jp/content/view/2485/27/
この動きに合わせて、当社でもニュースリリースを発表しました。
早速、現地の有名新聞社2紙をはじめ、ニュース媒体社様から取材を受け、ありがたいと思います。
■ベトナム現地法人設立のお知らせ(2012年3月16日)
http://www.freesale.co.jp/news/ir/post-35.html
設立と同時に私が代表者に就任致しましたが、法人設立に際しご協力頂いた皆様に、この場を借りて改めて厚くお礼申し上げます。
また、23日(金)には、ベトナム現地オフィスに程近い日系レストランの一部を貸し切り、当社進出にあたりお世話になった方々をお招きし、ささやかながらパーティーを開催致しました。
当日スピーチをさせて頂きましたが、本当にいろいろな方に支えられて今回の事を成し得たのだなと痛感致しました。お忙しい中、ご足労頂きました皆様、お花を頂きました皆様、本当にありがとうございました。
■2012年3月23日(金)、フリーセルベトナム法人設立パーティー時の様子
当社ベトナム進出の主旨は上記リリースに全てまとめられていますが、今回のコラムではもう少しリアリティのある体験談や今後の展望を中心にお伝えできればと思います。
私が初めてベトナムに訪れたのは、2009年2月のことでした。
以下のコラムでそのときのことについて書いたことがありました。
■ベトナムIT企業視察等で感じた、多様性の受容と異文化コミュニケーションの重要性 ~ "ビジネスマン" 白洲次郎の「プリンシプル」を貫く生き方を目指せ~(2009年2月28日)
http://www.web-consultants.jp/column/ogawa/2009/02/post-26.html
cf.
■中小・ベンチャー企業も注目するASEAN市場 ~アジアビジネス関連セミナーや、ベトナム出張を通じて~(2011年7月30日)
http://www.web-consultants.jp/column/ogawa/2011/07/post-63.html
■カントリーリスクを踏まえ、ベトナム投資・進出時にチェックしておきたい工業団地、ハイテクパーク、ソフトウェアシティのご紹介 ~上半期総会を終え、「自己成長のためには新たな環境に自ら身を置くことが一番早い!」と感じた海外出張記~(2011年10月31日)
http://www.web-consultants.jp/column/ogawa/2011/10/post-71.html
その後、計5回の短期出張を経て、11月下旬より、ほぼ常駐のような形で現地赴任しておりました。
これらの出張の中で、多くの方と出会い、進出のお声掛けを頂いたというのが直接の進出のきっかけでもありましたが、実は当社と「ベトナム」との出会いはさらにさかのぼり、2006年のことになります。
現在でこそ、私の見ているCS本部も総勢90名近くの組織となりましたが、当時2006年4月(第6期)は当社が急激な成長をし始めた頃で、私が見ていたCS(Customer Support)課と、別組織だった制作課(現制作部)を統合する形でCS本部の前身だったCS(Customer Satisfaction)部が創設され、まだまだ経験不足だった私をCS部長としてアサイン頂いた月でした。それでも現在の半分以下の40名体制でした。
翌5月に、当社旧CS部でベトナム人派遣スタッフの受け入れを行いました。初めての外国人派遣スタッフの受け入れ――、本人は日本語を話し、Web制作のスキルもあり、当社スタッフも仲間意識が強かったため、業務遂行上のコミュニケーションや成果物の品質について大きな問題は起こりませんでしたが、同時にどうしても日本人とは同じになり切らない多様性を組織として初めて体験、学んだときでもありました。
新生CS部において、多様性のマネジメントの学習や、ちょっとしたマーケティングの意味での試験的な1年間だけの受け入れ期間でしたが、そこを契機としてベトナムにある日系企業との取引が始まっていきました。
また、実はその本人は当社を離れた後、5年間程を日本のIT企業数社を渡り歩き日本語とWeb制作スキルを高めていましたが、今年ベトナムに帰国する理由があり、本人の希望でフリーセルベトナム設立と同時にスターティングメンバーとして参画することとなり、稼働初日から本社から文句なしの最高評価を受け、心強い戦力となっています。
とは言え、今に至るまでの間に、多くの同業者同様に当社でも国民性や商習慣の違い等、様々な課題に直面して苦しい思いもたくさんしました。
私の父(ギリギリ戦中派に含まれる世代)が小さな町工場を経営していた関係で、バブルが崩壊した私の中学時代から、新聞に「産業空洞化」の活字が大きく見出しに書かれる度に特段興味のなかった製造業界の現況を聞かされたり、「社会科見学」だの、「自分の小・中学時代は丁稚奉公が当たり前だった」だという理解不能かつ不条理な口実で実際に工場に連れていかれプレス機械の操作をさせられ、夏休みのほとんどを父の手伝いのために弁当持参で職場で過ごしたり、家でも納期が迫る不良部品のふるい分けの仕事を母や姉たちと一緒になって内職として手伝わされたりしたものでした。
学生時代には中国に進出していた某大手電機メーカーの工場を視察する機会を得、父が所属していた地元の会の会報誌に学生視察代表として記事を寄稿して掲載頂いたこともあり、そうしたことなどをきっかけに趣味の上でも工場見学をすることが好きになっていったものでしたが、同時に本音としてはそうした険しい道を避けたく、就活期にはまだ黎明期で華々しく見えたIT業界への進路を選択していました。
しかし、いざ自分自身が当事者として生産管理者になってみると、業種は違えども「ものづくり」界における先輩業種が今までにぶつかり解決してきた課題のスケールの大きさや、イノベーションを極めたノウハウや精度の高さに改めて圧倒されたものでした。
他業界に比べ未成熟と言われ続け、都度ポジショントークで否定し続けてきたWeb業界特有の甘さですが、そうした過去の体験の中で身を持って痛感し、何とか質を引き上げていきたい気持ちに駆られていきました。
何の因果か分かりませんが、結局私は自身が避けてきた筈の険しい道を、再び歩まなくてはならない立場になりました。今はただ、この現実をしっかりと受け止めて、初心に返ったつもりでひたむきに頑張る時期だと考え、任された組織と関係者との共存共栄を目指して努力していきます。
ベトナムにある日系企業との商流が日増しに大きくなっていった当時、私が各ラインの管理者に落とした指示の内容は「発注先チームのスタッフを、自部署の部下、スタッフだと思ってマネジメントして欲しい」ということだけでした。
私はもとより各管理者も初めてのことばかりでしたが、愚直に業務を遂行、改善をし続け、遠隔マネジメントにおけるガイドライン共有やチェック体制、教育、評価、リスクマネジメント等で試行錯誤してアウトソーシングのノウハウを溜めていきました。
また、今回の当社ベトナム進出にあたり、お取引先の1社から一部事業譲渡のご提案を頂き、当社業務を担当してくれていたチームをそのままスターティングメンバーとして譲り受けました。
■法人設立パーティー時に、当社FVNスタッフで記念撮影をしました。
何もかもが初めての当社海外進出ではありましたが、当然勝算の見込みを減らす無計画な進出というわけではなく、近い将来、組織の核となってゆく野心の強いスターティングメンバー全員が、当社既存スタッフのよく知る数年来のパートナーであったスタッフだけで構成された組織となっており、業務フローや品質基準に対しての理解もあり、コミュニケーション面でも業務遂行面でも一切の問題がありません。
「ベトナム(人)だから」というオフショア開発の入口にある初歩的な課題は当初からなく、日本市場で求められる品質基準を前提として、ベトナム国内向け・海外向けといったグローバルスタンダードも学びつつ、よりスピーディーにしっかりとした組織を構築・拡大していき、本社CS本部との連携を強めて大きなシナジー、付加価値を生み出していくことが設立初年度の大枠の目標です。
話が前後しますが、なぜ当社がこうした組織をベトナムに作らなければならなかったか――。
先の当社ニュースリリースに概要がありますが、2005年以降、当社では「中小・ベンチャー企業向けWebコンサルティング」を推進し、お蔭さまで現在では運用させて頂いている企業数が5000社近くにのぼります。
当時はまだ「Webコンサルティング」や「Webコンサルタント」についての概念も出始めで、同業界に大きな事例も多くはありませんでした。
当社のお客様となられる企業様は業種も多岐に渡りますが、多くの企業様で、社内に専属のWeb担当者を置いて自社のWeb戦略を推進するという体制はお持ちではなく、そのトレンドはこれだけWeb戦略の重要性が高らかに謳われるようになっても大きく変化はしていません。
当然ながらお客様には本業があり、Web戦略が重要だと分かっていても、Webサイトの制作はもとより、ディレクションや改善業務、SEO対策やアクセス解析、インターネット広告の運用管理を一元で行う担当者を雇用するためには採用コストや人件費面で課題があることはもちろんのこと、Web担当者への教育やキャリアパス提供面でも、また間接部門の担当者に兼務させるにしても本業推進上で難しいことの現れであると感じています。
大手・中堅企業であれば、社内に専属のスペシャリストを置き、子会社にWebサイトの運用やマーケティング、広告宣伝の機能を持たせ、さらに外部のコンサル企業や広告代理店等と連携してうまく回していると思いますが、私たちのサービスを導入頂ける企業様はもっとかける予算を少なくしたいと考えていますし、実際に受託側も、少ない予算でワンストップで請けて運用管理と提案を続けていくというのは難しいと思いますので、発注先が細分化されてしまい、そのために発注側もコストを最小化するために、ある種運命的な出会いに期待しつつ安価な制作会社を乗り換えながら運用していかざるを得ない状況にあったと思います。
そうした業界特有の市場構造に着目して目指したのが、当社の「Webコンサルタント」体制でした。
新規のドメイン取得・サーバホスティングから始まり、Webサイトの構築(ライターは専属)、納品後のサイト運営、インターネット広告出稿代行及び運用管理業務等、他にも、Webサイトの運用は納品後、専用の電話・メール窓口機能を持ったコンタクトセンターに移管され、ここでは機械的ではなく一人ひとりのお客様を考えたホスピタリティある対応を心掛けています。
また、全5000サイト近くのサーバ稼働状況監視、タイムリーなアクセス解析やSEOトレンドに対する対応をおこないながら、Yahoo! Japan、Googleでの検索結果順位を一元管理し、Webサイトごとの状況に応じてアウトバウンドチームが改善策をまとめてお客様への提案資料作成とアウトバウンドコールをおこない、制作チームが修正を行いお客様へ完了報告を入れます。
その他、各種ブラウザやプログラム、プラグインの仕様変更への対応に始まり、マルチデバイス・マルチプラットフォーム対応と、昨今のグローバル化に伴う多言語対応といったWebマーケティングの複雑化への対応等――、「ご契約頂ければ、必ず投資した以上の見返りがあります」という類のサービスではありませんので全てのお客様のご期待に沿えているわけではございませんが、うまく役割と責任を切り分けた関係構築をできているお客様から順に成果を挙げられている企業様も増えてきており、予算を引き上げる代わりにより大きな結果をご期待頂くケースも増え、一層の受け入れ体制の強化が求められてきています。
お客様の現場にいないとできない業務と遠隔でもおこなえる業務、本社でしかできない業務と沖縄で可能な業務とベトナムで可能な業務といったように、本部内で役割・機能の切り分けが進んでいきました。
こうして構築してきたサービスのエントリープランの月々の運用コストをオペレーターのアルバイト1人月の20分の1くらいに抑え続けながら事業継続、サービス向上、社内環境改善に取り組んでいくことは決して楽なことではありませんでした。
以上のようなことは、PDCAサイクルを回す上で当然と言えば当然の流れかもしれませんが、お客様に跳ね返ってしまうコストを上昇させることのないムダのない生産ラインの構築と、全スタッフの分析力・制作スキルの向上や一部機能自動化による業務効率化が求められました。
本社側で労働集約と知的生産の双方の機能を内制化してより上流工程に磨きをかける一方で、フリーセルベトナムはその生産ラインの一部を担うことを当初の目的として設立致しました。
当社代表の木村が、前回コラム( http://www.web-consultants.jp/column/kimura/2012/02/post-39.html )にも書いていますが、まさに投資です。
今回のベトナム進出は、当社の企業成長フェーズに見合った必要に迫られて、あるいは当社ビジョンの実現に向けて将来を見据えておこなった投資です。
私の見ているCS本部もこの6年間の間に40名体制が90名体制となり、その間、会社として採用コストや教育費を含めた人件費増やサービスコスト増を含めた投資がおこなわれて成長してきました。
現在では、以下「顧客満足度調査」結果にもありますように、お客様からも良い評価を多く頂けるようになりました。
今後は、本社のさらなる提供サービスレベル向上のスピードを上げていくためにもフリーセルベトナムの拡張を急ぎ、サービス部門の責任者として確信を持って次のステップを目指す所存です。
■サイト納品時顧客満足度アンケート
http://www.freesale.co.jp/enquete/
cf.顧客満足度調査結果
http://www.freesale.co.jp/service/customer.html
今に至るまでの経緯を当事者として体験してきた経験から思うことは、当社と全く同じ課題にぶつかっている同業他社はそこまで多くはないと考えています。
その現れとしてか、SIerやシステム開発会社などは既に多数進出されていますが、WebインテグレーションやWebコンサルティングを専門とする分野で、当社と同じような目的で生産拠点をベトナムや他のASEAN地域にも構える企業をまだあまり多くは知りません。
今まで私が生産現場における当事者として経緯を見てきた観点から考えられる理由として、発注単価などの業界構造上の問題でコストメリットを生かせなかったり、そもそも事業ドメイン的に国内リソースで足りてしまうことがあるからではないかと考えています。
同業界における課題先進企業としての社会的責任も感じながら、非常に有意義な気持ちでスタートを切れたことは恵まれた環境にあるとも感じています。
もちろん、ベトナム進出を機に多くの出会いもあり、ベトナム国内でのお付き合いも幾つか始まって参りました。
今後、当社お客様の中やこれからお客様となられる企業様の中からも、ベトナム進出をご検討されるところも増えてくるかもしれません。
そうしたお客様へ向けたサービスも早々に確立して参りたいと思います。
当社第11期最後を締めくくる3月、今期の経営テーマであった「全員アドベンチャー」にふさわしい当社の挑戦ということで、当社初の海外現地法人設立が期内に間に合ったことにつきましては、進出コンサルや手厚いサポートを頂いたお取引先様、社内関係者の皆様に改めて厚くお礼申し上げたいと思います。
来期は今期以上に売上・利益を上げて、お客様にも一層のご満足をして頂き、当社スタッフが居心地の良い会社になることに加え、ベトナムでの生産体制強化をやり遂げます。
以上、フリーセルベトナムの簡単なご紹介となりましたが、引き続き本社ともどもどうぞ宜しくお願い致します。
もしかしたら、誰にも「北上」したいと思う「一号線」はあるのかもしれない。もちろん、それが「三号線」でも「66号線」でもいいし、「南下」や「東上」であってもかまわない。
たぶん、「北上」すべき「一号線」はどこにもある。ここにもあるし、あそこにもある。この国にもあれば、あそこの国にもある。私にもあれば、そう、あなたにもある。
/『一号線を北上せよ ヴェトナム街道編』(沢木耕太郎著)
この記事に関連するテーマ
人間にはそれぞれ、多様な出自や価値観があって同じ言葉を使っていても同じ意味で使っているとは限らない。合意を形成するためには、インプット(感じ方)はバラバラでもいいのだけれど、アウトプット(表現)は統一しなければいけない。
/『コミュニケーション力を引き出す: 演劇ワークショップのすすめ』(平田オリザ著)
1月に一旦は決定となった政府の自殺対策強化月間のキャッチフレーズ「あなたもGKB47宣言!」が各方面からの批判を受け、「あなたもゲートキーパー宣言」に改められたというニュースがありました。このネーミングの是非については敢えて触れないことにさせて頂きたいですが、初めて文字を見かけた際は、正直政府発案のものだと思わず、まして自殺対策強化月間のキャッチフレーズだとは記事を詳しく読むまで気付かなかったということだけ感想を述べたいと思います。
これにより、ポスター25万枚の刷り直しで300万円の損失が出たとのことですが、細かいことまで言えば、決定までにかかる諸々のコスト等も含めると実態としてムダはもっとあったことでしょう。実際に大切なご家族や知人を亡くされたご遺族の方や知人の方々が不愉快になられるのはもちろんのこと、日本の家計が苦しいときでもあり強く反感を持たれた方も多いのではないでしょうか。
多くの識者が議論を重ねても、こういったネーミングが会議を通過してしまい、いざ公の場に出るまで違和感に気付かない。認知バイアスの格好の例だと感じたニュースでした。
今回のコラムでは、上記のニュースに着想して、商品やサービスのネーミング、部署名や社内ツール等の社内呼称命名のタイミングで、過去に私が感じた生産性向上との関係性や、生じたトラブル、その過程でCS本部内に某部署が誕生し今に至ることとなった経緯について思い出しながら、個人的な見解を書いてみることに致します。
私はCS(Customer Satisfaction)本部の担当役員をしていますが、いわゆる一般企業で言う広報業務をしばらくの間兼務していました。
現在でこそ正社員210名程の規模となった当社ですが、私が入社したばかりの頃は、まだマンションの一室を借りて5,6名で各自がいろんな仕事を兼任しながら回していた会社でした。
入社したばかりだった私も、お客様向けにWebサイトを制作したり、ビデオカメラを持ってインタビューに行ったり、以前提供していたEC事業ではYahoo!ショッピングストアの店舗運営をしたり、小規模の社内LANを構築しにお客様のオフィスにお伺いしたり、その延長で、“リレーションシップ”をお客様以外にも拡大して、自社のニュースリリース発行やメルマガ配信、Web社内報の企画・配信、商標取得の仕事などもやらせてもらっていました。
社会に対する当社の影響力が今よりもはるかに小さかった当時でさえも、ニュースリリースを発行するときには大変な緊張感を覚えていました。
学生時代と社会人になってからの3年半ほど広告代理店に派遣スタッフとして働いていたこともあり、かねてから企業の広告宣伝業務や広報業務に興味があり私自身が希望してやりたい仕事ではありましたが、未経験の仕事でもあり、社内に教えてくれる人もおらず、「やりたいのにうまくできない」というジレンマを抱えていたことを思い出します。
後々、当時の当社にしては高い講習費を会社に出してもらって広報業務に携わる人向けのセミナーに通わせてもらい、他社のプレスリリースの過去事例共有や、ゲストスピーカーで講師を務められた、過去実際に社会的に大きなニュースとなって記者会見で猛烈なバッシングを受けられた現役の大手メーカーの広報責任者による体験談を含めたご講演、新聞記事の読み方(取材先企業の広報担当者が事実を明確に話したのか憶測で話したのかを記事の文末表現から読み取るコツ等)といった座学をはじめ、自社紹介時の発声を実践練習したり、実際に民放キー局に行って収録スタジオや音響・照明装置の説明を受けたり、美術部門の見学までを体験し、関連書籍も十数冊読んで何とか感覚を掴んでいったように記憶しています。
ニュースリリース(プレスリリース)はある程度紋切り型の要素があるとはいえ、自分の書いた文章が会社を代表して世の中に出る以上、いい加減なものを書きたくないという気持ちが強く、少しのストレスになっていたことを思い返します。媒体社さんから取材依頼を受けた際、良い関係を構築したいので正直にすべてを話したかったし、持てるデータは全て提供したい。しかし、そういったデータも限られているし、話したことは全て書かれてしまっても文句は言えない、まして無償の記事広告(フリーパブリシティ)となれば掲載内容の確認ができないまま公にリリースされてしまう場合もあるため、自身の発言が重要になってきます。
社長の方針とズレていないか、テーマやターゲットが明確になり、商品・サービス特性は客観的に分かりやすく説明されているか、データの引用や造語についての説明はどのように付記するか、(そもそもテーマとしているものが)コンプライアンスに抵触していたり企業モラル的にはどうか、著作権や商標権を侵害していないか、そして誤字脱字はもとより言葉の誤用がなく適格な言葉選定になっているか、引用元情報の正確性(裏取り)や客観性はどうか(あからさまな自社PR、ポジショントークに終始していないか)等、日本語として稚拙な文章になってはいないだろうか、これらをセルフチェックだけでリリースしなくてはならない重圧というか――、また、実際に取材になるかトラブルが生まれない限り賛否が評価されることもなく、社内で問題にされることもない業務でもありながら、逆に言えばネット上に公開した情報は半永久的に残ると言われているし、そもそもプレスリリースは訂正がきかないという自身にだけ感じるプレッシャーがあって余計に気を揉んでいたものでした。
私企業で、とりわけ大きなメーカーさんですと「ネーミング」は商品開発やマーケティング上で非常に重要な意味を持ってくるものですし、今回のキャッチフレーズはどういう経緯で生まれたのだろう、とはそういう意味でも気にはなりました。
そうして時を経て、2007年頃になると当社もかなりの大所帯となって、現在のCS本部の原型もしっかりと組織構築されてきました。同時に、幸いにもお客様の数が急増し、組織力で対応する必要に迫られてきました。
その頃、CS本部内に「ライティング課」(制作部)という部署を創設しました。
月間70~100近くの企業サイトを納品してゆくにあたり、Webサイト内の文章についても専門性を持たせたスタッフに分業で作業をしてもらう方が効率的でありましたし、何より品質が上がり歩留りも改善します。伝言ゲームによる情報劣化とコミュニケーションコストの増加部分について工夫して乗り越えることができれば、きっと顧客満足に繋がると考え立ち上げた部門でした。
この「ライティング課」も、お陰様で管理者の松岡が薬事法管理者の資格を取得したり、当社の業容拡大に伴い、課としての職域も拡大してきており、昨年2011年7月には、「ライティング課」改め「コンテンツ編集課」と呼称変更をおこないました。
もともとライティング課スタッフに求められていた職能は、当然、文章を書くのが好きとかうまいとかではなく、大前提として取材ができるという基本的なコミュニケーション力があって、他に予備知識として校正知識、SEO(検索エンジン最低化)の知識、DTP(Desktop publishing)との違いを理解しているか、フォント(やタイポグラフィ)、情報デザインやIA(=Information Architecture=情報アーキテクチャ)についての理解、コピーは作れるか、広告についての基本的な知識やIT関連の法令を熟知しているか、そして当社の場合はお客様に歯科医院様が多いため歯科に関してある程度の専門知識があるかといったことが挙げられます。
やがてマーケティングについて最低限の素養はあるか、一般的な業界知識や産業構造、市場流通し付加価値を生み出している商品ーー、財(物)・役務(サービス)等のトレンド、また会社経営や消費者心理等へ対する興味心があるか、そして、Webサイトに限らず媒体上の文字や画像、動画等を、いわゆる「コンテンツ」として見ることができるか?といったことが求められるようになっていきました。
この場合「コンテンツ」を「メッセージ」に置き換えても良いかもしれません。ディレクターと多少かぶる部分もありますが、例えば「この文章分かりにくいね、もっとコンパクトにまとめるといいのに」といった話だけで終始するのではなく、「この文章ってそもそもここに必要?」とか「もっと余白が欲しいよね」とか、「自分がこの記事を書くのだったらドロップキャップ(先頭文字だけフォントサイズを大きくする)で書くよ」とか、「この文章って明らかに紙からのコピペだよね、Webに転載するならデザインもDTPレイアウトにするとか工夫が欲しい」とか、「“納品までの流れ”を説明するコンテンツなんだから文字だけで説明するのではなくフレームワークを用いるべきだ」といった判断や議論ができるライターであって欲しいという意味合いを含めています。
つまり、文章を書くことが仕事とは言っても、当然ながら原稿を提供して下さるお客様は、正しい日本語でリライトしてほしいと思って私たちに原稿を出してくれているのではないという見地からスタートすべきですし、「取材した内容に忠実に正しい日本語で、あるいは情景描写豊かに豊富な語彙で文章を書ける」ことだけが仕事に求められているわけではないという話ですね。
そうした思いも込めて今回の呼称変更をおこないましたが、「名は体を表す」という言葉もありますし、当初はチームのメンバーにこの思いの本質や、部門の目指すべきビジョンがぶれないだろうかといった懸念がありました。しかし、こうした私の心配をよそに、スタッフからの評判や理解は良く、各自が一層自身の職域を拡げようとしてくれているのが伝わり、結果からすると良かったと思っています。
一般企業にとっての商品名はもちろんでしょうが、部署名やチーム名は会社や部門の方向性を示し、お客様への提供価値にも関わるものですので、私たちとしては慎重になります。
cf.「USP(Unique Selling Proposition)」を創る ~社員総会と内定式、「ゆとり第一世代」を迎えて~(2009年10月12日)
http://www.web-consultants.jp/column/ogawa/2009/10/post-41.html
私たちの仕事の中で、大きなところで言えば新たに部課、チームが創設されるとき、新商品導入時、新規プロジェクト、部内の教育制度まで含め、この「ネーミング」は強く意識しています。
上記以降に書いた内容をご参照下さい。
本文冒頭に、劇作家の平田オリザ氏の著書から一部を引用しました。
政治活動に関与されていたこともある方ですが、ここでは劇作家や演出家、講演家としての側面にスポットを当ててみたいと思います。
劇作家・演出家ですので、当然役者を束ねて一つの世界観を構築し、観客に提供するというのが仕事です。これを拡大解釈すれば、ビジネス上にも「役割演技(ロール・プレイング)」という言葉もあるくらいですし、当社のような私企業の組織でも一部該当する要素もあります。
例えばですが、「華やかに演じる」というだけの指示があって、登場する役者が皆、同じ表現ができるでしょうか。人によって「華やかに」の印象(Impression)が異なることで、それに対する表現(Expression)が異なってしまうと、舞台進行はバラバラになり、観ている人からすれば「?」となってしまいます。
観客も含めて舞台ですから、演じている側の独りよがりになってしまったら本末転倒ですね。こうした役者間の共通感覚のズレのことを演劇界では「コンテクスト(文脈)のズレ」と呼んでいるそうです。広義で言えばコミュニケーションに括られるようにも思いますので、演出家の仕事にはコミュニケーションデザインも含まれるということになりましょうか。
確かに私たちの仕事でも思い当ることは多いです。私たちも以前に大きな失敗をしましたが、お恥ずかしながら分かりやすい話ですので例に出します。
お客様から作業依頼を受けたスタッフが「今日中に対応します」とお答えしたことがありました。軽作業だったので二つ返事に返答したのでしょうが、作業が完了しスタッフがお客様に連絡を入れたのは19時近い時間でした。しかし、そのお客様は、その会社の定時であった17時半で既に退社されていたのです。翌日「御社の“今日中”とは23時59分までを言うのですか」と苦言を頂戴し、私たちは大いに反省することになったのでした。このとき私は「顧客目線の欠如」とはまさにこのことだと痛感しました。それ以来、依頼を受けた際の完了予想時間帯は時刻を明確にするように、コンタクトセンターの社内ポリシーに加えました。
その際の当社スタッフとお客様との間で「今日中」の解釈が異なっていたのです。同じ言葉ですが、人によって捉え方や意味が違います。そこまで気遣えるか?ということですが、常にお客様の目線で捉え、考えることである程度は気付くことができますね。私たち自身がもっと努力を重ねなくてはなりませんが、お客様に育てられた部分は大きいです。
同じように先の部署名の呼称変更についても「コンテクストのズレ」を意識していました。今ではWeb業界において「コンテンツ」という言葉に一定の意味が持たれ、理解がされやすくなっているとは思いますが、当社の当事者部門以外のスタッフ間でも理解が得られるかといったことが課題でした。
こうした意思伝達、コミュニケーションというものは、当然「コンテンツ編集課」だけでなく、当社ではWebサイトのプロデューサーとしての立ち位置になる営業や、Webディレクター、クリエイター、お客様対応をおこなうコンタクトセンターのスタッフなど全員に求められてくる能力です。「コンテクストのズレ」はコミュニケーションを形成する一端ではありますが、意識して仕事をするだけでもコミュニケーションが大分スムーズにいくようになると感じています。
次回のコラムではこの話の続きとして、現在私がベトナム・ホーチミンに駐在し、語学力の拙い私が現地のベトナム人とコミュニケーションをしていく中で感じていることを書きたいと思います。
最後になりますが、2009年に私が初めて出張でベトナムを訪れた際のコラムは以下となります。
■ベトナムIT企業視察等で感じた、多様性の受容と異文化コミュニケーションの重要性 ~ "ビジネスマン" 白洲次郎の「プリンシプル」を貫く生き方を目指せ~(2009年2月28日)
http://www.web-consultants.jp/column/ogawa/2009/02/post-26.html
まだいろいろ現場を体験する前に、私なりに感じた、多様性の受容(Diversity and Inclusion)や異文化コミュニケーションについて書いたものですが、あれから3年が経ち、実際に当事者になって感じることに変化もありますので、是非現地から、生の声をお伝えできればと思います。
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