木村 裕紀(代表取締役社長)
顧客と共存共栄のパートナーシップを構築する株式会社フリーセル・CEO
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株式会社フリーセルCEO。経営ビジョン・事業ビジョンの策定からビジョン達成のための戦略構築、その戦略をスピーディに実行するためのリーダー育成、組織構築、組織全体でのマーケティング活動の推進において突出した手腕を発揮。中小・ベンチャー企業向けのWebコンサルティングを考案し、自社の個(Webコンサルタント)と組織を鍛え上げることで顧客と共存共栄のパートナーシップを築くことに力を注いでいる。
事業ビジョン策定組織構築経営戦略策定
こんにちは
市場の変遷後編として前回の続きを記載していきたいと思います。
前編でお話したように各種胴元の覇権を争う時代がしばらく続き、2005年くらいまで進化を続けながらその覇権争いが続いた時代に思えます。
その間ネットで少しづつWEBサイトを構築しいかに結果を出していくかが問われるようになってきて、ネット関連企業が増え続け、多種多様のネット広告が築かれていったと思います。
ただし結果を出してビジネスに落とし込みができたのはごくごく少数派の時代 。
なぜなら
・まだまだネット人口がすくなかった。
・結果を出す因果関係がみえずらかった。
・結果を出せる媒体が少なかった。
・中小企業からすると費用対効果の高いネット投資が少なかった。
・業種・用途別のポータルサイトが乱立し無計画な獲得競争がおきた
・業種によっては最近まであまりネットに投資する業界慣習がなかった
・消費者需要形成がされていないマーケットに広告出稿していた
などなど
そういう中でECサイト以外でWEBからの集客の恩恵を受けることができたメインの商用サイトは、YAHOOカテゴリに登録されることが出来た一部のサイトが中心でした。
ただ、審査が厳しく、無料で申請できた頃は私の記憶では20サイトに1つ掲載されれば良いほうだった記憶があります。
厳しい独自の審査を経て申請受理されたサイトのみが圧倒的なトラフィックを得るような時代でSEOとかいう概念もほとんどありませんでした。
1ヶ月100件程度のアクセスしかないようなサイトが多数あり、WEBはビジネスに繋がらないというイメージを強くお持ちされる経営者が多いのもこの頃に醸成された感じがします。。
そういった背景の中、
メディアレップの確立によるメール配信広告、バナー広告、中小ポータルサイト掲載広告、などあらゆるネットメディアの確立、CGIアクセスカウンターからアクセス解析へ変わり、アフィリエイト広告、大手オンラインモール掲載などアクセスを増やし、計測するサービスが増えていきました。
その流れでYAHOOも2001年の春先くらいにビジネスエクスプレスという有料化されたカテゴリサービスが始まり、優良かつ信頼性の高いサイトが掲載され数が着々と増加していきました。
そのことが日本のネットユーザーの数を着々と増やしていき、知りたいことがあればインターネットで検索して、YAHOOのカテゴリにある情報を見るみたいな文化が定着して日本のネットユーザの育成をし続けていたように感じます。
2005年春先くらいにはYAHOOからGoogleの検索エンジンが外され、YSTという今のSEO、検索連動型広告の走りになる
ロボット検索が独自に採用され、同年10月の表示結果がカテゴリ優先からYST優先に変更されることは日本のWEB市場の大きな転換になった出来事だと感じます。
そのことによりYAHOO、Google、MSNに対してのSEO(検索エンジン最適化・上位表示)、ブログの流行からCMS(コンテンツマネジメントシステム)などによるビジネスブログ、 LPO(ランディングページ最適化)対策、ユーザ導線の改善、 ロングテールの広がりと共にネットからビジネス上の恩恵をうける企業がどんどん増えていき、どんどんリアルな結果をだしていく方向に多様化するサービスが向かっていき、進化を続けている現在に至っていると思います。
かなり要約して記載していますが
1、インフラの構築・整備が続き
2、WEBサイトの増加とともにユーザ育成・広告・ポータルサイトの育成が進み
3、結果を出すためのサービスが増加し競争により磨かれてゆき
4、YAHOOの転換により大きな市場転換が起きた
5、ユーザの増加と共にロングテールといわれる多種多様の価値観、市場が生まれる環境になってきた
6、そこに対して価値提供するネット企業の数も増えてきた
その結果として4大メディアのラジオ広告を2004年にネット広告が追い越し、2006年の広告費では雑誌広告が3887億円に対してネット広告が3630億円となり大手クライアントだけでなく中小企業のWEB広告使用企業が非常に増加してきたということが日本の広告市場に対してのWEBの位置づけが大きく転換したことを現していると感じます。
その市場の変化に応じて
・従来の広告以上に明確な効果検証ができる(CPAなど1件あたりの獲得コストにまで落とせる)
・従来広告のインプレッション(表示回数)⇒クリック数、ユーザアクション(コンバージョン数)
という広告自体の提供価値、概念が変容してきたのが近年だと思います。
よってようやく業種業態を問わずWEBでビジネスに落とし込むための因果関係が充実すると共に、多種多様のサービスが増えてきてWEB戦略の成否は経営の重要課題のひとつになる時代が入り口まで訪れてきたと考えております。
長くなりましたが私なりにこの業界の変容を振り返り、そういった市場背景の中で、どのようなビジョンを持ってフリーセルの事業組織を構築してきて、今後どこを目指していくのかを次回お伝えしたいと考えております。
毎度の長文ですがお付き合いいただきありがとうございました。
平成19年11月22日 木村 裕紀
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こんばんは
フリーセルの事業組織に関して語るにあたり、第2回目のコラムとして私がこういった業界に関わりだした99年くらいから
現在に至るまでの市場の変化に関して記載していきたいと思います。
まず前編として私がインターネット業界に入るきっかけとなった90年代後半のお話からSTARTすることにします。
99年3月に現JASAQ上場企業株式会社テレウェイヴという会社に入社することから始まりました。
当時のテレウェイヴはOA機器の販売会社であり現在のIT総合ソリューションパッケージの会社の前身の時代であり、
今後のインターネット市場の拡大に合わせてソリューション事業部というものが立ち上げられることになりました。
その立ち上げから3年程度のところまで私は関わった形となりました。
当時のインターネットの市場は今や便利になってしまったので忘れてしまった方も多くいるかと思いますが、
インターネットサービスプロバイダが乱立し、アナログ電話線を繋いで「ぴっぴピー」とかいいながら28,8Kで接続
をするような時代でしたよね。
その頃市場では光通信がHITMAILというサービスで月額¥1万の半年契約で中小企業に対して首都圏を中心にドメインの取得のレンタルサーバを営業している状態でした。
当時のテレウェイヴではそれに対して月額¥2万の36ヶ月契約で簡易的なHP付きのレンタルサーバを拡販しておりました。
当時私たちは5人チームで月間50契約のノルマで日々3件から4件の顧客訪問をし、必死に半額で契約期間6分の1の
競合会社と行く先々でバッティングしながら1社1社にドメインとHPを売り込み目標を達成し続けていました。
その頃のお客様の反応は「インターネットって何?」 「HPって何?」 「ドメインって何?」みたいな状況で、それを説明して受注する私も自宅では28,8Kでインターネット、会社の接続されるPCも数台のみと、、今から8年前くらいとはいえ、隔世の感がありますよね。。
NTTドコモがIモードをスタートさせたのもちょうどこの頃でしたね。
その頃はある意味日本全体がITバブル手前の市場導入期でインフラの構築・整備の時代という感じでした。
何のインフラかと申し上げると、
1、YAHOO、楽天などの現在の巨大メディアの出現から認知されていくポータルサイト競争時代
2、ISPなどの競争による料金引き下げ、INS64⇒128Kでの接続など接続環境の整備とネット人口の増加
3、WEBサイトの立ち上げの加速による企業サイトの増加
4、それに伴うドメイン・レンタルサーバー提供市場の成長
(たしか100MBくらいのWEBサーバが¥5,000から¥50,000くらいしてました。。)
5、ネットでの決済手段が出始め利用者に認知がされてきた
6、バナー広告、メール配信広告などの現在のネット広告の導入サービスが生まれた
7、WEB産業の担い手であるクリエイターなど人材を排出する環境がうまれだした
など現在当たり前のようにある企業ドメイン、低価格なレンタルサーバ、ブロードバンド接続、溢れんばかりのWEBサイト、決済手段、ネット広告、ネットメディアなどの多くのもののが、この当時の過当競争・競争激化による低料金化、サービス向上などを繰り返しながら創出されていた時期といえます。
ゴールドラッシュ手前(少し前の中国みたいな感じでしょうか、)で多くの市場参加者がいて、先が見えない中での、ビジネスモデルが確立する手前の状態での無謀な先行投資ビジネス、過当競争が多くあり、成功して現在のネット市場を支える
企業が生き残り、多数のいなくなった企業もいるのがこの時期でした。
ポータルの覇権争い、ISPのシェア争い、サーバの料金競争によるシェア争いなどインフラの胴元が争いを繰り広げた
時代だったように思います。
YAHOOJAPAN96年設立⇒創業97年上場
サイバーエージェント98年3月設立⇒2000年上場
楽天市場97年2月設立⇒2000年上場
サイバー・コミュニケーションズ96年6月設立⇒2000年上場
まぐくりっく99年9月設立⇒2000年上場
などなど
設立から非常に短い期間で上場し、現在のメディア、ネット広告などを支える創世記の企業が多く上場をしていきました。
今ではなかなか考えられないことですね。。
前編では過去を振り返りつつ、2000年前半くらいまで続いたインフラの構築・整備という日本のネット市場の導入期の概要をシンプルにお伝えしてみました。
長文ですがお付き合いいただきありがとうございました。
平成19年11月12日 木村 裕紀
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