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コンサルタントの紹介

並木 遼太郎(名古屋営業所課長代理)

「売れる仕組み」の構築・強化に定評

入社時から一貫して営業組織に在籍し、現在は組織の育成・管理を行う。顧客獲得プロセスのあらゆるシーンにおいて有効なWebサイト活用法を熟知しており、「売れる仕組み」の構築・強化を得意としている。「Webサイトに営業力を」というテーマを掲げ、中小・ベンチャー企業を取り巻く様々なマーケットに対し、論理的アプローチと感情的アプローチを適切に選定したWeb戦略を提案している。

Webプロモーション戦略立案新規アカウント開拓

受け取る情報のギャップ

2009年10月31日 04:25 PM

 投稿者 並木 遼太郎

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こんにちは。

先日、一日の終礼でこんな話をしました。

「人間の身体の構造上、自分の肘の先を自分で舐めることはできないらしいよ」

体の柔らかい方はできそうなので、この話の真意のほどは分かりませんが、私が小学生くらいの頃に本か図鑑か何かで得た情報でした。
(※文字で肘先というとイメージが難しいかと思いますが、ぶつけるとジーンとする辺りとお考えください)

それを聞いたスタッフのリアクションは、とりあえず自分の肘先を舐めようとして「あ、ほんとに届かない」などと試している人間が多かったです。
リアクションを見るからに、彼らは
1、自分で試してみたい
2、何かの機会に誰かに言いたい、共有したい
と感じたはずです。


そもそもこの話をした経緯として、最近の営業組織の課題に対しての取り組んでいることの一環のある場面がきっかけでした。
課題解決に取り組むなかの一つで、私が取り組んだことに「共有する時間の質を高める」ことがあります。

特に一日の終わりの終礼です。

弊社の終礼は、ナレッジミーティング色の強い終礼であり、本来あるべき目的としては
・各自の営業数字に対する責任感の醸成
・プロフェッショナルを生み出す土台作り
・自分以外の人間の体験を共有しあい、同じ失敗を減らし、同じ成功を増やす
・明日への活力
・営業力、業務オペレーションのスキルアップ
などなどです。



最初のころは、終礼ではなく「一日のあらすじを話す会」でした。

A:「今日、○○をやって○○に行って、そこで営業先の社長様にこんなことを要望されて、このように対応しました。」
「明日は○○があるので、頑張ります」

B:「今日、○○をやって○○に行って、そこで営業先の社長様にこんなことを要望されて、このように対応しました。」
「明日は○○があるので、頑張ります」

C:「今日、○○をやって○○に行って、そこで営業先の社長様にこんなことを要望されて、このように対応しました。」
「明日は○○があるので、頑張ります」

話し手以外:「(うなずくだけ)」


・・・最悪です。
自分以外の人の一日のあらすじを聞いても、参加者たちはあまり興味がないですし、自己完結してしまった話にはリアクションの返しようが無いので、全く活気のある終礼になっておらず、終礼の目的から大きく逸脱している状態でした。








「一日のあらすじを話す会」は改善されましたが、次は「お悩み相談会」でした。

A:「今日営業に行ったときに、このようなことを言われ困ってしまったんですが、皆さんどのようにしてますか?」
B:「自分は○○って答えるね」
C:「僕はこうだね」

A:「なるほど・・・ありがとうございました」


・・・別の時間に個別で質問をすればいいのに。
何かの疑問や質問に、皆が自分のやり方を答えて、質問者はひたすらメモる。
この状態の時もありました。
これも終礼の目的からずれてしまっています。
皆の時間を使って自分の疑問点を改善するという一方通行的な終礼も、質は低いですね。




最近やっと、ナレッジの共有や上記の終礼の目的からそれずにやれるようになってきました。

A:「今日○○ってことがあって、さっき支店長に聞いたんですが、○○をすれば解決できることを学びました。」
 「皆さん、今後○○の場面になったら、○○したら良いと思います」

B:「なるほど。でも○○ってそもそも、なぜ起きたの?」
A:「いや、これこれこうで」
(以下省略)
B:「じゃあ、事前にこうやっておけば、○○って問題自体起きないじゃん」
A:「あ!そうですね」
一同:「いやーすごい収穫ありました」「俺も自分で話してて気づきました」「これいけそうっすね!」

と、最近はこんな感じで終礼をやれています。
(※かなり端折った内容で、多少デフォルメもしているので皆様に終礼の様子が伝わったかどうか不安ですが・・)


しかしながら、以前に比べ一つのトピックに対し、皆で考え、答えを出し、言語化することは大分出来るようになりましたが、ドラスティックな営業の底上げになっているかというと、結果としては芳しくない状態でした。



せっかく終礼で答えを出したのに、自分の血となり肉となってるのかな?と思い色々考えた末、冒頭で書きました肘の話をしました。

肘の雑学の時は、その場で皆実践をし、誰かに伝えたいという感情や行動に確かになりましたが、果たして日々の終礼で得たナレッジを

・早く実践したい!
・誰かに伝えたい、使ってみたい
と思える位、自分自身で情報の質を高められているかというと、そこまでに至って無いんじゃないかと思います。

そこで、彼らに肘の雑学と、日々の終礼で得たナレッジという、同じ日本語の情報に対しての、感じ方や、行動、感情のギャップを感じてもらいたく、肘の話をしました。

結論として、私自身まだ正直出きっていないのですが、自分が「実践したい」「わくわくする」「伝えたい」と思えるまで、その情報と向き合うことなんじゃないかと、現時点では考えています。

「10聞いて、10あるいは100出来る人間」と「10聞いて、1もできない人間」の差も、この辺にあるんじゃないでしょうか。


私自身、お客様や上司、部下から、色々な情報やアドバイスをいただくことがありますが、それら一つ一つの情報を、今まで以上に本気で「実践したい」「わくわくする」「伝えたい」と思えるまで向き合えれば、自分自身に入ってくる情報の質は、とてつもないモノになるだろうと思いました。

営業の場面では逆に私たちがお客様に「実践したい」「わくわくする」を感じていただけるよう、サービス・会社・自分をプレゼンすることが非常に大切なことだと思います。

部下指導の中で、自分自身も気づけた収穫であり、情報の送り手も受け手も全スタッフがこの観点が持てるように日々取り組んでいこうと思えた出来事でした。

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